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第1話 自称アイドル、音咲らら華です♡ part4

ついに、政府が自称アイドルの一斉逮捕を発表した。少なくとも、目の前のテレビはそう言っている。


『こちらの対応について、サブカルチャー担当大臣「るいくん」より説明があります。』


政府の職員が中継先の会見会場でそう告げる。映し出された会場には、マイクが置かれた記者会見用の机が一つ。しかし、そこに人は立っていなかった。


「『るいくん』はどこ?ていうか、るいくんって誰よ。」


間もなくして、会場の職員が 4 人、「るいくん」が映し出された大きなモニターをと運んできた。それが記者会見用の机の上、マイクの前に置かれると、るいくんは「あー、マイクテスト」とつぶやき始めた。


そう、「るいくん」は、ディスプレイ上のバーチャルなアバターで活動する、マスコットキャラクターの政治家であったのだ。彼が、人間の姿で人前に立つことは決してないらしい。モニターに映る「るいくん」は、とても平面的で、虎を擬人化したような見た目をしていた。


【誰こいつ】

【絵じゃん】

【これがるいくんか 初めて見た】

【もしかしてこの人が例の審査の?】


きっとあの怪しげなメールの差出人だ!私はすぐにそう感じた。そして、るいくんはアバターのまましゃべり始める。ロボットのような男性の声がマイクで増幅され、ところどころ音割れを起こしている。


『えー、緊急で中継を回しております。国民の皆様、こんばんは。私、本日サブカルチャー担当大臣に就任いたしました、「自称アイドル対策室」マスコットキャラクターの「るいくん」です。どうぞ、よろしく。』


それだけ言うと、るいくんはさっと表情を変えた。悲しそうな表情だ。


『そして自称アイドルの皆さん、……残念です。私が自称アイドルの皆さんに送り付けた特別審査の誘い、あれは皆さんために特別に私が企画したものだったのですが、応募締切の時間までに参加意思を示したのは、たったの二人でした。二人です。メールを一万人くらいに送り付けたのに、たったの二人ですよ。ほとんどの人は無視、自称アイドルはメールの返信もできないようですね。』


私の心臓が、その鼓動を速める。


『ところで、まさか皆さん、人が集まらなかったからってこの特別審査を中止にすると思いました?予定通りやりますよ。昨今、自称アイドルにおいては、対策をしろという国民の声は看過できないところまできています。政府としては、これ以上皆さんを見逃すわけにはいきません。さっそくではありますが、今回募集は千人なので、これから残りの 998 人を、逮捕という形で適当に集めようと思います。逮捕状はありません。』


「……は?」


こいつ、何を言ってるんだ……?


『手荒い取り締まりでお馴染みの特高警察を派遣し、早朝までに志願者2名を含めた1000人を「留置所」に運びます。理想は危険と思われる者順の参加を望みますが、詳しくは追って通知します。東京と、その周辺にお住まいの皆さん、あなたたちは今回の逮捕の有力候補となっているので、準備をして自宅待機して下さい。以上。』


そう端的に言い終えると、モニター上のるいくんは再び職員4人に持ち上げられ、運ばれていく。私はそのるいくんを凝視していたが、1 秒後、るいくんはテレビの画面からいなくなった。画面の端から端を見ても、るいくんはもうどこにもいない。あたりまえだ。中継はもう終わったのだから。


「…どういうこと?一体何が起こってるの…?」


あまりにも急すぎる。これから家に警察が来る?逮捕されて留置所行き?そして不合格者は……ヤダ、ヤダヤダヤダ!信じたくない!え?ドッキリじゃないのか?本気か?だいたいなんだあのふざけたマスコットキャラクターは。


とっさに、私はパソコンに前のめりになり、先程捨てた特別審査の誘いのメールをゴミ箱から復元する。そしてそのメールの文字の上を、何度も、何度も目線でなぞってみたが、目が滑る。5 秒ほどの間にメールの全文を三回は読んだが、内容はほとんど頭に入ってこない。


【らら華ちゃん落ち着いて!】

【まだらら華があれに参加させられるって決まったわけではないんでしょ?】


ファンのそんな言葉だって、今の私には届かない。


そんな中だった。


「わあっ!!」


私が椅子から転げ落ちる。今度は私のパソコンがメールの着信音を鳴らしたのだ。これまで聞いてきた着信音で一番けたたましい。


「メ、メールが来た…。るいくんからだ…。」


メールを開き、椅子に座りなおす私に、


【なんて?】


と、ファンも焦るように私に問う。私は、メールの内容をそのまま読み上げた。


「『システムがあなたを「危険度 A(非常に危険)」と判定しました。あなたは今後アイドルをするべきではありません。このメールが届いた10分以内にすべてのアイドル活動を停止し、活動用SNSのアカウント消去・ファンコミュニティの永久的な不所持を宣言・実行してください。[あなたの運用中アイドル活動用SNS:「アイティービ」]以上の完了が確認されない場合、あなたは逮捕されます』。」


これはもう、るいくんからの最後通告である。メールは、今ならまだ助けてやると言っているらしい。アイドルを今穏便に辞めるか、それとも逮捕されて特別審査で落ち、刑務所に行きアイドルを辞めるか。それを、私に選ばせにきているのだ。 それも、10分以内に。


……どちらの選択も、できるはずがなかった。


「…なんで?私はただ、普通にアイドルをやっていたかっただけなのに……。」


思わず、そんな言葉が出てしまう。


【なんで?政府にここの配信活動もバレてるじゃん!!】

【ちょっと待って これ、我々配信視聴者の身元も割れてる可能性あるよね?大丈夫?】

【アカウント消す一択!】


ファンは、安全だと思われていたこの動画投稿サイトの存在が政府に見抜かれていることに驚きを隠せないらしい。多くの人が、ここは大人しく政府に従うよう促してきた。しかし、私はそれに反対した。


「そんなのできないよ……アカウント消したらこのチャンネルも消える。そしたら過去の配信アーカイブ全部消えちゃうんだよ?ここには2年半の皆との思い出がある。それに、このチャンネルが消えたら皆とどこで会うっていうの?」


【他の動画投稿サイトとか?】

【他の動画投稿サイトなんてもうないよ】

【アーカイブは消えるけど一旦チャンネル消して、ここでまた別の名前で始めるしかないと思う 次会うチャンネルの名前今決めよ】


ファンは提案してくれる。しかし、私はわかっていた。


「そういう単純な話じゃないんだよね多分。このチャンネルの存在が政府にバレてるの。つまり、今してるこの会話自体、政府に監視されている可能性が高い。そしてさっさとアイドル活動停止宣言とチャンネル消去をしない時点で、反抗の意思ありということで逮捕されちゃうんだよ。」


【つまりもうこんな会話してる時点で手遅れか】

【助かる道はないの?】


ファンに聞かれて、私は自分の考えを、できるだけわかりやすく説明しだした。


「いや、助かる道は2つある。1つは、特別審査に参加して、無事に一流アイドルになって帰ってくること。そうなれば最高だけど、これは今の私にはハードルが高い。それはわかるよね。」


【うんうん】


「だから、私が今後アイドルでいるために、私は今、もう一つの道を選びたい。それは、私を捕まえようとする警察から逃げ切ること。」


まさに、苦渋の決断だ。


【逃げるんだ!?】

【それって助かるの?】


「とりあえず、はね。政府は今回、自称アイドルを合計1000人逮捕すると言っている。だから、警察は1000人まで逮捕できた時点で引き上げると思うんだ。1001人目からは見逃される。だから私は、他の自称アイドルが1000人捕まり切るまで逃げるだけよ!」


【そうか!それはシンプルだ】


「ゆっくり喋ってる時間はない。この家には間もなく警察が来ると思う。だから、さっさと逃走の準備をして逃げるよ。」


【おっけー、頑張って】

【本当に幸運を祈る】

【じゃあ配信はここで終わりだね おつらら】


さすがに今日の配信はこれで終わらざるを得ないだろうと思って、帰ろうとするファンたち。しかし、


「あっ、待って!それなんだけど、ちょっとお願いがある。いいかな……?」


私は彼らを、呼び止めた。


【何、お願いって】

【どうしたの?】


そして、私は告げた。


「私、今夜は配信を続けていたい。もちろんここじゃない、安全な配信枠で。ここから先は情報戦。……皆に、私の逃走をサポートして欲しいんだ。」


【え?】

【はい???】


ファンが、戸惑いを見せている。


「警察は、逃げる私を探すはずでしょ?きっと、ここにいる皆の力を合わせれば、この逃走の成功率を上げられると思うんだ。だから、お願い!」


再度、私はファンに頼み込んだ。配信の画面で、頭を下げて。必死の思いだ。しかし、私が頭を上げたとき、チャット欄は「はい」とも「いいえ」ともなく、止まっていた。それは、決してサイトの不具合ではなかった。


……チャット欄が止まっていたのは、ファンの皆が、書き込む言葉を選んでいたからだ。



【らら華さあ、昨日のダビ子の話、知ってるよね】



沈黙の後、そんな文章が、チャット欄に現れた。昨日逮捕された自称アイドル、ダビ子の話だ。


【あの事件はね、自称アイドルだけじゃない、ファンも一緒に逮捕されたんだ 自称アイドルの重大な犯罪に協力したからだよ】

【警察の手から逃れるための補助をすることは、罪の重いこと ひょっとすると警察が見逃してくれないかもしれない 俺はね、逮捕されたくないんだ】


書き込まれていく文章。もっともな意見だ。


発言を真摯に受け止める。ああ、嫌われてしまっただろうか。失望されてしまっただろうか。言わなければ良かった。そりゃそうだ。さっきまで私は、応援してくれる皆を幸せにしてみせる、そう言っていたのに、幸せにするどころか、やってることはファンを自分の犯罪に巻き込むことだ。ファンの人生を、不幸な方へと導くことだ。健全な推し活を提供できないようでは、アイドル失格ではないか。


私が沈黙している間にも、チャット欄は否定的な方へと動き続ける。


【危険度Aか……】

【今回ばかりは協力しかねる】

【これまで何も気にせず推してきたけどさ、なんかこう、らら華ちゃんは列記とした犯罪者だったんだなって】

【政府から名指し批判に等しいもんね】

【一旦距離を置かせてもらう】

【今までありがとうね ずっと大好き 世界一かわいい】


気がつけば、次々に書き込まれていく、別れの挨拶。中には「手切れ金」と称し、お金を置いていく者もいた。


そして、初めに一人が配信から退室したら、もうその流れは止まらない。一人、また一

人、我も続けと次々に配信を抜けていく。ときに紳士に、私にお礼を言い、感謝を述べ、

わずかなお金を投げながら。彼らは、どんどん配信から出て行ってしまった。


優しい言葉も聞いた。お金も貯まった。

けれども、もはや、何も嬉しくない。


「……もう私から、何も奪わないでよ……。」


一分前まで 50 人ほどいたファンたち。彼らは揃いもそろって私の目の前で消え、どこ

か知らない場所へ去って行く。今日までの、このチャンネルで得た2 年半のアイドル活動の成果が消えていく。努力と夢の結果が失われていく。



しばらくして、チャット欄が静かになった。



ああこれ、これが、私のアイドル活動のすべてだ。懐かしいな、私が初めて配信したときもこんな感じに誰もいなかったっけ。でも、その頃は希望はあったんだ。今は、もうない。代わりに、そこには涙があった。私の視界を歪ます涙。感情もぐちゃぐちゃに、私の思いはどろどろと涙に溶けていく。涙の向こう側、私のもとには、きっともう誰もいなくなったと思った。もう全ては終わったのだと思った。


感情の全てを飲み込んだ一筋の涙が、頬を流れていった。



そして、気づく。



まだあったのだ、希望は。


……いたのだ。ここに至ってまで配信から抜けて行く素振りを一切見せないファンも!


たったの5人。でも、誰よりも尊い5人。配信に残ってくれた大事な大事なファンだ。


【この先の進退を決めるのはらら華だよ らら華がアイドルでいる限り、俺はどこまでも全力でついていく】

【これからも前向きに生きていこうよ これまでも大変な境遇を生きてきたじゃん】

【安心して 例え世界が敵にまわっても、俺はらら華ちゃんを裏切らない 応援し続けるから】

【俺を頼ってくれ やっとらら華の役に立てるなら、ファンとしてこれほど嬉しい瞬間はない】


この世で一番安心できる言葉が、そこに並んでいる。それは、弱ってるときの心にとって、間違いなく最大の防具となった。


「皆……ありがとう……!!見る専のもう1人も!!」


涙声で、涙を拭いながら等身大の感謝を述べる私。

感極まり、私は、手元にあったお祝い用のノンアルコールビールを開け、飲み干す。ビールはすっかりぬるくなっていて、ちっともおいしくはなかった。でも、ちっともまずくもない、むしろ、爽快さを感じられた。

飲み干した缶を、机にドンと置く。


「やるよ!私はどこまでもるいくんに抵抗する!アイドルなんて意地でも辞めない。絶対にあんなゴミアバターなんかの手に落ちないんだから!」


私は、声高らかに宣言する。


【そうだ!自称アイドルの力を見せつけてやれ!】

【えい】

【えい】

【おー!】


ファンもまた、結束力をみせる。ここに、私たちの壮大な逃走劇が始まった。

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