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第1話 自称アイドル、音咲らら華です♡ part2

同日、午後の授業も始まり、キャンパス内も静けさを取り戻した頃である。「最強大学」理事⾧室にて、机を挟んで二人の中年が議論を交わしていた。 彼らはこの大学の理事長と、そして学長である。


「ことの一件は、この大学にとってその評判を落とし得るものです。」


学長が強い口調で訴えかけている。


「自称アイドルですぞ?既に放送を聞いてた学生、講師、職員、あるいは近隣住民の方が、SNSにこの事件のことを書き込んでいる。警察沙汰も時間の問題。そうなったら世間にどう弁明なさるおつもりです?奴ははっきりと、歌を大人数に聞かせるという活動をした。自称アイドルによるアイドル活動は犯罪なのです。」

「つまり、奴は犯罪者で、当然、在籍させていた側も責任が問われると。」

「そうです理事長!」


そう言った彼は、目の前の机を手で勢いよく叩きつける。そして、更に続けてはっきり

と言い放つ。


「早いうちにこの騒動を招いた放送部は廃部、音咲らら華は退学にすべきかと。」


これに対し、理事長は見下すような目つきで荒ぶる学⾧を見た。


「いいんだよ。いつも言っているだろ?この大学は自由な校風が売りだ。それに、私は現

代の若者はもっと自由に生きても良いと思うんだ。次世代の日本は、もっと明るく楽しい

ものであって欲しいからな。」

「しかし理事長……!」

「これも、若者から自由を奪い、彼女らを手のひらで弄んできた我々老人の罪、ですかな。あはは。」


そこに、理事⾧の持つ揺るぎない権力は健在だった。数分粘ったのち、意見を一蹴され、あっさり言い負かされた学⾧は、負けたと分かると早足で理事⾧室を去っていく。早足ながら、理事⾧室前の廊下を歩くその足取りは重く、一歩一歩怒りが込められているようだった。


「何が自由な校風だ。理事長は世間を何も知らないで。大学の傷は、自分の経歴の傷だぞ?まあいい、理事長の許可がなくても、放送部ごときなら私が潰せる。問題は音咲の方だ。退学処分にするには、理事長の判子が必要。どうしたものか。」


学⾧は一瞬立ち止まり、キャンパスの広場が広がる窓の外を見て、歯ぎしりをした。


「見てろよ音咲。絶品にお前を抹消し、この大学を浄化してやる。」 




*****




「ただいま!」


通学の自転車をアパートの駐輪場に置いてきた私・らら華は、アパートの二階にある自宅の鍵を開け、勢いよくドアを開いた。


「しかし、不思議だよね。ただいまって、誰も家にいるはずがないのに言っちゃう。」


私の家は、アパートの1LDKの部屋で、一人暮らしにはそこそこ広いと感じている。だからなのか、空いたスペースを埋めるように、やたらと収納のための棚があり、食器、寝具、衣類、何でも2人分揃っている。自分でもいつ買ったのか覚えてない。


「深夜にネットで衝動買いして、後日届いてみればこんなの買ったっけっていうのはよくあるよね。お金の無駄遣いやめなきゃ……。」


私がなんとなく食器棚を開けると、そこには無造作に、カップラーメンが未開封のまま置かれていた。


「そういえばお腹すいた!」


そのときはそのカップラーメンを食べようかと思ったが、3分待つのがめんどくさくなり、すぐに冷蔵庫から昨日の残り物の肉じゃがを取り出した。


「カップラーメンは今日の晩飯だな。」


そう言って、肉じゃがと箸と、水道水を汲んだコップだけを持って、ドアを隔てた先にある洋室へ向かった。


「よいしょっと。」


洋室に、机が2つ並んでいる。全く同じ学習机だ。現在、片方を配信用、片方を勉強と食事用として使っている。


私は、その机で冷たい肉じゃがを食べながら、スマホを取り出し、電話をかけていた。かけている相手は、私の幼馴染、無食子 久留美である。無食子は、「無食子」と書いて「どんぐり」と読む。大変珍しい苗字だ。


「あ、久留美〜。今日大学行かないよね?今から久留美の家に行っていい?」

「何しに。」

「久留美の家に筋トレの機械あるじゃん?あれ使わせてもらえないかと。」

「そんなことか。今はだめ。」

「えー、アイドルの練習付き合ってよ。」

「忙しい。」

私は今から暇だからそう誘ったのだが、彼女は本当に忙しいらしい。声からも、それが伝わってきた。

「んじゃ仕方ない。ばいば……」

そう言いかけたとき、久留美は食い気味に話題を出した。

「らら華、そういえば昼、大学の放送で歌歌ってたでしょ。」

「あ、聞いてくれてたの!?嬉しい!」

「鼻歌歌っただけでも通報されるご時世らしいよ?らら華にはもっと自分の置かれている状況を考えてほしい。」

少し深刻そうに話す久留美の声に、私は少しちゃらけたくなった。

「へー、そんなこと言っちゃうんだ。そう言う久留美はもうアイドルしないの?」

「しないよ。」

「え〜、本当はやりたいく・せ・に!」

「だからウチはアイドルじゃ……。」

「嘘ばっかり!中学んときから率先してアイドルやりたいってやって、私をアイドルに誘ったのも久留美じゃん。幼馴染である私たちの間に、隠し事なんてできないよ!自称アイドルちゃん♡」

「はいはい、……クソ!」


電話が切られてしまった。


「久留美も無理してるな。自称とはいえアイドルなんだから、本当はアイドル活動したいはずなのに、もう長らく活動を見てない。本心も言えない世の中、私にくらい本音を言ってくれてもいいのに。」


スマホを机に置き、私が不満気に冷たい肉じゃがをつついていると、急に机が、スマホの着信音とともに振動し始めた。


「久留美!?」


私が慌てて電話を取る。再びの通話だ。しかし、スピーカーから聞こえてくるその声は、久留美ではなかった。


「ねえらら華?」


ママだ。通らない声を無理矢理聞かせるために出したような大声。私は予想より大きなママの声に、急いでスマホの音量を三つ下げた。ママの声は、いつもより落ち着いていなかった。すぐに分かる、これは「悪い」電話だ。


「まだ自称アイドルやってるでしょ?頼むから、もうアイドルやめて。」

「またその話?言ってるでしょ。私は絶対にやめない。」

「ママはね、そろそろ本当に、らら華に取り返しがつかないことが起きると思ってる。知ってるでしょ?最近はどこへ行っても、自称アイドルは悪、自称アイドルを排除しろと聞こえてくる。」

「はいはいわかってるよ。自称アイドルは犯罪犯罪、犯罪ですぅ。そんな娘を持つのが嫌ってことでしょ結局。」

「ママは娘が犯罪者とかどうでもいい。ママは、らら華の命のことを心配してるの!」

「今更良き母親面?もう家族じゃないんだからほっといて。」

「お願いらら華聞いて!」

「私を勘当したくせに、何言っても説得力ないよ。」


私は言い放ち、電話を切ってやった。


「あーあ、飯が不味くなった。せっかく私の機嫌が戻りかけてたのにな。」


私はスマホを机に投げ置くと、最後の一口の肉じゃがをかきこみ、空になった食器を持って席を立った。


「何か楽しいことないかな。」


そう思ってつけたテレビには、昨日起きた、ダビ子がクインちゃんのステージを乗っ取ろうとした事件が報道されている。


「バカだよねダビ子。ファンの将来とか考えたことないのかな。自分のファンを巻き込んで人生を終わらせるなんて、アイドル失格だね。それに比べて、 私のアイドル活動の健全なこと。そろそろご褒美があってもいいんじゃなかろうかねえ。」


私は報道を見ながら、そんな意見を口にした。


その後もしばらくテレビを見ていたが、どのテレビ局もそのニュースばかりで、退屈すぎてテレビを消した。結局、それからの時間は、ベッドでダラダラとスマホを見て過ごす。気づいたら、もう6時半だ。ベッドから見上げた空は、日はとっくに沈み、カラスが山へ帰って行っている。



「そろそろやるか……。」


ベッドから起き上がり、配信用机に置かれたパソコンを立ち上げる私。何をするかというと、もちろんアイドル活動だ。


もっとも、私のするアイドル活動とは、全てネットでの配信活動。私が普段使ってる配信場所は、動画投稿サイト「アイティービ」。海外のサイトだ。

ここのサイトを使う理由は、「アイドル抑制法」のせいで国内の動画投稿サイトが概ね衰退したからというのもあるが、何より、日本が国際社会と関係を絶っている現在において、海外サイトを経由すると政府に配信者の身元を特定されにくいというメリットがある。配信者だけでない。何より、見てくれるファンの身元も政府に割れにくい。

念の為言っておくと、自称アイドルを常識の範囲内で応援すること自体を禁じる法律はない。しかし、気にする人は気にするのである。ところが、このサイトを使うことで、自称アイドルを応援するリスクを、ファンがあまり気にする必要がなくなるのだ。よって、配信活動を主とする自称アイドルたちはこのサイトを重宝し、それぞれ自分の配信をするチャンネルを作っている。


さて、普段の私の配信内容は歌う以外だと雑談で皆からの悩みを聞いたり、私から皆に悩みを話したりするというものだが、今夜の配信はいつもより特別だ。何せ、先日私が受けた、今年度の「プロアイドル審査」の合否発表を、ファンと見守る予定なのだから。


【めざせプロアイドル!審査合否発表枠】


そう銘打った配信が、私が本名で作ったチャンネルで今始まった。配信する私の手元には、冷蔵庫から取り出したばかりの冷えたノンアルコールビール。安酒だが、今日審査に合格したら配信内で飲もうとこの前買っておいたものだ。


【こんらら】

【こんらら】

【こんらら】

「こんらら!今日も見に来てくれてありがとね!」


配信画面に、私の顔とチャット欄が映っている。チャット欄では、この配信に訪れてくれた私のファン、通称「ららカス」たちが、次々に私の挨拶「こんらら」の文字を書き込んでいる。それに対し、私はそれを書き込んだ人のユーザーネームを読み上げ、来てくれたことに感謝を述べる。いつもの流れだ。配信には、ファンが 10人、20人と集まってきている。5分後には 50人ほどとなり、そこで数字は安定した。今日はいつもより特別な配信内容なので、私のファンが勢揃いしているようだ。一人を除いて。


【今日なりごんおらんやん】

【今日語り部いないのか】

「『なりごん』さん?確かにいないね。」


ちなみに、この「なりごん」さんという方が私の最古参ファンらしく、それが本当なら彼が私がアイドルデビューした頃から今日までの軌跡を知る唯一のファンである。私よりも私に詳しいので、皆から「語り部」などと呼ばれ、いつもチャット欄で存在感のある彼なのだが、今日は来てないらしい。


【なりごん今日に限っておらんの草】

【歴史的瞬間だけ語れない奴w】

「こらこら、人には忙しい日もあるから……。それはそうと、いよいよ今年もプロアイドル審査の合否発表だね!」

【今年こそ受かってるといいな】

【去年はヘコんだもんな……】

【らら華ちゃんは歌上手いから、絶対にプロアイドルになってほしい】

「ふふん、安心して?私、今回の審査結果にはちょっと自信があるんだ。30分後、7時に特設サイトで合否発表がされるらしいから、それまで待つんだな。」

【審査ってどんなことしたの?】

「ん?プロアイドル審査はただ課題曲の歌とダンスを動画に撮って送信するだけだよ。」

【単純だね】

【一流アイドル昇格審査はあんなに段階踏んで大変そうなのに】

「そうそう。逆に、これ一本だけだからちょっとの失敗もできないってのもあるけどね。動画の編集加工禁止だし。」


そう、プロアイドル審査とて決して簡単ではないのだ。現在自称アイドルの数は、国内に一万人弱いるとされる。彼女らが皆プロアイドル審査を受けるとして、合格者は去年は50人程度だった。本当に、狭き門なのである。


【プロアイドルになったら一流アイドルへの道が見えてくるね】

【もし一流アイドルになったら何がしたい?やっぱりクインちゃんと同じく世界デビュー?】


ファンは、ついでに一流アイドルになったときのことまで聞いてくる。まだプロアイドルでもない私に。


「いや、私は世界進出はいいかな……外国語喋れないし。海外なんて特別行きたくないね。」

【じゃあなんで『基礎からの外務省専門職員採用試験』なんて本があるの?】

「わわ、こんなもの写ってたの!?」


私は仰天する。それは画面の端に確かに写っている。後ろを振り返ると、それは、通学のバッグの中から転げ落ちていた。


【らら華ちゃん、もしかして外交官目指してる?】

【アイドルやめちゃうの?】

「そんなそんな!目指してないよ!本当に!私はアイドルがやりたくて生きているんだし。」

【じゃあなんで外交官の試験勉強してるの?】

「なんで外交官試験の勉強してるんだろう。私にもわからない。けど、なんかやらないといけない気が、最近ずっとしてるんだよね。」


私は、答えに窮しながらも答えた。


【おいこいつ自分のこと何もわかっていないぞ】

【語り部…ヨミガエレ…】

【ちなみに難易度は?】

「ぜんぜんわからん。」

【わからんのかい!】

【どう見ても難易度高いだろ】

【今はほとんど外交官募集してないだろうしな】


ファンの皆も困惑している。そのうち、ファンからこんな質問が出た。


【じゃあ、改めて聞くけどらら華は何を目指してるの?】


それに対し、私は笑顔で話し始める。


「私がアイドルデビューしたのいつか知ってる?」

【中学生の頃でしょ?】

【語り部に聞いたことある】

「そう、中学生の頃なの。当時はまだ『アイドル抑制法』はなくてね、それはそれは自由に、ステージでライブをして、ファンと対面で触れ合っていたものだよ。」

【らら華ちゃんにもそんな時代もあったんだな】

【つい2年半前までは抑制法なかったもんね】

「そう。だけど私が高3のときに『アイドル抑制法』が出て、そんな活動が一切できなくなった。私がプロアイドル審査に落ちたからね。」

【俺もらら華ちゃんに対面で会ったことない】

「だろうね。今ここにいるファンは多分皆『アイドル抑制法』以降、私が本名で再デビューしてからのファンだからね。」

【らら華ちゃんに対面で会いたいな】

「私も皆に会いたいよ。こんなに一緒にいるのに、誰一人としてファンの顔を知らないなんて悲しいもん。」

【そうか、俺らはらら華の顔が配信でも見えてるけど、らら華からは見えないもんな】

「うん。だからとりあえず今は、あの頃の景色をもう一度味わいたい。配信じゃなくて、本物のステージ。本物のライブ。実は今日ね、大学のお昼の放送でたくさんの人たちに私の歌を聴いてもらえたんだ。改めて思ったよ。たくさんの人に自分の歌が届くのは楽しいなって。だから、早くプロになって、大っきなステージでライブとかやりたいし、テレビで一流アイドルと共演とかもしてみたいな。」


配信上での文字との会話。画面越しの歌披露。それでもファンとの絆は感じられるし、楽しい。けれど、それらが対面でできていた時代を思えば、どうしても物足りなさと寂しさを感じるのだ。


ああ、一刻も早くプロアイドルになりたい。


「ねえ今何時?」


私がそう聞くと、次第にチャット欄がざわつき始めた。チャット欄は、時計マークのスタンプでいっぱいである。


「そろそろプロアイドル審査の合否発表の時間じゃん!」


そう言い終えたとき、6時59分だったパソコン上のデスクトップの時計が、ちょうど7時に変わった。ついにこの時が来たのである。


「7時!7時になったよ!皆覚悟できた?」


私は、既に準備していた合否発表のサイトの画面共有を開始し、サイトの「結果を見る」ボタンにカーソルを合わせる。


【準備できてるよ】

【歴史的瞬間の目撃者になる】

【鯖落ち注意】


盛り上がるチャット欄。祝杯の準備もできている。後はもう、このボタンをクリックするだけである。


「見るよ?結果は…」


高鳴る鼓動。きっと熱心なファンは、手を合わせて合格を祈ってくれているに違いない。そう思い、祈りはファンに任せ、私は深呼吸をした後、目の前の画面のみに集中する。




「せーの、えいっ!」




私は、「結果を見る」ボタンをクリックした。









どれだけ審査に向けて時間を費やしても、この時間だけはいつも一瞬である。



「……」


【(泣)】

【あー……】

【ドンマイ】



慰めの言葉をくれるファン。



自信のあった、プロアイドル審査。その結果は、……



……今回もまた、不合格だった。

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