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第2話 一次審査「基礎ステップ」 part1

らら華が帝国競技場へ入るのと、同じ頃。


『こちらも速報です。警察は先ほど、最強大学の理事長に任意同行を求めたと発表しました。容疑者には、自称アイドルに対し多額の資金援助をし、アイドル界の風紀を乱した疑いが持たれています。資金援助は複数回にわたって行われており、昨日にも自称アイドルに対し 10 万円の投げ銭をしたことが確認されているということで、——』


「あーあーやってくれちゃって。理事長……お前もそちら側だったようだな。」


「るいくん」により自称アイドルが帝国競技場に集められている裏の、最強大学、理事長室。


昨日、放送部を廃部にした学長は、理事⾧のいなくなった椅子に座り、一人理事⾧任意同行の報道を眺めていた。


「そして、音咲らら華も逮捕されてしまったらしい。これで大学の権威は失墜、俺の完璧なキャリアも粉砕。」


彼は、椅子から立ち上がり、部屋の中央を見つめた。


そして、誰もいない空間に向かって、こう叫んだのである。


「邪魔者の理事長は消えた!もうお前の味方はいないぞ、音咲らら華。俺の未来の代償だ。お前に地獄を見せてやるよ!」







「ゲートを閉じろ!部外者を一切入れるな!マスコミもだ!」


今回の特別審査の会場である、ここ帝国競技場。


競技場の周りは観衆に取り囲まれて、これ以上人が入る隙間もない。


12月14日午前8時を回った頃であろうか、その帝国競技場のグラウンド入場口に至る唯一の門が、会場の警備に当たる警察の一声で堅く閉じられた。それは、この特別審査への参加を志願した私と久留美が、ちょうどその門をくぐり抜けた直後のことであった。


私は、久留美と共に競技場のグラウンドへ足を進める。門からグラウンドまでの道のりはそこそこある。足を進めるにつれ敷地外からの観衆の声は次第に小さくなり、私がグラウンドへの入り口を抜けたとき、その声は吹き抜ける風で完全にかき消された。







帝国競技場のグラウンドに立つ。そこでは、バスから降りた自称アイドルたちが、既に勢揃いして審査の開始まで待機している。


その中で、こんなアイドルも、いた。


「へー、ここがあーしが一流アイドルになるところか~。イケてる~。」


彼女は参加者のアイドルらしい。競技場のステージ上に設置されたモニターを支える背後の鉄骨を、4階くらいの高さまでよじ登って辺りを見回す。


「ギャルルちゃん、危ないってそんなとこに登っちゃ!!」

「危ないから!降りておいで!!」


彼女の友人だろうか、二人のアイドルが鉄骨に登る彼女に向かって叫んでいる。


「あーしは高いところに登るのが好きなんよ。あんたも来る?」

「来ないよ!落ちたらどうするの!!」

「はあ?落ちるわけ無いよこんなとこ。あーしらはアイドル、腕の筋力も抜群なんだぞ?……あ。」


彼女が鉄骨にしがみついた足を開いて見せた瞬間、彼女は風に煽られて落ちた。


落ちる、落ちる。モニター背後の鉄骨からグラウンドまでの12メートルを。


「ギャルルー!!」


ドン、という音を立てる。彼女は、グラウンドの芝生の上で苦しそうに手足をバタつかせた。


それに気づいた警察数名。彼らはすぐに駆けつけてきて、彼女を担架で運んでいく。 まもなくして、救急車のサイレンが聞こえてきた。


【残存アイドル数:1001】


気づくとステージ上のモニターには、そんな文字が表示されている。


「どうしてこんなことになってるの?」

「なになにどうしたの?」

「誰か落ちて大怪我だって。」

「始まる前から怪我!?」

「きっとこれも自称アイドルXの仕業なんでしょ?聞きましたよさっき、Xが私たちを殺すって!」

「もうやだ、帰りたい!」

「私をここから出して!」

「ウェーン、寒いよお〜」

「おなか空いたよお〜」


アイドルたち1000人は、目の前の惨劇にその身を震わせながら、一連の出来事を遠巻きに見て、泣いていた。私も、あまりの出来事にかたずをのむ。


担架が場外へ運ばれると、今度はグラウンドの中央で、警察の男性二人が話し合っているのが見えた。


「あれ、1000人集めろって言われてたよな?なんでモニターの表示が1000人じゃないんだ?」

「二人遅刻するそうです。志願者二人が関東以外に住んでいるので。」

「それは既に反映されている。その上で変だと言っているんだ。見ろ。1001人はおかしいだろ。」

「あー、それ伝達ミスです。実は今朝、逮捕とは別に参加しにきた奴がいるんですよ。らら華と久留美。」

「あー、そうだったのか。しかし困るな。ここの『刑務所』は、当初の予定通り脱落者 999人分の受け入れしか用意してないぞ。」


「一人ここで処分するしかないでしょう。」


2人の会話を聞いていた別の警察が、片手に持った小銃をアイドルたちに向け、一人ひとりをジロジロ見ながら歩き出す。


銃口を向けられたアイドルたちは、ひどく怯えていた。


「おいおい、お前、いくら恨みがあっても銃を向けるのは良くない。俺がやるよ。」


そう言って先ほど会話していた警察官の1人が、彼の小銃を取り上げ、その小銃を降ろして歩き始める。


「ちょっと集めすぎた!おーい、誰か抜けたい者はいないか!?」


優しい声で、グラウンドを呼びかけて回る1人の警察官。この特別審査に参加したくない誰もが、「救世主だ」と思ったに違いない。すぐさま、多くのアイドルたちは彼の元へ走って押し寄せに行った。


「私が逃げたい!」

「いや私!」

「私だから!!」


私は遠くからそれを眺めている。ドドドと走り出し、一箇所に集まっていくアイドルは、まるで一つのエサに群がる猛獣の大群だ。その場にいたアイドルの半数近くがその警察官に詰め寄ったため、彼はたちまちもみくちゃにされ、ろくに身動きも取れぬほどになった。 その状態が10秒ほど続いたとき、


「うるせーお前ら!!!一旦下がれえ!!!」


そう叫んだ彼は、先ほど取り上げた小銃を構え、アイドルたちに向けた。


「キャーーー!!!!!」

「ライフル!!ライフル!!」

「やめてーー!!撃たないでーー!!!」


もちろん発砲はしていないし、トリガーを引く指はトリガーガードの外だ。しかし、銃口

を向けられたアイドルたちは取り乱し、ドーナッツの穴が空いたように彼から下がってい

った。連鎖的に発せられる悲鳴の中、その警察官から逃げようと走り出す人と、その銃が見えずにまだ集まってくる人とがぶつかり、次々と人がコケて、またそれにつまずき、負傷者の山があちこちで築かれていく大惨事。その光景は、まさにカオスと言うほかない。


そんな中で、


「こんなのは、先に逃げた人の勝ちなのだよ。」


そんな声が、私のすぐ後方から聞こえてくる。


私が振り向いたときには、その声の主は場外へ繋がるゲートを目指して、ただ1人、一目散に走っていた。


目にも留まらぬ速さで、少女は走る。混乱の最中、あまりにも巧みな行動に、グラウンドにいるアイドルたちはその賢明な彼女に気づくこともない。


それでも当然、競技場の入場ゲートを守る警察たちは、彼女の走りに気づいた。


「あいつのデータ。」

「井戸端カエル、危険度はCです。」

「危険度Cか。」


そう確認した後、その警察は声を張り上げて言った。


「井戸端カエル、逮捕無効!」


その合図で門は一瞬開かれ、特別警察は競技場をあとにする彼女を、敬礼で見送った。


【残存アイドル数:1000】


一人減り、モニターの表示がまた変わる。 予定通りの1000人。モニターの表示に気づき、ここから逃げる最大にして最後のチャンスを失ったと知ったアイドルたちは、満身創痍のまま、各々ひどく落ち込んでいるようである。


「おい、お前ら立て。座るな。寝そべるな。ここは留置所だぞ。俺らは今その行為を許可しない。」


グラウンドの至る所にいる警察が、失意に沈む彼女らに追い打ちをする。


「自分も逮捕無効になりませんか?」

「ならない。」

「まだ外にやり残してきたことがあるんです。」

「しつこいぞ!」


しがみついてきたアイドルを、警察は無情にも足で振り払った。



そのときだった。



「それくらいにしておけ。」


機械のような声。そしてファンファーレ。それらが場内に響きわたり、誰しもの思考を遮断する。ステージ上を見ると、アバターの「るいくん」が、職員の手で競技場のステージに運ばれてきていた。


「るいくんだ……。」


ようやくのお出ましである。この特別審査の仕掛け人の登場。全てのバス、そして私と久留美がここに着いてからおよそ10分。るいくんの登壇で、誰しもがそのアバターに目を向け、場は一瞬で静まりかえった。


高まる緊張に、しばし、沈黙が続く。そして、ついに。


「えー、皆さん、おはようございます。」

「……」


一呼吸置いてるいくんは挨拶した。しかし、誰も挨拶を返さない。


「挨拶!!!!!」


るいくんの声のみがむなしく響く。ずっと静まり返ったまま、固まったアイドルたち。


「早速か、想像通りけしからん奴らだ。私もこの業界を長年見てきたが、挨拶のできない奴なんて秒で消えてたぞ。挨拶はしっかりしろ。」


そんな注意がされる中、


「だ……」


私の後ろの方から声が聞こえてくる。


「ん?」


「……黙れよクソアバター!」

「私らを急に逮捕しやがって!」

「そうだそうだ!」

「今日の学校は?」

「そもそもだけどさあ、お前は誰なんだ!」


たちまち、アイドルたちから当然のように出た文句の数々が、るいくんを集中砲火した。


しかし、るいくんは涼しい顔で答える。


「私か?お前らニュース見てないのか。るいくんだよ。サブカルチャー担当の。」

「サブカルチャー担当大臣?」

「そんで、この特別審査の指揮をさせてもらいます。分かったな?」

「何が?」


一人のアイドルがキレながら発する。すると、るいくんは険しい顔をした。


「おい、あまり変な口聞くなよ?ここはどこかわかってるのか?」

「帝国競技場ですよね……。」

「昨日までは帝国競技場でした。でも、今日からは留置所です。留置所ですよ?つまり、我々は暴れる犯罪者を自由に懲らしめることができます。例えば、こう。」


るいくんの合図で、警察が一本の長いロープを持ってくる。


そしてすぐに、一人のアイドルの体を縛り上げてしまった。


「ちょ、やめろ、やめろって!」

「皆さん、これが捕縄です。他にも、非行者には法律に基づき様々な戒具を使用します。ですが、なるべく使いたくないので、いい子にするように。」


「……」


「返事!」


「……」


素直に返事ができるような雰囲気ではない。


「……実に残念だ。ああわかった。お前ら、1000人もいれば誰かが挨拶してくれると思ってるだろ?俺が欲しいのは、こんなとき、有象無象から抜きん出た1人なのだというのに。まあ良い、人が多くて挨拶できないのなら減らすまで。早速一次審査をして、お前らを減らしていきたいと思います。」


そう言うと、るいくんは険しい表情をリセットした。リセットしたということは、つまり、真顔だ。


「さて。その審査の内容ですが、……アイドルファンがアイドルに一番求めるものは何か。そこ、答えてみろ。」


るいくんが前方にいたアイドルに振る。


「歌のうまさ?」


「ルックスですね。この答えから逃げるのは、ルックスに自信ない奴です。」


答えた子がしょぼんとしている。さすがにかわいそうだ。人が本当に求めるのは優しさなんだよな、などと思っていると、


「……と、言いたいところだが、だからといってルックスだけ整えてアイドル面してる奴を、俺は許さない。だから、ルックスや歌より軽視されがちな、ダンスから審査します。まずはステップです。」


るいくんがそう言い直す。すると、先ほどまで残存アイドル数を表示していたステージ上のモニターが説明用のスライド画像に切り替わった。


「やってもらうのは、クラブステップ、ランニングマン、スポンジボブ、チャールストン、サイドウォークの 5 種。これを本番で披露してもらいます。さすがにできますよね?もう本番をしたいところですが、……1時間あげます。だから練習して下さい。下手な方から500人落としますよ。」


「500人!?」

「それって、ここにいるアイドルの半分じゃないの!」

「容赦ねーな。」


皆が驚いてる。しかし、アイドルのそんな姿には目もくれず、るいくんは話し続けた。


「えーそれと、巷で報道されている一流アイドル殺しのXの件ですが、我々が最終審査の日までに捕らえて対処するので、お前らは気にしなくて良い。以上。それでは、1時間後。」


それだけ言い残して、るいくんは再び職員の手でステージ裏へ運ばれていった。残されたのは、ステージ上のモニターが示す、5つのステップの説明。と言っても、それはとても簡略的な説明で、それだけを見てやれと言われても、初心者なら再現するのは難しいだろう。しかも、それを1時間後、つまり今8:20なので9:20までにできるようにならねばならない。


「……だってさ!どう?久留美。」


私は横にいた久留美に話をふる。


「えっと……それはどっちの意味……?」


慌てている久留美。


「舐めてもらっちゃ困ると思わない?これくらい今更練習しなくてもできるよねぇ?」


私は久留美の顔を覗き込んだ。


「え、え、そうだね、クソ簡単だわあ。」


そう語る久留美は、私から目を逸らし、額に汗をにじませているように見えたが、気のせいだろう。


「またクソなんて言葉使って。おうんち様でしょ?」


「うん、おうんち様。」


「そ。じゃあ私たちは1時間、のんびりしとこうか。」


「え?」


「まだ8時台でしょ?いつもはまだ寝てる時間なんだよね〜。」


そう言って、私は客席へ行き、横になった。

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