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第1話 自称アイドル、音咲らら華です♡ part9

「危なっ……!!」


ビュン、と振り降ろされたマイクスタンド。その足の棒の底面が、私の目の前スレスレを通り過ぎて、階段の角の部分に当たってカンと大きな音を立てる。驚いて、私はランタンを落とした。


「ちょっと!危ないじゃないですか!」


「おいおい後ろに下がるな。当たらないじゃないか。」


低い男声が荒い呼吸と共に聞こえる。私から 13 段先の暗闇に、立っている彼は、怯えながら興奮しているらしい。こちらをじっと見つめているようだが、彼は影の中におり、姿はよく見えない。彼は身⾧ 180cm あるかという高身⾧。そして特徴的なのは、反射で光る丸眼鏡だ。


「あれ、そうだよね?『自称アイドル』、音咲らら華だよね?」


彼は、マイクスタンドの底をガリガリと床に引きずって、私の方へ向かって、ゆっくり、ゆっくりと階段を降りてくる。


彼が 3 段ほど降りたときである。踊り場に立つ私の背後側の窓、その外から、月の光が、強く、強く差し込む。そして、その人物の姿がゆっくりと、はっきりと照らされていく。


疑いの余地はない。私は、その人物を知っていた。


9時間程前、今日の昼、キャンパスの広場で出会い、話し、一緒に放送をした……

放送部の部長、その名も


鯉山、であった。


「ほら、あなた、音咲らら華、だよね!!」

「…違います。」


私は鯉山部長の呼びかけに対して震えた声で嘘を呟き、一歩、また一歩と後ずさる。


「違うわけあるか!あなたは、自称アイドルの音咲らら華だ!!」


彼は大声を張り上げ、再び私の名前を叫ぶ。彼がまっすぐにその 13 段を降り切る前、彼が再び振り上げたマイクスタンドがはっきりと見えた。高さ 1.5m程の⾧さがあるそれは、どこかに接触したときの音が金属バットのようだ。素材はやはり鉄であろうか。判断は付かなかったが、それはおそらく私を「殺る」ための道具だ。それで襲われたら「ヤバい」ということだけは、すぐに察せた。


それに気づいたとき、私は配信していたスマホをポケットに入れ、すぐさま引き返して

今上ってきた階段を駆け下りだした。もちろん逃げるためだ。しかし直後、部長は「そう

はさせない」と上階段と下階段を挟む手すりを跳び箱の如く飛び越えて、私の前に立ち塞がった。そして、彼はマイクスタンドを目の前で大きく振り回して見せ、威嚇する。「ここを降りたければ、僕を倒してからにしろ」とでも言ってそうなたたずまいである。しかして、退路は断たれたのである。


4 階から下が行けないとなると、もう 5 階へ逃げるしかない。私はとっさに方向転換を

し、5 階のフロアを目指して駆け上がりだした。


「逃げるか!くらえぇ!!」


もちろん、彼は私を追い、攻撃する。まずは一発、部長が私めがけて横の壁面へ叩きつ

けたスタンドマイクを、私ははとっさに避ける。しかし、「なんとか避けられた」と安心

したのもつかの間。それに気を取られていたために私は段を踏み外し、階段に覆い被さる

ような体勢で盛大にこけた。


こけた際、両膝を段の縁に打ち付けたようで、両膝に激痛が走る。それでもひるむこと

なく、すぐに起き上がろうとする私。しかし振り返ると、部長が頭上でマイクスタンドを

構え、上から下に振り降ろしにきているではないか。


「きゃっ!!……ち。」


私の脳天がかち割られるすんでのところで、私はこけた姿勢のままスタンドマイクをキ

ャッチ。グッと握りしめたマイクスタンドは、キンキンと冷たい。そして重い。確信した。これはマイクスタンドというより、やはり金属製の鈍器である。私がそれを手で握っていてもなお、部長は振り下ろしたスタンドマイクを持つ手を緩めることなく、私に対し体重を加えてきた。


マイクスタンドを私に当てダメージを与えたい鯉山部長と、それを阻止したい私。こうして両者がマイクスタンドを掴んでいる間、私たちの動きは互いに抑制され合い、時が止まったかのように硬直していた。そこに、会話をするだけの余裕が生まれる。


「あなた放送部の鯉山部長でしょ……なんであなたが今ここにいるの……!」


「いないとでも思った?残念!放送部一同はまだ居残り中だ。」


「そんな……!外から見たときには、どこも電気は消えて……。」


「知らないわけないよね?放送室ってのはね、採光のための窓がない。昼間に確認しなかったのか?」


そう指摘され、私は昼に放送室に行ったときのことを思い出す。確かに、放送室とは窓

のないところであった。そうだ、全てが繋がった気がした。この建物に鍵がかかっていな

かったのも、偶然なんかじゃない、彼らがまだ、この建物内にいたからだったのだ!


「……で、なんでこんなことするの?放送部が私に何か?」


「おっと、そういえば大切なことを言い忘れていたな。」


鯉山部長は一度目をつぶって、そして大きく見開いた。


「放送部じゃなくて、元・放送部ね?放送部ならな、あの放送のあと、学長に潰されたよ。廃部だよ!!」


「……!」


「全部あなたのせいだ!!!」


鯉山部長はそう叫ぶと、一層強い力でマイクスタンドを私から奪い、再び私めがけて振り下ろした。それを転がりながら避ける私。それでも懲りずに部長がまたマイクスタンドを振り上げる前に、私はなんとか立ち上がり、全力で階段を駆け上がる。


昼には爽やかな好青年のように見えた鯉山部長。しかし、今はもはや爽やかさのかけらも感じない。マイクスタンドを薙刀のように振り回し、私へ何度も襲いかかる。階段の上で私はそれをかわしつつ、5 階を目指して駆け上がる、駆け上がる。


「来た、5 階!」


「くらえ!正義の鉄槌!!」


直後、背後から部長が一層強く握ったマイクスタンドを振る。私を肉塊にして建物の外

までかっ飛ばすつもりかというほどのスイングだ。


だめだ、気づくのが遅かった。避けきれない。


だからスイングをくらう前に、 私はとっさの判断で鯉山部長にタックルを食らわせた。


別に突き落とそうとしたわけではない。しかし、バランスを崩した鯉山部長は、タックルを食らった勢いのままゴロゴロと階段を転がり落ちていく。


1 秒後、部長は踊り場の隅で、全身を打ち付けてうずくまっていた。両手は頭部を抱えており、手から離れたマイクスタンドは、部長のさらに横側へ転がっていた。


私はその隙に 5 階の⾧い廊下を走る。決して闇雲に走っているわけではない。この廊下

を無事に抜けられたら、この先にもう一つの階段があるはず。私はその階段から一階まで

降りて、建物の外へ避難しようと考えていた。


「おのれ……トレードマークの丸眼鏡を割りやがって。」


鯉山部長は、踊り場の影の中でゆっくり体を起こし、体を震わせてつぶやいた。もう勘弁ならん、という鬼の形相。右手には、割れた眼鏡を持っていた。


「まあいい。眼鏡なんて正直視界の邪魔だった。お前の泣き叫ぶ顔をよーく拝むなら、や

っぱ裸眼が一番だよな。」


そう言うと、部長は眼鏡を下りの階段のある方へぶん投げる。眼鏡は、砕け散りながらカラン、カランと軽い音を立てて階段を転がり落ちていった。


その音も聞こえなくなった頃、部長は開いた右手を伸ばしてマイクスタンドをこちらへひきずり寄せ、手にしたそれを杖のように使って立ち上がり、のそっ、のそっとゾンビのように歩き出す。もちろん、私を追いかけ、背後から襲うために。


「らら華ァ!俺の華麗なマイクスタンドさばきを避けきり、あげく俺に傷を負わせるなん

てぁ、なんて運動神経だ。感心したよ!」


部長の通りのいいバカデカい声が、これまでよりずっと強い殺意を乗せて、5 階の端から端へに響き渡る。


「ごめんね!アイドルって、文化部系じゃないんだ!」


つい、私も対抗して無駄に大きな声を出した。


「ヤロウ、俺ら放送部が文化部系のトロくてダサい陰キャクラブみたいに言いやがって。俺たちだってな、殺るときは殺るんだよ。おい、部員2号、3号、4号!やっちまいな!!」


部長が放ったその合図で、部員たちが教室や廊下の物陰から飛び出してきた。


「これ以上の侮辱は許しません!」

「放送部の伝統ある掟が言っている!」

「『一つ、放送部の評判を下げる者、放送部の存在を脅かす者は、直ちにこの世から取り

除け』、と!」


気づけば、一本道の狭い廊下で、私は袋のネズミになっていた。


「しまった!」

「決まったァ!!」


私は、一瞬でその三人に取り押さえられた。さすがに三人に押さえ込まれては、いくらアイドルの私といえど抵抗もできない。


「放して。放……」

「ちっ、手間かけさせやがって。」


裸眼の部長が、のそっと私の前にやってくる。もちろん、まだ手にはマイクスタンドを持っている。それを動けない私の目の前に構えてちらつかせながら、私の前をうろついている。


「大丈夫、殴らないよ?殴らないから……なッ!!」


突然、部長はマイクスタンドを私のすぐ際の床にたたきつける。床にパアンという破裂

音と振動を響かせたマイクスタンドは、その衝撃で真っ二つに折れた。


「きゃあ!」


私は驚き、声を上げた。


「ほう、この女良い声で鳴くじゃねえか。あ、いいこと思いついた。おいお前ら、この女を放送室前に運ぶぞ。」


「了解。」


私は三人に押さえつけながら、放送室前まで移動させられた。そして、放送室の扉が開かれた。


暗かった廊下に、扉からの光が差し込む。まぶしくもある。光の中から現われたのは、あのときの放送室だ。昼、私が放送したときの。しかし、あのときに比べ、室内はかなり荒れているようだった。昼、私が紅茶を部長から振る舞われたときのティーカップも、床で粉々になっているらしい。他にも、物という物は破壊され、床に投げ捨てられているようだった。


放送室の厚い扉も、よく見ると傷だらけでボコボコだ。もっとも、私は顔も部員に押さえ

られているためあまりよく室内が見えず、目の端で見てそう判断しているに過ぎない。


放送室の側まで運ばれて、ふと、こんな単語が私の頭をよぎった。リンチ。集団リンチ。


そうだ。部長は私を、防音にして密室の放送室内でリンチしようとしているのだ。放送室のドアをしっかりと閉めてしまえば、きっともう何でもやりたい放題なのだ。誰にも気づかれない。誰にも助けが呼ばれない。そして、私をいたぶり、四肢をへし折り、気絶させたところで放送室に放置する。放送部は廃部となったらしい。ならば、きっと明日もあさっても、この部屋には誰も来ない。そして、私は誰にも発見されることなく、ここで死んでいくのだ。


「やだ、それだけはやめて!!」


「は?何を妄想してやがる。殴らねえつってんだろこのバカ女。」


「でも絶対酷いことする!!」


「被害者面すんな。俺らはてめえの罪を償わせる手伝いしてやってるんだろうが。おっと、そこで大人しくしとけよ?ちょっとおもちゃを取ってくるから。」


そう言って、ボブは一人で放送室に入っていった。


「え、この女を中に入れる算段では?」


私を押さえる部員の一人が部長に聞く。


「すまないが、中は散らかっててなあ……それ以前に、こいつみたいな悪人を神聖なる放

送室になど入れるはずもないのだが。」


放送室の奥の方から片手間にそう答えた後、すぐに放送室から出てきた部長は、手に何やら紐状のものがついたブツを持っている。


「じゃーん、ビリビリペン。知ってる?これ。」


バラエティ番組の罰ゲームで見たことがある。ペンの先から電気を流し、流された人が痛がる様子を見て笑う、たちの悪いおもちゃだ。


ただ、今目の前にあるものは、何かおかしい。一般的なビリビリペンでなく、ペンの頭から電線が繋がれ、その先が大きなコントローラーへと繋がれている。


「市販のビリビリペンはたった10ボルト程度だが、これは歴代の先輩たちが改造してきた特別製で、最高10万ボルトまで出る。今日はこれを使おう。」


部長が私にそう説明している間に、私は部員3人に縄で縛られた。もう身動きができない。


「ほら、部員5号!やってやれ。」


部長は、放送室の方へ声をかける。すると、中からまた新たに一人、部員が出てきた。見るからに年下の男。彼はゴム手袋、ゴム長靴をして、部長から渡されたビリビリペンを両手で持ってこちらへ歩いてくる。私は彼を知っていた。


「田戸カケルくん!」


昼間、ラーメン屋の待機列で会った子。本当は今日、昼放送の担当だった子だ。


「……本当にごめんなさい。」


それだけを、彼は申し訳無さそうな声で、私の耳元でささやいた。


そして彼は私の後ろに立つと、手に持ったビリビリペンの先を、静かに私の口の中にねじ込んだ。


「お!わかってるじゃねーか。冬場は肌が乾燥して電気通しにくいからな、電気流すなら直接体内に入れた方がいいんだ。」


何がわかってるのか。直接体内に電気を流せば、少しの電気でも大ダメージではないか。本当に私が死んでしまうぞ。


「しっかり固定しとけよ?」


部長が田戸に命令している。田戸の顔はここからは見えるはずもないが、頷いたのだろうか。私の口に入れられたビリビリペンは、くくりつけられた紐によって外れないように固定された。


「それと、これをこいつの近くに置いとけ。」


「はい。」


見覚えのあるハンドマイクが、私の近くに投げ置かれた。昼の放送で私が歌うのに使ったものだ。


「よし、準備完了だ。部員2号、放送室に入り、放送開始ボタンを押してこい。」


「承知。」


「……え?」


一体今から何が始まるというのだろうか。今目の前で起こっていることに、頭が追いつ

かない。見ると、部長はポケットからピンマイクを取り出し、「あー、あー、」と声を出し

ていた。


そして、部長の笑みとともに、それは始まったのである。


「えー、紳士淑女の皆さん、こんにちは。こちら放送部・鯉山です。12月13日月曜日、夜9時10分をまわりました。只今より、放送部による最後の放送をお送りします。」


部長の興奮した声が、マイクに乗っている。初めは疑ったが、その音声は間違いなく、建物の内外に設置されたスピーカーからも聞こえてくる。つまり、この放送が、本当に夜のキャンパス内外に響いているのだ。


「さて、皆様、大変⾧らくお待たせいたしました。今日は予定を変更して、特別企画をお送りいたします。題して、『自称アイドル・音咲らら華の「みせしめ」スナッフ放送!』!」

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