エレノアの敵意
一体何?ユイカは下を向いたまま息を呑んだ。
エレノアはこのブーツに見覚えがあった。ラファエルが池に落ちた時に抱きかかえていた女だ!こんなところにいたのね。今すぐその顔を見るわ。「あなた!今すぐ顔を上げて!」エレノアの声だ。エレノアは閉じた扇子を下を向くユイカの顎先に当て上を向かせようとして来た。一体何?エレノアは何をしたいの?ユイカは一瞬恐怖を感じ身体が萎縮した。顎先の扇子に力が入ったのが伝わってきた。ユイカは両手を握りしめた。もう逃げられない、、。覚悟を決めて顔をあげようとした。
「エレノア!何をしている!!行くぞ」ラファエルが強い口調でエレノアに声をかけた。「も、もうし訳ございません」エレノアはラファエルの迫力に押され扇子を引き、すぐに歩き始めた。
あの女の顔を確認できなかったことが悔しい。エレノアは一度振り返り頭を下げる女をもう一度見た。まさか、、ユイカ?エレノアはユイカを思い出そうとした。黒髪に黒い瞳、、今の娘も同じ黒髪だった。しかし黒髪の女などどこにでもいる。やはり顔を確認できなかった事が悔しい。エレノアは扇子を握りしめ、ラファエルの後を追った。
ユイカはエレノアのあとにもう一人ドレス姿の女性がいるのが分かった。昨日見かけた第二夫人だ。小刻みに震える両手をさらに強く握った。こんな所でこんな風にラファエル達に会いたくなかった。ラファエルと愛し合っていてもここでは赤の他人で皇帝にとって私は特別な人間ではなくその他大勢だとまた思い知った。エレノアの敵意に権力も立場もない私はどうする事も出来ずその恐ろしいほどの圧力を受け止めるしかない。逃げる方法さえない。
エレノアの後ろを歩いていたヘレンはなぜエレノアがあんな田舎娘に絡んだのか分からなかった。その理由が気になったが、それ以上にラファエルが強くエレノアを牽制した姿が印象的だった。ラファエル様とエレノアは仲が良くないかもしれない。まだ自分にはチャンスがある!ヘレンはエレノアの後ろ姿を見て口角を上げた。その場所を譲ってもらうわ。
ユイカはエレノアの敵意に対し恐怖と緊張で倒れそうになった。ラファエル達が去り顔を上げてため息を吐いた。ふと横を向くと全員がユイカを見ている。どう考えてもエレノアのあの言い方は好意的じゃない事が誰にでも理解できる。もういいや、言っちゃえ。「あはは、皆さん驚かせてごめんなさい。私、、どうやら嫌われているようですね、、、。」ユイカは力無く笑いながら言った。しかし皆真剣に捉え難しい顔をしユイカを見ている。
「ユイカ様、俺らユイカ様の味方ですから、お姫様よりも田舎娘のユイカ様が好きです」ダットが口火を切った。「おう!そうだ!俺たちはユイカ様の味方で俺らの田舎娘を意地悪な皇后様から守るぜ!」その言葉を聞いてユイカは驚き言った。「ここでそんな事言ったらいけませんよ!それに、、田舎娘ってひどいです!誉めていませんよね?」「褒め言葉です!!」そう言ってみんな笑い出し、場の雰囲気も柔らかく変わった。ああ、よかった。少し気分転換が出来た。
「皆さん、ありがとうございます。私が仕事でなかなか結果を出せないから皇后様にご迷惑をおかけしているだけなので、誤解なさらないでね」そう言ってユイカは皆に微笑み「じゃあまた色々決まったら会いましょう!!」と手を振ってそのまま執務室に戻った。
この三日間は壮絶な三日間だった。仕事は思った以上にスムーズに進み、想像以上の成果が出せた。けれどラファエルの事、目の当たりにした現実は想像以上に辛く今も手が震えている。このままタウンハウスに戻りたくない。どこか自分を解放してくれそうな場所に行きたい。、、海、海が見たい。
ユイカはタウンハウスに帰る前に海が見たいと伝え遠回りしてもらい海岸に行った。アディは城での仕事が終わらず一緒に戻らなかった。
ユイカはエデルと共に海岸に降り立った。砂浜を歩きそっと海水に触れた。そして少し歩き砂浜に座りずっと海を見つめていた。私は何をしているんだろう?顔を見ることも許されない人を愛して、愛されても現実はそばに近寄ることさえ許されず、こうして一人で海を眺め行き場の無い気持ちを押し殺さなきゃいけない。これを何度繰り返すのだろう?もし、永遠にこんな繰り返しをしなければならなかったら?
もう、、耐えられない!
ユイカは立ち上がり海に入って行った。このまま進めばここから逃げる事が出来るかもしれない。元の世界に逃げられるかもしれない。あの時はただ会いたくてここに来た。でも今は逃げたい。この現実から逃げたい。
エデルは突然海に入って行ったユイカを追いかけ捕まえた。「ユイカ様!!一体何を!」「離して下さい、私を追いかけないで」ユイカは泣きながらエデルから逃げようとした。「ユイカ様!!ダメです!!離せません!」
エデルは力ずくでユイカを海から遠ざけた。そのままユイカが逃げないように腕を掴みを引っ張った時にバランスを崩した。エデルはユイカ守るようにを抱きしめ砂の上に倒れた。ユイカはそのままエデルの胸の中で泣いた。
エデルは指一本動かさずユイカに胸を貸した。ジュリアナに対してではなく、ラファエル対して目を逸らすようなやましい事はしたくない。けれどラファエルが愛しているユイカを放っておくことは出来ない。今だけはラファエル様の代わりにユイカ様にこの胸をお貸しします。お許しください。エデルは心の中でラファエルに謝った。
泣き続けていたユイカは程なくし泣き止んだ。
「エデル様、色んな意味で、、申し訳ありませんでした。本当にごめんなさい。反省しています。」
エデルは何も言わずに微笑んだ。「どうかラファエルには、、言わないで下さい。お願いします」
ユイカはエデルに言った。エデルは報告しない訳にはいかない。しかしユイカの気持ちを考え言わない事を望むならそうしてあげたいと思った。なぜならラファエルの次に忠誠を誓った相手だからだ。エデルは黙って頷いた。
翌日、ユイカは休みをもらった。三日間一人で仕事をしたご褒美だ。
朝から何も考えずベットの上でダラダラと過ごしていた。
昨日感情的になって自分を制御出来なかった。本当に恥ずかしくて辛い。きっとこんなことを繰り返さないと図太くなれないのかもしれない。でもとても苦しい。やっぱり逃げたい。だけど自分が選んだんだから。
、、少し心も体も頭も休めよう。ユイカはとにかく眠った。
次に目覚めた時は翌日の朝だった。目を開けると少しスッキリとした自分がいた。すごく疲れていたんだわ。今日もゆっくりとしよう。ユイカは着替え部屋を移動し、テラスに出て朝食をとっていた。久しぶりにゆっくりと食べる朝食は心もお腹も満たしてくれる。ユイカは食後の紅茶を飲み景色を楽しんでいた。「ユイカ様、おはようございます」アディが来た。
「アディ様おはようございます」ユイカは笑顔で挨拶をした。アディとはあの日、ポール達が城に来た日以来会う。「アディ様お久しぶりですね。お元気ですか?」ユイカはあの日大笑いしたアディを思い出した。私があんな大騒ぎを起こしても笑って自由にして良いと言ってくれたアディはジャスミンと同じユイカの心の支えだ。
「ユイカ様、あなたの近くにいたら笑顔が絶えません、又今日からよろしくお願いいたします」アディは笑顔でユイカに言った。「ラファエルのお手伝いはもう良いのですか?」ユイカは聞いた。「ええ、また出かけますがそれよりラファエル様はユイカ様のことだけを聞きたい方ですから、時間が空いたらユイカ様の側にいないと怒られます」アディは呆れ顔で笑った。




