6杯目 いざ、初デートへ
僕は今、とても緊張していた。と言うのも、大学が休みの土曜日の午前9時50分。待ち合わせ場所で、根明さんが来るのを待っていた。人生初デート、相手が来るまで待つ、この時間は意外と好きかも知れない。だが、緊張しすぎてちゃんと喋れるかわからない……まぁ、喋れないのはいつもだけどね?
待ち合わせ時間、5分前。道行く人の中で一人、一層目を惹かれる綺麗な女性が目に入った。かく言う僕も綺麗だと思った。だが何故だろう? その女性は、次第にこちらへ近づいて来るにつれ走ってきている。そして僕の正面にて立ち止まる。
そして、立ち止まった女性は言う。
「ぜーぜー、ひー、なんとかぁ、はぁはぁ……なんとかぁ……間にあ……った……お待た……せ根暗……くん……」
「……っえ!? も、もしかして、ね、根明……さん?」
「はぁはぁ……そう……だよー! 誰だ……と思った……の? はぁはぁ……」
「い、いや……綺麗な人が、走って……あ、な、何でもないです……」
「……っえ? 根暗くん、今なんて……?」
やってしまった……つい、走ってきた驚きに見惚れていたことを言ってしまった……僕は急いで訂正し、彼女の方を見ると……
そこには息を切らせながら、茹で蛸のように顔を赤くした彼女が立っていた。
もしかして、僕の「綺麗な人」って言葉に照れてるのか? とも思ったが、彼女に至ってはそれはないだろう。彼女程の容姿なら、美人なんて言われ慣れてると思った僕は、走ってきたからだと納得した。
「……と、とりあえず待ってて……ください……」
僕はそう言うと、自動販売機に行き、水を買って彼女の元へ戻る。
「あ、あの……こ、これよかったらどうじょ……あっ」
はぁ。噛んだ。その水を彼女に手渡し、何でこう言うことをもっとかっこよくできないのかと後悔に苛まれた。
「ありがとう! 根暗くん! でも噛んだね……」
彼女は水を受け取ると、少し息が落ち着いたのか僕を揶揄う。その後、少しだけ休んで今日の目的地へ行くことにした。
目的地までは徒歩3分。その道中、彼女は不意にこんなことを言ってきた。
「ねぇ、根暗くん? さっきはちゃんと言えなかったんだけど、遅れてごめんね」
「だ、大丈夫……です……ぼ、僕もそ、その、来たばかりだったので……」
「絶対嘘だー! 私の予感だけど前日か何かに調べたセリフでしょ?」
「……………………」
彼女の言ったことに、僕は何も言う事ができなかった。図星だから……
確かに彼女が来る20分前に着いていた。駅から家まで徒歩30秒。9時40分に出た僕は、41分には着いていた。だけど、ここでは正直なことを言うべきでない事くらい、ラノベで学んでいる。
しかも、初デートに早く来ている事が知られたら、気持ち悪いと思われるだろう。だから、必死に僕は取り繕った。
「い、いや……ほ、本当なん……です……」
「いいよ。私が遅かったのは事実だし!」
「し、信じてください……!」
「そう? 分かった信じる! それよりさ、この服、かわいい?」
納得してくれたであろう彼女は、僕に問う。言われた通り服装を見ると、純白のワンピースに麦わら帽子を被っていた。服装は正直可愛い。しかし、麦わら帽子は早くない? そう思った僕は直接言ってしまう。
「そ、その……ワンピースは、お似合いです……で、ですが麦わら帽子は、は、早くない……ですか……?」
「これはね、日焼け予防! 今日暑くなるって聞いてたから! 何でもまだ4月上旬なのに、29度位あるみたいだよ」
「……29!? それは、あ、あ、暑くないですか!」
「だよね! まじ暑いよね! あ、そうだ! 根暗くんいつまで敬語使ってるの? そろそろタメでいいのに……」
「す、すみません。敬語……じゃないとダメな気……がして……その。何というか……僕は陰の者ですが、ね、根明……さんは陽の者な感じがして……」
「……? 陰とか陽とか気にしないのに……! 敬語やめてね……?」
「が、頑張りま……あ、が、頑張る……」
今日の根明さん本当どうしたのかな? 僕は、タメで話すの家族と、愛理くらいしか居ないのに……愛理はクソ生意気な妹みたいな感じなんだけどね。いきなり大学一陰キャな僕が、大学一美人な根明さんにタメで話して良いものなのか……なんて考えている内に目的地のお店に着いた。
「着いたね! ここだよね? 根暗くんの言っていたところって」
「は、う、うん。こ、ここだね……」
「めっちゃ美味しそうなのいっぱいあるね!」
「そ、そうで……そうだね……」
僕達は、店内に入るなりそんな話をしていた。
「いらっしゃいませー! 二名様ですか?」
奥から若めのアルバイトの女の子が出てきた。そして次の瞬間、彼女は耳を疑うことを言い出した。
「はい! カップル割引ってあるんですよね? 使ってください!」
「かしこまりました。では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」
「はい!」
「……えっ!? 根明さん、僕達カッ……」
そこまで言うと彼女は僕にこれ以上喋らせないつもりか、シーと人差し指を口の前に当て、ウィンクをした。僕はそれ以上は、口をつぐんで彼女と共について行くのであった。