30杯目 記憶の片鱗
〔(陽華)陰雄くん。どうしても伝えたい大事な話があるの。放課後空いてるかな?〕
講義が始まる直前に、根明さんから来たメッセージ。俺はこれに、「分かった」とだけ返事をして講義に臨んだ。
話とは一体なんなのか。そんなことを考えていたからなのか、講義が頭の中に入ってくることはなかった。
もやもやとした、気持ちを抱えながら残りの講義を受け終え、遂に放課後となった。俺は根明さんに、指定されたとあるお店に向かう。
お店の名前は、【BAR・Born】人気の少ない路地裏にひっそりとある、薄汚れた小さなバーだった。目的地に着くなり、なぜか少し頭が痛くなるのを感じる。
頭の痛みを、気の所為だと思いつつ店内へとつながる扉を開ける。
────カランカラン
薄汚れていた外装とは違い、店内は程よい暗さで、綺麗な内装になっていた。俺が入ったことに気づいたのか、こちらに一人の男性(?)らしき人物が近づいてくる。
その男性(?)は俺の前に来るなりこう切り出す。
「陰雄ちゃんじゃない! あら、どうしたの? その姿で歩いてるなんて珍しいじゃない!」
どうやらここも、来たことがあるみたい。そして、マスターらしき人は男性ではなく、オネエさんらしい。そんなオネエさんに、根明さんが説明をしてくれた。
根明さんの話を聞いたオネエさんは、静かに一言。
「陰雄ちゃん……大変だったのね……ワタシの胸に飛び込んでおいで」
「……えっ」
彼女はそう言うと、俺が言葉を発する前に抱きついてきた。オネエさんとは言え、ガタイだけで言うとアメフトの選手並。そんな彼女に抱きつかれた俺は、このままでは潰される。そう思った時だった……
「重ちゃん!! 陰雄くん苦しそうだからやめてあげて!」
根明さんにそう言われ、やっと解放される。
いや、本当に助かった。ありがとう根明さん。と、何故か俺は心の中で思うだけで口に出すことは出来なかった。
何故だろう。その違和感の正体は分からないが、考える度苦しくなった。
◇◇◇
〔(陽華)陰雄くん。どうしても伝えたい大事な話があるの。放課後空いてるかな?〕
私は今日、陰雄くんに私のしてしまった事を伝えようと思い、メッセージを送った。陰雄くんが苦しむと分かっているのに……
メッセージを送ってから時間が経つにつれ、何をどう話したら良いか分からなくなってしまう。
私は、陰雄くんを連れて親戚の 雄二姉さんの営むバーまで歩きながら頭の中を整理する。
そして、私は覚悟を決めた。ありのままを全て話すことを……
覚悟を決めると同時に、お店に着いたのでドアを開けて中へと入る。
「いらっしゃい……あら、陽華ちゃんじゃない! 陰雄ちゃんも久しぶりねぇ!」
と、事情を知らない雄二姉さんが元気よく出迎えてくれた。陰雄くんの今のことを知らない雄二姉さんは、困惑する陰雄くんを見て私に問う。
「陽華ちゃん、陰雄ちゃんどうしたの?」
「実は……」
私は、全てを話した。記憶喪失になってしまったこと。忘れてる記憶を今日全て話そうと思い、ここに来たことを話した。それを聞いた雄二姉さんは、私に言う。
「確かに話すのは選択としては間違っては無いと思うわ。話すに至った理由さえ間違ってなければだけどね」
「理由……」
その言葉を聞いた瞬間、私は胸がチクリと痛む。話すと覚悟を決めた理由、それは他でもない私の為であるから……
「理由、聞いてもいい?」
色々考えてる私に、雄二姉さんは問いかける。私は頷き、正直に答えた。
「私がこれ以上他人として扱われて生きるのが辛いの……だから記憶が戻れば、私と両思いだと思ったから……」
私は話しながら涙が溢れていた。雄二姉さんは、静かに聞いてくれている。そんな雄二姉さんに続けて話す。
「全て私自身の身勝手でしかないのはわかってる……でも……でももう嫌なの。自分の気持ちを押し殺して陰雄くんに接するのが……」
「なるほどね」
「陰雄くんが私に告白してきてくれた時、気づけなかった私が全て悪いのは分かってるの。でも、両思いだったことが分かったのに自分の気持ちを伝えられないのは辛いよ……」
自分の思いを全て話した私は、号泣していた。陰雄くんが居ることを忘れてしまうくらいただただ泣いていた。そんな私を慰めつつ雄二姉さんは言う。
「落ち着いて陽華ちゃん。ゆっくりでいいから深呼吸しなさい。陽華ちゃんの辛い気持ちはよくわかったわ。でも厳しいこと言うけどいい?」
私は無言で頷く。
「あの時気づけなかった陽華ちゃんは、悪くないわ。勿論陰雄ちゃんもね。ただのすれ違いだったんだもの。だけど、その理由じゃ陰雄ちゃんに話すのは私が許さないわ」
「そう……だよね……ごめんね雄二姉さん。陰雄くん、話すのはまた今度でいいかな?」
私は、そう言い店を後にしようとする。そんな私を雄二姉さんは引き止める。
「待って! まだ話は終わってないわ。陽華ちゃんが根が優しい子なのは私が知ってるわ。その理由も本当なのだろうけど、ひとつ隠してるわよね?」
「……えっ?」
私は驚き、思わず聞き返す。そんな私を他所に雄二姉さんは続ける。
「陰雄ちゃんでもなく陽華ちゃんでもない、誰か他の子の為。そうでしょ?」
「…………」
何も言い返せなかった。愛理ちゃんにすごく申し訳なく思ってることなんて誰にも言った覚えは無い。だからこそ、早く記憶を戻して欲しいと思っていたのも事実だったから……
「図星のようね。それなら私は話してもいいと思うわ」
雄二姉さんにそう言われ覚悟を決めて切り出す。
「陰雄くん、あのね……」
私が話し出す瞬間、陰雄くんは頭の痛みを訴えながら倒れてしまった。
──この日から私は、陰雄くんに避けられてしまうことになる。




