29杯目 ”元”隠キャの陰雄くん
「……はぁ」
記憶が無くなってから大学に行くと、妙に視線を感じる。そんな事を大学に行く準備をしながら考えては、ため息を零す。
歯を磨き終え、準備も全て終わり家を出て、重い足取りで大学へと向かう。
「……イ!」
大学まで後少しという所で、後ろから声が聞こえてくる。声のする方に振り返ると、そこには昔からよく見慣れた可憐な女性が手を振りながら走っていた。俺は、そんな彼女に言う。
「……愛理は朝から元気だな」
「センパイは朝から元気ないですね!」
「大学に行くのが少し……ね……」
俺がそう言うと、愛理は何を言っているのだろう。と言った顔をしてこちらを見つめている。伝わってないことに気づいた俺は、簡潔に話した。最近の大学での悩みについて。
「なぁんだ! そんなことでしたか!」
「人ごとみたいに……そんなに一日中視線を感じると疲れるんだよ。てか愛理今日1限からなのか?」
「いや? 違いますよ? この時間に来てセンパイの眠そうな顔拝んどこうかと思って! 後、視線の事はしょうがないんじゃないんですか?」
愛理の言うことの意味がわからない俺は首を傾げる。歩きながら考えていると愛理は続けた。
「だってセンパイ、今まで隠してたそのモデル並みにかっこいい顔面を晒してるんですよ? …………あっ」
「……」
「…………」
愛理の言った言葉により、俺たちは顔を赤らめて黙り込む。それから、大学に着くまで俺たちの間に会話はなかった。
「……じゃ、じゃあ、俺は行くから」
大学に着くなり、俺は愛理に手短に挨拶をして講義室に向かう。ここからいつもの大勢からの視線を感じることになる。
俺は、視線を感じつつも講義室のいつもの席まで辿り着き、机に突っ伏す。今この瞬間でさえ、視線を感じてしまう。みんなどんだけ俺のこと見るんだよ……なんて事を心の中で言いつつも、思考を切り替えて晩御飯の事について考え始めた。
────そんな時だった。
「あ、あの! ねくりゃくん……」
誰かが俺のことを呼ぶ。噛みながら……
その声に反応するように顔を上げる。そこには根明さんでもなく、愛理でもない、見ず知らずの女の子が立っていた。
「えー……っと」
パッと名前が出てこず、困惑している俺に彼女は言う。
「山下です。山下 美鈴。根暗くんに謝罪とお願いをしたくて……」
「謝罪とお願い?」
「はい。どうしても言わなきゃ……そう思っても言う勇気が出なくて。でも言わないといけないと考えてたら、夜も寝れなくて……」
「まあ、今の俺は謝られても覚えてないんだけどね……」
「……ううん。それでもいいの」
記憶を無くしてると言うのもあるが、謝られるようなことをされた覚えはない。だが、もしそれが彼女の望みなら……と俺は彼女の話を聞くことに。
「そっか。じゃあ聞くよ。謝りたいことって?」
「……私根暗くんが記憶を無くす前、根暗くんに酷いことたくさん言ってしまったの。今更謝っても遅すぎると思う。でも、もう嫌なの。謝りたくても勇気が出ない。このことを毎日毎日考えて夜寝れないのは、もう終わりにしたいの……」
要約すると謝れないと言う葛藤で夜寝れないのが嫌で、今記憶を無くしている内に謝りたいと言うことらしい。確かにあんな姿じゃ、馬鹿にされるのもわかるけど……俺はそんなことを考えながら、あの日のことを頭に思い浮かべる。
まあ、何というか卑怯なもんだよな。と、思うところはあったものの話を続けてもらう。
「許すも何も何も覚えてないんだから、今は何も言えないってのが謝罪に対する俺の答えかな。で、お願いって?」
「……そう……だよね。お願いは、今の答えからして無理なんだろうけど、私と友達になって欲しい……」
「なるほど。とりあえず、現段階では何も言えない。ごめん。また記憶が戻った時にでもちゃんと答えさせてほしい」
俺はそう答えるしかなかった。記憶を戻した時の俺のためにもね。俺の返事を聞いた彼女は、渋々自分の元居た席へと戻っていった。
その後すぐ講義が始まる。それと同時にポケットの中のスマホに、一件の通知が来た。俺は、ちらっとその通知に目をやる。そこには根明さんから、メッセージが来ていた。
〔(陽華)陰雄くん。どうしても伝えたい大事な話があるの。放課後空いてるかな?〕
そこには根明さんから、意味深なメッセージが一通来ていた……




