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2杯目 そして根明 陽華は恋に落ちた

 大学の入学式当日。開始まで残り20分。私は今、窮地に立っていた。何故かって? 財布をどこかで落としてしまったみたいで。家を出てコンビニに寄り、駅に着いたこと。まではいいのだが、コンビニで買い物をした後で落としたのか、見当たらない。


 来た道を戻り探したが、見つかるわけもなく。仕方がないので駅に戻り、歩く人に助けを求めた。だが、日本人と言うのは優しくないみたいで。立ち止まってくれる人はいなかった。声をかけてくれたと思ったら、お金と引き換えに私の体を求める人ばかり。もうダメだと思い、公衆電話の前で立ち尽くしてしまう。


 もう入学式は諦めよう。そう思ったその時だった。


「……あ、あのっ! ……さ、先ほどから困ってるように見えたのですが、どうされたんでしゅかっ……」

「……実は、財布を落としてしまって……電車代がなく、大学の入学式に間に合わなそうでして……ぐすっ……ぅう……」


 少し年上に見える男性が声をかけてくれた。少し緊張したのか、噛んでいたがそんなのはどうでもいい。


 私はありのままに全てを話した。その直後今まで堪えていたものが溢れ出した。彼は、そんな私を優しく宥め、静かに聞いてくれた。


 話を終えると、彼は鞄から財布を取り出し、1枚の1万円札を取り出して私に差し出す。


「……! こんなに沢山は受け取れません……!」


そう言う私の反対を押し退けて、彼はお金を渡して走り去っていった。そんな彼に、私はろくにお礼も出来ていなかったので大きな声で言う。


「ありがとうございます……! せめてお名前だけでも教えてください……!」


彼に届いたのか、彼は振り返りながら答えてくれた。


「……根暗 陰雄です」


とだけ言い、走り去る彼の背中を見ながら一言。


「必ず返しますから……! 後、私は根明 陽華(ねあか はるか)です!」


 朝の駅構内。周囲の騒音にかき消されて、彼には届かなかったのか彼は止まる事なく走りさった。


 彼に借りたお金で切符を買い、お釣りを大事に握りしめ、私も急いで大学へと向かった。


 結論から言うと、入学式には間に合った。これも全て彼のおかげ。


 入学式を終えた新入生である1回生はそれぞれの講義室へと案内された。

 私が講義室へ入ると、その部屋にいた人たちが皆こちらを向いた。そして私は気持ちが昂る。と言うのも、こちらを見る人たちの中に彼がいた。彼を見つけた私は、彼の元まで走っていき声をかける。


「根暗くん! ……その、さっきはありがとう! 明日必ず返すから!」


 そう。駅で私を助けてくれた、根暗くんが講義室の隅で一人座っていた。私を見た彼は、一瞬驚いた様に見えたが直ぐにこう言う。


「……あの。どちら様ですか……」


 その瞬間私は胸がちくりと痛くなった。

普段は誰かにこんな事を言われても痛くも痒くもないのだが……

 どうして彼に言われるとこんなに胸が痛いのだろう……


 その答えをこの時の私は、まだ知らなかった。


◇◇◇


 私は自室で今朝の胸の痛みについて調べていた。

 だがおかしな事に幾度調べても結果は同じ。『胸 ちくりと痛い』と調べても、もしかして恋? 等と出てくるのだ。


 私は、この歳まで恋をした事がない。だからこと恋愛については初心者。仕方なく、親友に電話をかける。コールをすると直ぐに出てくれ、私は初めにこう会話を始める。


「もしもし? 朱里? こんな時間にごめんね。ちょっと相談があって……」


 神村かみむら 朱里あかり。彼女とは幼稚園の頃から一緒で、喧嘩することもあるけどなんでも言い合える幼馴染であり、親友。彼女は優しいので、こうして相談に乗ってもらうこともよくある。

 朱里は、私から相談されるのが好きなのか嬉しそうな声で言う。


『大丈夫だよ! それよりどうしたの? 陽から相談って珍しいね」

「実は────ってことがあって……」

『………………』


私は事の経緯を説明した。すると朱里は、少しの間を置き私に。


『じゃあ、私の質問に答えてみて』

「え? なんで質問?」

『いいから! いくよ』

「う、うん……」

『その人が、他の女性と手を繋いだりそれ以上のことをしてたらどう思う?』

「……っえ? 根暗くんが……そんなの絶対に嫌!」

『じゃあ、気付いたら彼のこと考えてたり、講義室に沢山の人がいる中で、その人の声だけが耳に入ってくるって事はある?』

「……さっきからなんなのこの質問」

『いいから答えて!』

「それは……」


私は、朱里の言った事を想像した。すると、どれも思い当たる節はあった。どうしてこんなに根暗くんのことばかり……なんて考えていると、朱里は言う。


『間違いないね。陽は、その人に恋してるよ』

「……っえ? なんでそうなるの?」

『だって、彼氏でもない人が他の女性と仲良くしてるのが嫌なんでしょ? それに、そんなにその人の事を考えてるみたいだし……」

「………………」

『あれ? おーい。陽ー?』


 朱里の言ったことで私は、顔が熱くなるのを感じた。


────そして、私は初めての恋に落ちたのだった。


 その後少し朱里と話して、通話を終了させた。彼への気持ちが恋だと知ってから……


 ずっと彼が頭の中に浮かんでいた。

 そしてこの夜は、眠りにつくことができなかった。

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