26杯目 過ち(2)
「はぁぁ……はぁ……」
私は今、センパイの家まで走っている。と言うのも、陽華さんからセンパイの記憶が4年分抜けたと連絡を受けたからで……
────ピンポン
センパイの家についた私は、チャイムを鳴らす。家の中から、「はーい」と聞こえ、少ししてからドアが開く。
「はー……お、お前、愛理か?」
「……はい。センパイ記憶が無くなったって本当ですか?」
私のその問いに対し、センパイは少し困った顔をしながら答える。
「あはは……そうなんだよねー。ま、とりあえずここで話すのもアレだし入る?」
「入ります……」
私はそう言ってセンパイの家にお邪魔することに。
リビングにあるソファーに腰をかけ、私はセンパイにどこからの記憶が無いのか詳しく聞く。
「センパイは、どこまで覚えているんですか?」
「んー……どこからって聞かれると難しいけど、少なくとも高校一年の6月だと思ってた」
高校一年の6月。それは、センパイのトラウマを作った女を好きになる少し前。そして私は考えた。
高校時代のトラウマ。克服したが陽華さんに振られる。私とのアレ。陽華さんに振られた後も記憶は普通だった。てなると、考えられるのは私とのアレしかない。きっとそのせいで、今までのこと全てに対しての脳からのSOSとして、そのことが起きた後の記憶が消えたんだろう、と私は仮説を立てる。
私は、今にも泣きそうなのを我慢して言う。
「センパイは、この事ご両親には?」
「そういえば、言ってないな」
「とりあえず、私と一緒にセンパイの実家まで行きましょう」
「何で愛理も来るんだ?」
「私は、センパイが無くした記憶を知っています。センパイにとっては、ない方が幸せな記憶です。それをセンパイのご両親に、私から言います」
「知ってるなら、教えてくれ!」
「ダメです。センパイがまた苦しむのは嫌です……」
センパイには申し訳ないけど、私には教えることなんてできない。きっとセンパイは全部忘れたままの方が、《《あの頃》》のセンパイのままでいられるはずだ。
私はそう思い、黙り込む。そんな私にセンパイは、「大丈夫だから。教えてくれ」としつこく言う。私は仕方なく、一番最初の原因となった人物の名前を聞かせる事に。
「じゃあ、少しだけですよ。それで何かあるようでしたらもう言いません」
「分かった!」
「…………姫川有紗って覚えてますか?」
私の言った名前を聞いた途端、センパイは頭を押さえて苦しみ出した。私は先輩に駆け寄り、声をかける。
「大丈夫ですかっ? センパイ!」
「うっ……」
センパイはしばらく苦しんで、気を失った。どうしたらいいか分からなかった私は、センパイのお母さんに連絡を入れる。
『もしもし? 愛理ちゃんから電話って珍しいね』
「あの……その、センパイが……」
『陰雄がどうしたの? 落ち着いて話してごらん』
そして私は、全て話した。センパイに口止めされていた、高校時代のことも……
それを聞いたセンパイのお母さんは、一言「すぐに行く」とだけ言い、通話を終えた。
センパイのお母さんが来るまでの数分間。私は気が気じゃなかった。今までの経緯はあるとは言え、私が最後のとどめを刺したことを怒られるんではないかと。確かにそうなのだが、いざ怒られるとなると怖い。
部屋の中であたふたしていると、その時は突然来る。
────ピンポン
センパイの家のチャイムがなる。センパイのお母さんが到着したのだろう。私は、恐る恐るドアを開け深々と謝った。
「この度は本当にすみませんでした」
私が謝った後、反応が無かったので顔を上げると、そこには別の人物がいた。
「あれ、陽華さん?」
「こ、こんにちは」
驚いた。センパイのお母さんかと思っていたのに、ドアの向こうにいたのは陽華さんだった。陽華さんもいきなり謝られたのに驚いたのか、とまどった顔をしている。
お互いに、無言になる時間が続いた。そんな時だった。
「おまたせー! 愛理ちゃん!」
「……お久しぶりです」
センパイのお母さんが到着してしまう。そしてセンパイのお母さんは、陽華さんを見て言う。
「あれ、こちらの女性は?」
「私の先輩の陽華さんです」
「根明陽華です。陰雄くんとは同じ学科で……」
「あら! 初めまして! 陰雄の母の、陽子です!」
二人は軽く自己紹介をして、本題に入った。私は、私の知っている限りの情報を話す。センパイの過去。それから今までの事。そして、記憶を無くす前の最後に喧嘩した事。全て言い終えると、陽華さんが先に口を開く。
「そんな事があったなんて……それなのに私は……」
それを聞いたセンパイのお母さんは言う。
「話の流れ的に、陰雄が告白したのって陽華ちゃんよね?」
「はい。ただ、いつもとは違う陰雄くんで、誰か分からずに……」
「そんなに陽華ちゃんが気にする事じゃないよ」
「でも……」
「私が言うのも変だけど、だってあの子、高校の途中から変わってしまったもん。お父さんに似てかっこいいのに、前髪伸ばしちゃって……顔なんて普段全く見えないでしょ」
私たちは黙ったまま、話を聞き続ける。
「でもね、根は優しい子なの。そんな子が好きになった子。そんな子を好きになってくれる子。そんな子達が悪い子な訳ないもの。だから二人とも、気に病んじゃダメよ。今日は病院連れて行くけど、二人は乗って行きな! もう遅いし送って行くから!」
私達はその話を聞いて、泣いていた。そしてその日は、センパイのお母さんに家まで送ってもらい、家に帰った。
私は家に帰ってからも、しばらく涙が止まることはなかった。
────そして物語は、すれ違いから徐々に再び交わって行く。




