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1杯目 大学デビューしたいと思った時期が僕にもあった

 今日は4月1日。大学の入学式。僕は、高校生までとは違う胸の高鳴りを感じた。ふと、携帯の連絡先を見てしまいその高鳴りは一瞬にして崩れ落ちた。そこに表示されたのは、両親、幼馴染の3人だけ。


 僕は高校時代、陰キャと呼ばれる部類で友達などいなかった。だからか、大学の入試に合格した日に大学こそは……! と思い大学デビューと言うものをしようと思った事もあったと思う。


 眼鏡を外し、目元にかかる髪をかき上げ、ワックスで固めた。その状態で外を歩くと、周りを歩く人々からすごい見られ、似合ってないのかと思い大学デビューを諦めた。結局のところ、陰キャはどう頑張ったって陰キャのままでしか無いのだ。


「はぁ……」

 

 と、昔の黒歴史を思い出した僕はため息を零す。

 スーツに着替え携帯の時間を見ると、7時40分と表示されていた。家から大学までは電車を使い15分。入学式が8時開始なのでもう出なければ間に合わない。そう思った僕は、急いで支度し家を飛び出し駅に向かった。


 駅に着いた僕は、ある光景が目に入った。

 同い年程の女性だろうか。その女性が、改札近くの公衆電話の前で悲しそうな顔を浮かべながら立っている。周りを歩く人々は、その女性に気付いているが足を止めることはなかった。


 かく言う僕も、普段なら絶対に何もできずに通り過ぎていだと思う。しかし、大学入学と言うことに気持ちが昂っていたのか気づけば僕は、女性に向けて歩を進めていた。すぐに女性の目の前に着き、声をかける。


「……あ、あのっ! ……さ、先ほどから困ってるように見えたのですが、どうされたんでしゅか……」

(噛んだ……めっちゃ恥ずかしい。それにめっちゃキョドってるじゃん……僕。気持ち悪いやつだと思われたよね)


人に声をかけた事などない僕は、うまく喋ることができなかった。こう言う時に普段の僕に戻るって本当だめだよね……などと考えていると、彼女は口を開く。


「……実は、財布を落としてしまって……電車代がなく、大学の入学式に間に合わなそうでして……ぐすっ……ぅう……」


 彼女はそこまで話すと、迷子に遭った子供の様に泣き出してしまう。僕はとりあえず、拙い言葉や身振り手振りだったけど、なんとか宥める。鞄から財布を取り出し、1枚の1万円札を彼女に手渡す。


「あ、あの……っ! これ良かったら使ってください……」


 それを見た彼女は、目を見開いて。


「……! こんなに沢山受け取れません……!」

「い、いや、返さなくていいので……! それに、ぼ、僕も入学式ですので受け取ってくれないと間に合いませんので……」


僕はそう言うと、受け取らんとする彼女の手を押し戻し電車へと向かった。走り去る僕に、彼女は叫ぶ。


「ありがとうございます……! せめてお名前だけでも教えてください……!」

「……根暗 陰雄です」

「必ず返しますから……! あと私は────です!」


とだけ答え、電車へと急いだ。去り際に何か言っている様だったが周囲の音にかき消され、何を言ったのかは僕には聞こえてこなかった。


 大学の入学式が終わり、講義室へと案内された。他の人達は持ち前のコミュニケーションで初対面であろう人と仲良く話している。僕はというと……

 講義室の1番後ろの隅に座って、机に突っ伏している。何故って? コミュ力皆無な僕が話せるわけないだろう。だが、そんな僕でも聞き耳を立てているのは、友達を作りたい欲求の現れなのか。


 聞き耳を立てていると、皆が急にざわつき出した。顔を上げ、皆の見ている方に顔を向けた。そこには、身長の低い、女優のような顔立ちをした、栗色の短髪にアホ毛が特徴的な美人な人が立っていた。どこかで見た事のある様な気もしたんだが覚えていなかった。どこだっけな……? と考えていると、彼女はこちらに向かい歩いてきた。

 

 やがて僕の前に来た彼女は、深く頭を下げこう切り出す。


「根暗くん! ……その、さっきはありがとう! 明日必ず返すから!」


さっき? ありがとう? こんな美人な人忘れるわけない。と思い彼女の顔をよく見る。するとようやく思い出した。彼女は駅でお金を渡した女性だったのだ。普通に返事をしようとしたのだが、周囲からの視線に耐えられなくなりつい、こう答えてしまう。


「……っ、あの。どちら様ですか……」


と。僕の返事を聞き周囲から「良かった」等と言う声が聞こえてきたが、彼女だけはひどく悲しそうな顔を浮かべていた。本当に申し訳ないことをした。これからの大学生活の為にもこう答えるしかなかった……

 

 と僕は、誰に聞かせるでもない言い訳で自分を納得させた。


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