第56話・4 ビーザ砦防衛(4)
防衛戦は遠距離攻撃の攻防から始まった。
トラント将軍が私の直ぐ側まで近寄って来た。
「ダキエの姫様! 3万とはどう云う意味ですか?」
「言葉通り、3万の軍勢がこの砦を攻めてきていると言う事ですよ」
近寄ったトラント将軍の目を見ながら、ゆっくりとホントの事なんだと言って聞かせる。
3万と言う数が本当の事だと理解したトラント将軍は一気に顔が青ざめ絶望した顔になる。
しかし、立ち直るのも早かった。
「ダキエの姫様は此処へ来る時、空からキリアム侯爵の軍を見たのですな。」
「はい、2万4千か6千ほど見えましたが、更に軍勢は続いていました」
シルベスト陸尉が伝令でビーザ砦を出て丸二日が立っている。
その間に新たな報告は無かったのだろうか?
「2万は居るとシルベスト陸尉から報告が在りましたが、その後知らせは無かったのですか?」
ビーザ砦の築かれている場所は、ビチェンパスト国の山間部へ深く切れ込んだ谷間の平野への出口に当たる。
谷間は山々から流れる小川が集まり、大きな川となって谷間を通り、ビーザ砦の両岸を流れて平野へと広がっている。
私が見たのは、谷間を通って出て来たキリアム侯爵軍の先頭で。まだ軍列は山の中まで続いていた。
キリアム侯爵の軍がビーザ砦の前までやって来て、砦を攻める準備が整うのはどう考えても明日までかかるだろう。
戦なのだから、そのまま襲い掛かるような奇襲もあるかもしれないが、砦を攻めるのに勢いのまま攻める様な事はしないと思う。
このビーザ砦は数に任せた勢いだけで、攻め落とせるような小さな城では無い。
ビーザ砦の両側は小山に成っていて、ビーザ砦の出城が在り、頑固な守りとなっている。
そこからは、まだキリアム侯爵の軍の全貌は見えていないのだろう。
トラント将軍はキリアム侯爵の軍の総数を知らなかった様だ。
「デーストゥラ城(右)とスィニートゥラ城(左)の二つの出城から在った知らせは。」
「キリアム侯爵の軍が峠を下りて来たとあったが。」
「だが、どちらからも総数は1万以上としか聞いていない。」
落ち着きを取り戻したトラント将軍に私が見たキリアム侯爵の軍の事を知らせ、今後の事について打ち合わせた。
と言っても、ビーザ砦はキリアム侯爵の軍を迎え撃つ体制は整え終えて居る。
ただ、2万弱と思っていたのが、3万ぐらいになったわけです。
打ち合わせでは、私は遊撃に徹して上空からの魔術での攻撃と敵の情報を知らせる事になった。
ただし、四六時中空に居るわけにもいかないので、キーグの運動能力を考え戦闘機動が行える2刻(4時間)を上限に攻撃する事になった。
トラント将軍からは、「出来れば地上に居る時も敵の攻勢が強い所を守ってほしい。」とは頼まれた。
「分かりました、飛竜で空に上がっていない時は城壁から魔術で敵を攻撃します」
「その時の防衛場所は、トラント将軍からの指示をお願いします」
打ち合わせの後、一度私用として割り当てられた2階の部屋へと案内された。
部屋ではセリーヌが荷物を整理して待って居た。
「お帰りなさいませ、ダキエの姫様」
と迎えてくれたけど、セリーヌも2刻(4時間)もの空の旅で疲れているだろう。
「ありがとうセリーヌ、今日は食事に誘われているのよ」
「セリーヌも一緒にいらっしゃい」
まだ戦になっていないとは言え、敵は城壁の向こうに迫っている状態だ。
慌ただしいが、トラント将軍や将校たちの食事の場で、一緒に食事をしてほしいと誘われている。
このビーザ砦の将校全員と顔合わせはしておきたいので、誘いに乗る事にした。
この砦に女性は居ない訳では無いけど、年頃(未婚)の女性はセリーヌぐらいだろう。
男共の口を滑らかにさせるにはちょうど良い。
大いに喋って貰ってこの砦の事を理解する一助にしたい。
部屋まで持って来ていた竜具を神域へと放り込み。
食堂に行く前に、一度キーグの様子を見に行った。
キーグは退屈している様なので、神域へと返す事にして、マーヤの様子を探ってみたけど、神域には帰って来ていない様だ。
寝る前に、神域へ行ってマーヤが作っている魔女薬を貰って来よう。
セリーヌに渡して置けば、戦いで負傷した兵士の手当てが出来るように成る。
この砦には軍医などと言う治療の出来る人間はいない。
手足の切断が出来る荒っぽいが手慣れている男たちが数人雇われている。
セリーヌは彼らを助手として使えるようにして貰っている。
護衛に使い魔をセリーヌが働く昼間付ける事にした。
セリーヌに不埒な事をしようとしたら、使い魔には容赦なく痺れさせるように言ってある。
負傷以外の病気になった時は、食事を作ってくれているおばちゃんたちが薬も作ってくれるそうだ。
魔女的な要素も在りそうな予感がする。
彼女たちの事は後で調べてみようと思う。
将校用食堂は打ち合わせを行った建物の1階にあった。
そこで紹介されたのは、将校全員では無くビーザ砦の内に居る食事に出てこれる者だった。
この砦には4つの連隊と補助部隊1つ、左右の山に2個大隊がある。
連隊は第1から第4までを連隊ごとに陸佐と3人か4人の陸尉が指揮している。
連隊は砦の城壁毎に第1連隊が東、第2連隊が南、第3連隊が西、第4連隊が北側を守っている。
東と西に城門が在るので、第1連隊と第3連隊は人数が多く、4人の陸尉が居るそうだ。
補助部隊は補給や設営、食事などの補助部隊でそれぞれ陸尉がトップに居る。
左右の山の出城には、それぞれに先任の陸尉が率いている300名の兵士が居る。
トラント将軍には二人の陸尉が将軍付きとして居て、主に事務仕事を行っているそうだ。
食事会は此のビーザ砦の将校について色々情報を仕入れられて、私としては大いに収穫の在る食事だった。
使い魔をキリアム侯爵軍の動きを探らせに出して、私たちは早々に部屋に戻って寝る事にした。
体も疲れているし、戦場になる場所だと言う事がある種の緊張感を常に強いてくる。
神域から魔女薬を取って来て、私は早く寝る事にした。
翌朝早くトラント将軍から伝令が部屋へ来た。
用件は使い魔から知らされているので分かっている。
まだ夜の明けていない夜12時(午前5時)に起こされた。
呼び出されて向かった4階の部屋からは、川向うのキリアム侯爵軍の動きが夜明けの薄暗い灯りの中見えている。
「巨大な投石機をキリアム侯爵軍は構築し始めたようですな。」
トラント将軍が私が側によると顔をキリアム侯爵軍の方へ向けたまま言ってきた。
私もトラント将軍が見ている方を見る。
幾つかの塊が蠢いている。
その一つ一つの群れは大きな木材を組み合わせ縛っている様だ。
材料は持って来ていたのか、既に加工された木材をくみ上げロープで縛って行く。
未だビーザ砦の正面に1台作っている段階だが、材料は未だ在るのだろう。
木材を積み上げた山が切り開きつつある街道脇に置いてある。
このまま見て居れば投石機から石や岩が数百ヒロ(数百m)離れた砦の中へ撃ち込まれる事になる。
次回は、防衛戦初日の動きです。




