第56話・3 ビーザ砦防衛(3)
キリアム侯爵が攻めてきた、ビーザ砦で防衛戦が始まった。
着陸はゆっくりと行った。初めての場所で在る事も在るけど、砦の兵たちには巨大なワイバーンが舞い降りてくるなど、連絡が在ったとしても恐怖を抱かずにはいられない出来事だと思う。
着陸して、しばらくはキーグの上から周りを見ていた。
誰か近寄てくれないかと見ていたのだ。
声を掛けるにしても近寄ってくれないと声が届かない。
誰も近寄らないので、此方から動く事にした。
先ずは使い魔を召喚して、キリアム侯爵の軍を見に行かせた。
後はさっさとキーグから降りよう。
キーグから降りて、セリーヌとシルベスト陸尉が下りられるように竜具から解放する。(飛行中は振り落とされない様にベルトでがんじがらめに鞍に括りつけている)
シルベスト陸尉が地面に着くとしばらく座り込んでしまった。セリーヌは立てているので飛行酔いはセリーヌの方が強いのだろう。
フラフラしながらもシルベスト陸尉が立ち上がったので、声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「はい、何とか歩けるぐらいには。」シルベスト陸尉が私を見て敬礼しようとした。
立ち上がろうとしてふらついている、誰が見ても歩けそうにない。
その時に成って、やっとこの砦の士官と見られる男が一人近づいてきた。
「失礼します。」私に敬礼しながら、シルベスト陸尉をちらちらと見ている。
「陛下より飛行場と呼ぶこの広場を建設する命令書に”竜騎士が着陸する”と在りましたが、あなたが竜騎士ですか?」
「その通りです、私が”ダキエの姫”と呼ばれている竜騎士です」
彼の認識で、私が竜騎士ならば攻撃される事は無くなったと見て良いでしょう。
「そなたは?」とりあえずは名前を聞いておこう。
「ハッ ビーザ砦第一連隊の指揮官を拝命しておりますドノバン陸佐で在ります。」
近衛とは違って手を揃えたまま敬礼した。私を上官と認識している様だ。
ビェスからの命令書を読んだらしいドノバン陸佐ならおおよその事は知っているのだろう。
佐官と言う事はトラント将軍の側近の一人だろう。
「先ほども名乗ったが、私は公に”ダキエの姫”と呼ばれてるビェスの妻です」
「今日はシルベスト陸尉からビーザ砦の事を聞き、援軍としてやって来ました」
大雑把だが、援軍として来た事は知らせないと、彼も対応に戸惑うだろう。
ドノバン陸佐が納得したけど、困ったような顔をした。
「陛下の奥様でしたか、気が付きませんで申し訳ありません。」
「ようこそダキエの姫様 たのもしい援軍です。」
妻を奥様と呼ぶのは貴族までで、王の妻の場合は王妃か妃殿下と呼ぶようだ。
その辺の違いは貴族として育てば自然に身に着く知識だが、ドノバン陸佐は恐らくビェスの作った軍学校出身なのだろう。
生まれは平民としても裕福な出だと思う。
着ている軍服が体にぴったりと合うように誂えている。
着こなしも自然だし、お金が掛かって居そうな軍服だ。
私がドノバン陸佐を評価していると、やっと会話できるまでに回復したシルベスト陸尉が割り込んで来た。
「ご報告します。」足元がふらついていたけど、ドノバン陸佐にちゃんと敬礼できた。
「ドノバン陸佐殿、命令により伝令として王宮への報告を無事達成しました。」
「ダキエの姫様と侍女セリーヌ様に同乗させていただき、ビーザ砦へ本日ただいま帰還しました。」
どうやらドノバン陸佐の部下の様だ。シルベスト陸尉が敬礼しながら報告している。
「伝令役ご苦労だった。」同じように答礼しながらドノバン陸佐が報告を受けている。
報告を受けた後、私の方へ向くと
「えーっと 申し訳ありませんが、飛竜の世話が出来る者が居りません。」
「飛竜舎へ入れて貰えればありがたいのですが。」
「その後で、ビーザ砦司令官トラント将軍の元へご案内します。」
「空の旅でお疲れと存じますが、キリアム侯爵の軍が目の前にやって来ております。」
「トラント将軍も早く話を聞きたいだろうと思います。」
そう言って此方の答えを待つ姿勢を見せた。
「そうですね、私も早めに打ち合わせを行った方が良いと思います」
「竜具を外して飛竜舎へこの子を入れましょう」
ドノバン陸佐に返答した後、セリーヌを見た。
「荷物や私物はセリーヌに任せますね」
飛行場でキーグに付けていた竜具を外して行った。
外した竜具と皮の書類入れはそのままセリーヌに私の部屋へ運ぶように伝えた。
キーグへは飛竜舎へ行って、後で私が行くまでおとなしく待つように伝えた。
何時もの事だとキーグも分かっているようで、おとなしく飛竜舎へと入って行った。
待って居たドノバン陸佐の案内で、砦の最上階になる4階の部屋へとやって来た。
砦を守る城壁の塔を除けば、一番高い場所で、砦の中程に在る一番大きな建物にあった。
「ようこそ御出でくだされた、妃殿下。」
「私が、この城塞を陛下からお預かりしている司令官のトラントです。」
そう言ったのは、ゴドウィンが海賊面なら山賊面とでも言えそうな叔父様です。
部屋には数人の軍人が居て、私が入って来るのを見ています。
「”ダキエの姫”とビェスから名乗る様に言われています」
「初めまして、ビェスの妻、”ダキエの姫”です」
「今日は、ビェスより頼まれて、ビーザ砦の援軍としてまいりました」
「援軍としてだと?」
「竜騎士と聞いているが、何が出来るんだ?」
「王妃様だろ? 陛下は女性に援軍などと何をお考えなんだろうか?」
部屋の将軍以外の軍人がヒソヒソと声を潜めて話し合っている。エルフの耳はとても感度が良いのです、全部聞こえていますよ。
「ダキエの姫様、援軍とは竜騎士として戦って頂けると考えてよろしいのか?」
周りの軍人が口々に話し出すのを聞いて、手でしゃべるのを止めトラント将軍が聞いて来た。
「はい、飛竜で空から防衛戦のお手伝いをする様にビェスから言われています」
「これが私宛の伝言の紙です」
とビェスからの伝言が書かれた紙を将軍に見せた。
ビェスからの伝言の紙を読んで、将軍が驚きの目で私を見た。
将軍を取り巻いた軍人たちも将軍が手に持つ紙を読んで驚いている。
「陛下はダキエの姫様に手加減をしろとおっしゃっている様に私には思えましたが?」
「それに、ビーザ砦にキリアム侯爵軍を引き付けて、陛下が来るまで防衛しろと?」
キーグのブレスを知らなければ、手加減する意味は分からないでしょう。
それにビェスがビーザ砦でキリアム侯爵をくぎ付けする作戦も説明する必要があるでしょう。
「飛竜のブレスは一度に数百人を倒す事が出来ます」
「空からの攻撃は防ぐことは難しいでしょう、ビェスは飛竜のブレスでキリアム侯爵軍を攻撃すれば、彼らが逃げ出すと判断しています」
「そんな!」、「信じられん?」、「なんですと!?」驚きの声が彼方此方から聞こえて来た。
「ダキエの姫様! キリアム侯爵の軍が引き上げる様な攻撃をしない様にとの陛下のお考え。」
「理由を教えては、いだたけませんか?」
飛竜のブレスについてはビェスの判断を信用しているのか、将軍はキリアム侯爵の軍が撤退する事はビーザ砦を防衛する事になると考えているようです。
なぜそれをしてはいけないのか知りたいようだ。
「ビェスはキリアム侯爵の軍と決着をつけたいと考えています」
「辺境領群でのエバンギヌス子爵討伐後、すぐさま軍を返しビーザ砦に引き付けているキリアム侯爵の軍を叩く」
「その為にキリアム侯爵の軍が逃げ帰る事は決着が先延ばしに成ると考え、飛竜のブレスを止めさせたのです」
「そのようなお考えでしたか」
「ですが、飛竜のブレス攻撃はしないのなら、ダキエの姫様がわざわざ防衛戦にはせ参じるような危険をされるのですか?」
トラント将軍がなぜ私が参戦したのか不思議だと思っているようです。
「私はエルフですので、魔術での攻撃が出来ますし、回復魔術も使えます」
「おおー!!」、「エルフですと!!」
飛行帽を被っているので、特徴的な耳が隠れていましたから。
脱いで部屋に居る人にエルフの耳を見せ、納得させました。
部屋の中の人が(ドノバン陸佐も含む)全員私の耳にくぎ付けで見ています。
呆けている軍人は放っておいて、トラント将軍に話しかけます。
「将軍、キリアム侯爵の軍の総数が報告の2万より多い3万で攻めてきています」
「なんですと!」
私の報告に、茫然と私の耳を見ていた将軍も流石に現実へと引き戻されたようです。
大声を上げて驚いています。
私の紹介とビェスの思惑の説明が終わったので、次は現状の確認をしようと思います。
次回は、本格的な防衛戦が始まります。




