第55話・3 動乱(3)
キリアム侯爵の船団を撃退したラーファは、ビェスの居ない王宮で留守番です。
王宮迄帰ってきました。
まだ昼8時(午後1時)に後少しぐらいです。
キーグから竜具を外し、神域へと返した。
昼食は、薄焼きパンを重ねた上にスグリのジャムと蜂蜜をたっぷりと掛けた物を紅茶と共に頂きました。
1刻半(3時間)もの間空にいて、ひたすら火付け仕事でしたから甘い物が食べたくもなります。
食堂を出て私の部屋まで帰ると、幾つかの報告が来ていた。
一つ目は、治療所を襲撃した工作員の尋問内容。
二つ目は、王国の戦船の船団がキリアム侯爵の船団を迎え撃つために出航した事。
三つ目は、ビェスからの状況を知らせる手紙。
四つ目は、ビーサ砦から知らせが来た件を、近衛兵長官ボーダマンから侍女へ伝言があった。
最後の侍女が聞いた伝言は、緊急を要する内容か分からないので、ボーダマンを呼びに行かせた。
ビェスの居ない王宮でビェスの代理に任命されているのは私だから、ビーザ砦の詳細な内容まで知る必要がある。
ビーザ砦はキリアム侯爵がパストへ進軍する上で、最初の障害となる砦だからだ。
侍女に呼び出されてボーダマンが伝令と思われる兵士を連れてやって来た。
「ダキエの姫様、お呼びとの事早速参上いたしました。」近衛らしく三本指を立てて敬礼する。
「待って居ました」
「ボーダマンからの伝言は聞きましたが、ビーザ砦の知らせを詳しく知りたいと思っています」
「ダキエの姫様、連れてまいりましたこの男が伝令でございます。」
「シルベスト陸尉、ダキエの姫様へご報告申し上げろ。」
「ハッ!」
シルベスト陸尉と紹介された男は、貴族の礼(右手を胸に、左手を後ろにして腰をかがめる)をした。貴族か貴族の息子なのだろう。
「陸士の尉官を拝命しております、シルベスト・エイベックスと申します。」
「エイベックス子爵家の三男でございます。」
陸士と言うのは陸の兵の士官と言う意味で、尉官とは士官の官位としては見習いが成る准尉の一つ上の官位だ。
数百人の部隊を指揮する立場になる。士官の中の階級は同じ階級なら古い方が偉い。
他に上官になる佐官がある。軍と言える千人規模の兵を指揮する立場になる。
更に上は将となる。将は軍を率いて戦う纏まりの指揮官で、ビェスが直接任命する。
これらの士官の階級や兵の階級で軍曹、先任兵、兵が在るが、全てビェスが新しく作り出した階級だ。
それまでは、出身の村や町単位で纏まり、それを領主かその親族が率いて戦に出ていた。
ビェスがパスト市と其の周りの領地を引き継いだ時、兵制度を変えて出身地では無く徴兵した年度毎にまとめて新たに作り上げた。
徴兵された初年度が兵で次の年に成ると先任兵、3年目は先任兵の中の先任。徴兵は3年で終わり解散する。
解散したけど軍に残る事を選んだ者を軍曹として、兵の教練担当兼戦の時は兵のまとめ役とした。
士官も貴族が軍を率いる事から徴兵制度に変えた時合わせて軍学校出身しかなれないと決めた。
徴兵した兵を指揮する者が学ぶ士官学校と名を付けた軍学校を作った。
ビェスが目を付けた者と貴族の嫡子以外から成る学校だが軍事を専門に学ぶ学校だ。
今回は、ビーザ砦の将軍から伝令として使わされた士官のシルベスト陸尉と言う事になる。
「エイベックス子爵家のシルベスト陸尉だな、此度の任務ご苦労だった」
「国王の代理で、ダキエの姫と呼ばれておる」
「ビーザ砦からの報告は私も重要だと認識している、報告してくれ」
シルベストの報告は、ビーザ砦の司令官トラント(ビェスが任命したパスト市の幼馴染で商家の次男)から、キリアム侯爵領の軍の動きが活発になってきていると言う内容の報告だった。
重要なのは、偵察で分かった敵軍の人数が2万人と言う事だ。
報告が終わったのでボーダマンに聞く事にした。
「ビーザ砦は2万に攻められて何日持つ?」
聞かれたボーダマンはしばらく考え込んでいたけど、恐る恐る言葉を切り出した。
「恐らく敵の力攻めが続けば二日と持たないかと。」
「そうか、・・・ シルベスト陸尉!」
「そなた、何日にビーザ砦を出た?」
「ハッ 18日で在ります。」
時を同じくして攻めて来たのなら今日領境を越えて侵攻してきているだろうけど、報告に二日掛かるとなれば昨日にも領境を越えているかもしれない。
緊急時にはビーザ砦から狼煙で知らせてくる手筈なので、まだキリアム侯爵は砦を攻めていないのだろう。
恐らく領境を越えて進軍しているのだろうが、2万もの大軍と成ると進みは遅いだろうからまだビーザ砦を襲うまでには進んでいないのだろう。
今日中にビーザ砦を囲んで、夜襲か翌朝総攻撃辺りだろう。
私が、今日中にビーザ砦に行けばキリアム侯爵軍をキーグのブレスで掃射できるかもしれない。
いや、キーグは今日戦ったばかりだ。疲れているだろうからキーグでは無くビースィをマーヤが使っていないなら彼女で出撃しよう。
シルベスト陸尉には可哀そうだが、空の旅をして貰おう。魔女薬を飲めば空酔いは大丈夫だろう。
砦に着けば私を紹介して貰わなければならないから、是非もない。
シルベスト陸尉に引導を渡し、引きつった顔の彼をボーダマンが連れて行った。
これから食事と休憩を取らせるそうだ。
トイレは飛ぶ前に済ませるよう言っておいた。
ビーザ砦には現在5千人が守っている。
ビェスの判断では1万ぐらいのキリアム侯爵軍なら、半月ぐらい砦に籠って戦えると判断していた。
倍の2万が攻めてくるとはキリアム侯爵は領内からありったけの人を集めた様だ。
あまり時間的余裕が無くなったので、急いで残りの件を片付ける。
一つ目の、治療所を襲撃した工作員への尋問では、自白した背後関係が報告された。
容赦のない尋問で彼らが白状した内容は、ダキエの姫暗殺後パスト市から逃げるために用意された、小舟や小舟を隠していた倉庫などが次々に暴かれて行った。
小舟を隠していた倉庫で捕まった中に一人の男が居た。エバンギヌス子爵のパスト市に有る領事館の事務員だ。
エバンギヌス子爵討伐軍を率いて遠征しているビェスへ伝令を送る事を決めた、エバンギヌス子爵を糾弾する材料の一つになるだろう。
ビーザ砦の件も一緒に送るが、ビェスはエバンギヌス子爵を攻撃する事を変えないだろう。
二つ目の、戦船の出航は私も上空から確認している。問題は無い。
最後に三つ目の、ビェスからの伝言の手紙を読む。
人を介しての手紙だからか「ダキエの姫へ」と最初に書かれていた。
内容は、ビーザ砦の件だった。ビェスにも知らせが行っているのだろう。
「飛竜でキリアム侯爵を攻撃する積りなら加減してくれ。」
「キリアム侯爵の進軍を邪魔するだけで、叩きのめす必要は無い。」
「私はエバンギヌス子爵を倒した後、ピーサ砦に向かう。」
「最悪、ピーサ砦の防衛が出来れば良いから。」
終わりに「愛している ビェス」と在った。
ビェスはビーザ砦に引き付けて決戦を行う事で、キリアム侯爵との決着を付ける事にしたようだ。
困った、ワイバーンでの攻撃はブレス攻撃に成るけど、手加減が出来ない。
ビェスが希望する進軍を邪魔するだけの事がとても難しい。
いっそ皆殺しにする方が簡単かもしれない。
でもビェスは自分の手で家族の敵を討ちたいのだろう。軍を率いてキリアム侯爵と戦い勝利する事を目指している。
ワイバーンでのブレス攻撃は諦めるしかない。
ビーザ砦に乗り込んで私が魔術で攻撃する事で防衛戦を行なえばキリアム侯爵をビーザ砦に引き付けたままに出来るだろう。
ブレス攻撃が無いのならキーグで飛ぶ事も出来るだろう。
次回は、ビーザ砦での防衛戦です。




