第52話・3 新たな日常(3)
少しづつ新たな日常が始まります。
ニコレッタは紅茶を入れるのが抜群に上手い。私が夕食の後歯を磨いたら飲み物以外は口にしないので、部屋に紅茶セット一式を用意してくれるのがニコレッタだ。
其のニコレッタが食後のお茶の追加を用意してくれた。
私が新しい紅茶をゆっくり味わいながら飲んでいると。ビェスはコーヒーを飲み終わり、これ以上は飲む積りが無いのかカップをソーサー毎横へと押しやった。
ビェスが話してくれたのは、時間が経てば経つほど有利になっていく事を分かった上で、当面ポーションの提供方法を決め、魔女薬の入手方法を明確にする事だった。
ビェスは私にポーションの価格と治療代の金額を決めた事を皆に伝えたと言った。
「ポーションの事は、ダキエの姫が患者の目の前で作る必要があるため、パスト以外で行う事は無い。」
と領事や副領事の前で明言し、さらに「対価は金貨1万枚」とする事も合わせて伝えたそうだ。
「内訳はな、ポーション代が金貨6千枚で、ラーファの治療代が金貨4千枚にした。」と得意げだった。
何とも、私の治療代がとんでもなく高い、ポーション代はビェスの取り分だけど、治療代は私が決めたかった。多分に政治的な事なのでビェスに任せるしかないのがやるせない。
なんだか高すぎて、今後ポーションの対価としてエバンギヌス子爵のように命の対価は命で払うとかに成りそうで怖い。
ビェスの狙いもそれなのだろうけど。
キリアム侯爵ぐらいになれば支払いは出来るだろうけど、患者をパストへ送る必要があるのは人質を差し出すようなものだ。
よほどのことが無ければポーションを頼ろうとはしないだろう。
私とポーションの事は、ビェスが絶対譲らない姿勢を始めから出してる。つまり、ポーションが欲しければパストまで来い! と言ってる訳だ。
そして、私がパストからで出る事は無いと、誤解のしようが無いほど理解したと思う。
ポーションの事はそれで終わった様だ。
「問題は魔女薬に移ったのね」と聞くと、ビェスも頷いた。
「結局、彼らは魔女の薬へと質問を集中する事になった。」とビェスは得意げに言った。
「魔女薬についてはラーファが明言した市販薬として売り出す事しか私は知らない訳だけど。」
「彼らは目の前で起きた奇跡の回復に、何が何でも魔女薬を手に入れようと、すごかったよ。」
ビェスは思い出したのか楽しそうに「うふふ!」と笑った。
「幾らでもお金は出すから売ってくれだとか、売り出すのなら是非購入契約を結んでくれとかね。」
「後、薬の効果についても質問が有ったよ。」
「ケガ以外にも利目があるのか? だとか、死んでも生き返らせる事が出来るのか? なんて質問もあったな。」
「彼らの質問は、全部無視して言ってやったのさ。」
「魔女薬については、売り出す時に知らせる、今はそれだけだってね。」
「最後にもう一度念を押しといたよ。」
「領事らが直接ダキエの姫へ接触する事は禁止だ、守れなければ戦を覚悟しとけとね。」
ビェスの言う「戦を覚悟しろ」とは脅しだと思うけど、「命はない物と思え」なんて物騒な事を言っていたから、半分ぐらいは本気なのかもしれない。
お腹の傷など、普通なら数日間のたうち回って悶え死ぬほどの悲惨な最後になる。毒だって同じような物だ。
それを薬だけで完治させたのだ。しかも市販薬として売り出す予定だと聞けば手に入れようと右往左往するのは目に見えている。
戦争でも魔女薬が在れば負傷しても、回復は直ぐだし、即死さえしなければ死なない事になるのだから味方に是非とも欲しい薬だろう。
この薬がある方が戦争に勝てるとさえいえる程だ。実際オウミ国はこの薬と竜騎士が勝利の大きな要因となったのは間違いない。
でも、実際の効果をどれほど実感しているのだろう。
今回は私が先に回復魔術で体力を回復させて薬で治療したため、薬の効果に疑問があるかもしれないと思っていた。
ところが、ビェスの話では、薬を飲んでからの劇的な治療効果が目に見えて凄かった様で、彼らは薬だけで直ぐに治る物と思い込んでいる。
実際は、薬だけで治りはするけど、完治するまでには、落ちた体力を食事を摂る等で回復させなければならない。
落ちた体力を回復させるには、食事内容も体調を見ながら変えて、徐々に回復させなければならない。
今回は早く完治させるため、私が先に魔力で無理やり体力を回復しただけだ。
だから私は魔力を使い過ぎてあんなに疲れていたのだ。
ビェスは私に公開治療の反響を教えてくれると、この後も会議が在ると残念そうに言った。
年末年始を控え行事が目白押しだそうで、それに加えて今回の公開治療による反響が大きすぎたらしい。
対策と打ち合わせで、会議に次ぐ会議が各方面と行われているため、当分昼は一緒に食べられないと言われてしまった。
ビェスも残念そうだったが、私も寂しい。夕食だけは何が在っても一緒に食べようと言ってくれたことが嬉しかった。
朝早く起きれれば朝食も一緒に食べれるのに、ビェスは「朝は君を朝日の中で見られる貴重な時間なんだ。」
「朝食を抜く羽目になっても手放さないよ。」と朝のあの時間を諦めようとはしません。
当分は朝に失われる体力を回復魔術で回復させる事が続きそうです。
ビェスは私と食事を共にした後、そそくさと会議があると出て行った。
彼の得た情報では、今日の公開治療の噂がパストの商人まで広がっていて、明日は魔女薬の問い合わせが増える見込みだそうだ。
私の御用商人さんが直接魔石を持ってやって来そうですね。
ビェスはどんなに忙しくても夜には絶対部屋へ来ると明言して出て行った。
その日の夜はビェスが遅く、私は疲れもあり先に寝てしまった。
次回は、ラーファの新たな日常が始まります。




