第51話・2 公開治療(2)
治療の事前説明でエバンギヌス子爵が怒鳴りつけてきた。
ビェスがポーション以外の薬を使う事を説明していなかったのだろう。エバンギヌス子爵が怒り心頭とばかりに怒鳴りつけて来た。
エリーヌが居ればエバンギヌス子爵と私の間に立ち、エバンギヌス子爵の視線を遮ってくれたのでしょうけど。生憎彼女は患者の確認に公開治療用の部屋へ行っていた。
代わりにビェスが盾になってくれている。
「説明しましょう」とにらみ合う二人に呼びかける。
「ポーションは樹人のための魔術薬として作られています」
「これをそのまま人族に使うと、最悪魔力過多で死亡します」
死亡すると言うと、エバンギヌス子爵はギクッと肩を震わせたが何も言わなかった。
おとなしく聞いている様なので、続けて説明する。
「空ポーションからポーションを患者に合わせてその場で作る必要があります」
「それは、人族の魔力への許容量が人それぞれで大きく違うからです」
「患者の許容量に合わせたポーションを患者毎に作る必要があります」
ポーションを個人毎に調整する必要がある事は説明できたけど、欠損の無い二人にはポーションを使わない説明もしなければ。
「四肢欠損の再生に使うのなら再生にポーションの魔力を使い切る様に調整できます」
「そうでない2名にはポーションの魔力量が大きすぎて調整できません」
「あえて使えば魔力過多を引き起こすでしょう」
「魔女薬の上級回復薬ならばポーションとは違って、薬の魔力が治療に使われるだけで魔力過多を引き起こす様には作られていません」
「ですから危険な魔力過多を引き起こすポーションでは無く、上級回復薬を使います」
エバンギヌス子爵も理解はしたようで、もう怒りは収まった様です。ですが、私を睨みつけたままなのは変わりません。
ただ目が獲物を狙うような、値踏みしているみたいなギラギラとした視線です。
ビェスも私を睨む彼の目を見たのか、冷たい顔をして彼を睨みつけています。
残りの7名は無言で私たちの話を聞いているようですが、二人の睨み合いを注目しているのは確かです。
今後の政治的動きを見据えての事でしょうけど、エバンギヌス子爵の今後の動きが気になるのは私もです。
そこへ扉を開けて、さわやかな声が聞えた。
「患者5名が運び込まれました」
「ダキエの姫様、公開治療の準備が終わりました」
セリーヌが病室への扉を大きく開けて、準備が終わったと知らせて来ました。
セリーヌも度胸がある。
こんな圧迫感溢れる空気の中、一癖も二癖も在りそうな男たちを前にしてよく無視できるものだと思う。
セリーヌのおかげで緊迫した空気は霧散しました。やれやれです。
私は机の上に置いていた空ポーションを左手に持つと、先導するセリーヌの後に続き治療室へと入った。
案内された室内は、王宮の応接室から備品を片付け用意された部屋だった。
部屋に入って先ず感じたのは、患者のためか暑いと感じる程の暖かさだった。
患者は5つ間を開けて並べてあるベッドに、裸にシーツを掛けて寝かせられていた。
患者は意識はありそうだが、熱と苦痛によって5人ともベッドから動く事も出来ないようで、荒い息をしていた。
時折痛いのか「グッ!」と堪える様に体を強張らせる。
ベッドの周りに椅子が並べられている、見学者の座る椅子だろう。
「見学される方は椅子に座って静かに見ていてください」
ガヤガヤと話しながら部屋に入って来た男らに注意をする。
重体の患者を放っておいて悠長に話などしている暇は無い。
患者に付き添わせていた使い魔が匂いを嗅いで患者の現状を知らせて来る。治療は手前から順番に行って行けば良い様に患者を並べていた。
ざっと患者全員の様態を調べて、最も早く治療をしなければならない一番手前の患者から治療を始める。
患者に近寄り診察を始める。
見学人がざわついていたが、周りの男共はビェスも含めて一切無視する。
治療魔術の検査魔術を行使して、状態を調べて行く。
「この患者は、右足をひざ下から失っています」
「更に傷口より細菌の侵入による壊疽が見られ血液から内臓への汚染も見られます」
周りと患者本人に状況を説明し、何をするのか説明していきます。
「これよりポーションを作り四肢の欠損を再生する魔術を付与します」
「同時に壊疽による疾病を回復します」
そう言って持っている空ポーションから短距離転移で中の空ポーションを取り出し魔力で包んだ。
次に回復魔術陣を構築し四肢の再生魔術を付与して行く。
調べた患者の魔力受容体の質と量に応じた魔力量に調整します。
無言で魔術陣を行使しポーションを作成した。攻撃魔術と違い、既に空ポーションの中に陣の元となる魅了物質と魔力があるから詠唱による陣への魔力付与は必要無い。
ポーションは口の中に入れるだけで効果が瞬時に発揮されるので、口を開けて中へ入れるだけです。
次の瞬間失った右足が魔力に包まれた。外から見える程の速さで再生されて行った。
体も魔力に包まれ全身が一気に回復された。
あっという間に患者が回復する場面を見た見学者たちは、唖然とする思いが口からため息となって「おおー」どよめきとなって室内に反響した。
患者自身も驚いたのか起き上がって、自分の右足を見ている。
全て無視して、次のベッドへ移動します。
次の患者は腹を裂かれていて腹膜炎を起こしています。先ほどの患者の次に重体です。
「この患者は腹部裂傷により内臓への損傷も見られます、腹膜炎も併発しています」
「これより回復魔術を行使し容態を安定させます」
「その後、上級回復薬を使用します」
そう言って回復魔術の近距離転移を行使し、傷の中に残るゴミや腐敗した部位を取り除いた。取り除いた部分は床に置いてあるオマル(排せつ用の桶)に捨てた。
ある程度患者が安定したところで上級回復薬を飲ませます。
劇的な回復はこの患者も同じで、熱と痛みが無くなり楽になったのか大きなため息を出すと「ありがとう、楽になった。」と誰と無く言った。
ここまでは患者も見学者も驚きでどよめく事はあっても静かに見てくれています。
このまま静かにしていて欲しいですね。
3人目の患者は毒による酷いチアノーゼを併発していて早く解毒し無いといけません。
「この患者は、魔物由来の細胞毒性により体中が汚染されています、急いで毒で壊疽した部分を除去します」
「その後、患者の安定を待って上級回復薬を使用し解毒と回復を行います」
毒は調べて見ると細胞に作用する毒でジワジワと体を汚染して行くタイプだった。
毒を解毒させるのは上級回復薬に任せ、患者に苦痛を与えている毒による体内の汚染された部分を体外に排除する事にします。
体内からの排除に回復魔術の近距離転移を行使します。体力がかなり減っているので合わせて体力を回復させる回復魔術も行使しました。
毒の影響した部分を排除して生じる機能不全を防止するため上級回復薬で解毒と同時に回復させます。
近距離転移と回復魔術の行使を行い、安定した患者に上級回復薬を口に入れます。
この若い患者は初めから意識が朦朧としていたけど、施術後そのままスヤスヤと寝てしまった。
残りの二人は傷の程度は欠損を除けば大した事は在りませんでした。
ポーションを作って治癒しました。
手や足の欠損部位が再生していく場面は、骨が整形され、筋肉や健、血管やリンパ管などと脂肪や皮下組織、皮膚の形成が目で見ていても良く分かる形で進んで行きます。
ポーションでは無く再生魔術を一つ一つ行使して行った場合の難しさを実感しました。
自分の手や足の欠損部分が再生していく様を見ていた患者は、目を見開いて驚いたまま声も出ないようです。
回復魔術は魔術行使する者が魔力で回復のエネルギーを提供するため回復量の多い行使は魔術師に大きな負担となります。
出来れば負担の少ない、病体だけを回復させ、体力などは療養する事で回復させてほしいものです。
今回は、患者の容態が悪いことも在り、私の回復魔術で体力を先に回復させましたが、魔力を沢山使うので疲れます。
治療のサポートをしてくれた使い魔を帰還させました。魔力の使い過ぎで使い魔の維持も辛くなったから仕方ありません。
回復薬による回復には元に成った魔石の魔力が回復のエネルギーを補うので、後は失われた体力を回復させるため、食事等でゆっくりと栄養を補給すれば問題無いのです。
再生魔術も再生が少量なら回復魔術と同じです。ところが腕全体とかに成ると魔術の行使では小分けに何度も行う事になり実際の治療はとても困難になります。
そこで大きな魅力を持ったポーションに付与した再生魔術陣で再生させる事で魔力不足を補い一気に再生するのです。
少しベッドから離れ、入って来た扉へ進んで、部屋全体が見える位置で振り返った。
起き上がった患者さんも、ビェスを含めた見学人たちも、今私が治療した結果起きた事に茫然としたままです。
恐らく何が起きたのか分からないのかもしれません。
機械的に顔を私の方へ向けて、茫然自失の状態で私を見ているだけです。
「これで5名の治療は終わりました」
「今後、魔女薬については、市販の準備を始めようとしている所です」
「販売が何時になるか未定ですが、出来るだけ早めに販売できるようにします」
と言った後、軽く礼をした。
「・・・・・・・?」
驚きで茫然自失にでもなったのか、私が部屋を出ようとしても見てるだけだ。
私はセリーヌが扉を開けて、前で待っていてくれたので部屋から出た。私の後にセリーヌも続き扉を閉めた。
扉の後ろで、大きな声がしたけど、セリーヌが手に持っていた扉の鍵で扉を閉めてくれたので、誰も追っては来れなかった。
セリーヌが扉にカギが掛かっている事を確認すると、私の方へやって来た。
近くにまで来たので、セリーヌへ声を掛けた。
「ありがとう、セリーヌ おかげで順序良く患者を治療できたわ」
「過分にございます」セリーヌは軽くお辞儀をするだけだ。
セリーヌが部屋の準備段階から細かな部分まで注意してくれていたから、部屋が暖かく、ベッドの間も動ける程に間隔が空いていた。
オマルなども彼女が置いてくれたのでしょう。ひょっとしたら、セリーヌは患者を介護した経験があるのかもしれません。
ちょっとした配慮だけど、それがとてもありがたかった。
「早くこの部屋を出て、私の部屋へ帰りましょう」
「今日はとても疲れたわ」
疲れていたので、セリーヌを急がせて部屋を出た。5人の治療では急いで回復させるため、魔力の使用量も多く、酷く疲れました。
先導するセリーヌと侍女たちに囲まれ(私一人では迷子になってしまうだろう)客室の自分の部屋へ帰った。
客室の私の部屋に帰って、一人ぐったりと椅子にもたれかかり休んでいると。
遠くでセリーヌの怒りを押し殺したような声がする。
「ダキエの姫様はとてもお疲れです」
「ご挨拶は別の機会にお願いします」
セリーヌが客室の扉の前で言っているのが聞こえて来た。
誰かが挨拶に来ようとしているのだろう。
セリーヌが阻止するため、扉の前で頑張っている様だ。
次回は、公開治療後の反響やキーグに乗って観光飛行? をします。




