第45話・3 王が娶るダキエの姫(3)
ラーファに付きまとうビェス、ストーカーの名を贈りたい。
ビェス専用の廊下を歩いて、一度表に出た後、奥まったエリアに入り、私用に用意されていた部屋へと入りました。
ビェスは未だに手を繋いだままですから、当然一緒に部屋の中へ入っています。
侍従と護衛兵は入り口で控えていて、中にまで入って来てはいません。
王様なので、誰も彼を部屋から追い出そうとはしないので、仕方なく私が引導を渡します。
「ビェス、これから着替えるので、部屋から出てくれる?」
「ラーファ? 僕を追い出すのかい?」
強く言わないと、ビェスは何時までも付きまとって来そうです。
「あたりまえでしょう、これから着替えるの!」
やっと諦めたのか手を放してくれました。
「分かった、食事の時に迎えに来るよ。」
「ええ、お願いね」
しぶしぶとビェスが侍従と護衛兵を連れて、外へ出て行きました。
彼を見送りながら、これから大勢の人に傅かれた生活が始まるのだと、朧げなダキエの生活を思い出しながら覚悟を決めました。
私が決めた婚姻ですし、生前ダキエでしていた生活をするだけです。忘れた事も在りますが、覚えている事も多いのですから大丈夫でしょう。
ここの生活に、早めに慣れるしかないですしね。
着替の前に、侍女たちの内一人が、「ダキエの姫様、侍女頭のセリーヌ・エル・デュオンと申します」と自己紹介してきた。
頷いて、「セリーヌと呼んで良いかしら」と聞いたら、「はい」と答えたのでこれからはセリーヌと呼ぶ事にする。
ダキエの姫と呼ばれる事はパレードの打ち合わせの時点から決めていた事なので、今後もビェス以外はそう呼ぶ事になる。
「ダキエの姫様、先ずは湯あみから始めましょう」とセリーヌが言って来るので、彼女に先導されて湯殿へ向かった。
湯殿と言っても、客間の一部屋が湯あみ専用の部屋に成っているだけで、部屋の中に衝立を立てて浴槽を囲っただけの作りだ。
セリーヌにビチェンパスト国のお風呂事情を聴いた所、王都パストでは水が貴重な為、湯あみと言っても浴槽にお湯を張り漬かりはするが、基本体を拭くだけだそうだ。
髪を洗うお湯は別に用意してあるけど、髪に掛け流すだけで拭いて終わりらしい。
そもそも貴族以外は、塩分の在る井戸水で体を拭くだけの様だ。
この時、私はパストの水事情の改善とお風呂の生活習慣を新たに根付かせようと決心した。恐らく上下水道の整備が必要になると覚悟した。
更に、私が着ていた貫頭衣を脱いだら、下に付けていた下着が誰も見た事が無い、体に密着した物だったので驚かれてしまった。
マーヤの知識から作られた下着は、オウミ国でも驚かれたが、此処ビチェンパスト国でもため息と共に侍女の好奇心を煽る事になってしまった。
「ダキエの姫様、この素晴らしい下着はどうしたら手に入るのでしょうか?」とセリーヌに聞かれてもマーヤが作ってくれたから何処にも売っていないので、返答に困ってしまった。
「私の娘が考えたの、作ったのは私だけど、前に居たオウミ国で下着の作り方は教えた事が在るから、あなた達にも教えられるわ」
『ただ素材のゴムが娘からしか手に入らないのが難点ね』
ゴムが取れるトレント・ゴムの魔物の栽培はここビチェンパストでも森ダンジョンが有るので出来るかもしれない。
侍女の全員がざわめきから興奮しだしたので、セリーヌが侍女達を睨みつけた。
「静かに! ダキエの姫様の御前ですよ!」
侍女の興奮を静め、私に聞いて来た。
「ダキエの姫様、下着の件は後程お話をお聞きかせ願えませんでしょうか?」
「一度娘に材料の件を聞いて見ますね、話はそれからよ」
「はい、ありがとうございます」と奇麗なお辞儀をしたので、セリーヌは貴族の娘だろうと思われる。
「それで申し訳ないのですが、お着換えはお持ちでございましょうか?」どうやら用意した下着が、私が身に着けていた下着に比べると貧相に見えた様だ。
「はい、これが着替えね」
私は、腕輪の空間収納から着替えの下着を取り出してセリーヌへ渡した。
「今、手が・・・ 今どこから、お出しになられたのでっしょうっか?」可哀そうにセリーヌの声が裏返って、動揺しまくってしまった。
いきなり空間収納を見せたのは、不味かったようです。気が動転してしまったセリーヌと侍女たちに説明する必要が知りそうです。
でも今は湯あみが先です。貫頭衣を脱ぐ時、身体防御の魔術を切っていたから寒くなってきました。
「魔法のカバンを知っていますか? そこから出したのよ」
「それより、寒くなってきたから湯あみにしましょう」
室内は暖房されて服さえ着てれば寒くはないけど、一人だけ裸のままなので寒くなってきた。
「は、はい 申し訳ございません、どうぞお手をお出しください」
「この踏み台を越えて浴槽へお入りください」
湯船につかりながらセリーヌへ言った。
「ありがとう、後で諸々の事を話す事にしますね」
「はい、ありがとうございます」
セリーヌは少し私が怖くなったのか、声まで小さな声だった。
私がダキエのエルフだと言う事は聞いて知っているだろうけど、具体的な事はほとんど知らないのだろう。
湯船に漬かり、体を横たえると、頭を乗せる場所がどうやら髪を洗う所の様で耳を隠していた髪が下へと下がり、耳が顕になった。
「・・・・」声にはならない騒めきが広がった。
人族と違う耳の形が私をエルフだと侍女たちに強く印象付けた様だ。
私が人族と違う事は見れば分かるだろうけど、魔術や知識はこれから長く付き合っていく事で、おいおい慣れて貰うしか無いと思っている。
魔術やポーション、魔女の薬などこれから多くの物をこのパストへ広めていく事になる。先ほど取り出した下着はそのとっかかりになってくれそうです。
ちらりと横を向いて、セリーヌの様子を見る。慣れ親しんだ作業に成ったので、落ち着きを取り戻した彼女は、全体の作業の流れを取り仕切りながら、次に着る私の衣服を点検していた。
髪も洗い終わり(お湯で流して拭いただけ)、そのまま流し髪にした。教会に行くときはベールで髪を隠すとセリーヌから聞いた。
湯あみが終わり、着替えの服をセリーヌが持って来た。
下着の上にズロースの内着(こちらが本来の肌着)を着た後、刺繍で飾られた豪華なワンピースの肌着を更に上から着る。
上着は絹製のブリオーで手首が隠れる程長く、下は床を引きずる様な長い裾だった。
全体が薄い青で染められて、幅広の飾り帯を腰に巻く。
襟元は広く開いていて下のワンピースの肌着が見える。そこへ刺繍と編み込みのレースで作られた付け替えが出来る(仮留めの要領で糸で縫う)襟を選んで付けるのだ。
私はセリーヌに任せたので、白いレースの襟になった。
更にウールの長い靴下と靴は革の短靴だった。
スカートを長く引きずって歩く為、歩き方を工夫し無いと裾を踏んで転びそうになる。自然とゆっくりとした歩き方になるので、私としては早く着替えたい。
とりあえず、今着ている服で食事に行く事にする。
教会へ行くための衣装へ着替えるのは、食事から帰ってからとセリーヌへ伝えた。
急に決まった教会での入籍の衣装など用意しているはずも無いから、私の持つスクマーン衣装は晴れ着としてなら十分だろう。
そもそもこの動きにくい服で入籍のため、教会へ行くのは嫌だった。
私は、オウミ国で作って貰ったスモックとスクマーンなどの一揃いの衣装を出すと、「教会へは此の衣装で行きますから」とセリーヌへ突き付けた。
後、下着は自分用の物を使う事も合わせて伝えた。
受け取ったセリーヌは目を白黒させていたけど、着方は私が知っているからと伝えると安心したようだ。
扉を開けようとしたら、扉が自分から開いた。侍女が開いたのだけど、これからは何事もこうなるのかと、内心ため息が出た。
廊下の先にビェスが侍従と護衛兵と共に此方へ来るのが見えた。ちょうど迎えに来るところだった様だ。
次回は、昼食です。




