第44話 ビェス! ビェスなの?
壇上の王様を見たラーファは思いがけない出会いをします。
パレードの終端、王様の前へ台車が止まった。
台車の引手がわらわらと後ろへ下がって行く。四つある木の車輪に車止めを噛ませ衛兵も新しい持ち場へと移動する。
私が広場へ入る前から、衛兵の一団が王様の立つ演壇と台車の止まる広場の一部を囲むように展開していた。彼らも群衆が近づかない様に壁役をするのだろう。
パレードが終わり、台車の側面に取り付けられている階段をゆっくりと降りていく。
あまり背の高くない私は、台車から降りて王様の前に行くまで彼の顔が見えなかった。
数段高い壇上へと階段を上って行き、足元を見ていた視線を上げた。王様の顔が良く見える程に近づいていた。
私は一段下から、背の高い王様を見上げるように見た。王様も私を見ているのが分かった。
何処か見覚えのある顔だった。
髭が生え、顔の日焼けが色白だった彼の面影を色濃くしていたけど。
「ビェス! ビェスなの?」
私は、思わず叫んでいた。
8年前初めて彼に会った頃の事が頭によぎる。
ハンググライダーが墜落した草原に、坂の上から降りて来るビェス。
食事を共にしながら、男性的な一面を私に見せてくれたビェス。
他にも、カカリ村で彼と過ごし、飛竜対策や3日熱の特効薬について話し合った。
思い出が一度に沸き出てくる、言葉を出そうとして言葉が上手く出てこない。
頭の中に思い出すのは、別れを告げる前私に気持ちを打ち明けて求婚した時の言葉だ。
「私と結婚してほしい。」悩んだ末の言葉だったのだろうけど、私は「10年後気持ちが変わらなければ考える」と、その時答えた。
「10年と言わず来年にも此処へ来ますよ。」とビェスは答えたけど、カカリ村へ来る事はなかった。
そして8年が過ぎた。
今、私の目の前に大きく成長した姿で立って居る。
体は正直だ。手枷なんて茶番の道具などほっぽり出し、階段を飛び越えて彼に抱き着いた。
「会いたかったわ!」やっと出た言葉は、この一言に尽きる思いだった。
両手を広げてビェスに抱き着いたけど、ビェスも腕を広げて私をしっかりと抱きかかえた。少し強すぎない?
え! キスされた!!
しっかりと抱きかかえられ、ビェスからキスをされて、今の状況を思い出した。
あれれ? 少し不味かったかも。
ビェスに口を塞がれ、息が苦しくなってからやっと口を放してくれた。
「ラーファ! 待ってたよ、君が来てくれるのを。」
息苦しくなって体から力が抜けて、ビェスに縋りついて体を支えた。
周りから大きな歓声が聞こえて来た。
「王様、 万歳!!!」
「ダキエの姫様、万歳!!!」
何が何だか分からないけど、王様が居る場所にビェスが居た。王様がビェスでビェスが王様?
ビェスが片手で私を抱え、広場に群がる群衆に向かって残りの手を上げた。
「静粛に!!」、「静粛に!!」群衆へ向けて衛兵が声を張り上げ静まる様に言う。
しばらくして、ざわめき程度に声が小さくなった。
「皆の物、良く集まってくれた。」
「今ここにビチェンパスト国の王として、皆に伝える慶事が有る。」
「我はかけがえの無い宝を得た。」
「はるばるダキエの国より、オウミ国を経由してビチェンパスト国へやってきたダキエの姫を紹介しよう。」
そう言って私を見た。
「我が伴侶として皆に報告する。」
「我れに寄り添うのが、ダキエの姫だ。」
私は、『え、伴侶? 伴侶って奥さんの事だよね?』と他人事のように聞いていた。
ビェスに会えた喜びと、彼からキスされた驚きで茫然自失だった。
「オウミでは伝説のポーションを作り、民のため安価な魔女の薬を作り出した。」
「皆も知っている通り、飛竜を飼いならし、竜騎士を育てたのも彼女だ。」
「今わが腕に抱かれて側に居るのがダキエの姫と呼ばれる、全てを成した人なのだ。」
ビェスが私の事を集まった国民へ報告している。それは分かるけど、何故か自分の事だとは思えない。私は只々ビェスに会えた事が嬉しくて、キスされた事が恥ずかしくて、彼に抱きかかえられている事が心地良かった。
「皆の物、ほめたたえよ。」
「我が国は得難い薬の作り手を得た。」
「我が国はどの国も其の武威に震え上がる竜騎士を得た。」
「そして、我は美しき姫を得た。」
「今日は、全ての市民へ酒と食べ物を王より振舞う。」
「食べて、飲んで、此の良き日を祝うが良い。」
「王様!!! 万歳!!!」
「ダキエの姫様、万歳!! 万歳!! 万歳!!」
喝さいの声は留まる事無く、続いた。
ビェスは私を促し、壇上からゆっくりと降りながら言った。
「ラーファ、話したい事が沢山あるけど、今は一つだけ聞きたい。」
「私と結婚してくれ。」
私はその言葉に戸惑いより先に嬉しさを感じてしまった。先ほど我を忘れて彼に飛びついた時。そうだと納得したんだと思う。
私がオウミから遠く離れたビチェンパスト国までやってきたのはただビェスに会いたい一心だったからだと。
それなら答えは一つしかない。
「はい」
それは、恐らく一度亡き夫だった人に言った言葉だったかもしれない。
でも、今は彼の人に命を与えられた新しい人生がわたしには有る。
今まではマーヤを育てる事を一番にしてきた、でも、マーヤは今では目標を持って私の手を離れて一人で歩み出した。
彼と共に生きていく事が、私が生きていく証になるんだと。心から思えた。
ビェスとともに歩いてキーグの座る台車へと近づいた。
そこへ衛兵の一人が数人の部下を引き連れ、最初の台車から外した空ポーションを持ってやってきた。
「陛下、おめでとうございます。こちらがダキエの姫様からの贈り物となります。」そう言って空ポーションを捧げた。
「うん、ありがとう。ボーダマン。」ボーダマンと呼ばれた男は深く頭を下げた。
いつの間にか周りに居た、侍従の一人が恐る恐るその空ポーションを受け取った。侍従の怯えも仕方が無いと思う。空ポーション1個でオウミ金貨600万枚はするだろう。
落としたら全てが終わりだと思えば侍従が震えるのも仕方が無い。まぁ落としても割れるような事は無いけど、それを知っているのは私だけだろう。
式典が続いていた。ビェスも続ける様だ。
次はキーグに乗って王宮の庭へ飛ぶのだけど、ビェスも乗って行くのかな? そう思っていたら。
「ラーファ、僕も一緒に乗れるかい?」
と聞いて来た。
『キーグ、二人乗りするから飛び立つ時、浮遊でサポートしようか?』助走無しで飛び立つのは負荷が大きいのでキーグに聞いて見た。
「キュー、ピーピー」『大丈夫、二人なら。』
「はい、乗れるって言ってます」
ビェスを台車の上のキーグの前まで連れて行った。
「ワイバーンのキーグよ、ビェス」
『キーグ、私の番になるビェスよ』
「ビュー、ビュスィー」『番なんだ、ビェスね分かった』
キーグが長い首を曲げてビェスと私を見て鳴き声を出した。
「紹介は終わったから乗りましょう」
ビェスを促して、キーグの竜具に登って貰う。私も後から登って、彼が跨る膝の上に乗る。
「ごめんね、一人用の竜具なので上に乗る形になるけど、しっかり私の腰へ腕を回して捕まっててね」
「ははは、君を乗っけるのは歓迎するよ。」
キーグが強く羽ばたくと、強風が吹き台車の周りから人が去って行った。
キーグは100ヒロ(150m)上空まで上昇すると、目の前の宮殿を越えた先の庭へ滑空して行った。
庭はキーグが着陸できるように剥き出しの地面の広場が作られていた。そこへ危なげなく降り立ち、私たちが降りやすい様に身を屈めてくれた。
先に私が降り立ち、続いてビェスが下りて来た。
私の手を取り、庭の奥に在る建物を指さし言った。
「ラーファ、ようこそ僕たちの家へ、今日から君と僕の住む家だよ。」
次回は、王宮での話とマーヤへの今回の出来事への説明。




