第43話 王都パスト(3)
ビチェンパスト国の景観と政治情勢。
今朝の話だとマーヤたちは、次の目的地ミュリネン国の王都へ今日着くと言っていた。
マーヤの居る場所は、ロマーネ山脈を越えた向こう側。雪の吹き付ける峠越えの最中だ。
ここビチェンパスト国では雪は降っていないが、12月ともなると冷え込む日が多いと聞く。
ここはオウミ国より暖かいが、十数日前までいたキク・カクタン国ほど暖かくは無い。いや寒いと言って良い。
寒さ対策は、魔術でどうにでもなるし、ワイバーンのキーグも寒さには強いので心配はしていない。
驚いたのは船員たちだ、半裸で過ごす船員が結構いるし。寒くないのか他人事ながら心配になるほど彼らの見た目は寒そうだ。
台車を降ろす時も、半裸の船員たちが「エッサ、ホイサ」「ヨーイ、ヨーイ」と滑車で吊った台車をゆっくりと桟橋へ降ろしてくれた。
パレードは船から台車が降ろされた後、隊列を整えるため一端港の広場に集められた。そこで隊列を組み、出発の順番に従ってゆっくりと進み始めた。
先頭は楽隊が演奏しながら進んで行く。楽隊は台車の間にも居るけど、キーグの側には大きな音は止めた方が良いので、ポーションの台車とキーグの間は少し離れている。
同じようにキーグと私の間も離れている。
ここは、パスト市の南端にある漁港と兼用で使っている一番小さい港です。台車を降ろすために1艘づつ港へ入って台車と荷を降ろすと入れ替わるために船が出ないと次の船が入れない程小さい。
この港が選ばれたのは、偏にパスト市の南の端だから。魚市場が有るおかげで漁港にしては広さのある広場を持っているのも都合が良かった。
この港からパレードは市内の海沿いの大通りを通り、3ワーク(4.5㎞)先の大広場へ向かう。所要時間1刻(2時間)だから人が歩くより少し遅い、ゆっくりとした進み具合になる。
進みだして直ぐに分かったのは、この町は市内を縦横無尽に運河が通っている事と、運河に橋が其こそ数百も在りそうな位多くある事だと思う。
橋にも大小の種類が有るけど、平たい橋なら問題は無い。問題が有るのは太鼓橋の様な上り下りの在る橋だ。
普段から荷馬車ぐらいは通る橋なので、通れない程酷い坂では無いけど、通るのに苦労した。台車が傾くのでキーグが落ちそうになったり、私も何かに掴まらないと落ちそうになる。
運河にもパレード見物の小舟が沢山出て、多くの人が小舟に乗っている。
船に飲み物や食べ物を持ち込んで宴会気分の物見遊山の人も多い。
町中へ近づくと目抜き通り沿いに5,6階かそれ以上に高い建物が現れて来た。その建物の窓と言う窓には人が溢れて、私たちのパレードを見下ろしているのだ。
窓から手を振られたので、振り返したら。他の建物の住人が我も我もと手を振るので、腕の拘束具を片手だけ外して手を振り返した。
沿線に溢れた人々も歓声と共に手を振って来る。手を振るのも疲れるのだ。疲れたら反対の手で振る事を繰り返す様にして、何とか皆の期待に応えたつもりです。
後は笑顔を常に心がけて、なるべく多くの人の目線に応えるように努めた。ここら辺の機微はダキエで身についていた様で、記憶がうっすらとあるから、対応に慣れるのが早かった。
時々前を往くキーグに念話で話しかけ、キーグが不安を抱かない様に注意している。キーグ自身も近くからの歓声は慣れないようで、羽を時々バタつかせている。
キーグが羽をハタつかせると、生きている飛竜だと分かり、歓声に悲鳴が混じったりする。パニックにまでなる事は無さそうで、直ぐにキーグが蹲ると、歓声が一段と高くなる。
キーグには騎乗する為の竜具を取り付けているので、人々からも「竜騎士だ!」とか「凄い、本物の飛竜だ!」とか騒がしい。
ワイバーンなんだけど、飛竜の方が有名なためすっかり飛竜だと思われているのが、笑いたいような気分になる。
通りを埋め尽くす人々の歓声の中、3台の台車と見栄えする正装姿の楽隊や衛兵に騎馬隊が台車を取り巻くように護衛してパレードは市の中心街へと進んで来た。
ここは、パスト市の中心街を成す建物が軒を並べて建って居る場所だと思う。建物の外観も装飾的で飾りがドアや壁に施されている。窓にはガラスがはめ込まれている。
中の様子が透けて見えるように家具なども配置されている様だ。
此の中心街は貿易商が店を出していると直ぐ分かった。飾っているのが船の置物が多いし、中には大きな櫂をドアの上に据え付けている店も在る。
きっと、自分の店の船に取り付けていた櫂だと思う。
つい100年ほど前は櫂で舵を取っていたそうだが、今は船尾に舵板を取り付け、舵輪で舵を取る様になったとゴドウィンが言っていた。
中心街の先には、中央広場が王宮の前に在って、其処へ数段高い位置に壇上がこしらえて在る。私からはまだ見えないけど、壇上には王様がそろそろ登場している頃だと思う。
先頭の楽隊が、一段と大きな音でビチェンパスト国の国家だと思う演奏を始めたので、いよいよ最後の場面へと近づいたようだ。
先頭の空ポーションを捧げた人魚の像が置かれて居る台車が、広場の壇上の前に止まった。
次は、キーグの座っている台車だ。
『キーグ、今車が止まるから、慌てず動きに合わせてね』
『キュー、キュー、ピー』(大丈夫だよ byキーグ)
キーグの方は大丈夫そうだ。キーグの台車も王様が居る壇上の前に止まった。次は私の番ね。
王様が見ているのが見えた。結構大柄で髭を蓄え、日に焼けたような引き締まった体つきで若い男性だ。きっとチャンスを逃さない鷹の様な目をした、油断できない人だと思う。
聞けば、父親を裏切りで亡くし、家族を守るため裏切者の貴族に従うも機を見て襲い掛かり裏切者を討ち果たしたそうだ。
その後このパスト市の実権を取返し、見事ビチェンパスト国の王へと成りあがったそうだ。
ゴドウィンから聞いた話だと、すごく強くて知恵のある王様らしい王様、と言う印象が強い。
ここ数年は戦に継ぐ戦で、目覚ましい勝利を幾度も収め、戦場では巧みな駆け引きと剣聖と称えられる剣捌きで敵に恐れられる存在だそうだ。
王に担ぎ上げられてからも、国内の統一に歯向かう貴族をその知恵と武力で何とかまとめ上げて来た人だそうだ。
実際に会って見ればどのような人柄か分かるだろうけど、これまで私が関わった王たちの様な方で無い事を願っている。
まぁトマーノさんの王様についての話だと、女性関係はモテるけど特定の女性はまだいないそうだ。
そう言えばオウミ国への使節団の話として、王妃をオウミ国から娶りたいとの申し出が有ったと聞いたけど、その後どうなったのだろうか?
その後のゴタゴタでその辺は聞いていなかった。ひょっとしたらオウミ国から王様の孫のメリンゼ王女様辺りが来るのかもしれない。
私の乗る台車が止まった。さて、王様に会いに行く事にしよう。全ては王様にあってからだ。
次回は、王様の企みで、ラーファにとって思わぬ展開になります。




