第37話・3 御位《みくら》の椅子(3)
御位の椅子は樹人が作ったのか? 更に謎が増えます。
御位から見える景色は王都一番の高さを誇るだけあって遠くまで見通せます。それでも王都の在る広大な三角州の一部しかここからは見えません。
その三角州の中では比較的海の近くに、この高い建物は在るようです。
三角州の中は緑が溢れ、あちらこちらに見える水路の周りは畑や果樹園が広がっています。
そんな緑あふれる場所から川を渡るだけで、その向こうは灰色の石が転がる荒涼とした砂漠が広がり、ここが乾燥した土地なのだと分かります。
その先には、この国にしては高い山が見えて、雄大な岩石砂漠と山の裾野の岩壁とが相まって、荒涼とした景色に人を拒むような荒ぶれた趣があります。
視線を戻すと、王都は三角州の中では北の端を流れる川沿いに築かれていて、海も意外と遠くに見えます。
眼下に見える王宮は思っていたより広いようです。連れてこられた時、王宮の中を一周したと思っていた道は真っ直ぐな道でした。
外門から内門まで上から見下ろすと6か7ワーク(約10㎞)位は在りそうです。
そう言えば輿に乗せられて来る時、この高い建物には気が付きませんでした。
町中では周りの建物に邪魔されたからだとは思うけど、王宮に入った後も記憶にありません。
あの時は逃げ出す事ばかり考えていて、周りをあまり見ていませんでした。それにいつまでも続く広い道に、同じような景色の街路樹と塀と建物が続いたおかげで、輿の中から外を見なくなっていたからでしょう。
景色に見とれていましたが、何時までも見ている訳には行きません。
振り返ると、コリン君は既に祈りを終えたのか、此方を見ています。その目が何だか少し不穏で、危機察知でもだんだんうす赤く染まって来ています。
とりあえず敵意はあっても敵対的な動きは無いので、無視して椅子を調べます。
御位の椅子は、思った通りこの建物の昔の山頂部分に北へ向いて置いてあります。椅子は木で出来た質素な椅子で飾りなどは全くありません。
しかし数千年の間この乾燥した場所に置かれていたとは思えない程、作られたままの姿を保っています。
材質は魔木から作れれているのは見ただけで分かりました。樹人、いやハイドワーフの作に違いありません。
見た目はキラ・ベラ市で座った嘘判別椅子に似ている、いえ! そっくりです。
更に魔木の魔力を活かした付与もされています。硬化だけでなく、状態回復か状態維持どちらかが付与されているようです。
魔木への付与は均質な魔鉱物と違って、生き物特有の複雑な構造が邪魔して付与するのが難しいのです。
魔木を利用してここまで繊細に付与できるのは、イスラーファが知る限りマーナニアの夫オリハラン族の王ガーランドぐらいでしょう。
それが証拠にこの魔木は椅子となってもまだ、付与を維持できるだけの魔力を保持しています。
更に近寄って椅子の前まで進み魔力の残り具合をじっくりと眺める。少し魔力が少ないような、付与の維持だけならまだ千年以上持つけど、魔木にしては魔力の減りが早過ぎる。
魔木の魔力を消耗させた何かが在るのかもしれない。
椅子の背の部分から受ける魔印象の魔波もキラ・ベラ市の噓判別の魔道具より少なくほとんど魔波が漏れていない様だ。
それでも座った人の魔印象で判別するため魔波が出ているので、嘘判別の魔道具で間違いない。
遠く階下から歓声が聞こえて来た。情勢に変化が在ったのかもしれない。でも、遥かな高みのここ5階へたどり着くまでにはしばらく時間が掛かるだろう。
後ろのコリン君が不穏な赤色に成って来た事を危機察知が知らせてくれる。
「此処は女は入っちゃいけない場所だぞ、早く出て行け!」
どうやら女はこの場所へは立ち入り禁止らしい。御位への冒涜だと憤りを感じて、義憤に駆られている様だ。
今は、此の椅子を早く調べて作り手を知りたいのでコリン君の事は無視して調べていると。
「おい! 触るな、穢れる!!」
「神聖な椅子を、女が触ると穢れるからやめろ!!」
私をやがて世界を終焉の氷雪の世界へと誘うキク=邪神の娘? と思っているコリン君だからなのか。私が椅子を触ったりして調べていたから、危機察知が真っ赤になっています。
この国は女と言うだけで蔑むから、女は穢れの塊だとでも思っているのでしょうね。
使い魔の笑い猫に、命令しておきます。
『コリン君を見張っててね、ラーファを襲って来るなら痺れを使っても良いわ』
コリン君の少し赤い色が最初から気になっていたし、ここに来て赤く染まって来たので念のためです。更にもう一押し、言葉でも警告します。
「コリン君、この椅子は私の仲間が作ったみたいなの、詳しく調べたいから静かにしてなさい」
「もしおとなしくできないなら、強制的に黙らせるから」
脅かすと、ワイバーンや関門の塔の件を思い出したのか、黙り込んでしまった。
手は相変わらず腰の短剣の上に在ります。
魔木の魔力が少ない件を調べるため、御位の椅子の後ろ側に回ります。
椅子の背に魔晶石がはめ込まれていました。キラ・ベラ市の椅子には魔石が使われていましたが、魔晶石だと遥かに大きな魔力と情報が扱えます。でも過剰な魔力だと思うのですが?
魔術陣が魔晶石を取り巻く魔鉱物の板に掘られていて、付加の素晴らしい加工品です。詳しく調べると魔晶石を使った意味が解ってきました。
魔晶石を使ったのは取り込んだ魔印象を記憶するための物のようです。いったい何百万年保存する積りでしょうかね。
魔晶石を使った魔道具に数百万年の耐久性を持たせるなんて、恐らくハイドワーフの長、マーナニアの夫ガーランドの作品で間違い無いでしょう。
でも疑問が在ります。魔木の椅子が今のままでは千年ぐらいで朽ちてしまいます。魔晶石を使った魔道具と椅子の対応年数の違いは何処から来ているのでしょう?
魔道具の魔術陣を調べて行きます。動作は、椅子に座る人の魔印象を魔晶石に保存している魔印象と比較するようになっています。
ある程度一致すれば、椅子を光らせて終わり。一致しなければ電撃を発生させて座っている人を殺します。
分かりました!
電撃の発生する魔術陣だけが後から付け加えられています。そのせいで接続箇所から魔木の魔力が魔術陣に流れ、電撃が強くなっているようです。
魔木の魔力が減っているのは其のせいでしょう。接続箇所から先の魔術陣は作りが雑で別人が後から付け加えたのが分かります。
元々は光るか光らないかだけが椅子の用途だったのでしょう。
でも付け加えられた魔術陣がお粗末で魔木の魔力を消耗させるだけでなく。接続部分に何か衝撃でも在れば、魔晶石の魔力までも暴走しそうです。
「ドサッ」音がしてコリン君が倒れています。私の後ろへ回り込んで手にしたナイフで刺そうとしたようです。
私の後ろに回り込んだので、笑い猫に痺れさせられたようです。
念のためと思って使い魔に命令していて良かった、ホントに襲って来るとは思って無かったから。
次回は、御位への侵入者に激怒した御子は亡国への引き金を引く。




