第37話・2 御位《みくら》の椅子(2)
コリン君はなかなかむつかしい年頃です。
邪神の娘って、キクの娘って事だよね?
この国の者にとって、世界を滅ぼす神だから邪神なんだろうけど。双子神なんだから仲良く平和に過ごしました。とか考えなかったんだろうか?
今更神話に物申しても仕方が無いけど、年端も行かない子供から邪神の娘扱いされるのは、心が痛いと言うかやるせない。
喧嘩を売っているのかと思うくらい悪意在る言葉だけど、本人に此方を罵倒する積りは無いみたい。
子供の言葉をいちいち取り合っても時間が惜しいし通訳だけでも真面目にしてくれれば助かるから、邪神呼ばわりは無視する。
笑い猫に王宮へと移動するように伝える。キーグにも神域へと還る様に念話で伝えた。空中に在る入り口だけど開けたままにしているのでキーグには入りやすいだろう。
笑い猫が動き出したので、コリン君に通訳の事だけ念を押しておく。
「コリン君は通訳をしているそうだけど、王宮の人の言葉は分かるの?」
「導師様たちの言葉も俺たちの言葉も同じカクタン語だよ。任せて置けって。」
あまり安心して任せられない気がする。直訳だけで良いのだけど。意訳とされても分からないから困るし、如何しよう。迷っていたら、コリン君から質問してきた。
「外は見えないけど、動いているの?」
「ええ動いているわよ、今は川を遡って王宮へ向かっているわ」
コリン君には見えないけど、外の景色を説明してあげる。
「下は王都の街並みが良く見えるわ、皆赤い色をしてるのって日干し煉瓦で作ってるからよね?」
「違うよ、テラコッタって言って、日干し煉瓦を焼いて作っているんだぜ。」
あらら、日干し煉瓦より雨に強そうですね。
「焼いてるんだ、でも屋根は雨が降るから陶器見たいので覆っているの?」
「陶器? 屋根は、砂嵐に備えるため飛ばされない様に重ねて重くしたテラコッタだよ。」
「ほとんど降らない雨より、砂嵐対策が大事なんだぜ。」
「屋根も重ねただけじゃあ無くて、テラコッタに漆喰を塗って二度焼きしてるんだ。」
最初の印象から随分違った内容を聞きました。やっぱりここで生活している人の知恵は生活に密着している分色々工夫がされているようです。
意外と落ち着いた声と様子なので、空からの外の様子を見せなければパニックになる事は無いと思う。マーヤも歳に比べて大人顔負けの知恵を発揮するけど、彼も歳より早熟している印象を受ける。
外の声は笑い猫のねぐらを少し開けば聞こえてくるだろうから、通訳に問題は無いだろう。笑い猫の視野を共有して外を見ながらラーファはそう思った。
空の移動は直ぐに終わり、御位の立つ広場へと移動してこれたので、笑い猫のねぐらを少し開いてもらう。すると外の音が聞こえてきた。
音が聞こえ始めると、コリン君が通訳してくれた。
「右手に回れ!」、「って言ってるよ。」
「包囲を此処からやぶるぞ!! 突撃!!」、「だってさ。」
「御子様を中へ入れるんだ! 突撃せよ!」、「御子様だって、尊い方がいるんだね。」
「防げ!盾を構えろ!」、「て遠くから聞こえたよ。」
「ガーッ」「カカーンッ」武器や防具がぶつかる音がしてきた。
「わっー」とか「ぎゃぁー」とかの悲鳴も聞こえる。
包囲網の外から御子様とやらを御位の建物へ入れようとする勢力が、包囲する勢力にぶつかっていった様だ。
怒声や戦闘の音が響いてくるが、私は無視して御位の5階へと近づくように笑い猫に指示する。
広場の争乱の上を飛び越えて、恐らく御位の椅子が在る場所だと思う、高い塔の様な建物に沿って上昇する。
その建物は、北側に長い長方形をしている。広さも高さも此の王都で一番大きい建物で、石で1階から5階までが作られている。
一つの階の高さが20ヒロ(30m)は在る。2階、3階とちょっとづつ小さくなって行き、4階の屋根部分は5階部分へ上る階段以外は、平たく石で作られた広場に成っている。
5階は4階から階段で上がれるようになっているけど南側がほぼ4階から垂直に石壁に成っている。作りも部屋が一つだけで、屋根は金色のドームで覆われている。
4階部分はゴドウィンが言う、臣下を見下ろす御位の前の広場だと思う。数百人の人が御位に座る人を見上げる事が出来るだろう。
ゴドウィンが聞いたと言う神話では、この場所は垂直にそびえる岩山が在った場所なんだそうだ。
この高層建築は元々巨大な岩の山が在った部分を取り囲むように、数百人が立てるだけの広さを作るために、土台部分から5階まで石を積み上げ作っている。
3000年前の昔から、神聖な場所とされて来ただけ在って、昔の岩の山はさぞかし目立っただろうと思う。今でも威容を誇っているが、私としては昔の岩山のままの方が好きだったかも。
大河の作る三角州に垂直にそびえる高さ100ヒロ(150m)の岩山、祈りたくなるのも分かる気がする。今でも一番高い建物だし、御位の在る場所として神聖な場所なのも、かつての威容を残すためなのかもしれない。
関門の塔など高い建物は在るけど規模が違う、御位は高さも大きさもこの都で飛びぬけて大きいのだ。
5階の床部分は昔の岩山の山頂をそのまま残している。御位はその最も高い部分に据えられている。
キクとされる聖樹はこのカクタンの御位など比べ物にならない程高いけど、それを知らない人族なら、十分張り合える高さだと思う。
ひょっとしたら、聖樹に住む樹人の事を聞いて、岩山を石で囲って人が中に入れるようにしたのかもしれない。バカバカしい妄想が湧きだしそうに成ったので、頭を振って振り払った。
笑い猫の影隠から二人共出て、御位と思われる椅子の前に行く。
「これがみくらみたいね」
ラーファがつぶやくとコリン君が驚いた表情をした。自分が何処にいるのか知らなかったのかもしれない。キク・カクタン国の人々にとって、御位は神の座す場所だから神聖な場所なのだ。
コリン君が椅子に向かって跪いている。
子供心に神聖な場所だと思っている様だ。
次回は、御位を誰が作ったのか調べます。




