第35話・2 海賊船に乗り込もう
ラーファは状況を説明出来そうな、シリル語を話せる海賊の男に会いに行きます。
朝は、昼3時(午前8時)までグッスリ寝てしまった。どうやらこれまでの虜囚生活が、思っていたよりも心に負担をかけていたらしい。5刻(10時間)も寝てしまうとは思わなかった。
朝はマーヤと簡単に黒パンとゆで卵にレタスやトマトのサラダとハーブ茶で済ませた。マーヤは船のカークレイ様たちに合流するために食べ終わると、「いってきまぁーす」と神域の家を出て行った。
食器を洗い終わり片付けた後、出かける支度をする。こちらも海賊船長に会いに行こう。
急がずゆっくりと林の中を流れる小川、花が咲き乱れる草原を全身で楽しみながら歩いて行く。
神域の家を出て神域の林を歩いていると。マーヤから念話が在った。
『ラーファ! 腕輪の空間収納から神域に出入りしても動いている船の腕輪の中だったよ!』
はて? 動く船から神域に入ると船では無く、より大きな質量を持つこの大地に出入り口は固定されるはず。それが腕輪の空間収納の中から神域に入ると船と一緒に移動していたと?
『ラーファには原因は分からないけど、腕輪の中から神域に出入りしても腕輪の中なのは、便利で良かったんじゃない?』
『あのね、便利だけど、そうじゃ無いの!』
じれったそうな感情が念話から伝わる。
『腕輪の空間収納は魔法袋と同じ笑い猫の魔石を利用した、この世界の内なの』
『神域は魔法袋とは全然違って、この世界とは別の世界に繋がっているのよ』
それは知っているけど、なぜ今回の様な現象が起きたかは分からない。
『マーヤは空間収納の中に在る神域の入り口が、空間収納の移動に影響されなかった原因は分かるの?』
大地の時空間に対する影響よりも、魔法袋の中がより強かっただけなんじゃないかな。直観ではそう思っても、理屈はわからない。
『今は分からないけど、研究課題としては面白そうね』
マーヤがなぜか落ち込んでいる。面白そうだと言ってるけど伝わって来る感情は自分の気持ちが自分でも良く分からないようで焦れている様だ。
恐らく研究したいけど、他にする事が在って出来無いから焦れている、でもそれが表に出せないから落ち込んでいる。あたりかな?
『ラーファとしては便利に使える方法が分って、ありがたいわ』
『まぁそうだよね、・・・・・ じゃあ、また夜にね』
移動中でも使える方法が分かったのは、ホントにありがたい。腕輪の空間収納は得難い魔道具になったわ。
でも、持ち主が中に入っている時の腕輪は魔法袋と同じだから、支えが無いと下に落ちてしまう。船の上とかだと海に落ちそうだ、そこだけは注意しないとね。
今日は、召喚した笑い猫の闇隠に、神域から直接乗り込んで海賊船まで移動しようと思っている。
神域の入り口へ覆いかぶさるように闇隠を広げて笑い猫が待機している。それに乗り込み、使い魔に王宮の上へと移動するように伝える。
ちなみに神域内に使い魔は召喚出来ないし、入れないようです。神域の魔力が濃すぎるからだと思っています。
マーヤからの驚きの報告があったけど、こっちは昨日決めた海賊の船長とお話しなければ。
王宮の王の寝室から建物をすり抜けて、王宮の上空へと移動しながら王宮の様子を伺う。5層の建物を巡る攻防は既に何度かの衝突を繰り返して居る様だ。
西の港を見ようとして南中に近い太陽に気が付いた。時刻が既に昼6時(午前11時)位になっている様だ。そうか時差が有ったのを忘れていました!
港へ移動します。上空からの王都の様子は、別段昨日と変わってはいない様子です。港へは直ぐに着きました。
大きな水樽を3つ積んだ小舟からホースを繋いでいる船がいます。3本あるマストは帆を完全に畳んでいます。甲板では船員が大勢でポンプを押し、水を補給中のようです。
なんだか慌ただしい様子から、出航でもするのかもしれません。
位置は昨日から変わっていないので、一目見て分かりました。未だに船の名前は知りませんが、2ヶ月過ごした海賊船です。
仲間の船も桟橋に何艘か係留していますが、全て出航準備に入っているようです。桟橋では水や食料などの補給品を船へと積み込んでいます。
さては、王宮の騒ぎを嗅ぎつけて逃げ出す算段をしているのかもしれません。
さてどうやったら海賊船長と話す事が出来るでしょうか? 首輪を嵌められて抵抗できなかったとは言え、誘拐されてキク・カクタン国まで連れてこられたのは違いありません。
今更友好的に話し合うようなことはあり得ませんが、状況を知るためには金銭などで妥協する事もやぶさかではありません。
海賊船長が甲板に居る時を見計らって船に移乗しましょう。彼なら間違いなく今の王宮の争乱を知って居るでしょうから。
何せ巻き込まれない様に逃げる算段をしているぐらいです。
後は又襲われるかもしれないので、ゴブリンの魔核を使って土人形のゴーレムを作り。私の代わりに海賊船長と話をさせれば、安全に話が出来ます。動かしたり、話したりするのは、ゴーレムから伸ばした細い魔糸で行います。
ゴブリンの魔核は闇の森ダンジョンで手に入れた10級のゴブリンの魔石を使って作りました。大きさとか見た目がゴブリンにそっくりなので、小さいけど今にも襲い掛かりそうな凶悪さが在ります。
もう一つ安全策を設けます。神域で飛び回っているワイバーンのキーグを呼んで、神域の出口で待機して貰います。
その時アーシャとシーリーンが上甲板に上がって来るのが見えた。まだ船から降ろされていなかった様です。ラーファは彼女らが奴隷として用が済めば陸へ戻されているとばかり思い込んでいました。
二人が誰の持ち物(奴隷の主)か知りませんが、もし海賊船長なら身近に置いているでしょう。出航準備をしている船に彼女たちが居ると言う事は、海賊船長はこの船で出航する積りなのでしょう。
笑い猫に船の上空へと移動させると、神域を開けてキーグが飛び出る場所を決めます。もう一度神域の出口に待機中のワイバーンのキーグに何時でも飛び立てるように念話で命令します。
海賊船長が話し合いが嫌だとか抜かして攻撃されると困りますから保険ですね。
上空からゆっくりと船に近づいた。下では、小舟が一艘海賊船に接舷して人が乗り移っています。
海賊船長と数名の乗組員の様です。どこかへ出かけていたのでしょうか? 幾つかの荷物も船に小舟から積み込んでいるようです。
海賊船長が舷側を乗り越えて甲板にドスドスと上がってきました。彼の前へ行って挨拶しましょう。笑い猫の闇隠を船の甲板へと降ろし、甲板すれすれまで腕輪の出入り口を下げた。
用意していた土のゴーレムを外へ出します。
「こんにちは、海賊船長さん」魔糸を持った私が喋ると、ゴーレムから声が出ます。
「ゲョ!!!」
驚いたのか、甲板に踏み出した足毎飛び上がって舷側の板にぶつかっています。以外に小心だとか?
これ以上脅しても良いことは無さそうです。少しは意趣返しが出来たので彼への隔意は抑える事にします。魔糸で操りながら小さな土のゴーレムを歩かせて、船長さんの前まで進みます。
「こんにちは、ラーファです、今はゴーレムを介してお話ししています」
ゴーレムの手を振って、舷側にしがみついている船長に可愛らしくアピールします。船長の周りから乗組員が一斉に遠ざかってしまいました。
こんなにかわいい小さな土のゴーレムが怖いのでしょうか?
勿論こちらは悪意満々ですからね。何せ2ヶ月の間私を船にとじ込めてくれた人たちです。良い気持ちなど持ち合わせていません。なんだったら土槍をぶち込んでも構いません。
少し興奮してしまったようです。
出来るだけ平静になる様に声も抑えて挨拶します。
ラーファは勘違いしています。
マーヤは凄い事(空間収納の中では神域の出入り口が空間収納から移動しない事)が起きたのに、ラーファに知らせても、全然驚かなくてのほほんとしているので、意気消沈しただけです。
次回は、海賊船長との話し合いの前座です、とっても暴力的です。




