第62話 (閑話)思い出
ジュヘイモス市の執務宮にある桜草の宮での会話。
「結局息子を一人残して二人共仲良く死んじゃったのよ」
食事の後の時間を使ってマーヤ養母様からその時の気分で話す事を決め、色々話しを聞く時間を作って頂いている。
今日は、お義母さまがお義祖母さまの事を話してくれる事になった。
マーヤ養母さまが呆れたような懐かしそうな感じで言われた。
「その息子って、ジョゼフィス前王様の事ね」
私は千年も昔の事は初めて聞く事ばかりだった。
「ジョゼはその時70才過ぎていたわ、既に王に就任してたから前王の死は揉め事もほとんど無く終わったわ」
「人間の長命族の特徴だと思うけど、ドワーフ族と同じように50才位で成人の見た目になるようね」
「実際の成人は樹人と同じで千歳ぐらいなのは、この間会ったから分かったわ」
マーヤ養母さまも千年前の記憶はあやふやなのか首をかしげている。
ジョゼフィス様がビチェンパスト国からヴァン国へ小麦を積んだ船団でやって来た時は、「姉さま、姉さま」と連呼していたと聞いているから、成人したのか疑問だ。
生憎私はその時、妖怪共の後始末で忙しく歓迎式典に出ただけでなので 噂でしか聞いていないのです。
「お義母さま、お義祖母さまのお葬式には出られましたの?」
私の記憶では、その頃のマーヤ義母さまはシリアルビェッカ村で建国戦争の真っ最中だったはずだ。
「それは出てたけど、真実はビェストロ王の葬儀に出るためにビチェンパスト国へ行ったのよ」
「それが着いた次の日にラーファも後を追うように死んでしまったから結局二人の葬式に出たわ」
悲しみを再び思い出すような、辛そうなお顔のマーヤ義母さまが少し暗い顔をされていた。
しかし、千年前のビチェンパスト国との関りを話してくれる事になったこの機会を逃がすわけにはいきません。
長命族の子(ジョゼフィス前王)が短命族の人族から生まれたのは、お義祖母さまに秘密が在ったからだと確信している。
「お義母さま、お義祖母さまの事で教えて欲しいことがありますの」
私は前から不思議に思っていた事を聞いて見ようと思った。
「お義祖母さまは妖精族で、エルフの王族に輿入れしてお義母さまを御産みに成られたのですよね」
「それなのにまだお亡くなりになる様な御年でも無いのに何故お亡くなりになりましたの?」
マーヤ義母さまは複雑なお顔をされています。言いにくい事なのでしょうか?
「そうね、あなたも妖精族の王族の一人なのだから、良い機会かもしれないわね」
「妖精族は愛する相手の種族へ変異する事は知っているわね」
マーヤ義母さまが確認するように私の顔を見ます。
私だってその位の事は知っています。ロマナム帝国で色々チョッカイを掛けられたのも、元はと言えば妖精族の変異によって生まれる長命族がロマナム帝国の狙いであったからですし。
「はい、妖精族にとって常識ですもの良く知っています」
若木の集いに放り込まれた3才の時から、耳年増な二人の幼馴染から聞かされています。
主に恋愛について噂話をする中で知って行った気がします。
「では、樹人は長命族と結婚した場合の子供は長命な子が生まれ、短命族と結婚した場合の子供は短命な子が生まれる事は知ってる?」
短命族って人族の事ですよね?
これまでに妖精族と結婚した人族が居るのでしょうか?
「いいえ、人族と結婚した妖精族の事は知りません」
「あっ お義祖母さまを除いてでした」
お義祖母さまは最初にエルフへ嫁いでエルフに変異していましたから、エルフ族との思い込みが強く、元は妖精族だと言う事を忘れていました。
「そうなのよ、母は人族と恋愛して結婚したの」
「生まれた子は長命族だったわ」
「短命族と結婚して長命族の子供が生まれたのは何故ですか?」
今一番聞きたい事です。
「そうよ、唯一の例外なの、母は妖精王の血筋だったの」
「あなたのお父様の従妹だったのよ」
初めて知りました。私とマーヤ義母さまは、お互い従妹の子に成るのですね!
「妖精王の血筋は唯一、他の短命な種族と愛し合う事で、これまで様々な長命族を産んで来たの」
「母の従妹は聖樹と結婚して聖樹の実を3つ産んだ事は知っているわね」
ハイシルフの叔母が居た事は知っている。ミエッダ師匠のお母さんだ。
それ以外は、初めて聞く話だったけど、納得できる話だった。
マーヤ義母さまが孤児に成った私を養子にしたのは従妹の子同士で血が近かったからなのでしょう。
「でも 妖精王の王族が短命族と結婚する事は、致命的な欠点が在るの」
「変異して短命族に成った場合、王族だけが短命族と同じ寿命に成るの」
「母は一度エルフに変異したから、人族と結婚しても姿は変わらなかったわ」
「でも2度目の変異はあったの、姿は変わらなかったけど寿命は人族と同じになったのよ」
マーヤ義母さまは悲しい顔をされて、かみしめるように言われた。
そうだったんだ、お義祖母さまは妖精族としては若い(人族で言えば20代)のに寿命で亡くなった事になる。
お義祖母さまが人族と同じ寿命に成ったから、夫の後を追うように亡くなった。その事は当時のマーヤ義母さまにとって幼くして母を失う事でもあったのだ。
「母は幸せそうだったわ」
「結婚の事を私に話した時なんて、舞い上がってて」
「私は母が気が狂ったのかと真剣に心配した事を覚えているわ」
その時の事を思い出したのかマーヤ義母さまは、「くすっ」と笑われた。
「母の夫、ビェストロ王は母と結婚した年には国内の不穏分子を尽く平らげ、国内を統一したの」
「武断の人だったらしいけど、私には優しい人だったわ」
「会う度にお菓子を何時も頂いたわ、そして”ラーファには内緒だよ”って言うのよ」
「亡くなった時は100才を越えていたけど、人族としては若々しい人だった」
「それでも80を超えて息子に王位を譲ったけど、人族の限界まで生きた人だった」
そう言って懐かしそうな顔をするマーヤ義母さまを見て、短いけれど幸せな時間を過ごす事が出来て良かったと思った。
マーヤ義母さまにとって実の父は生まれる前に死んでいたので、幼子の時は義父を父として過ごしたのだろう。
「ビェス王が30才の時にジョゼフィスが生まれたの」
「母は生まれたばかりのジョゼを抱いて泣いてたわ」
「元気に生まれて良かったって」
「生まれる前から母にはジョゼが長命族だと分かっていたの」
「私に、”お腹の中のこの子は、あなたと同じぐらい長生きするわよ”って言ってたぐらいだから」
マーヤ義母さまが幼い頃に過ごしたビチェンパスト国は建国したばかりの頃だっただろう。
私は幸せそうなエルフの子供が王宮の中を走り回る様子を想像してしまった。
これまでほとんど知らなかったお義祖母さまの、幸せだった結婚生活の一端を知る事が出来てほんとに良かった。
しばらくは思い出話で楽しい時間を過ごしたが、マーヤ義母さまがお茶を変えさせて、姿勢を改めた。
楽しいお話の時間は終わった。
これから何時もの、恐らくロマナム帝国との戦争に関わる話をするのだろう。
マーヤ義母さまは決意を秘めた顔で、紅茶(新しく茶器毎入れ替えた)を口にした。
「最初にヴァン国とロマナム帝国との根本的な敵意について話しましょう」
「聖樹の変の後、ロマナム帝国は神聖同盟としてロマナム国王を盟主として発足したの」
「だから神聖がロマナムの前に着いているのよ」
常にない硬い物言いで始まった。私はどんな話になるのか分からなくて、ただ聞いているだけだった。
「発足当時のゴタゴタには私も関係してるけど、その事は別の機会に話すわ」
「一番の問題は彼らがビチェンパスト国に長命族の人族が生まれた事を知って、嫉妬した事なの」
「自分達こそ人族の盟主だと思い込んでる彼らにとって、長命族の人族は自分たちの中から生まれ出るべきだと考えているのよ」
マーヤ義母さまが先ほどの決意を秘めた顔から、今は一変して憂い顔になってしまった。
「ロマナム帝国が始めたのは私が作ったヴァン国から樹人を誘拐する事だったの」
「この千年間、母以外の人族と結婚した妖精族は全て誘拐された人なの」
「妖精族だけでは無く、多くの樹人の女性全てに言える事だけどね」
「人族と結婚した樹人で子供を産んだ人も居るけど、生まれた人族の子は全て短命族だったわ」
衝撃でした。誘拐同盟以前に多くの妖精族が誘拐され、人族と結婚させられていただなんて、初めてて知りました。
エルフ族にしろドワーフ族にしろ、人族は幼い樹人の女性を誘拐しています。妖精族を誘拐していても不思議ではありません。
しかし、妖精族はシリアルビェッカ村の結界の中に保護され、外へ出る事はほとんど無いと聞いています。
「不思議そうね」
「聖樹の変の前は聖樹の中に妖精族は住んでいたので、その頃から妖精族は引きこもりだったのよ」
「それでも好奇心の強い子も居たかもしれないわ」
「聖樹が降臨した初期の頃、聖樹島から大陸へと渡った妖精族が居たらしいと聞いた事があるわ」
「人族と恋愛して結婚したかどうかは、記録にも無いし分からないの」
そう言われた後、何か思い出したのか、懐かしそうなお顔をされた。
「私がオウミ国のカカリ村という場所で暮らしていた時、東の国に妖精族の村が在る」
「と言う伝説めいた話を聞いた事が在るわ」
「当時はオウミ国より東にはステップ族と言う騎馬民族しかいなかったので、確かめようがなかったの」
そう言って深いため息を付いた。
マーヤ義母さまは、カカリ村の生活で親しかった人が大勢いたのだろう。
当時の事を覚えているのは義母さまだけだろう、人族にとって千年は大昔だ。
語り継いできたとしても、昔話として変遷した話になっているだろう。
義母さまも理解しているのだろう、直ぐに気を取り直して誘拐の話に戻られた。
「聖樹の変の後、妖精族はシリアルビェッカ村で暮らしていたけど、ジュヘイモスのエルフとは長い間戦争状態が続いていたの」
「エルフとの戦争で捕らえられた妖精族の女が大陸に売られたと聞いています」
養母様の言ってることは私の知ってることと違います。
質問は少し強めの口調になってしまった。
「でも妖精族の記録では捉えられた人は居ないと聞いていますけど?」
養母様は私の反応に少し苦い笑を浮かべた。
「ええそうね、死亡したと記録された人の中に生きて捉えられた人が数人いたようなの」
私は実の父母を誘拐同盟と見られる賊の襲撃で亡くしています。
思わず、睨むようにマーヤ義母さまを見つめてしまいました。
「あなたの産みの母、私には従妹のラミラも攫われたと思われます、死体は見つかりませんでした」
「ラミラ母さんは生きているのですか?」
父の名はキノミ、母の名はラミラです。私が6才の時、港町オウレへ向かう途中賊に襲われ死亡しました。記録ではそうなっています。
義母さまの言う通りだとしたら、母が生きているかもしれない。
「いいえ、既に死んだと思われます、ロマナム帝国の側妃で似た容姿の妖精族の女性が死亡したとロマナム帝国の記録に在るそうです」
希望は生まれて直ぐに打ち砕かれました。マーヤ義母さまも私には言いにくかった様です。
でもマーヤ義母さまの性格から私には正確な情報を言わなければ、私の心に未練が残るとでも思ったのでしょう。
「ただ詳しくは分からないの」
「ロマナム帝国ではエルフの幼子も妖精族も区別がつかないのですから」
「彼らは誘拐した樹人を闇魔術師を使って洗脳させ、記憶を失くさせています」
「更に、ロマナム帝国では攫って洗脳した樹人に新しい名を付けて呼ぶので、過去が分からないのです」
苦々しい顔をしているのはマーヤ義母さまも私も同じです。
本当にロマナム帝国の貴族は腐っています。
近々起きるロマナム帝国との戦争では、ロマナム帝国千年の歴史に終止符を打つ積りです。
「ロマナム帝国のヴァン国大使館では樹人に関する記録や噂は手に入る物は全て手に入れるようにしています」
「そして容姿や死亡時の記録などから、誰なのか推定しているだけなのです」
悔しそうに話し終えたマーヤ義母さまは静かに私を見つめてきました。
ヴァン国にとって神聖ロマナム帝国は千年の付き合いがある友好国でした。
しかしその裏で彼らは裏切り続けていたのです。
戦いは近々始まるでしょう。
敵は神聖ロマナム帝国の貴族です。
神聖ロマナム帝国を叩きのめした後、残っている記録を隅々まで調べて、報いを取らせよう。
これにてイスラーファの長い冒険の話は終わります。
今後はマーヤの話の中でラーファのその後の話が出てくる事も在るでしょう。
イスラーファのお話にお付き合いいただきましてありがとうございました。
厚く御礼申し上げます。




