第61話・1 (閑話)ヨーヒム将軍(1)
誠実な故に真面目で融通がきかない男が出世し過ぎて将軍になってしまった。
ビエストロ王の影の組織はボーダマン近衛隊の管理下にある事になっている。
実際は王の完全な支配下に在って、人員と資金の提供先が近衛隊だと言うだけだ。
実際に近衛の一部隊として王宮の王の私室の警備を担当している。
仕事はそれだけでは無いし、近衛隊そのものが隠れ蓑でしかない。
彼らの多くは、ビェスのこれまで知り合った者達から引き抜かれて影として働いている。
その一人にキリアム侯爵領へ軍人として入り込んだものが居た。
本人は影では無く普通の傭兵だと言い張っている、「頼まれただけ」と主張したい様だ。
名前はヨーヒム・リスク傭兵団の頭だ。
ビェスとは彼の父親の知り合いとして会ったのが最初だった。
その頃から大きな傭兵団を率いていたヨーヒムは、パスト市の有力者にして傭兵稼業の同業者としてビェスの父と付き合いがあった。
ヨーヒムは弓はまぁまぁ使えるが、剣の腕は精々自分を守る事ができるぐらいでしか無かった。
そんな彼が傭兵で成功したのは、知恵が有り傭兵なのに誠実だったからだ。
傭兵が誠実など、誰も信じないだろうけど、彼の傭兵団は雇い主に誠実で裏切らなかった。特に敗戦の時も雇い主を逃がすため殿を務める事も在ると言った、一般的な傭兵とは違う信頼を雇い主に持たれていた。
雇い主がビェスの父親だったり、パスト市の商人の一人だったりした事が、誠実さを実行しても見捨てられることが無い お互いの信頼の元になっていた。
傭兵が誠実に戦えるのは雇い主が誠実に金を払い、裏切らない事が前提であった。
パスト市で傭兵として頭角を現してきたビェスの父パスト傭兵団とヨーヒム傭兵団はビチェンパスト国でスバ抜けた強さを誇る様になって行った。
しかし、強くなる事は袂を分ける事に繋がった。パストに強い傭兵は居て欲しいが、別の都市はそのような事は望まなかった。
ヨーヒムの傭兵軍団がベネツェラネ市に雇われて行く事になったのは、政治的配慮が有ったためだった。
その別れの時、ビェスとヨーヒム、それにトラントとボーダマンの4人は送別会を開いて送り出した。
その時お互いの状況を知らせ合おうと約束した。
その約束は、立場と環境が変わっても細い糸で繋がったままだった。ビェスが繋げていたとも言う。
市長のキリアムがパスト傭兵団のナンバー2でビェスの叔父へ肩入れして一気にパストを手に入れようとした日。その運命の日に、ヨーヒムの軍団はベネツェラネ市の防衛隊として働いていた。
ビェスの反撃と恭順そして潜伏している間も、信用の置けるボーダマンたちによって影の組織化はすすんだ。
ビェスの潜伏期でもヨーヒムと影の組織による細い糸は繋がったままだった。
いや、積極的に愚痴を言い合い噂話は多くなったが、人に隠れてやり取りするようになった。
ヨーヒムはパストへの帰還を望んだが、ビェスとボーダマンはキリアム領主となった彼の軍内に残る事の方を望んだ。
誠実な彼の評判を隠れ蓑にして情報提供を求めたのだ。
ヨーヒムはキリアム領主の行った事を裏切りと捉えていたが、彼はキリアム領主による謀略には一切かかわりが無く、常に蚊帳の外に置かれていた。
ヨーヒムはパスト市出身だ。キリアム領主側として今一つ信頼が置けなかったのだろう。
その疑いが引っくり返る事が起きた。
ビェスの蜂起とそれに伴う戦いだ。
ビェスに文字通り百戦して百敗したキリアム領主は、防衛戦で力を発揮したヨーヒム傭兵団を次第に重く用いる様になった。
ヨーヒムにしたら、守るために積極的に殿を務めただけだ。
ビェスの領地に攻め込んだキリアム領主側は尽く破れ撤退した。
ヨーヒムは追撃して来るビェスの軍を、殿で防ぎながら撤退しただけだったが、それがキリアム領主に認められる事になった。
キリアム領主はビェスとの睨み合いを打破するべく政治的に動き、ビェスを王とする国を纏める提案で王領を取り巻く貴族領を作り上げ、ビェスに力で負けても政治力で押さえつける事に成功した。
ビェスの妹アンナを人質に出来ていた事も大きかった。妹を愛するビェスはキリアム領主の提案を拒む事が出来なかった。
ビチェンパスト国建国へ向けて話し合いが行われていた頃、ヨーヒムはキリアム領主の側近の一人にまで出世していた。
それはキリアム侯爵と成った後も同じだった。
「俺はただの傭兵だぞ!」
「そりゃぁ、働きに対して褒美をくれる主はありがたいし、更に働こうと思うが!」
「友の妹を攫ってきた彼奴の息子は許せん。」
「友にチクってやる。」
「俺はただの傭兵だから、それくらいしかしてやれん。」
その頃のヨーヒムの心の内はこんなものだった。
次回は、閑話ヨーヒム将軍(2)です。




