第60話・5 決着(5)
ビェスの軍1万5千、キリアム侯爵軍2万5千がとうとうぶつかった。
私は、キリアム侯爵の軍が移動を始めた頃、パストをキーグに乗って飛び立った。
ビェスに危機が訪れたら、何時でも介入する積りで私一人で乗っている。
今日は少し早く1刻半(3時間)でビーザ砦まで着いた。上空2千ヒロ(3千m)の上空から矢除けの結界の個人版風の防護壁を展開して寒さと空気の薄さから身を守っている。
上空からは、春まき麦のための畑が広がる中に両軍が展開している。上空からは両手を広げて矢の陣形のビェスが飛び込んできたら、しっかりと両手を閉じて罠の中に閉じ込めようとしているキリアム侯爵の軍が見える。
ビェスは率いる軍団の第1軍と辺境領群の兵を中央に、やや下がって左に第2軍、右に第3軍という矢印の先っぽだけの陣形を引いている。
対するキリアム侯爵の軍は左右6千の計1万2千、中央に1万3千を並べ翼を広げた陣を引いた。
ビェスもキリアム侯爵も既に軍の展開は終わり、陣形も整っている。
刻は4月3日 昼の3時(午前8時)、空は晴れ寒さも和らぐ春たけなわ。両軍は決戦の火ぶたを切った。
ああ、始まるなぁ。そう思った時、銅鑼や鐘、笛や太鼓などの響き渡る音色が上空の私の耳に聞こえて来た。
続いて、「わわわーっ」、「オオーッ、オオーッ」など両軍の雄たけびが楽器の音を打ち消す勢いで響いて来た。
始めに動いたのはビェスの第1軍と辺境領群の兵だった。最初の動きはゆっくりに見える程緩慢で、次第に早くなって行く。
続いてビェスの第2と3軍がビェスの左右を守る様に動いた。
受ける側のキリアム侯爵軍は左右に展開する軍がビェスの軍を囲むように動き出した。
下知に従い動き出したのは上から見て分かったが、動きも遅く練度の低そうな群だ。
数日前に徴集された兵士やビーサ砦で消耗した軍勢の残りが多いのだろう。
それでも下知の下戦おうと動き出している。
最初に衝突したのは第3軍、続いて第2軍がほぼ同じぐらいにぶつかった。
今までの雄たけびに悲鳴や怒号、そして金属同士がぶつかり合う「ガンッ」やら「ギギギーッ」など耳に痛い音がする。
鍛冶屋の槌の音など耳にうるさくとも戦場の音に比べれば余程澄んだ音がする。
そしてビェスの第1軍と辺境領群の兵がキリアム侯爵の本陣前に構えている兵とぶつかった。
その途端、何かがぶつかった周りで舞った。砂でも無く雨でも無い。血煙としか言いようのない殺し合いの命を散らす霧だ。
馬に跨った指揮官が部隊を進め、大隊単位で切り込んで行く。受ける方も騎馬の指揮官が声を張り上げ部隊を鼓舞する。
衝突した線はやがて面と成り、敵味方が入り混じった戦場となって行った。
上空からはビェスが突っ込んだ敵の本陣前は、凹んで混沌とした戦場が広がっている様に見える。
左右のビェスの軍団は動きこそ無いが、キリアム侯爵の軍が広げた両手は広げたまま動けないでいる。
その時ビーザ砦の方で一筋の煙が立ち上った。場所は西門の対岸付近だ。恐らく昨日ヨーヒム将軍の言っていた狼煙だろう。
と言う事はトラント将軍が西門の橋桁に、取り払っていた橋の上部分を戻し始めたのだろう。
戦いが始まって既に4コル(1時間)が経つ頃だ。眼下には更に混沌とした戦場が広がっている。
その時、予備としてまだ付いて行っているだけだった辺境領群の兵が戦場へと出て来た。
ビェスも狼煙を見たのだろう。ビーザ砦の出撃を知ったのだろうか? それとも敵に動きが在ると見ているのだろうか?
先ほどまでビーザ砦の東門に張り付いていた、キリアム侯爵の5千の兵が引いて川を渡り始めた。
ビーザ砦の東門は動きが見られない。わずかに門を開けて何やら作業をしているのが分かる程度だ。
西門の方が動きが激しい。弓や弩の打ち合いが在る様で、盛んに細かな何かを撃ちあっている。
門の影になっていて、上からは見えにくいが、橋桁だけの所に撤去していた橋の一部を少しづつ戻して行ってるのだろう。
トラント将軍が西からビーザ砦の軍を出そうとしているのは分かった。
状況は刻々と変わっているのに、両軍が衝突した場所に大きな変化が無い。
ビェスが攻めあぐねているのか? それともキリアム侯爵軍が持ちこたえているのか?
本陣前はビェスの軍が少ないにもかかわらず押す形になっているが、もう一つ押し切れない様だ。
そこへ辺境領主軍を出す事で突破しようとしたのだろうが、厚いキリアム侯爵の本陣が受け止めている。
このままでは攻めるビェスの軍が先に疲れから突進力が失われそうだ。
始めから承知の上だろうけど、寡兵で倍以上の敵の本陣へ攻め込んだのだ。
最初の突進が受け止められれば勢いは失われてしまう。
ビェスの軍に疲れが出れば包囲殲滅されてしまう。
次回は、決戦の行方です。




