第60話・4 決着(4)
ビーザ砦に姿を見せたビェスの軍1万5千、キリアム侯爵軍と決着をつける戦いが始まる。
知らせを受け、本陣に集まったキリアム侯爵と息子のダンテス、それと何時ものようにヨーヒム将軍と2人の副官。
彼らは想定より早くやって来たビェスの軍に恐怖を感じているのか顔が汗で濡れていた。
ヨーヒム将軍から物見の話を聞いてキリアム侯爵は言った。
「そうか1万6千ほどか。」
キリアム侯爵のビェスの軍は1万6千程度だとの発言に、全員が自軍の3万3千の半分以下だと言う認識が出来たのか、安堵のため息が出た。
彼らも今日まで遊んでいた訳では無い。着々とビーザ砦攻略の準備をしていたのだ。
3千の軍を率いてキリアム侯爵領から兵を徴発しに向かった副官の軍勢は既に帰って来て、今やキリアム侯爵軍の総勢は3万3千となっていた。
連れてこられた鉱山の技師によって、デーストゥラ城(右)とスィニートゥラ城(左)の二つの出城へと掘られている坑道は、入り口から出城迄の半分ほどまで掘り進んでいる。
「迎え撃ちましょう、父上! 敵は強行軍で疲れています。」
「夜襲でも掛ければ更に疲れて戦いどころでは無くなるでしょう。」
息子のダンテスが休む暇を与えず夜襲をしようとキリアム侯爵へ凄い勢いで迫った。
「夜襲は無理だ。」
「こちらの軍で夜襲ができるのは中核となる1万の内半分も居ないだろう。」
「明日の戦いで彼らは要を担わねばならない、決して野戦などで消耗して良い戦力では無い。」
息子の気負った提案を冷静に跳ねのけると、既に決戦を決意しているのか明日の戦いへと思いを馳せている様だ。
その様子を見てヨーヒム将軍が提案してきた。
「侯爵様、敵は強兵こちらは弱兵。」
「だとしても、その弱点を敵の倍以上の数で圧し潰すことが出来ます。」
「ここに至っては数こそ力、ビェス王の軍を両翼から挟み込んで、翼の要に構える我ら1万で打ち取りましょう。」
「鳥が翼を広げた陣形で頭に当たる本陣でビェス王の軍を食い破る策です。」
ヨーヒム将軍の提案を聞いて、キリアム侯爵は一つの懸念を示した。
「問題はビーザ砦に残る敵が打って出る事を阻止しなければならん。」
ヨーヒム将軍はその問いにも既に答えを用意していた。
「それでは、東門へは3千、西門は今のまま5千を残しましょう。」
ヨーヒム将軍の提案にダンテスが不安を募らせたようだ。
「ヨーヒム、それでは残る軍は2万5千になってしまうぞ。」
ダンテスの不安はキリアム侯爵も同じように考えていた。
「少し残し過ぎでは無いか?」
それに対してヨーヒム将軍は少し間をおいて答えた。
「ビーザ砦は5千の軍が残っています、此の戦いに出るため打って出るとするなら、守りに千は残すでしょう。」
「4千の軍を更に分けるとは思えません。」
「必ず東西どちらかの門から橋をかけ直して出てくる事でしょう。」
「敵のトラント将軍が打って出るのを阻止できれば良いのですが、東門の3千では難しいかもしれません。」
「それでも架橋の邪魔をする事ぐらいできるでしょう。」
「8千も残すのですから、彼らは門に張り付くだけでなく一働きして貰いましょう。」
「打って出た門の反対側の戦力は、我らに合流させます。」
「なに、砦側が架橋を始めたのを見て狼煙を上げれば、判断を迷う事も無いでしょう。」
「狼煙を見て軍を引かせます。」
「東は川を渡った場所で、西は山の道沿いに陣を構えさせます。」
「そこでもう一度敵が来れば、狼煙を上げる事で確実に敵の動きが分かるでしょう。」
ヨーヒム将軍はビーザ砦からトラント将軍が打って出ると確信している様だ。
確かに打って出るなら軍を一纏めにした方が打撃力として大きいだろう。
と、成ると出て来るのは東か西の門と言う事になる。ビーザ砦には出城を含めて外への出入り口は東西の門2ヶ所しかない。
東からなら川を渡りキリアム侯爵の右翼を突く事が出来るだろう。
反対の西からだと川は橋で渡れるが、デーストゥラ城(右)側の山越えをする事になる。それでもキリアム侯爵の本陣の後ろを突けるのは大きい。
ヨーヒム将軍の提案だとデーストゥラ城(右)から決戦場は良く見えるだろう。
トラント将軍はその報告を受けて、如何判断するだろうか?
キリアム侯爵はヨーヒム将軍の策を受け入れたのか、立ち上がって言った。
「後は天気が崩れなければ明日決戦じゃな。」
ヨーヒム将軍を二人の副将、それに息子のダンテスは畏まって頭を垂れた。
「ハッ! 天気は良いでしょう、この季節未だ雨は先ですから。」
ヨーヒム将軍の言葉が、明日の戦いが決まった事を告げた。
4月3日、日の明ける前、キリアム侯爵の軍が動いた。
キリアム侯爵は西門へ3千、東門に居る5千の軍はそのままに、残りの2万5千の軍を率いてデーストゥラ城(右)の在る山の尾根を全軍で越えた。
次回は、いよいよビェスとキリアムの因縁の対決です。




