第60話・3 決着(3)
エバンギヌス子爵を下し、ビェスの軍1万は、キリアム侯爵と決着をつけるため行軍を始めた。
エバンギヌス子爵領へ侵攻したビェスの軍は準備の間に合わなかった砦や城主の館を一日で制圧し、エバンギヌス子爵は降伏した。
降伏する時内紛が在ったらしく降伏してきたのはエバンギヌス子爵の叔父だと言う男だった。
彼はエバンギヌス子爵の代理で自死したエバンギヌス子爵の遺骸を運び込みその前でビェスに嘆願した。
「エバンギヌス子爵は死ぬ前に、遺言として一族と領兵の命だけは助けて欲しいと願い自死しました。」
「確かにエバンギヌス子爵に間違いはないが、自死と言うが傷が多いのは何故だ。」
「降伏か戦いか争いが在りまして、戦いを望む者たちと争い手傷を負いました。」
代理の叔父は苦しい顔で説明した。
「手傷と言うか致命傷のようだな。」ビェスは見たままを言って代理の叔父とやらを見た。
「はっ 息を引き取る前に私を側に呼び遺言を言って代理とすると言い残しました。」
言い訳する代理人の叔父の顔に汗がしたたり落ちている。
季節は3月まだまだ寒い日が続いている。
ビェスとしてはビーザ砦に急いで行きたい訳で、降伏するのなら命を助ける事など手間が省けて歓迎すらしていると此のやり取りを詳しく手紙に書いてパストの私まで送って来た。
追伸に最初は自死と言いながら、争いで手傷が致命傷だとか茶番だ、と書いてあった。
一族と主だった領兵の幹部を監視下に置いた後、彼ら以外は開放して家へ帰る事を許した。
今は辺境領群の安全を担保しながらビーザ砦にどのくらいの軍勢を連れて行けるか、判断しなければならない。
結局ビェスは自軍から3千と辺境領主の軍5千の内2千を残す事に決めた。
これはエバンギヌス子爵領内全てを掌握するための見せる力として王の軍勢を残さなければならない事と辺境故の魔物への対応で森ダンジョンを開拓している村へある程度の人数を割り振る必要があったからだ。
領主の全てを引き連れて行くのは、今後のためでもある。
辺境領群領主たちには王と共に戦ったと言う名誉が必要だ。ビェスの王家が続く限り王を支え共に戦い建国した先祖が居る事は貴族にとって何よりの名誉になる。
ほとんどの処理を後に残る部下へ丸投げして、ビェスは1万の軍勢で辺境領群を出た。
出た時は辺境領群領主の軍を足して、ビェスの軍は1万ぐらいだった。
3月25日の早朝だった。7日後ビーザ砦に着くころには1万5千ほどの軍勢となっていた。
予定の5千は初めての招集で武器防具に準備不足の点もあったが、何とか集合できた。
足りなかった武器防具もビェスの軍の予備品から出す事で、全員武装出来たのは日頃からの準備のおかげだろう。
ビーザ砦に繋がっている街道はパスト市から海側を通り、ビーザ砦を流れるオリノコ川の流れを遡る様に真っ直ぐ西へと向かう。
ビェスの軍が通った道は辺境領群への道をパスト市へ少し戻った場所から王領を突きって伸びるビーザ砦に至る道だ。
昔からの街道で、パスト市から伸びる整備された表街道ではないけど王領の東端から西の端を繋ぐ裏街道として大切に守られて来た。
ビェスの軍の変革と共に整備された街道の一つだけど、コンクリート舗装はされていない。
今回はそれが辺境領群の兵たちに幸いした。彼らの軍の使う馬には靴(蹄鉄)がされていないためコンクリート舗装だと馬の脚を痛めただろう。
舗装はされて無いが、街道は軍が通れるように休憩所や食事の用意は準備されていた。
ビェスの軍1万5千はその道を7日で通過した。距離にして200ワーク(約300㎞)もある。
ビェス率いる1万5千の軍は4月2日、ビーザ砦から見える場所へと進軍してきた。
キリアム侯爵の側は軍勢が見え始めた時から大きく動揺が兵士に広がった。その動揺はキリアム侯爵の本陣も別では無かった。
1日前に斥候隊(別名徴発隊)によってビェスの軍は見つけられていた。
わざわざ半日も離れた村まで徴発に出かけていた一部の部隊が、ビェスの軍を見つけたのだ。
その知らせは夜にはキリアム侯爵の本陣迄届いた。
使い魔は本陣へ張り付いてその一部始終を見ていた。
「ビェス王の軍、1万以上が北東の裏街道に現れました。」
ヨーヒム将軍がキリアム侯爵へ報告する。
キリアム侯爵にとって今ビェスの軍のが現れる事は奇襲と言って良いだろう。
「早い早すぎるぞ! ヨーヒム!! ビェスの奴は辺境領群へ行ったのではないのか?」
「エバンギヌス子爵は早々に倒されたと考えられます。」
「それとも敵わぬと見て、直ぐに降伏したのでしょう。」
「うぬ! 相変わらず素早い奴だ!」
「それで奴の軍勢は如何ほどじゃ?」
「ハッ 物見の報告では1万5,6千程だと、ビェス王は5千の軍を軍団として纏めています。」
「物見によりますと、3つの軍団を数えたと報告してます。」
「他にも少ないですが辺境領群の兵も見えたと言っております。」
「そうか1万6千ほどか。」少し安堵した声でキリアム侯爵が言った。
本陣の首脳陣はキリアム侯爵が安堵したためか少し雰囲気が和らいだ。
私は使い魔から送られてくる実況を見ながら彼らの様子を観察していた。
今回は、奇襲と言っても心理的な奇襲になるだろう。
1万5千もの大軍を敵から隠す事は無理が在る。
キリアム侯爵から見ると思わぬ敵が現れたが、敵の総数は自軍より少ない。ならば戦うのみ。となるだろう。
心理的奇襲を受けた側は敵の有利より、荒を探して少しでも有利な所が在ればそこを突こうとする。
奇襲され心理的に動揺しているにもかかわらず何とかして状況を有利にしようと足掻く。
心理的に撤退する事が出来無いのだ。
首脳部が動揺したまま戦いに及んで勝算は如何ほどあるだろうか?
次回は、決戦への布陣です。




