地域暴力団・泉組
わたしが最初にやったのは部屋の掃除。掃除機があれば簡単。あれこれ散らかったものを片付け、ゴミはまとめて捨てた。
爺に頼んでガスを再開。これでお風呂が使えるようになった。カビだらけだった浴槽と浴室を徹底的に洗いまくってキレイにして、お風呂をたてて、爺に入ってもらった。わたしも一緒に入って背中を流してあげようと思ったのだけど、固辞された。
「年頃の娘さんが、身を慎みなさい」と軽く説教された。
ガスが通ったので、台所でお料理もできるようになった。つっても、何もできないけどさ。お湯沸かしてカップ麺作ったり、フライパンで目玉焼き作ったりはしたっけ。
家の中はそれなりにメンテしたけど、荒れ放題の庭はそのままにしておいた。急に手入れされたら、逆にご近所から怪しまれただろうし、ジャングルっぽさが気に入ってた。桃ちゃんがいる南米みたいかな、なんて思ったりして。
住み込み家政婦みたいな暮らしだったけど、わたしは楽しかった。爺はひたすら古風でかっこよく、その指示に「はい」「はい」と従うのも新鮮だった。日本人の礼儀作法で、今まで知らなかったことが山ほどあると分かった。
週に一度、爺はびしっと黒スーツに身を固める。朝七時に迎えの黒ベンツが来て、爺は泉組の事務所に「出勤」する。帰ってくるのは夕方の七時。判を押したように規則正しい「仕事」ぶり。
そして、わたしは一つ決心していた。ある日、爺が出勤する日の前の夜に、爺にお願いしたの。畳の上に正座して、深々と頭を下げた。
「今までのご恩をお返ししたいんです。わたしにお仕事を手伝わせてください」
爺はしばらく黙ってた。わたしは頭を畳にすりつけていた。そのまま十分ほど経ったかな。
「わかった」
と爺は言ってくれたのよ。
翌朝迎えに来た黒ベンツに、わたしは爺の後から乗り込んだ。服装はジーンズにレザーのブルゾン。家出した時の格好よ。サングラスの運転手は何か言いかけたけど、爺が「出してくれ」と言ったので、そのまま発車した。
事務所は大山の商店街の一角にある、四階建ての年代物のビルで「泉ビル」と板に墨で書いた看板が出てた。代紋とか、組の名前入りのちょうちんとか、そういうのは一切ない。後で聞いたんだけど「そんなもん出せるご時世じゃない」ということだった。
ただし、ビルの中に一歩入れば、そこにいるのは年配から若いのから、全員がまごうこともない「ヤクザ」だった。金ラメファッションやパンチパーマもアレだけど、顔つき目つきを見れば一目瞭然のヤバい方たち。三十人ぐらいいたかな。
事務所の朝礼で、ずらり並んだ組員たちに、爺はわたしを紹介した。
「うちに住み込んでる香織だ。稼業を手伝いたいってんで連れてきた。何か回してやってくれ」
呆然の組員たち。それは当然よね。
「なんじゃ、この小娘は?」
「親父、正気か?」
「ロリコンだったんか」
「角川映画か?」
ざわ、ざわ。ざわ、ざわ、ざわ。
そこで若頭の沢田さんがわたしを別室に連れていった。沢田さんは、三十代半ばの長身の男性で、見かけは完全にヤクザだけど、その目に知性が宿っているのを、わたしはすかさず見て取った。(大学出ね)と推察した。わたしは中卒だけどさ。
「親父の家のことは、組のもんは触っちゃいけねえことになってる。あんたと親父の関係も詮索するつもりはねえ。家にいる分にはかまわんが、事務所にまで付いてこられちゃ迷惑だ。さっさと引き取ってくれ」
沢田さんは切り口上でそう言った。でもここまできて「引き取る」わけにはいかない。
「わたし、お願いしたんです。お仕事手伝わせて下さいって」
「手伝いって、お嬢ちゃん、うちがどういう稼業が知らねえのか?」
「任侠、極道、ヤクザ、暴力団。世間的には反社会的勢力、すなわち反社の皆様。失礼極まりない呼び方ですよね」
「分かってたのか。だったら、お嬢ちゃんみたいなのにできる仕事なんてねえってことも分かるだろ」
「沢田さん。わたし、中卒の小娘で学もないし、世の中のこともまるで分かっちゃいません。ただ一つだけ、人には絶対負けない特技があるんです」
「…特技?」
「暴力ですよ」
サクっと言って、わたしは無理くり笑顔を作って見せた。案の定というか、沢田さんは、今自分が耳にしたのは、いったいどういう情報なのか、脳内の処理が混乱してる様子だった。




