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中卒極道香織

 結婚して、(とも)が生まれて、しばらくして、権太(ごんた)は区役所を辞めて、地元代議士の秘書兼鞄持(かばんも)ちになった。それから十数年、あれこれいろいろあったけど、権太は「親父」から地盤と人脈と金脈とを受け継いだ。

 とどめにJR赤羽(あかばね)駅前のコスプレSMショーまでやらかして、衆議院議員・紫蓮院権太(しれんいんごんた)が誕生したわけよ。元中卒極道のわたしは代議士の女房にクラスチェンジ、と。(もも)ちゃんにもホントお世話になりましたですよ。


 だからわたし、桃ちゃんのことはもう恨んでないのよ。ほとんど。ほんのちょっぴりは今でも恨んでるけどさー。それも、桃ちゃんがちゃんとわたしを慰めてくれれば、恨みはキッチリ半減してくわけでさ。プルトニウム…みたいに?

(はいはい。何万年もかかるわけね)と桃子は脳内で両手を上げて降参する。


 ああそうだ。恐山(おそれざん)はその後カタギになって、十条銀座(じゅうじょうぎんざ)でちゃんこ料理屋開業して、そこそこ繁盛してるの。青森からお嫁さんもらって、こどもも産まれて。

 わたし? 行かないわよ絶対。行けば極道(ごくどう)時代の思い出話になるのは確実だし、「もっぺん、わしを思いっきりぶん投げてくださいよ」なんてなったら、どうすりゃいいの? プロレス再開?


 泉組(いずみぐみ)は今もあるけど、組員は、わたしがいた頃の半分もいない。反社への締め付けは厳しくなる一方だし、組員の高齢化は進むわで、悲惨な状態。ちょっとでも才覚がある若い奴は、とっとと足を洗ってカタギになるか、「半グレ」っていうの? グレーゾーンで悪いことをやってるわけでさ。それができずに組に残ってるのは、他に行き場のない爺連中ばかり。まあ、現組長の沢田(さわだ)さんがいる限り、大丈夫だと思う。うん、大丈夫。正しくキチンと()(とう)に「悪いこと」をやり続けてくれることでしょう。

 実は援助してあげてんのよ、月にン百万くらいだけどさ。権太には内緒で。明るみに出ると「自民党衆議院議員、反社と黒い金のつながり」とか叩かれるのは確実でしょう。そうなりかけたら、わたし、権太と偽装離婚して、罪は全部自分でかぶる。ついでに、今までやらかしてきた秘密のアレコレも全部精算する。多分、いえ、確実に実刑食らうだろうけど、わたしは平気。笑って刑務所行くよ。権太が無事ならいいの。

 わたしの方こそ、ホントはMなのかも。いえ、違う。泉組も権太も、全部、自分が絶対に守ってやるという「母性」なんじゃないか、って。桃ちゃんもそうでしょう? みんちゃんはもちろん、図書委員の「妹たち」を守るためなら、総理大臣だって、アメリカ大統領だって敵に回しても「喧嘩(けんか)上等!」よね。


「はーああ」

 ここまで香織の語りを聞いて、桃子(ももこ)は深くため息をつく。

「カオリンの自叙伝聞かされるのは、これで十何回目だと思うんだけど、何か、語るたびにドラマチックになってて、さらに登場人物のキャラが変わってきてない?」

「そお? 桃ちゃんの気のせいじゃなくって」

「わたしのことはいいんだけどさ、権太さんについては、ちょっと可哀想かも。そもそもなんでカオリンが権太さんに惚れたのか良く分からない。前はもっといろいろ言ってなかった? 東大卒の教養の深さに感心したとか、育ちの良さからくる品格に感銘を受けたとか。あるいは、色白でぽっちゃりしてるのがムーミンみたいで可愛いかったとか、京言葉に萌えーとか。今の話だと、土下座っぷりの見事さに()かれたみたいに聞こえるよ」

「まー、亭主なんて正直どうでもいいわけでさ。それよか息子よ、息子」

「智くん、バスケ部なんだって?」

「そーよー。もう超かっこいいの。わたしより三十センチも背が高いのよ。もしも全能の神さまがいて、何でも願いを叶えてくれるなら、わたし、生まれ変わって、智の彼女になりたい」

「そこまで言いますか母親が。それじゃ権太さん立場無いじゃない」

「もともと立つ場所なんて無いのよ、いえ、あったのかもしれないけど、今となっちゃ、もうどうでもいいのよね」

「そこらへんもカオリンの『極道』よね。ヤクザとか反社とか関係なく、世間の皆様が何と言おうが、眉をひそめようが、自分が生きたいように、やりたいように生きていく、唯我独尊(ゆいがどくそん)のマイウェイ」

「そう! それは認める。わたしは中卒極道(ちゅうそつごくどう)香織(かおり)。天下無敵のアラサー。誰の挑戦でも受けて立つ。文句あったらかかってこいやーと、全世界に向けて宣言する。これ以上ないほど高らかに!」


〈劇終〉


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