8話 ミルク煮のおかげ
ふあ〜よく寝た〜
おいしいご飯を食べたあとの睡眠のなんと気持ちの良いことか!
夢見も最高だったし!
それにしても、どれぐらい寝てたんだろう。
ご飯のおかげで体があったまったからか、いつもよりぐっすり寝てた気がする……
そうだ! お皿とか返さなくちゃ。
私は急いでお皿やスプンの汚れを分解して綺麗にしてからメッセージを書いた。
——ご馳走様でした。とってもおいしかったです。ありがとうございました。もしできるなら、明日も、明日は夜のご飯を魔粒石と交換してもらえないでしょうか?
これでよしっと。字、読めるよね?
うまくいけば明日から栄養満点のあったかいご飯が食べられる。
これまでのご飯も無駄にしたらもったいないからしっかり食べるけど、それだけじゃ力がつかないもんね。
それに、レンダーは飲み物だったけど、金柑に似た香りと味のするお茶で、さっぱりしてておいしかったからまた飲みたいし。
レンダーの爽やかないい香りを思い出しながら魔粒子ドローンを作ると、外に飛ばした。
うわ、もう夕方じゃん!
私がミルク煮を食べたのがお昼すぎだったから随分時間が空いてしまってる。
お皿とかが返ってこなくてやきもきしてるかもしれないから急がなくちゃ。
バビューンと超特急で飛ばしてゴリゴリマッチョ亭に着くと、急いで扉を抜けてカウンターに向かおうとして、おう?
フロアに人が誰もいない。
もう夕方だから夜間の営業時間に入っていそうなのに。
ふらふらと外に出て扉を見る。
——臨時休業 急用で休むが明日は普通に営業するからよろしく頼む。バルン
とってもフレンドリーな文章で臨時休業の看板が扉にぶら下がってた。
うん。異世界。
って、あれ? じゃあバルンさん達いないのかな?
それだと質問の答えがもらえるか分からないけど……ま、いっか、そのときはまた明日出直せば。
とにかく返却しようともう一度店内に入ってカウンターに視界を向けたら、居た!
バルンさんと凛々しいお顔の美人なお姉さんと……スキンヘッドのマッチョさん?
バルンさんのマッチョ仲間なのかな?
ところで、なんで三人でカウンターを見つめての?
虫でもいるのかな?
恐る恐る近づいてカウンターの上を見るけど、何も居ない。
何で三人がカウンターを見つめてるのかは分からないけど、返さなきゃね。
魔粒子ドローンをカウンターの上に着地させてまりゅーしかんいどー!
カウンターの上にトレーに乗ったお皿など一式を移動完了!
と思った瞬間
「「「来た!!!」」」
店内に響いた大きな声に驚いてしまい、魔粒子ドローンを霧散させてしまった。
あーびっくりしたー
でも、来た!って言ってたってことは、私のこと待ってたのかな? いや、トレーの方か? 分からないけど、とりあえず質問の答えも欲しいし、もう一回行ってみよう。
私はもう一度ゴリゴリマッチョ亭に魔粒子ドローンを飛ばすと店内に入った。
「おい、居るのか? 居るなら返事をしてくれ」
スキンヘッドのマッチョさんが空中に向かって同じ言葉で繰り返し話しかけてる。
ん? 私に話しかけてるのか?
一応返事してみるか。
一文字ずつ丁寧に丁寧に。
——いるけど、いません。
紙をカウンターに魔粒子間移動させる。
「ドルチェン、来たぞ」
バルンさんの声にスキヘッドのマッチョさんが振り向いて私が書いた紙を受け取ってる。
ドルチェンさんっていうんだ。
ん? なんで知らない人が私に呼びかけてたの?
「これは……なんて書いてあるんだ?」
「見せてくれるかい?」
お姉さんは私の文字読めるもんね!
「………………いるけど、いません、かねえ」
ばっちり合ってますが、まだ断定形ではないのね……
「いるけどいないってどういう意味だ?」
ごめんよドルチェンさん、分かりづらかったかな。
「実体がここにいないってことじゃないかい?」
おお! お姉さん、正解!
私とお姉さん、波長が合うのかも!
「やっぱり幽霊か?」
バルンさん、私は幽霊役なら誰よりも上手にできると自負していますが、決して幽霊ではありませんよ。
書こう。
——人間です。
「ん? また紙だ」
「見せてくれるかい………………人間です、だそうだよ、バルン」
「そうか……」
あ、バルンさんがあからさまにホッとしてる。私と一緒で幽霊がダメなのかな?
「バルンは幽霊が苦手だからねえ」
やっぱり! 仲間発見!
「人間ならやはり公爵家の者ってことか?」
むむむむむ、ドルチェンさん、何故にそこで公爵家が出てきた?
話を逸らそう。
——バルンさん、お姉さん、明日も魔粒石一個とご飯を一人前交換してもらえませんか?
「また紙が現れたねえ、どれ………………バルン、返ってきた皿に乗ってた質問があっただろう? あれの答えを知りたいみたいだよ」
「明日の夜の飯か? 明日と言わず今日の夜から三食毎日用意できるぞ。魔粒石無しでだ」
え? どゆこと? 魔粒石無しで三食って、それはダメでしょ。対価はちゃんと取らなくちゃ。
——ご飯には対価が必要です。魔粒石ではダメでしたか?
お姉さんが紙を見て難しい顔してる。
やっぱり魔粒石、だめだったのかなあ……
「ドルチェン、いきなり公爵家とか出さずに順を追って説明してあげてくれないかい?」
「その紙にはなんて書いてあるんだ?」
「今日私たちに寄越した魔粒石の価値を全く理解していないってことが良くわかる文が書いてあるねえ」
「そうか、願ったり叶ったりだ。しっかり聞いてほしい。実はな——」
私がミルク煮を受け取った後のことをドルチェンさんが話してくれた。
その鑑定結果にアイシェ・アル・メディエスの名前が出ていたことも、魔粒石の価値のことも。
それを聞いて、ちょっと反省した。
大は小を兼ねるっていうし、経費削減にもなるからと思って作った魔粒石は、世に出回るとご飯を食べられなくなってしまう人を量産しかねないそうだ。
ただ、価値自体は非常に高くて、私が作った魔粒石一個で平民の一般的な家なら五軒は買える値段がするから、ミルク煮一人前では到底足りないため、今夜から毎食用意できるとバルンさんが言ったそうだ。
——ごめんなさい。
「なんであやまるんだい? あんたは何も悪いことはしてないじゃないか」
——自分の作った魔粒石が周囲にもたらす影響なんて考えなかったから
「三歳にもなってないガキンチョが何言ってるんだい」
「セリー、アイシェ……嬢は何て言ってるんだ」
「自分が作った魔粒石の影響を考えてなかったからって謝ってきたんだよ」
「小さな子供が考える必要はない」
「その通りだよ」
うう、セリーお姉さん、バルンさん、ありがとう。でも意識は一応何十年も生きた大人なのよ……精神年齢は子供のままだったけどさ……
「すまん、魔粒石について説明をしたのは俺だが、俺も小さな子供が考える必要はないと思うぞ。だが、改めて確認させてもらっていいか?」
——ありがとうございます。
——ドルチェンさん、なんでしょう?
「ふっ……ドルチェン、いいそうだよ」
「君は三年前に生まれたメディエス公爵家の娘で、名前はアイシェで間違いないか?」
——私がアイシェであることしか、答えられません。
「自分がアイシェであることは肯定してるねえ。でも、それ以外は答えられないそうだよ」
「承知した。じゃあアイシェちゃんと呼んでいいか?」
——少し待ってもらっていいですか? 口をつけます。
「………………どういうことだろうねえ? 口をつけるって書いてあるんだけどねえ」
「口をつける?」
『あーあー聞こえますかー? 私はアイシェですー』
「な!!」
バルンさんが飛び跳ねた。
めちゃくちゃ周りを見てる。
やっぱりびっくりするよね。驚かせてごめんね、バルンさん。
「バルン、幽霊じゃないから落ち着きな。まったく、どんな魔物や魔人相手でも俺の食材!って叫びながら平気で向かっていくくせに幽霊となると途端に臆病になる」
「幽霊は食材にならん」
「はあ……でも、なるほどねえ。口をつける……喋れるようにするってことだったんだねえ」
『はい。筆談は時間がかかるので』
「三歳にしては滑舌がいいねえ」
『喋る相手がいないので毎日滑舌トレーニングをしてまして、その成果があったみたいで嬉しいです!』
「あーちょっと俺も入れてもらっていいか?」
『なんでしょう? ドルチェンさん。あ、私のことは呼び捨てでお願いします』
「ありがとう。では、アイシェ、君の話し方はまるで幼児に感じないが、本当の年齢を聞いてもいいか?」
『本当の年齢ですか? あと二ヶ月弱で三歳になりますが』
「魔粒石を作るぐらいだからねえ。細かいことは気にしない方がいいんじゃないかい?」
セリーお姉さん、ナイスフォロー!
ドルチェンさんが疑問に思うのも分かる。
けど、追求されても答えられないから、セリーお姉さんが言うように気にしない方向でお願いします。
「確かにな」
「そうだな。すまなかった。では改めて、なんで魔粒石を作ったのか聞いていいか?」
『あーそれは……独り立ちする資金を作りたかったからです』
「そこでの暮らしが辛いのか?」
んー母親から拒絶されて離れに移されてそこで世話してくれるはずの人達に監禁されて定期的に暴力受けてますって言えないよなあ……んー
『自分の居場所が欲しいから独り立ちしたいんです』
「なるほどねえ……ご飯はちゃんと食べれてるのかい?」
『はい。素材重視ですが、食べてます。でも……温かいご飯はずっと食べてなくて、今日お店の外でバルンさんのミルク煮がたまらなくおいしいって聞いて、それでついフラフラ〜っとお店に入ったところで話にあったミルク煮を見てしまい、どうしても食べたくなってしまったんです』
「これからは毎食作ってやる」
『あ! バルンさん、ミルク煮、すっごくすっごくすーっごくおいじぐで……あ、ごめ……じょっとまっでで……』
「……素材重視って、どんなご飯を食べてたのかねえ」
「うーむ、この魔粒石を売られるのは困るが、別の方法で資金づくりをする方法を考える必要があるな」
「飯は俺に任せておけ」
『ごめんなさい。ミルク煮を食べたときの感動を思い出して感極まってしまいました。バルンさん、おいしいミルク煮をありがとうございました!』
「ああ。また作る」
あ、バルンさんがなんか照れてる。褒められ慣れててもやっぱりおいしいって言われたら嬉しいのかな。かわいい。
おっと、バルンさんの照れが可愛くて忘れるところだった。ちゃんと伝えなきゃ。
『そのご飯の話ですが、毎食はちょっと難しいので、可能でしたら夜だけ作ってもらえると嬉しいです』
「なんで夜だけ——ああ、これは聞かない方がよさそうだねえ。バルン、残念だけど夜だけだよ」
「わかった」
『それから、パンは付いてなくて大丈夫です』
「パンはあるのかい?」
『はい』
「どんなパンだ?」
あれ? バルンさん、ちょっと顔が怖い。
どんなパンと聞かれたら
『大人の拳代の硬めのパンです』
「……見せてもらえるか?」
バルンさん、なんか怒ってるのかな……
とりあえず今夜のご飯用に置いてあるパンをまりゅーしかんいどー!
『これです』
バルンさんが手に取ってみた後にセリーさんに渡して、それがドルチェンさんに渡って、みんなしかめっ面になってる。
まあ、硬くてパサパサしてておいしいかと聞かれると首を捻っちゃうけど、私の大事な主食よ?
「いつからこれを食べてる」
『一歳になってからずっとですが』
「公爵家を燃やしてくる」
え、ちょっと、バルンさん待って!
「「バルン、落ち着きな!」け!」
よかった、セリーお姉さんとドルチェンさんが止めてくれた。
そんなに怒るほどのことなの?
「バルン、美味いものを追求するお前の中でこのパンが許せないのは分かるが、公爵家を燃やしてもいい理由にはならん。いいから一旦座れ」
バルンさん、まだ鼻息が荒いよ。
「アイシェはこのパンをどうやって食べてたんだい?」
『えっと、頑張れば千切れたから、一緒にもらえたミルクに浸して食べてました』
あ、バルンさんが立ち上がったのをドルチェンさんが押さえた。
「毎食それかい?」
『毎食というか、今は一日一回そのパンが六個とミルク一杯とお水一杯、それに生の根菜が一本と葉野菜が一枚と干し肉が一枚もらえるから、それを三回に分けて食べてます』
あ、今度はドルチェンさんとセリーお姉さんでバルンさんを押さえてる。
「一日一回一日分のご飯が支給されるから朝と昼は要らないってことかい?」
あーしまった、つい流れで答えてしまった。さっきは流してくれたのに今度は突っ込まれちゃたよ。どーしよーんーそれもあるんだけど、それだけじゃないんだよね。
マンシーが夜は来ないのとベインも夕飯の片付けが終わると厨房からいなくなるから、夜が一番安心して食べられるからなんだけど、それは言えないし……なんて言おう。
「どうやらそれも答えられない事情があるようだな」
あ、ドルチェンさん、ありがとう。
『はい』
「いいか、これはある程度保存が効くように作られたパンで、普段の食事で食べる物じゃない。晩の飯には俺が用意したパンを付ける」
えーうーん、ありがたいけど、パンを無駄にするわけにもいかないし……
「支給されてるパンのことなら心配いらないよ。残ったパンをこっちに送ってくれればバルンがおいしく調理してくれるからねえ。アイシェが食べられないときはこっちで食べれば済む話だし、無駄にはならないよ」
『ほんとですか!』
「もちろんだ!」
あ、バルンさんの顔が凛々しくなった。
このあと、今日私に支給されたご飯で残ってる分を全部バルンさんに提出させられたり、私の作った魔粒石を売ったり他の場所で物々交換しないと約束させられたり、私の資金づくりについてどうするかを話したりして、お開きになった。
資金づくりについてはドルチェンさんが前から考えていたことがあって、私がいればそれが実現できるかもしれないから詳しい話をしたいということで、後日冒険者ギルドのギルド長室に来て欲しいと言われた。
当座のお金をどうするか考え直さないといけないと思っていたから、ありがたい申し出だ。喜んで伺いますとも。
突然声をかけられると驚くから、来たら先に紙で合図してくれって言われちゃったけどね。
ご飯については、お野菜と干し肉は夜まで残す必要がなくなったから朝とお昼で食べてしまって、パンだけは毎日指定の場所に魔粒子間移動させてバルンさんに渡すことになった。
晩御飯は指定の場所に私が紙を送るとバルンさんが料理を作ってくれることになった。
これであったかくって栄養満点で美味しいご飯が毎晩食べられる!
考えただけでも嬉しくてたまらない。
あ、バルンさんにもメッセージの紙で頼むと言われてしまった。
どうも姿が見えないのに声がするのには慣れそうにないそうだ。
晩御飯用に残す硬いパンは、私がおやつで食べられるようにお昼過ぎに調理してくれるけど、夜までに指定の場所から無くなっていない場合はバルンさんたちで食べるから、心配しなくていいと言われた。
今日バルンさんに渡した支給食の残りは、夜、ほっぺたが落ちるほどのおいしいご飯に変身して戻ってきたよ。
もうね、おいしすぎて昇天しかけた。
美味しい晩御飯を堪能して、お腹も膨れて、少しの間魔法の練習もしたから、そろそろ寝ようと床に転がったけど、びっくりするぐらい眠くならない。
今日はいろいろなことがあって疲れてるはずなのにバルンさんやセリーお姉さん、ドルチェンさんの顔を思い出すとにやけてしまうからだろうか。
……楽しかった。
誰かとちゃんと会話をするのはエリザさんとお別れして以来だから、約一年七ヶ月ぶりだよ。
薄暗い天井は何も変わってないのに、今日は明るく見える。
最初の頃とは私の心に天と地ほどの差があるからかな。
あの頃は毎日が空腹と孤独と四六時中変化のない狭い空間との戦いだった。
だから潰れないように自分に対して空元気をよそおってたのに、今は心の底から楽しくて笑ってる。
これもバルンさんの舌がとろけるほどのミルク煮のおかげだね。
ここを出たらちゃんとお礼を言いに行きたいけど、私を見たらやっぱり顔が歪むのかな……
それとも、変わらずに笑顔で迎えてくれるだろうか……
笑顔で迎えてもらえたら嬉しいなあ……
三歳まであと二ヶ月弱か……
無事に祝受の儀を受けに行けますように……
そんなことを考えていたら、いつの間にかに眠りに落ちていた。