7話 ゴリゴリマッチョ亭の二人(ミルク煮が消えたあと)
2023.1.20 バルンとセリーがギルド長室の前でいきなりドルチェンに質問を浴びせられるシーンを書き直しました。ほか数カ所ちょこちょこ直しました。
「「……」」
目の前でミルク煮が消えたことに二人は茫然自失していたが、先に我に返ったバルンが口を開いた。
「なあセリー」
「……なんだい、バルン」
「冒険者やってる間に思いも寄らないことは沢山経験したつもりだったが、正直、驚いた」
「ああ、私も驚いてるよ」
「やっぱり幽霊だと思うか?」
「幽霊がミルク煮を食べてる姿は想像できないねえ」
二人はミルク煮が消えたカウンターの上を見つめながら心ここに在らずといった声音で話をしていたが、ようやくバルンの視線がセリーに向かった。
「……じゃあミルク煮を持っていったのは、天使か? 精霊か?」
「なに言ってるんだい。天使も精霊も御伽話の存在だよ。でも、そうだねえ……もし天使なら読めるだけじゃなく、飾りたくなるような美しい文字を書くんじゃないかい? 精霊は人間のことなんてお構いなしに勝手に持っていきそうだしねえ」
セリーはミルク煮と入れ替わるように置かれた「ありがとう。いただきます。」と書かれた紙を見ながら言った。
「そう言われるとそんな気がしてくるな。それに……天使か精霊なら魔物の魔粒石は持ってこないか……」
「ただねえ、さっきあんたも言ってただろう? 下級サイズなのに色が濃すぎるってさあ。これが魔物の魔粒石だとしたら、大きさに対しての濃さと輝きが異常なんだよ。改めて見ると特に輝きが強いんだ。この紙も見たことがないしねえ。どちらも異質ときてる」
「……鑑定してもらうか」
「それが良さそうだね」
「なら昼飯はミルク煮でいいか?」
「最高じゃないか!」
二人は急いで昼食を済ませて支度をすると、冒険者ギルドエルデン支部へと急いだ。
◇
バルン達がギルドに入るとカウンターから声がかかった。
「こんにちは! バルンドレンさん、セリージアさん。お二人お揃いってことは、お店を休んで久々の狩りですか?」
「やあ、リサ嬢。いいや、鑑定を頼みたいものができたからねえ、それで来たのさ」
セリーが答えると
「鑑定、そうですか……残念です。是非、また依頼を受けに来てくださいね!」
「ああ、その時はまた頼むよ」
「はい!」
セリーはリサに向かって軽く手を上げるとバルンと共に鑑定受付窓口へと移動した。
「テージ、おい、テージ!」
下を向いて集中して何かを書いている男の頭に向かってバルンが声をかけると、メガネをかけた二十代前半に見える可愛らしい顔をした鑑定士のテージが顔を上げた。
「あ! バルンドレンさん、こんにちは! セリージアさんも! 鑑定窓口に来るなんて珍しいですね。今日はどうされたんですか?」
セリーがバルンに目配せすると、バルンが手に下げていた袋から紙を一枚と火の魔粒石八個と水の魔粒石三個を取り出してカウンターに置いた。
「これを鑑定して欲しい」
「えっと、魔粒石が十一個ありますが、全て鑑定しますか?」
「ああ、全部だ」
「そうすると、魔粒石は一個五百ラブルで五千五百ラブルになります。こちらのこれは……紙ですよね? 始めて見る紙ですね……これ一枚で千ラブルになります。合計で六千五百ラブルになりますが、宜しいですか?」
「かまわない」
「かしこまりました。ではしばらくお時間をいただきますので、結果が出るまであちらでお待ちください」
二人がギルド内にある飲食コーナーに移動して注文した飲み物を飲みながら待っていると、鑑定士のテージが勢いよく立ち上がり奥に走って行くのが見えた。
やはりあの魔粒石は普通じゃなかったのかと二人は顔を見合わせる。
時間を置かずに二人はギルド長に呼ばれた。
◇
ギルドの職員に案内されてギルド長室に向かっているバルンとセリーは呆れていた。
そして、案内しているギルド職員は困惑していた。
何故なら、外開きの扉を全開にして、その前にギルド長であるドルチェン・ラングが仁王立ちしているのが見えるからだ。
「ドルチェンはあそこで何をしてるんだい?」
「廊下で待つほど俺たちを歓迎しているんだろう」
「厳めしい顔で突っ立ってるのにかい?」
「あの顔は標準装備だ」
「あは! 確かにねえ」
二人がそんな会話をしながら進んでいくと
「お前たち、あれらをどこで手に入れた!」
ドルチェンからいきなり大声での質問が浴びせられた。
案内してくれたギルド職員の女性がその声に驚き萎縮する姿を見たドルチェンは眉を顰め、セリーは舌打ちをする。
「ドルチェン、いきなり大声を出すな。まずは挨拶だろう」
「そうだよ、ドルチェン。だいたい、ここで話していいのかい?」
ドルチェンは二人の言葉を聞いてようやく自分が常にない行動をしていることに気がついた。
「……すまん。あれを見て冷静で居られなかった。とにかく中に入ってくれ」
謝罪をすると二人を部屋に招き入れてソファに座るように促した。
そして、二人を案内してきた職員を退室させると、執務机の前に青い顔をして立っていたテージを二人の向かい側のソファに座らせてから、自分もその横に座った。
「改めて、バルンもセリージアも昨日の昼飯ぶりだな。よし、早速だがこれを見て欲しい」
ドルチェンは事務的に挨拶をすると、バルンとセリーの返事を待つことなく魔粒石と紙の鑑定結果を二人に差し出した。
それを見た二人は目を見張った。
そこには、二人の予想を遥かに上回る結果が記されていたのだ。
内容を以下に記す。
<名称> アイシェ印の魔粒石
<説明> アイシェ・アル・メディエス/人間 により作り出された魔粒石
<属性> 火
<ランク> ——
<蓄粒限界値> 一億二千五百八十万九十一タウ
<蓄粒量> 一億二千五百八十万九十一タウ
<再蓄粒回数> ゼロ回
<備考> 蓄粒器、又は、人の手、による再蓄粒が何度でも可能
再蓄粒時の蓄粒抵抗なし
蓄粒量がゼロの場合、再蓄粒の魔粒子属性を問わない
ドラゴニウムと同等の硬度あり
<名称> アイシェ印の魔粒石
<説明> アイシェ・アル・メディエス/人間 により作り出された魔粒石
<属性> 水
<ランク> ——
<蓄粒限界値> 一億二千五百八十万九十一タウ
<蓄粒量> 一億二千五百八十万九十一タウ
<再蓄粒回数> ゼロ回
<備考> 蓄粒器、又は、人の手、による再蓄粒が何度でも可能
再蓄粒時の蓄粒抵抗なし
蓄粒量がゼロの場合、再蓄粒の魔粒子属性を問わない
ドラゴニウムと同等の硬度あり
<名称> アイシェ・アル・メディエスからのメッセージが書かれた紙
<説明> アイシェ・アル・メディエス/人間 により作り出された紙に、アイシェ・アル・メディエス/人間 により作り出された文字を書く道具で「この魔粒石でミルク煮を一人前下さい。」と書かれた紙
<品質> ——
<備考> 現在までこの世界で生産されたことのない紙
「信じられんが、魔粒石も紙も、全て、アイシェ・アル・メディエスという名の、人間が、作った物だ。その人間が作った魔粒石は、火の魔粒石一つを除いて全て、限界値まで蓄粒されている。その蓄粒限界値は、一億二千五百八十万九十一タウ。超級ランクの一億タウよりも多い。しかも、この魔粒石は人の手で何度でも再蓄粒できるうえに、蓄粒量がゼロなら再蓄粒の属性を問わんときている。さらに硬度がドラゴニウムと同等。紙にいたっては、この世界で生産されたことがないものだそうだ。これがどういうことか、お前らなら分かるだろう」
「「世界がひっくり返るな」ねえ」
難しい顔をしたドルチェンに言われたバルンとセリーが同時に答えた。
「そうだ。そんな代物をお前達はどこで手に入れた」
バルンとセリーは顔を見合わせて頷くと、バルンが今日のお昼の営業中に起きたことを話した。
「突然現れたのか? カウンターの上に?」
「そうだ」
「この読み辛い文字が書かれた紙と一緒にか」
「そうだ」
「ミルク煮も忽然と消えたのか?」
「そうだ」
「別の紙と入れ替わるようにか?」
その質問にバルンは袋から「ありがとう。いただきます。」と書かれた紙を取り出しドルチェンに渡しながら答えた。
「そうだ」
あまりにも不可解な現象を全て肯定するバルンの返答に二の句が継げなくなったドルチェンが口を閉ざすと、部屋が沈黙に包まれた。
その沈黙を破るように少し前のめりになったテージの声が上がった。
「あのー、そもそもこのアイシェ・アル・メディエスさんとは一体誰なのでしょう? 今のご領主様のご家族にアイシェ、という名前の人物はいなかったと記憶しているのですが……」
テージの言葉を聞いたドルチェンは腕を組んで首を捻るとメディエス公爵家についての情報を記憶から引っ張り出す。
前公爵夫妻と現公爵夫妻、そして三人の子供たち。
その中にアイシェという名前はなかった。
「……確かにいないな」
ドルチェンの言葉に
「三年ぐらい前に娘が生まれてなかったか?」
同じく腕を組んで、こちらは胸を張って姿勢良く座っているバルンが聞くと
「そのお嬢様でしたら名前はマリアローズだったはずです」
テージがすかさず答えた。
そこに、頬に手を当てて何やら考えていたセリーがボソッと呟いた。
「双子……」
「「「え?」」」
ドルチェン、バルン、テージの視線が一気にセリーに集中する。
「いま聞いてて思い出したんだけどねえ、あの時はまるで嫡男様が生まれた時みたいに街が沸いてただろう? その年の税金が一割下がるってさあ。それなのにシーラが珍しく店で飲んだくれてたんだよ。その時に呟いてた言葉がねえ」
「シーラって、産婆のシーラさんか?」
ドルチェンが聞くとセリーは頷いた。
「そのシーラさんはなんて呟いてたんですか?」
先が待ちきれないと言わんばかりのテージの言葉にセリーが口を開く。
「それがねえ、双子なのに色が違うだけで化け物扱いするなんて許せないとか、生まれたばかりの赤ちゃんを捨てろだなんて信じられないとか呟いてたんだよ。あの時は酷い親もいるもんだと思ってついシーラの肩に手を置いちまったんだけどね。そしたら、今の聞こえてた?ってすごい勢いで聞いてきてねえ、なんのことか分からないけど飲み過ぎだからそろそろ止めようとしたんだと伝えたら酷く安心してたんだよ。でも、まさかねえ」
これを聞いて少し考えたドルチェンは自分の考えを口にした。
「三年前に生まれたのは実は双子で、その片方が見た目の違いから誕生を秘匿されて公爵家のどこかでひっそりと育てられてるってことか? それがこのアイシェ・アル・メディエスだと」
「可能性はありそうだねえ。字も真似事をした子供が書いたものに見えるしねえ」
「だが、突然現れたり消えたりしたんだろ? 三歳の子供にできるとは思えんな」
自分の立てた仮説に疑問を抱くドルチェンの言葉に
「何らかの力を持っているのかもしれないな」
バルンが言うと
「でも、恩寵は三歳で授かるんですよ? まだ三歳にはなっていないはずですから祝受の儀は受けていないはずですが」
テージの疑問にセリーが言った。
「恩寵っていう神様が授けてくださる訳の分からない力があるんだ、私らの知らない力があったっておかしくはないんじゃないのかい?」
「確かにな」
バルンが同意する。
「するとやはり公爵家の娘か……だが、こんな魔粒石をあちこちにばら撒かれるのは問題だ。バルン、お前のところは火の魔粒石を月にいくつ使う?」
「下級(五)をだいだい十二、三個だな」
「ならこの魔粒石一個で八十年は火の魔粒石を買う必要がないし、お前、魔粒子の属性は火だっただろう? 人の手による再蓄粒が何度でもできるんだ、減っても再蓄粒し続けるだけでいいから二度と火の魔粒石を買う必要がない。しかも硬度がドラゴニウムと同等ときてる。この魔粒石を壊そうと思ったらドラゴニウムの剣か伝説の最強の金属デュオリクトでも持ってこなきゃならん。ということは、下手したら永遠に使えるってことだ。それが今ここに八個もある。同様の水の魔粒石も三個だ」
「ミルク煮一人前だけじゃ少なすぎたねえ」
ため息をついて背もたれにもたれると遠い目をして呟いたセリーの言葉に、ドルチェンとテージは一瞬言葉を失った。
「セ、セリージアさん、そんな呑気なことを言っている場合ではないと思いますが」
テージが言うと
「わかってるさ。でもねえ、そうでも言ってないと突拍子もなさすぎてねえ」
「まったくだ」
バルンが同意する。
「セリージアの言う通り、実際にミルク煮一人前どころの話ではすまん。だがアイシェという人物はこの魔粒石一個の価値をミルク煮一人前と同等と判断した。そうでなければミルク煮以外のものも要求しただろう。ということは、このアイシェという人物は、この魔粒石の価値を全く理解していないということだ。問題はそこだ」
ドルチェンの言葉に三人が頷く。
「魔粒石の価値を知らせるためにもアイシェという人物に接触しなきゃならん。バルン、もう一度お前の店に現れると思うか?」
ドルチェンが尋ねると
「ああ。トレーや皿なんかを返しに来るだろうな」
バルンの答えに
「なぜそう思う?」
ドルチェンが再度尋ねると
「メッセージの紙はたった三枚だが律義な性格だと感じた。姿が見えず物が消せるならわざわざ魔粒石とミルク煮の交換を願い出たりしないで黙って持っていけば済むのに、そうはしなかった。店を予定より早く閉めることにしたらそのことを謝罪するメッセージと一緒に魔粒石が十個追加された。だから返しにくると思う」
「それにミルク煮と入れ替えに現れたメッセージには、ありがとう、いただきますって書いてあったからねえ」
それを聞いたドルチェンはトレーや皿などが返却されると確信すると再び質問した。
「ミルク煮が消えてからどれぐらい経った?」
「二時間半ぐらいだねえ」
セリーの答えに
「物が突然現れたり消えたりしてるからな、お前達がいなくても店に入れるかもしれん。だとしたら、既に返却されているかもしれんが、まだ返却されていなければチャンスはある。とにかく今から急いでお前の店に行きたいが構わないか?」
「ああ、構わない」
バルンの答えを聞いたドルチェンは、鑑定した魔粒石と紙についてとここで話した内容を口外しない旨の誓約書をテージ書かせてから一言労って通常業務に戻すと、バルンらと共にギルドを後にした。
一方そのころのアイシェは、ちょっとしたトラブルはあったものの美味しいご飯をしっかりと堪能して、幸せな夢の中へと旅立っていた。
床で寝息をたてるアイシェの横には、空になったお皿が転がっていた。