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6話 バルンのミルク煮

最初は『大熊と跳ね馬の宿屋』だったのですが、この世界に熊も馬もいないことを思い出し、違う名前をと一晩考えましたが全く思い浮かばず、結局店主さんがマッチョ設定だったためについた名前が本文中のお店の名前です。決して笑いをとりたくて付けたわけではないのです。しかも今日見たアニメにゴリゴリという店名が出てきてショックでした。でも他に思いつかなかったのでこのままでいきます。宿屋兼食堂だったはずが名前を変えたせいで食堂だけになってしまいましたし、もしかしたらお話を進めていく中で宿屋兼食堂に戻す方法を思いついたら書き直すかもしれません。よろしくお願いします。

 今、魔粒子ドローン越しの目の前にお野菜とお肉がゴロゴロ入ったとってもとっても美味しそうなミルク煮がある。

 た、食べたい……




 あと二ヶ月で公爵家を出ると決めた私は早速今朝から領都エルデンの中を飛び回って、お金について(通貨単位は『ラブル』だった)や物価、魔石の値段や移動手段についての情報収集とエルデンの地図作り(神殿から門まで続く道とその周辺の道と治安、そして冒険者ギルドの位置調べ)をしていた。


 一通り終わったからこの辺で切り上げて一度記憶の整理をするかと考えながらフラフラ飛んでいたところで、喜色満面な様子でお腹をさすりながら歩いてくるおじさん二人に遭遇。その会話が聞こえてきた。


「いやー食った食った。満足満足」


「バルンの飯はいつ食べてもたまらんな。一噛みしたらほろほろ崩れてあっという間になくなるくせに肉の旨みが口いっぱいに広がって……今日のミルク煮も舌がとろけるかと思ったぜ」


「ちがいねー。筋肉お化けのくせに作る飯は一級品ってんだから、この街の七不思議の一つになるのも頷けるぜ」


「そんな七不思議なんてあったか?」


「俺が作ったんだよ」


「なんだそりゃあ。バルンの他に何があるんだ」


「聞きたいか?」


「もったいぶらずに教えろよ」


「しかたねーなあ、まず一つ目はバルンの飯だろ、二つ目は西の側防塔に浮かぶ白い影だろ、三つ目はムルカの美人なカミさんだろ、四つ目は南区の井戸から聞こえる囁き声だ——」


 一噛みしたらほろほろ崩れるお肉……

 口いっぱいに広がる肉の旨み……

 舌がとろけるミルク煮……

 遠ざかって行く二人の姿を見送りながら、私の頭の中はいつ食べてもたまらんバルンの飯でいっぱいになった。

 だから、そのあと何か言ってた気がするけど、巻き戻って記憶を完全消去。


 余計なものを頭から消して二人が来た方を見ると、『ゴリゴリマッチョ亭』と書かれた……? は!え?………………二度見して確認したから間違いない、『ゴリゴリマッチョ亭』……の看板の下の扉に三人の男女が入っていき、入れ替わるように、またしても喜色満面な様子の今度は若いお兄さんがお腹をさすりながら出てきた。


 私の勘が言っている。

 お店の名前はちょっとかなりあれだけど、間違いない。

 あそこに舌がとろけるほどのミルク煮がある!


 私は引き寄せられるように飛んでいき、お店の扉を抜けて中に入った。

 入った先は満席状態のホールで、壁際に並べられた椅子には順番待ちの人もいて、さっき入った三人の男女も座っていた。

 ここの人気度が見て取れる。

 これは凄い。

 それだけ美味しいってことだろう。


 そんな満席のテーブルの中をすごい速さで移動して注文を取ったり配膳したりしてる三角巾をつけた凛々しいお顔の美人なお姉さんがいる。

 何度も消えてるように見えるけど、これ、瞬間移動してないか? 私の目がおかしいのかな?


 ちょっとウェイトレスのお姉さんに見入ってしまったけど、目的はミルク煮。

 私は食べている人たちのテーブルへ飛んでいき——見つけた! 多分これ! めちゃくちゃ美味しそうに食べてる野菜とお肉がゴロゴロ入ったシチューみたいなこれ!

 よく見ると、殆どの人がこのミルク煮を食べてる。

 メニューを見ると『お昼限定日替わりメニュー』のところに『ゴルソン肉のミルク煮 パン三つとサラダとレンダー付き 八百ラブル』とある。

 これか!

 ゴルソンとレンダーが何か分からんけど、私も食べたい!


 カウンターに飛んで行くと、ちょうど……はち切れそうな白いシャツに白いエプロン……エプロンは無くてもいい気が……まあいいや、エプロンを付けた榛色の髪の毛をベリーショートにした筋肉モリモリマッチョの男の人が「四人前上がったよ!」と声を上げてカウンターにミルク煮のセットを置いた。


 筋肉お化けのくせにってあのおじさんが言ってたから、この筋肉モリモリマッチョさんが料理人のバルンさんかな。いや、そんなことよりも、今は魔粒子ドローン越しの目の前にあるこのミルク煮!

 これを魔粒子ドローンで包んでしまえば魔粒子間移動で私も食べられる。でも、それは泥棒で……

 口からこぼれそうになる涎を拭きながら考えてる間にお姉さんが持っていっちゃった……


 当たり前だよね……お客様が注文したものだもん。お客様のテーブルに持って行くよね。

 そうだよね。当たり前だよね。当たり前……だけども! 食べたい! 私も食べたい! 私も食べたーーい!


 八百ラブルか……

 ベインが厨房で使う魔粒石の注文書を書いてるのを見たことがあったけど、火の魔粒石で下級(五)と書いてた。

 下級(五)は街で五千三百ラブルで売ってたけど……アイシェ印の魔粒石は下級(五)の魔粒石より色も濃いし輝きも強いし、きっと下級(五)以上の値段がつくよね? 大丈夫だよね? うん、ダメならその時は潔く諦める! だから、とにかく聞いてみよう!


 私は急いで鉛筆と紙を作り出し、一文字一文字できるだけ丁寧に読めるように細心の注意を払って一生懸命メッセージを書いて、アイシェ印の火の魔粒石を一つ作ると、それらをカウンターの上に魔粒子間移動させた。


「二人前上がり! ん? なんだこりゃ?」


 バルンさんが料理をカウンターに載せるのと同時に私の置いたメッセージの紙と魔粒石に気がついた。

 

「どうしたんだい?」


 料理を取りにカウンターに来たお姉さんが、私が置いた紙を見て眉をよせているバルンさんに声をかけたけた。


「ああ、とりあえずこの料理、お客さんに運んでくれるか?」


「りょーかい」


「まて! それ運んだら店閉めてくれ」


「ミルク煮はまだあるんだろう? いいのかい?」


「ああ、今日の日替わり終了の看板を下げといてくれ。オーダーも最終でたのむ」


「なにか知らないけど、分かったよ」


 バルンさんはメッセージと魔粒石から目を離すと料理に戻っていった。

 うーん。予定より早くお店を閉めさせちゃうことになったのは申し訳なかったなあ。そんなつもりはなかったんだけど。

 どうしよう……その分の魔粒石を増やしといた方がいいかな。

 

 私は火の魔粒石を七個と水の魔粒石を三個作ると、お店を閉めさせてしまったことへの謝罪を書いた紙と一緒に先に置いたメッセージと魔粒石の横に置いて、お店が閉まるのを待った。


 最後のお客様を見送ったお姉さんがカウンターに戻ってくるとバルンさんも調理場の方がついたのか、カウンターに来た。


「ねえバルン、さっきから気になってたんだけど、なんだい? この魔粒石は」


「ああ、それのことで店を閉めてもらったんだ。最初は紙切れ一枚と魔粒石一個だったのに途中で増えた」


「増えた? 誰かが置いてったのかい?」


「いや、突然湧いて出た」


「はあ? あんた、いつから目を開けて寝られるようになったんだい?」


「おれはずっと起きてるぞ」


「じゃあ、本当に湧いて出たって?」


「……本当だ。文字らしきものが書いてある紙と一緒にな」


 私ができるだけ丁寧に読めるように細心の注意を払って書いた文字を文字らしきものって……

 確かに、生まれて初めて書いたから手が思うように動いてくれなかったけど、読めないことはないでしょ?


 お姉さんが紙を持ち上げて繁々と見てる。


「……確かに、文字を知った子供が初めて書いたような字、だね。んー……この……りゅー……で……るくに……いちにん……えください。………………この魔粒石でミルク煮を一人前下さい、に見えるねえ」


 そーです! その通りです! お姉さん、正解です!


「やっぱりか。じゃあこっちは?」


「んー…………おみ……し……さ……てご……ん……さい。最初は、お店……最後の部分は……ごめんなさい、だろうか?」


 お店を閉めさせてごめんなさいって書いたんだけど、読めないのね……


「お店とごめんなさいとこの数の魔粒石………………店を閉めたことへの詫びか?」


「ああ! そう言われてみれば、お店を閉めさせてごめんなさい、と読めなくもないね」


「誰なんだ?」


「さあ? 幽霊?」


「いや、幽霊が魔粒石を置いてったって話は聞いたことがないぞ。それにこの魔粒石、下級サイズなのに色が濃すぎる。こんなのは見たことがない」


 あれ? もしかしてダメだった? ミルク煮と交換して欲しいだけなんだけど……

 お姉さんが火の魔粒石をつまみ上げると光にかざしたり角度を変えたりして見てる。


「そうだねえ。色といい輝きといい、まるで上級だねえ……使えるか試してみたらいいんじゃないか?」


「そう、だな」


 ちゃんと使えますよ〜って言っても聞こえないよね。

 二人は調理場に移動して加熱器に魔粒石をセットしてボタンを押すと、ボッと音がして円状に火がついた。

 バルンさんがつまみを回して弱火から強火まで炎の大きさを何度も変化させている。


「使えるな」


「使えるねえ」


「……ミルク煮一人前、用意してみるか」


「あら、ミルク煮の残りが少ないじゃないか。ふーん、だからお店閉めたんだ?」


「ああ、あの紙を見てなんとなく残さなきゃいけない気がしてな」


「相手が誰かも分からないのにかい?」


「変だよな」


「あは! いいんじゃないかい? お代もいただいたし、用意すれば相手が誰か分かるかもしれないしねえ」


「そうだな」


 やった! 用意してくれるって!

 ほろほろお肉、口いっぱいの旨み、とろける舌……

 ああ、楽しみ! 早く食べたい!

 あ、待ってる間に……ありがとう、いただきますっと、これでよし! 読めるよね? うん、読めるはず……

 

 

 待つこと数分、ついに、ついに『ゴルソン肉のミルク煮 パン三つとサラダとレンダー付き 八百ラブル』一人前がカウンターに置かれた!

 待ってましたーーーーー!

 早速魔粒子ドローンで包んでまりゅーしかんいどー!


「「消えた!!」」







 ふっふっふ。今、私の目の前には湯気の上がるミルク煮がある。

 お野菜とお肉がゴロゴロ入ってる。

 ゴロゴロだよ、ゴロゴロ。

 それなのにほろほろ崩れるって、口の中、どうなっちゃうんだろう、どーしよー、ワクワクが止まらない!

 それに、魔粒子ドローン越しでは分からなかったけど、い〜匂い!


 あったかいご飯はエリザさんと一緒に食べて以来だ。

 ずっと素材を活かした冷たいご飯ばっかりだったから、夢みたい。


 消えたりしないよね。

 ほっぺた抓ってみたら痛いから夢じゃない。消えない。

 あ、匂いが漏れないように扉の隙間塞いどかなきゃ。


 あーちょっと手が震える。

 嬉しくて手が震える。

 体も震えてるよ。く〜これは武者震いか?


 いよいよトレーに乗っていた木の匙をしっかりと握りしめて、ゆっくりとミルク煮に差し込む。

 またゆっくりと、今度は慎重に慎重にこぼさないようにゆっっくりと持ち上げて口に運ぶ。


 パクッ






 んーーーーーーーーーーーーおいっしーーーーーーーーーーーい!




 モッグモッグモッグモッグモッグモッグゴックン




 とろけてひろがるーーーーーー




 おいしいな……すごく、おいしい……




 ああ……おなかがあったかーい




 しみるなー




 あれ? 目から雫が……あれれれれれれ?




 やめてよ、早く次が食べたいのに、前が見えないじゃん!




 早く、止まれ!




 私の涙なんだから言うこと聞いてよ!




 食べるの邪魔するな! あ! ミルク煮に落ちるな!




 いい加減止まれ!っておい! 鼻まで目の真似しなくていいぞ!




 やめろ! 詰まるな! 味が分からなくなる!




 わわわ、やばいやばいやばい! ティッシュ、ティッシュ、ティッシュ、ティーッシュ!




 やだ! 焦ってイメージできない!




 よせ! 伸びるな! やめろおおおおおおおおお!!




 はいッ!




 !! Noーーーーーーーーーーーーーーーー!




 浄化下着さんヘルプみーーーー!







 私はきっと、この味を一生、忘れないんだろうな……







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