5話 切っ掛けはフカフカお布団だったけど
切るタイミングが分からず、ちょっと長くなりました。
魔粒子の体内循環は『神』だった!
もう、やめられない。
打ち身も傷も循環すればするほど早く治るようになったし、暴力を振るわれているときは循環させているとポンポンと軽くたたかれるぐらいにしか感じなくなって、痛いと思わなくなった。
だから、ご飯を食べているときも、ラジオ体操しているときも、歩いているときも、走っているときも、朝のがむしゃら適当踊りをしているときも、本を読んでいるときも、とにかく起きてる間中ひたすらグルグルしまくった。
おかげで三日もすると体内操作だけでなく、体から出した魔粒子(体に繋がった状態)を好きに操れるようになっていた。
それだけ魔粒子を操作していたからか、魔粒子に対する感度が上がったようで、生粒脳から生まれて神脳に移動する魔粒子を感じられるまでになった。
その流れに集中してみると、生粒脳から神脳に流れた魔粒子は、魔粒石に入っていく場合もあるけど、そのまま神脳の中で消えてしまう場合もある。
体内で作られた魔粒子の余剰分が呼吸で排出されることは確認されていなくて、余剰分がどうなっているのかは未だ不明だって教えてもらったけど、確かに神脳に入ったあと魔粒石に流れなかった分の魔粒子を追うことができない。
どこに行ったんだろう? 行った? いや、血に戻された? んー謎だ。
謎なものはサクッと諦めて、消えちゃうぐらいなら放出し続けてみようと生粒された魔粒子が神脳を通ってそのまま手から放出されるようにイメージしてみた。
すると、手のひらから細〜い糸のような魔粒子がヒョロヒョロと出てきた。
これは……生粒能力が低いってことか? あまりのヒョロヒョロ加減が心許ない……鍛えれば組紐の太さぐらいには増えるのか?
ということで、その日から魔粒子の体内循環をしつつ、魔粒石の蓄粒量が十分なら生粒された魔粒子はひたすら放出し続けるということを続けていたら、少しずつ放出量が増えていき、最終的には消防車の放水並みに出るようになった。
組紐なんて目じゃなかった!
なるほど、確かに鍛えられるね。
生粒能力が鍛えられると、今度は蓄粒限界値を上げられないかと考え始めた。
エリザさんからは蓄粒限界量が上昇したという記録は残されていないと教えてもらったけど、自分で確かめてみてもバチは当たるまい。
そこで、生粒脳からの分だけでなく魔粒石からも同時に魔粒子を放出して、枯渇させることを何度も繰り返しやってみた。
消防車の放水並みに生粒能力を鍛えた後だったからか、魔粒子を枯渇させても昏睡状態になる間もなくあっという間に回復するから、起きてる間中繰り返し続けられた。
そうして何日か続けてみると、魔粒石の存在感が以前より強くなった。
これは限界値が上昇したのではと思ったのに、魔粒石の色には何の変化も見られず、やっぱり蓄粒限界値を上げることはできないのかと諦めかけたんだけど、ふと、色じゃなく魔粒石の輝きが前より少しだけ強くなっていることに気がついた。
最初は気のせいかと思ったけど、その後も数日続けてみたらハッキリと分かるほどに輝きが増した。
輝きが増したというよりも魔粒石が発光しているように見える。
蓄粒限界値が高ければ高いほど色が濃くなると思っていたから、色には全く変化がないのに輝きが増したことには違和感しかなかったけど、魔粒子を枯渇させる時間が少しずつ伸びていくと、いよいよ間違いなく蓄粒限界値が上昇していると確信することができた。
そしてここに監禁されて約一ヶ月(四十五日)が過ぎるころには、意識を向けると眩しくて直視できない、まるで太陽のような強烈な光りを発する魔粒石になっていた。
今では全身から全方位に起きている間中全力で魔粒子を放出し続けても枯渇することがなくなった。
結論、蓄粒限界値は上昇させることができる!
ただ、魔粒子を枯渇させた回数が数百回では利かないから、蓄粒限界量が上昇したという記録が残されていなくても仕方がないのかもしれない。
そんなに昏睡状態になってられないもんね。
それにしても、えへへ、成長速度が半端ない。ずっとやり続けてるからだろうけど、嬉しい。
しかし! 実は同時に急激に激痩せしていた。
魔粒子を消防車の放水並みに放出できるようになったころには、お腹だけぽっこり出て、骨皮筋衛門になってた。
殴りに来たマンシー(最近ナンシーが気性の荒いマントヒヒに見えてきたから私の中でマンシーになった)とニーナが悲鳴を上げてそのまま帰っていったぐらい。
そのあとしばらく来なかったから許すけど、私の痩せ方に危機感を覚えたのか、ご飯の量が増えたぜ。イェーイ!
そう、マンシーは私のことを今は殺そうとまでは思っていないらしいのだ。
というのも、いつもは足でゲシゲシ踏みつけたり靴底で蹴ったり立たせて手のひらかゲンコツで叩いたりしてたマンシーが、一度細い棒を使ったことがあって、その時に皮膚が裂けて血だらけになった私を見たニーナが、「今は殺しちゃまずいよ。いざって時に傷が残ってたら問題になるだろうし」と止めに入って、後から薬をかけて治してくれたことがあったのだ。
それで今は殺す気がないと思えたし、逆に、今は私に死なれては困るのかもしれないとも思ったのよ。
何故なら、更にこんなことも言ってたから。
「公爵家の治療薬を使えばトーマスから公爵に報告が上がって心配してこれの様子を確かめようとするはず。そうなったら追い返すのは無理だろうから公爵家の治療薬は使えないのよ? いーい? こんな化け物でも公爵にとっては娘なんだから、そのことをしっかり頭に刻んで、鬱憤ばらしは計画的に、その先も計画的に、バレないようにやらなくちゃ。使った薬は私が持ってきた取って置きだから、ちゃんと後で返してよね。平民には高くていくつも用意できるものじゃないんだから、頼むわよ」
鬱憤ばらしは計画的に、その先も計画的にだから、「その先」があるわけで、「その先」が私の死なら、それまでは生きてないと計画が成り立たないってことだと勝手に解釈させてもらった。
だから、「その先」がなるべく遠い日であることを祈りつつ、今は気にしないことにした。
気にしてると気が滅入る程度じゃ済まなくなりそうだからね。気にしないのが一番。
もらえるご飯は、回数こそ一日一回と変わらなかったけど、ミルクが小さなコップからその倍ぐらいの大きなコップになって、パンなんか三つに増えて、一センチ角ぐらいの大きさの干し肉が三かけらと、お水も大きなコップ一杯付くようになった。
更に、三日に一回は人参を白くしたような人参もどきな野菜がまるまる一本、生だけど付くようになった。葉っぱ付きで。
まるまるの人参もどきは「私はネズミよ〜」と自分に暗示をかけてから生え揃っている前歯で削るように食べて、葉っぱは萎びてて硬かったから前歯で何度も噛んで繊維を潰して汁をしゃぶるようにした。
そして、私は現実を知った。
葉っぱは異世界でも、葉っぱだった。
スイーツのように甘いとか、フルーティな味がするとか、そんなことは欠けらもなく、ただただ苦いだけだった。
干し肉は、飴のかわりにした。だって、硬くて噛めないんだもん。ひたすら唾液でふやかすのさ。
そんな感じで、満腹にならなかったし栄養的には相変わらず問題だらけだけど、それ以上は痩せなくなった。
痩せなくはなったけど元に戻らないからか、それから少しずつパンの数と干し肉の量が増えていき、監禁されて五ヶ月を過ぎるころにはパンの数が六個に増えたし、干し肉は十センチ程の長さのものが毎日そのまま一枚付くようになった。これは噛み切れないし手でも千切れなかったから、試しに魔粒子をギュッと凝縮させて鋭く細い刃のようにして上から振り下ろしてみたら切れたから、小さく切って食べたよ。
野菜も、人参もどきが三日に一回だったのが、小ぶりのさつまいももどき(生)と交互に毎日付くようになって、ケールを小さくしたような葉っぱも毎日一枚付くようになった。
素材の味を存分に味わえる素敵なメニューだ。
よく噛まないといけないから満腹感も感じられるようになれて幸せ。
筋スジだった体も少しだけ回復したし、お腹ぽっこりが治まった。
これは嬉しかった。
しかも、マンシーが部屋にくる間隔が伸びていった。
三日に一回だったのが六日に一回になり、今では一週間(九日)に一回来るだけ。
いい傾向だ。このまま来なくなればいいのにと思うけど、それはないみたい。
一週間に一回になってからは間隔が伸びなくなった。残念。
そんな感じで私的にいろいろといい方向に進んでいる訳だけど、魔粒子体内循環の凄さを発見したときは、逆に衝撃的な発見もあった。
魔法の属性についてだ。
エリザさんは、魔粒子には属性による色があると言っていた。
ここで、私の魔粒子は虹色。
虹色は無属性。
無属性は冷遇……
Noーーーー! 髪と瞳も冷遇対象なのにーーーー!
『ブルータス、お前もか』って感じだよーーーー!
ショックだーーーー!
気が付いたときには思い切り床にのの字を書きまくったさ。
酷いよ神様。せめて属性ぐらい冷遇されないのにしてよ。
でもさ、シールドは張れるんだよね。
シールドは盾だから、硬い板。
硬い板ってことは触れるってことだよね。
それって、……硬さや厚みを変えればお布団作れるんじゃない?
私はこの日からフカフカお布団目指して魔法を使えるようになるための努力を始めた。
でもね、何年も後の話になるんだけど、無属性の[シールド]は、私が考えているような硬い板とはちょっと……たいぶ? 違ったんだよね。
まあ、この勘違いのおかげで魔力が強くなったんだけどさ。
さて、『魔力』とは、自身の魔粒子を操り変化させて現象を起こす力で、この現象を起こすことを『魔法』というのだから、まずは魔粒子を今以上に操れるようにならなければいけない。
今できているのは体内循環と、体からムニューンと出して好きなように動かすことだけだから、体から切り離して操作できるようにならないとね。
そこで、魔粒子を体から切り離した状態で空間に出現させるところから始めた。
これは一発でできた。
目の前にバスケットボール大の虹色に輝く魔粒子でできた球体があることをイメージしただけでできたからだ。
見た目は大きなシャボン玉だ。
でも、空間に出現させた魔粒子の球(以降、魔粒子球)を維持することができない。
瞬きしただけで霧散してしまうのだ。
ここからは牛の歩みだった。
何もかもが手探りだったから全然うまくいかなくて、何度も躓いて、その度にあーでもないこーでもないと試行錯誤して、途中、何度止めてしまおうと思ったか。
本に逃げたことも一度や二度や三度や、はっはっはー、笑って誤魔化したくなるぐらい逃げたけど。
それでもやっぱり諦められなくて続けて。
空間に出現させた魔粒子球を霧散させることなく本を読みながらでも自在に操れるようになったのは(本を読みながら足が勝手に貧乏ゆすりをする感覚)、初めて空間に魔粒子球を出現させてから六ヶ月を過ぎた頃だった。
あ、六ヶ月はこの世界では二百七十日。地球でいうと約九ヶ月か。
まるまる一日魔粒子操作の鍛練に使って、これだけかかった。
長くて苦しい期間だった。
これが前世の環境だったら間違いなく諦めて止めちゃってる。
魔法を練習する私にとって、本以外の誘惑が全く無いこの環境は、ある意味最適だったのかもしれない。
ちょっとマンシーをナンシーに戻してあげようかと思ったけど、幼児を虐待する大人なんてマンシーでいいやとそのままにした。
そんな困難を極めたこの過程は、思わぬ副次効果を産んだ。
試行錯誤する中で空間に出現させた魔粒子の存在を感知できるようになったんだけど、ふっふっふっ。
なんと、そのときに私の額に第三の目が開いたのだよ。きっと。
実は、他人の魔粒子が見えるようになったのだ。
最初に気がついたのは、ベインがご飯を扉越しに押し込んできた時だ。
扉に小さくて薄ーい光が動いてるのが見えて、ベインがいなくなるとその光も見えなくなった。
目の錯覚かと思ってたら、その日からずっと同じように見えるようになった。
マンシーが来た時にはマンシーとニーナの鎖骨と胸の間辺りに赤い光が見えて、それで、「ああ、これ魔粒子が見えてるんだ」となったのだ。
このことが今後の生活に何か役立つのかと聞かれたら、それは何とも言えないところだけど、やれることが増えるのは純粋に嬉しいのだ。
そうそう、この鍛錬中に勢い余って魔粒子球を壁に激突させちゃったんだけど、激突して霧散するかと思ったらそのまま壁を通り抜けてまた戻すことができた。
魔粒子は壁抜けができる。
この発見は、後にこの穴蔵で生活する私の世界を大きく広げてくれる最高の発見になった。
さて、魔粒子の操作ができるようになったら、次は魔粒子を変化させなければいけない。
魔粒子の変化は神脳のお仕事だから神脳を鍛えなきゃと思うんだけど……神脳ってどやって鍛えるの?
魔粒子の変化はー……魔法は魔粒子を操り変化させて現象を起こすことだからー……取り敢えず何かしらの現象を起こせれば何か分かるかと、すぐに思いついた水出しに挑戦してみることにした。
無属性の魔粒子は全ての属性に変化させることができるんだから、水も出せるはずだからね。
始めて魔粒子を動かしたのは体内循環をするイメージだったし、魔粒子を空間に出現させるのもイメージだったから、今回もイメージで水が出たら目っけ物と、じっと指先を見て、そこに蛇口の吐水口を見る(イメージで見る)。
そして、蛇口から細く水が出てくるつもりで指の先から魔粒子を出してみる。
すると、お水が出てきた。
床にパシャパシャ落ちて広がっていく。
おおー! なーんだ簡単じゃん。神脳鍛えなくていいじゃん。
一発で成功したからこのままフカフカお布団に向かってとんとん拍子に進んでいくと思ったら、甘かった。
水を出せるなら板も楽勝じゃん! と意気揚々と挑戦したら、煙みたいに不定形な状態で出てきた魔粒子は、なんとなく箱っぽい形になりかけて霧散した。
何度やっても変わらなかった。
何がいけないのか振り返ってみると、板のイメージがちゃんとできていないことが判明した。
なんとなく箱っぽいものが思い浮かべられるだけで、全然明確にイメージできていない。
だから、魔粒子もなんとなくそれっぽくなった後に何にもなることなく霧散してしまうようだ。
ここで今更ながらに気がついたけど、神脳って頭でイメージしたことを忠実に魔粒子で再現してくれるんだよね。
どんな高性能なコンピューターだよって感じ。
でも、なるほど、だから神の脳なんだと納得した。
そして、神脳を鍛えるということはイメージ力を鍛えることにちがいないと、これ以降はイメージ力を鍛えることにした。
でも、イメージ力か……
指先から水が出せたのは、蛇口から水が出る光景を何十年と見てきたから、意識してイメージしなくても目の前で見ているように思い浮かべられたからなんだね。
目の前で見ているように思い浮かべるかあ。幻覚を見るようなものだなあ……
前世のお布団は煎餅布団だったし、今世はちょっと硬めだし……お水のようになんて全く思い浮かばない。
フカフカお布団、遠いいなあ……
ということで、この日からは魔粒子体内循環と空間に出現させた魔粒子球を空中でグルグル回しながら、イメージ力の鍛練に入った。
これまた時間がかかってかかって。
でも、魔粒子操作と違って頭の中に何かしらの像を思い浮かべることだったから、大変ではあったけど楽しく続けられた。
最初はイメージというよりも、記憶にある映像の明確化に挑戦した。
前世で見た映画の登場人物。
脇役だから登場シーンはあまりなかったけど、そのシーンを何度も何度も繰り返し見てしまうほどに大好きだった。
DVDなんか初回限定の特典付きを二つ予約買いして、一つは保存用にしたぐらい。
もしこれで等身大の人形でも作れたら、一生宝物にする。
それぐらい、好き。今も好き。えへ。
だから、その人物が完全体で目の前に立っている状態を細部まで明確に思い浮かべることは、イメージ力の鍛錬のとっかかりに丁度いいのではないかと思ったのだ。
案の定、楽しくて仕方なかった。難しかったけど。
この調子でイメージ力の鍛錬を続けていき、最終的に目の前に理想の家が建っている状態を、全方向から立体で外観の様相、室内の壁紙、家具やその装飾、そして質感(手触り)など、色も含めて細部に至るまで短時間で明確にイメージできるところまで鍛えた。
もちろん、今は大好きなあの登場人物をいつでも完全体で目の前に再現できるわ! うふ。幸せ。
このイメージ力の鍛錬の最終段階では、今世の頭脳に随分と手伝ってもらえた。
エリザさんに色々と教えてもらってたときも思ったけど、この頭は一度覚えようと見聞きしたものを完璧に記憶してるのだ。理解力は別だけど……
だから、イメージで家を作る時も少しずつ組み立てていき、壁紙などを後から直すとか、そんな器用な芸当ができた。
魔法のある世界だから魔法を使いやすいように、地球人より記憶力が高い作りになってるのかもしれない。ありがたいことだ。
こうして終えた鍛錬も魔粒子操作同様、いや、それ以上に時間がかかった。
終わったときには八ヶ月と二十七日も経っていた。数えてたぜ!
この世界の約一年だよ。正確には三百八十七日間。
でも、この間に読んだ本はたったの三冊。
イメージ力が上がるにつれてできることが増えていくから、本を読むよりそちらに集中する方が楽しかったのだ。
それであれこれ寄り道したってのもあるけど、もうね、この時点で二歳と七ヶ月になってました!
もうすぐ三歳!
だから、イメージ力の鍛錬が終わった直後に覚悟を決めて鏡を作ったんだけど、初めて自分を見た時に出た言葉は、「まじかー」だった。
自分でも「化け物って言われても仕方ないわー」って思っちゃったもん。
髪の毛と瞳がうっすら発光してるんだよ、どんな成分でできてるのって感じ。
色は、とても繊細で美しい白銀のアクセサリーや置物を銀線で作り上げる秋田銀線細工を思い出すほどまんまだった。
白銀は色としては綺麗だしとても好きだけど、でも、全く日に当たってない病的に白い肌に、白銀のうっすら発光する髪と目だよ?
ガリガリに痩せてなくても幽霊に見える。
髪の毛なんて一度も切ってないから伸び放題だし。
化け物というよりは、幽霊だ。
暗闇で見たら絶叫する自信がある。
造形は多分綺麗なほうだと思うど、色のせいで全てが台無しになる感じ。
目に色があればいいけど目も白銀だから全体的に白い。
慣れるまでは自分でもちょっと怖いよこの姿。
しかも、瞳は発光してるだけじゃなく瞳孔が無かった。
白目と虹彩……人間の目でいうところの虹彩しかない。
瞳が大きいのは可愛くていいと思うんだけど、瞳孔が無いのはねー人間の目じゃないよねー。
どうやって世界を見てるのか分からないよ。
でも、だから生まれた直後から視力が良くて世界がカラーだったんだとは納得した。
自分が化け物と言われる理由も、納得した。
これは仕方ない。
人に向けて言っていいことではないと思うけど、化け物と言われても相手を怒る気にはなれないわ。
そうだよねー私もそー思うって同意しちゃうもん。
とまあこんな感じでびっくりな外見だったわけだけど、生まれ持ったものはなんともしようがないし、せっかくの綺麗な髪色だし、大人になったらおしゃれして楽しむことにした。
今は一も二もなく魔法よ! 魔法!
このあと自分に驚かないように鏡は即行で消しといた。(何もないはずの部屋に物があるのはおかしいから、水以外のものを魔法で作り出したときに、この世界を形作る最小単位まで分解するイメージをしたら分解されて霧散したから、それ以来、その方法で消してる)
因みに、魔法で色を変えられないかとやってみたら、肌の色だけ変わって髪も目も変わらなかった。髪の毛一本で試しても変わらなかった。どんだけ自己主張強いんだよ。
魔法で色が変えられるなら、髪の毛に柔らかいウェーブをつけてから濡れ羽色の髪とピンクサファイアの瞳に変えたかったのに……海外のドラマで見て以来、憧れの組み合わせなのよね。魔法があるのにできないなんて、トホホだわ……
そんな私は、毎朝の滑舌トレーニングのおかげで全てハッキリ発音できるようになったし、がむしゃら適当踊りもキレッキレになったし、歯も生えたし、魔法も呼吸をするように使えるようになった。
体のサイズ以外は成長しまくりなのだ!
よくやった!私。 頑張った!私。 すごいぞ!私。 自画自賛!私。 あれ?
属性変化についてもこの間ににサクッと解決した。
これは全く難しく考える必要がなかった。
大切なのは、色。
色そのものに属性のエネルギーがあるようで、魔粒子をその色にするだけで属性を変化させることができたのだ。
これは出来上がったイメージで現象を起こせるか(魔法が使えるか)試しているときに、魔粒子の色が、水を出すときは青に、炎を出すときは赤に、風を吹かせるときは黄緑に、光を出すときは金に変わっていて気がついた。
将来自活するときに魔粒石を売って資金を作ろうと思っている私にとって魔粒石作りは必須だから、色で属性を変化させることができると分かったのは僥倖だった。
魔粒子の属性を変化させるために必要な要素が色以外だったら、今の私では気づけなかった可能性が高いから。
魔道具で使われない無属性の魔粒石は売れそうにないからね。
余談だけど、色にエネルギーがあるなら人間の色にも影響があるのかと思ったら、全然無かった。
エリザさんは濃い金髪の濃い青色の瞳で風属性の黄緑、マンシーとニーナはアッシュブラウンの髪に明るいオレンジ色の瞳で火属性の赤、ベインはチョコレートの髪に水色の瞳で光属性の金。
一つも属性と同じ組み合わせがなかった。
魔粒石は、二日も練習すれば作れるようになった。
魔道具で使用されている魔粒石は魔物か魔人のものだろうから、正二十面体か正八面体のどちらか。
なんとなく気分で正二十面体の魔粒石を作ろうと思ったんだけど、三角形の大きさが問題だった。
外接球の直径から三角の一辺の長さを出す方法を知らない。いや、習ったことがあるのかもしれないけど、全く記憶にない。
仕方ないから一個拝借してきて、矯めつ眇めつ見て完全に記憶して、それを元に再現した。
ただの玉だったら簡単だったのに……
魔粒石の大きさは、拝借した魔粒石が下級ランクの大きさだったから、私の作る魔粒石も同じ大きさになった。
作るときには専用の魔道具を使わなくても再蓄粒に負荷がかからず抵抗がゼロになるようにイメージした。
専用の魔道具を使わずに何度でも再蓄粒できれば経費削減ができるからね。
硬度も増し増しで隕石が直撃しても壊れないようにイメージしておいたから、ずっと使えるはず。
うん、私、いい仕事した。
と、ここで出来上がった透明の魔粒石を見て、あれ? 蓄粒限界値を決めてなかったと気がつき、ま、蓄粒できるだけ蓄粒しておけばいいかと、魔粒石から拒絶されるまで蓄粒しておいた。
色も濃いし心なしか光って見えるし、なかなか良いのではないだろうか?
うん。問題なし!
もちろん、私が作った魔粒石が魔道具で実際に使えるかもしっかりと検証したよ。
この魔粒石の拝借と使用実験は、『魔粒子ドローン』を発明したことでできるようになった。
魔粒子操作の鍛錬中に見た魔粒子球の壁抜け、あれがヒントになり、魔粒子球が壁抜けできるなら目と耳をつけて飛ばせば外が見られるんじゃないかと思いついたのだ。
それで早速試してみたらこれが上手くいって、最終的に魔粒子ドローンになった。
と言っても、球を半球にして目と耳……前方に丸い二つの膨らみと上部に三角の耳に見える物をつけただけだけど……
もちろん、魔粒子ドローンの目と自分の目、魔粒子球の耳と自分の耳が同調しているイメージが必須よ!
おかげで、外を間接的にでも見て回れるようになったのだ。
外を見て回るのは目と耳があれば十分だから、最初から鼻というか嗅覚は考えてなかったけど、口は悩んだ。
自分の声を伝えられれば自分がここに閉じ込められてることが伝えられるんじゃないかと思ったから。
でも、魔粒子ドローンは人には見えない。
魔粒子ドローンに限らず私には見える虹色の魔粒子そのものが見えないようで(これはマンシーとニーナとベインのおかげで知ることができた)、見えないということは、誰もいないはずの空間から声だけが聞こえてくるわけで、それは完全にホラーなわけで……私がされたらショック死する気がする。
それを考えると、できなかった。
だから口を付けるのは止めた。
ここでの生活も魔法の練習を始めてからは大きく変わったしね。
そしてこの魔粒子ドローンは飛ばせる範囲が結構広い。
最初はこの部屋の周りぐらいだったのが離れの周りぐらいに広がり、徐々に範囲を広げていって、公爵領の領都を囲む壁まで飛ばせるようになった。
更に、飛ばした魔粒子ドローンと自分のところに浮かべた魔粒子球の中同士なら物を移動させられるようになったのだ。
その名も『魔粒子間移動』(勝手に命名)、超便利!
しかも、移動させたい物を魔粒子ドローンで包めばいいだけだから超簡単!
イメージ力が足りないのか、魔粒子量が足りないのか、私自身の移動はできなかった。残念だ。
この魔粒子間移動を使って、ここの厨房の調理用魔道具の加熱器(ガスコンロみたいな魔道具)の魔粒石と吐水器(蛇口みたいな水の出る魔道具)と、現在はニーナの娘の部屋になってる元私の部屋の魔光灯(蛍光灯みたいな魔道具)の魔粒石とをこっそりとアイシェ印の魔粒石に交換して、ちゃんと魔道具が動くか確認したら、無事に動いたのだ。
今も問題なく動いてる。
そんな感じで魔粒子ドローンを飛ばして彼方へフラフラ、こちらへフラフラ。
遠目に父を見かけたら、逃げる。
だって、会いたくなっちゃうから。
ここに監禁されてから数日後に来てくれた日以降、約一年と七ヶ月弱の間に会いに来てくれたのは二回。
以前とは違って凄く少ないけど、それでも来てくれていたらしい。
二回ともマンシーから教えられた。
二回とも理由をつけて追い返したことも教えられた。
一回目は父に向かって扉越しに大嫌いだと言って追い返したらしい。
二回目も扉越しに帰れと怒鳴って帰らせたらしい。
扉越しに大嫌いだと言ったと聞いたときはショックだった。
だって、大好きな父に向かってそんなこと言えるわけない。
こんな私を娘だと言ってくれて、可愛いと言ってくれて、会えなくて寂しいと言って泣く父を、口が裂けても嫌いだなんて言わないよ。
でも、父は……信じちゃうよね……扉の向こうにいるのがニーナの娘だなんて思いもしないだろうから。
今、離れを管理してるのは信頼されてるマンシーだもん。
この時ばかりは泣いてしまったよ。
どれだけ殴られてもマンシーの前では泣いたことがなかったのに、悔しくて、泣いてしまった。
父が来てくれたのが私が魔粒子ドローンを飛ばせるようになってからだったらよかったのに。
それなら迷わず口も付けて、ニーナの娘が何を言おうと私は会いたい、お父さんが大好きだって叫んだのに。
でも、私がイメージ力の鍛錬に入った直後に来てくれた日を最後に、父の足は離れに向かなくなった。
だから、本邸と父には近づかないようにしてる。
さてさて、それ以外はどこにでも入れることをいいことに風の吹くまま気の向くまま〜で飛ばしていたら、聞いちゃいました。悪巧み。
なんとマンシー達、私が三歳を過ぎても公爵家から出されなかったら、計画通り死んでもらうって言ってた。
三歳まであと二ヶ月なんだけど……
三歳なら動きも活発になるから、二階にある自室の窓から外に身を乗り出して落ちて首の骨を折って死んだことにするんだって。
もちろんその前にベインに首をポッキリされてから落とされるわけだけど……
しかも、エリザさんが辞めてからどんどんわがままになって、癇癪も酷くなり手がつけられなくて悪戦苦闘しているし、好き嫌いが激しくて好きな物しか食べてくれないからかなり痩せ気味で、何とか食べさせようとしても拒絶されるからお嬢様の体が心配ですと報告を続けているらしくて、トーマスさんは当然それを信じてるわけで、これは殺されてもマンシー達が疑われる確率低いよね……それどころか私の存在そのものが無かったことにされて管理責任の追求すらされなさそう。
これは私、ピンチかもしれない。
うーん。でも、人を殺してまで戻りたいほどに公爵家の奥様付きって凄いのかなあ……あ、マンシーにとって私は化け物だから人としてカウントされてないのか……だからなのか?
この悪巧みを聞いて、十歳ぐらいになったら公爵家を出ようと思っていたのを早めることにした。
ここにいる限り母から隠れて暮らさないといけないのは嫌だし、精神的にもやっぱりしんどい。
父にも負担がかかるしね。
もちろんマンシーに殺されるのも嫌だけど、正直、今は抵抗できると思う。
でも、あんまり気が進まない。感情に任せて逆に私が殺しちゃったりしたら嫌だから。
三歳になれば神殿で祝受の儀とやらを受けるはずだから、決行はその日にする。
流石に癇癪が酷いからとかわがままが酷いから行きません、は通用しないと思うのよね。
だから、私も行くはず。
そうと決まれば早速準備を始めなきゃね。
まずは領都の地理の把握と、ご飯の調達だな。
腹が減っては戦が出来ぬ。
しっかり食べて動けるようにしとかなきゃ。
よし、魔粒子ドローンをガンガン飛ばしまくろう!
あ、フカフカお布団作りたくて頑張ったはずなのに、別のことに気が行き過ぎてすっかり忘れてた……ま、いっか。