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4話 言いつけを破りました。ごめんなさい。

 抵抗できない暴力を受けるときは、頭部を両手でガードしつつ腹部を守るために地面にうずくまり、体を小さく、できるだけ小さく丸めて嵐が過ぎるまで待ちましょう。

 美味しいご飯を食べてる光景を思い浮かべられたらいいですね〜

 意識を完全にそちらに集中できると、尚いいですね〜


 はい、只今絶賛殴られ中。

 ふざけんな! いつかぶっ殺してやる! ぐらいには怒りが湧くけど、相手は大人、私は一歳児。

 どうすることもできない。

 ただただ耐えて、去っていくまで待つ。

 今日はまだ無理矢理立たされて殴られないから助かる。

 このまま帰って欲しい。




 今日で監禁生活十日目。

 実は、少し前に助けてもらえるんじゃないかって期待してた。

 ニーナ(あ、もう呼び捨てです)を連れてきたときにトーマスさんが「中三日に来られますよ」って言ってたから。

 あの時の中三日って、ニーナが来た日から六日後だったんだよね。

 でも、助けてもらえなかった。


 ニーナの娘が私の代わりに部屋に鍵をかけて閉じこもって父に対応したらしい。

 父からの扉を開けて欲しいという言葉に、「や!」と返事をする。

 これを繰り返して帰らせたのだとか。

 エリザさんが辞めたことに臍を曲げて言うことを聞かない、ということにしたと、私を殴りにきたナンシーが得意げに喋ってた。

 ついでに、癇癪が酷くて手がつけられないときがあるとも言っておいてあげたわよって、おい! こんなに聞き分けが良くて大人しい一歳児捕まえて何言っちゃってくれちゃってるの! 信じられんわ!

 でも、ナンシーはトーマスさんにかなり信頼されてるみたいだから、彼女の言うことに疑いを持つことはないのだと思う。……もう、ため息しか出ないわ。


 父が次に来るのは早くても一ヶ月後。

 もし最短で来てくれても、その時には私は骨皮になってるだろうし、もしかしたら次も何かしらの理由をつけて父を追い返すかもしれない。

 うん、これは自分で何とかしないとまずい気がする。

 とは言っても、この部屋には何もないし、壁の豆電球みたな薄明かりしかないのよね。


 有り難かったのは、少しは良心があるのか、真っ暗闇にはされなかったし、ここに放り込まれた次の日、扉の隙間から押し込まれるミルクとパンのあとに本が一冊押し込まれたことだった。

 読み終わって扉のところに置いておくと、ご飯を押し込むときに回収されて、次の日はまた違う本を用意してくれたのだ。

 本を用意してくれるなんてナンシーでもニーナでもないと思うから、多分料理人のベインさんなんだろう。

 ここに閉じ込められている時点でナンシーとニーナの仲間なんだろうけど、良心が痛むのかな?

 ベインさんは少しはまともなのかもしれない。


 一途の望みをかけて、懐柔作戦だーと、朝、ご飯が押し込まれるときに「べいんあん、おん、あいあと」って声かけたら、すごい勢いで扉が閉まった。

 翌朝は「べいんあん、おあよ」って言ってみたら、「話しかけるな!」って怒鳴ってまたすごい勢いで扉が閉まった。

 これは良心の呵責に耐えられないから話しかけてほしくないってことだよね? ここは攻めるべきだよね? そう思ったから、更に翌朝「べいんあん」って話し出したら勢いよく扉が開いて、「気持ち悪いんだよ!」という声と共に張り倒された。

 全く逆だった。本当に話しかけてほしくなかっただけみたい。

 扉越しで顔が見えなかったから見誤ったわ。慣れないことはするもんじゃないね……

 はぁ、奥歯がまだ生えてなくてよかったよ。たった一撃だったけどナンシーの何倍も重くて痛かったもん。

 奥歯生えてたら抜けてたかも。


 結局、本は善意じゃなくて、私が煩く騒がないないためのものだった。

 私が煩く騒ぐのをいちいち止めにくるのが面倒臭いベイン(もうベインも呼び捨てだー)からの提案だったそうだ。

 これは父を追い返したことを得意げに話していた日に言われた。

 はぁ……万事休す。

 

 とは言っても、正直この状態が続くのはまずい気がする。

 前世の記憶持ちで虐待耐性もあるけど、何もない薄暗くて狭い空間に監禁されたことはない。

 実はすでにちょっと不安定になりかけてる自覚がある。


 一応朝ご飯のあとに体は痛いけど我慢してラジオ体操をして、滑舌トレーニングをして、部屋の中をぐるぐる歩き回って、走り回って、ジャンプして、がむしゃら適当踊りをして、本を読んで。

 思いつくことは何でもやってなんとか誤魔化してるけど、いつまで続くやら。




 そんなことを考えていたら、私を殴りに来る時間のある暇人ナンシーがやっと帰っていった。

 ふん! 嫌味の一つも言ってないとやってられるかってんだ。


 あー体温上がるわ〜

 痛わ〜

 布団欲しいわ〜

 打ち身だらけの体に硬い床は堪えるわ〜

 でも、冷たいから冷やすのにはいいかも?

 うん、そうかも。


 仰向けになってぼんやりと天井を眺める。

 頭にあるのは、大好きなエリザさんにやってはいけないと言われたこと。

 私はあのとき「あい!」って返事をした。

 やれば言いつけを破ることになる。

 でも、今縋れるのは、意識を全部持っていけるのは、魔法しかないと思った。

 だからエリザさん、ごめんなさい。

 私はエリザさんの言いつけを、破ります……




 この日、私は魔法の練習を始める決心をした。




 翌日、朝ご飯のあとの日課を済ませて、呪文を知らないので基本からやりましょーということで、魔力の鍛練開始。


 まずは横になって体の力を抜いてリラックス。

 目を閉じて心臓の上部にあるという魔脳の神脳の中に包まれるようにあるという魔粒石を感じようと意識を集中する。

 この方法で合ってるか分からないけど、とにかく集中する。

 何度か寝てしまったけど、繰り返しているうちに頭の中にぼんやりと光が見えてきた。

 これって、もしかして魔粒石?


 その光に意識を集中すると、ん? ……マカバ?


 むむむーっと更によく見ようと頑張ると、透明の凸凹したものがゆっくりと回転しているのが見えた。

 人種の魔粒石は星型八面体だと教わった時に、星型八面体がよく分からなかったけど、なるほど、マカバね。

 キラキラと光を放ちながらゆっくりと回転する姿がめちゃくちゃ綺麗だ。


 しばらくの間うっとりと眺めていたら、中心部に虹色の光が渦巻いていることに気がついた。


 この虹色の光が魔粒子?


 その時、足音が聞こえて現実に引き戻された。

 ベインが食材を取りに来たのかもしれない。何度も寝ちゃったから晩御飯かな?

 扉の向こうが静かになるのを待って、また目を閉じて集中した。



 相変わらず寝たり起きたりしながら続けた。

 翌日も続けて、その日の夜、目を閉じて軽く意識を向けるだけで魔粒石とその中に渦巻く虹色の光が見えるようになった。

 すごい、進歩してる。地味に嬉しい。えへへ。




 今日はまたナンシーが来る日だ。

 殴られたあとは集中なんて無理だろうから今の内にやっておこうと、今度は目を開けたままで魔粒石を感じられるように、見えるように訓練をすることにした。


 ……天井しか見えんなー


 ……慣れても薄暗いわ〜この部屋


 ……目が渇いて痛いわ〜


 ……なんか眠くなってきた


 って、おーい! 目を閉じたときは集中できたのに、目を開けてると全然集中できない!

 どうしよ………………良い方法が何も浮かばん。仕方ない、このまま続けよう。


 ……やっぱり天井だな


 ……どこまでいっても、天井だな


 ……くそ! う〜諦めるなー私! 根性だー私!


 ……zzzz


 はっ! 寝てた……

 目を開けて集中って難しい。

 ちょっと歩こ。


 そんなことを何度も繰り返していたら、ついに見えた!


 歩きながらも意識を魔粒石に向けていたら、前はちゃんと見てるのに同時に見える。というか、感じる。というか、見える。あれ?

 とにかく、胸のところに渦巻くエネルギーを、魔粒子を感じる。

 魔粒石の中に渦巻く魔粒子を見ているように感じるのだ。


 私は何となくこの魔粒子を体中にグルグルと循環させてみたくなった。

 だからその様子をイメージしてみたら、途端に魔粒子が頭のてっぺんまで上がって左へ向かって勢いよく流れ始めた。


 魔粒子は左手左足と順に流れて正中線上までくると、正中線に沿って頭のてっぺんまで上がっていき、今度は右へ勢いよく流れていき、右手右足を流れて正中線上までくると、また頭のてっぺんまで上がっていき、この流れで循環が始まった。

 途中、正中線を上がることなく、頭→左手→左足→右足→右手→頭の順に流れを変えて、グルグルグルグル、グルグルグルグル。

 た、楽しいし気持ちいい〜


 いいだけグルグルさせてから、魔粒子が魔粒石に戻るイメージをすると、スッと胸のところに収まる感じがした。

 不思議なことに、一度目を開けた状態で魔粒子を認識できたら、意識していなくてもずっと感じている状態になった。

 これについては反復する必要なかった。

 ありがたい。




 って、あれ? ナンシー今日は来ない?

 いつもならもうとっくにきてる頃なのに、まだこない。

 来ないならそれに越したことはないし、鍛練を続けましょう!


 次の目標は、魔粒子を手のひらに移動させること。

 エリザさんは説明で難しいと言っていたけど、どうだろう……


 胸に渦巻く魔粒子を左手の手のひらまで流していく。

 うん、流れていく。

 そして、手のひらに到着したら、手のひらの更にその先へと魔粒子を動かしていき、手のひらから伸びてきた魔粒子を渦状に動かし回転させてていく。


 手のひらの上に小さな竜巻があるみたいだ。

 今度はそれを球状に変化させていく。

 虹色に輝くソフトボール大の渦巻く球体ができた。

 忍者アニメに出てきた術を思い出すわって、え? なんか呆気なくできちゃったけど……これでいいのかな?


 難しいと聞いていたことが簡単にできちゃうと不安になるのは何でだろう……

 これで合ってるかどうかが分からない。

 分からないけど答え合わせをしてくれる人はいないし……このまま進めるしかないんだよね……

 う〜ん……ま、いっか。いいことにしよう。


 一度魔粒子を魔粒石に戻して次はどうしようと考えて、でも待てよ。実は何か難しい理由があるのかもしれないとちょっとだけ心配になったから、念のために魔粒石から手のひらまで流して手のひらの上で回転させてまた戻してを寝るまで何度も繰り返し練習した。


 翌日、起きたらまた直ぐに続きができると思っていた私は甘かった。




 はい、本日早朝、一日一回の貴重なご飯よりも早くに大きな足音を立てながらいらっしゃいましたナンシー君。

 なんか昨日はニーナの娘の三歳の誕生日だったんだって。

 そのお祝いで来れなかったから今来たとか、わけ分からん。

 絶対ここに来ないと死ぬわけじゃないんだから来なくていいのに。


 で、今日は一緒にニーナが来てないと思ったら、「平民の子供のくせに!」とか、「なにが化け物の代わりをしてやるんだからこれぐらいいいじゃない、よ! 何の努力もしてないくせに!」とか、「食べて寝てるだけのくせにふざけけるんじゃないわよ!」とか「乳母がいらなきゃあれを呼ぶ必要なかったのよ!」とかとか、そして、「そもそもお前が生まれてきたからこんなことになってるのよ! お前のせいよ! 化け物!」と、ずっとニーナとその娘の文句を言い続けて、最後は私のせいになった。


 別の日にはベインのことで


「やむを得ずとは言えあんな男が私に触れるなんて、許せない! 私が汚れたのはお前のせいよ! お前が生まれてこなければ公爵家の奥様付きにまでなれた私は素敵な殿方に見初められて嫁ぐことができたのに! お前のせいで私の価値が下がってしまったわ!」


 と言って、やっぱり私のせいになった。


 何でもかんでも私のせい。

 いや、それ全部自分で決めて実行したことじゃん。

 全部ナンシー自身のせいじゃん。


 私が生まれた場に居合わせたことは不運だったと同情するけどさ。

 それ以外は私のせいじゃない。

 責任転嫁しないでよ。


 はあーなんでも他人(ひと)のせいな人生はつまらないよ? ちっとも問題解決しないんもん。

 ストレスフルフルになるし。

 まあ、ナンシーがいいなら、いいんだろうけどさ。

 その煽りをまともに食う私は、ほんと、いい迷惑だよ。

 勘弁してほしいわ。




 朝ご飯前だったからかな? 今日は意外と早くに終わって帰っていった。

 今日は顔だけだったよ。

 何度もビンタされまくって、口の中がキレてて血がまずい。

 顔もジンジンして熱いから、もう少ししたら腫れがピークになって口が開かなくなりそうだ。

 だから早くご飯持ってきて欲しい。


 って思って待ってたのに、ぐすん……一日一回でもご飯がもらえるのが当たり前だと思った私が馬鹿でした。

 今日はご飯、もらえませんでした。

 えーん、顔、痛いよー

 お腹空いたよー

 ひもじいよー

 ちくしょー


 そのままふて寝をして目が覚めた私は、ちょっとだけ泣いてから、また魔粒子を体中にグルグル回したり手のひらに移動させたりして鍛練を続けた。


 次の日の朝、ご飯がちゃんともらえた!

 いつもの如くコップ一杯のミルクとパン一個で全然足りなかったけど、でも、食べれただけありがたい。

 ゆっくりゆっくりちょっとずつ味わっていつも以上に時間をかけて食べて、ごちそうさまをした。うまかりし。


 ここで、食べる時に全然痛くなかったことに気がついた。

 顔の腫れも、口の中の傷も、無くなってる。

 うそうそ何で? 何が起こった?

 う〜んと考えて、一つだけ思い当たったことがある。

 魔粒子を体中にグルグル回してたこと。


 魔粒子って体の中を循環させると気持ちいいのよね。

 お風呂に浸かってホッとした時みたいに感じるの。

 もしかして、それで回復力が上がったとか。

 可能性は大きいよね。

 次にナンシーに殴られたときに改めて検証してみよう。

 もし魔粒子を体内循環させるだけで傷の治りが早まるなら、今後が随分と楽になるわ。

 ありがたいわ〜






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