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3話 この人達、狂ってる

 エリザさんは今日が最終日だ。

 だから、エリザさんは今、ナンシーさんに引き継ぎをしている。

 私のことはエリザさんの代わりに来てくれるニーナさんに直接引き継ぎできるといいのだろうけど、まだ到着していないので全部ナンシーさんに伝える必要がある。

 特にナンシーさんは裏方の仕事をずっとしてくれていたらしくて、この一年全くと言っていいほど私と関わりがなかったから、説明することが多いのかもしれない。


 いつもより遅い時間に来たエリザさんが私の部屋に来てくれたのは、お昼になってからだった。

 今朝はご飯が運ばれてこなくて食べてないから、お腹空き過ぎでモリモリ食べておかわりもしたら、エリザさんに笑われてしまった。


 今日のエリザさんの帰る時間は午後三時。

 一秒も無駄にしてなるものかと、ご飯を食べた後は本を読んでもらったりお話をしてもらったりして、目一杯甘えた。


 二時半を過ぎたとき、「お嬢様が後任の乳母にお慣れになるまでは、最初のご不浄からお声をかけるのは難しいのではと思うのですが……浄化下着を履いておいたほうが宜しいのではないでしょうか?」と言って、あの魔道具ベビーベッドのパンツバージョンを差し出された。


 ハイハイができるようになってからは、魔道具のベビーベッドから硬い生地でガバガバして歩きにくい完全にカボチャパンツな浄化下着に変わったんだけど、その最悪の履き心地が嫌で、絶対ちゃんと知らせるからトイレに連れて行ってくださいとお願いして、エリザさんがいる時間は普通の下着をつけていた。

 でも、確かに。

 長いこと一緒にいて慣れているエリザさんにお願いするのも最初はモジモジしてたし、そう考えると、全然慣れてない人に声かけするのは難しいかもしれない。

 だから、「あい」と素直に浄化下着を履いた。

 まだ一歳なのに自分で履けるんだぞー! 立ったままは無理だけど。


「きちんとお履きになれましたね」


 いい子いい子とエリザさんが優しく頭を撫でてくれる。

 このあたたかい手が頭を優しく撫でてくれるのもこれが最後なんだーって思ったら、涙がボロボロ出てきて大泣きしてしまった。

 エリザさんも私をギュッて抱きしめて静かに泣いてた。

 私はつい勢いで


「あいあとー、えいやおたーたん。だいうい」(ありがとう、エリザお母さん。大好き)


 と言ってしまったら、「私をお母さんとおっしゃってくださるのですのね、私も大好きですよ」と号泣してしまった。

 結局残りの時間を二人で泣きながらくっついて過ごした。

  エリザさんが帰ると一人になるのはいつものことなのに、急に独りぼっちになった気がして、また泣いてしまった。




 夜、ご飯を待って本を読んでいると、トーマスさんがニーナさんを伴って部屋を訪れた。


「お嬢様、新しい乳母を連れて参りました。この者は侍女ナンシーの妹のニーナでございます。今日より住み込みでお嬢様のお世話にあたります。ニーナ、お嬢様にご挨拶を」


 アッシュブラウンの髪をポニーテールにした気の強そうな顔つきのニーナさんは、私を見た直後から顰めていた顔をパッと笑顔に変えて立ったまま簡単な挨拶をした。


「ニーナ・ケルダンよ、よろしくね」


 床に座っている私に目線を合わせることなく上からの挨拶に、実は子供嫌いなのではと思いつつも、私も簡単に「あい」と返事をしておいた。

 隣に立っていたトーマスさんの眉間に皺が寄ってるからトーマスさんも同じことを感じてるのかな? と思っていたら、退室した直後の扉の向こうから


「お嬢様に対してあのような態度に言葉遣い。ナンシーの推薦があり、しかも彼女の妹で元は男爵家の娘だからと貴方を雇いましたが、これは見直す必要があるかもしれませんね」


「も、申し訳ありません。先程到着したばかりでつい、近所の子供に接するようにしてしまいました。これからは気をつけますので、どうかお許しください」


「……ナンシーには貴方の礼儀作法の見直しを徹底するよう伝えておきます。お嬢様の乳母になるのなら、今後このようなことがないよう努めなさい」


「わかりました」


「わかりました、ですか……まあいいでしょう、ナンシーのことです。しっかりと教育してくれるでしょう」


 と聞こえてきた。

 貴族ってやっぱり厳しいのね。私もいずれ礼儀作法を身に付けなきゃいけないんだよね?

 あーでもエリザさんみたいに素敵な女性になるなら礼儀作法は大事かもしれない……身につけるのは大変そうだけど、目指せエリザさん!で頑張ろう。




 私の部屋は私がハイハイするようになってからエリザさんが指示して模様替えしてくれた、ミルキーホワイトとベビーピンクの優しい色合いが落ち着く可愛らしい空間だ。

 エリザさんは住み込みじゃないし、二人しかいない侍女さんたちを煩わすのも気が引けるから、できることは自分ですることにした私仕様になっている。 


 床には分厚い絨毯が敷かれていて、その上にクッションが幾つも置いてあり、ちゃぶ台のような丸テーブルが置かれ、そこに水差しとコップが置いてある。

 何冊もの本がブックエンドに挟まれて床に立ててあり、私の着替えはカゴに入れて床に置かれ、ベッドも足の短い低いものが設置されているのだ。

 だから、一人の時は好きなように過ごせる。

 ただ、ご飯は待つしかない。


 今日の晩御飯は、まだ来ない。お腹、空いたなぁ……

 今までは朝昼晩ご飯はエリザさんとマーシャちゃんと食べていた。

 エリザさんがいない今朝もご飯が出なかったし、もしかしてエリザさんがいないと忘れられちゃうのかな?

 結局ご飯待ちしている間にテーブルのところで寝てしまった。


 翌日、扉をバンッと強く開ける音で目が覚めた。

 入ってきたのは、祝!初入室の険しい顔をしたナンシーさん。

 床に寝てたから怒ってるのかと思いながら、いらっしゃいませ〜と起き上がりかけたら、無言で私の腕を掴んで脱臼するんじゃないかという勢いで私を引きずって歩き出した。

 うえー? と出てしまった私の驚きの声を無視して部屋を出て長い廊下を移動していく。


 階段に到着して降りるときに立たせてくれるのかと思ったら服を持ってぶら下げられちゃって、首が閉まって窒息死するかと思った。

 幸い窒息死する前に一階に無事到着して、また廊下を引きずられて途中で厨房みたいなところに入ってその奥の階段をまた服を持たれて降りて行き、更に奥に進んで簡素な扉の前でようやく止まると、その扉を開けてその先にある三畳ほどの何もない豆電球みたいな小さな明かりが灯る薄暗い部屋に無言で放り込まれた。

 随分と使ってないのだろう。

 私が床に落ちると埃が舞い上がってむせた。


 ほとんど投げる感じだったから硬い床に打ち付けられた体が痛くて、お母さんに放られた時のことを思い出すわ〜と咳き込んでいたら浄化下着が光って埃を浄化してくれて、舞っていた埃も私の周りの埃も消えて綺麗な床になった。

 なんて高性能なパンツくん! 最悪の履き心地なんて言ってごめんよ〜

 心の中で浄化下着に謝っていると呟きが聞こえてきた。


「あんな高価な魔道具を化け物に使うなんて……でも、汚物でこの部屋が臭くなるのは不味いわ。脱がすわけにはいかないわね」


 私が痛む体を起こすと、入り口に仁王立ちしたナンシーさんが見えた。

 何故か憎しみのこもった目で睨みつけてくるナンシーさんが怖くて、厨房の保管庫かなにかかなあ、ちょっと肌寒いし冷蔵庫かもしれないなあ、薄暗い部屋だなあ、と現実逃避していたら、ナンシーさんが唸る様に低い声で語り始めた。


「私はね、努力して努力して、これでもかと努力して信用と信頼を勝ち得てようやく公爵夫人である奥様付きになったの。奥様付きに決まった時は天にも昇る思いだったわ。それなのに、化け物のお前が生まれた場に居たせいで奥様付きを外されてしまった。そして、化け物の世話をするためにだけにここに閉じ込められたのよ。ねえ、化け物、お前もう言葉が理解できるんですってね。なら、お前のせいで私がどれだけ悔し思いをしているか、どれだけ苦しい思いをしているか、分かるわよね? 華やかで栄誉ある場所からゴミ溜めに落とさた私の気持ちが、わかるわよね? 捨てるべき化け物のために私の大切な時間が消費されていく虚しさが、わかるわよね?」


 えっと、んー理解はできるし運が悪かったねとは思うけど、私に言われても困る。

 私だって望んで化け物と呼ばれる髪と瞳に生まれてきたわけじゃないし、私だって家族と一緒に暮らしたかったし……


 何も答えないでいるとつかつかと近づいてきたナンシーさんが「なんとか言ったらどうなのよ!」と声を張り上げて足を持ち上げた。

 え? スカートの中丸見えよ? いいの? ちょっと待って、その足どうするの?



 私の疑問に答えたのは、肩にきた強い衝撃だった。

 ナンシーさんの持ち上げた足の靴底が私の右肩にクリーンヒット。

 勢いで床に叩きつけられて打ち所が悪かったのか、あえなく失神してしまった。

 目が覚めたら……私の部屋じゃなかった。薄暗い部屋だった。

 頭も首も肩も、上半身のあちこちが痛い。

 前世でも母親の憂さ晴らしに布団たたきとか竹刀で殴られてたけど……幼児相手に暴力振るうって、ほんと、どんな思考してるんだろう……ああでも、前世では、食べ物はあったなあ……

 ああ、お腹、空いたなあ

 ご飯、食べたいよ……

 目を閉じたらエリザさんの優しい笑顔が浮かんで、涙が出た。



 翌日の朝、うん、感覚的に朝、鍵を開ける音が聞こえて扉が少し開いたと思ったら、そこからからコップ一杯のムールー(牛乳に似たミルクを出してくれる魔獣)のミルクに、大人の拳大の硬いパンが一個押し込まれたから、よかった、飢え死にさせる気はないのね、と喜んだのも束の間。

 食事はそのメニューで一日一回だった。

 成長期の私には全く足りない。

 このままじゃ骨皮になっちゃうよ。

 しかも、閉じ込められるだけじゃなく、だいたい三日に一度ナンシーさんがやってきて、気が済むまで私に暴力を振るい続けるという生活が始まった。

 その時にニーナさんが同行してくるんだけど、ニーナさんは見てるだけ。しかも笑ってる。

 なんていうか、この人達、狂ってる。






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