20話 山だー修行だーマジで死ぬ
ヴォルグスの色を鶯色から抹茶色に変えました。メジロと鶯を勘違いしていました。メジロが抹茶のような緑で鶯は茶色と薄緑を混ぜたような色でした。23/3/14
「ここは我が帝国なり。我を畏れ、我を称えよ! そしてひれ伏すがいい! はーはっはっはっはっはっはっ……はっ……はっ……」
なんだろう……この世界にカラスはいないはずなのに、カラスの鳴き声が聞こえた気がした。幻聴か?
周りを見回しても何もいないし、見える範囲の木には枯葉が一枚ぶら下がっているだけ。
なのに何故だ。その枯葉からカラカラと笑っているような音が聞こえるぞ。幻聴か?
何? 世界が私を笑ってるって? ……いいじゃん! 一度やってみたかったんだもん! 誰もいない山のてっぺんで枯れ木に向かって言うぐらい大目に見てよ!
って、なんで恥ずかしいことをすると、誰もいなくても言い訳したくなるかなあ……ぬあー恥ずかしー
ここはアルファルド王国のヨワキナ子爵が治めている領地にある標高が六百メートル超えの枯れ果てた山。
周辺は半径十五キロほど荒地が続いていて人は住んでいない。
人がいないから魔人は全くいないし、生きた植物が無いせいか魔粒子濃度が低いから、魔物も小型のものが極わずかいるだけの、生命の気配が希薄な場所だ。
なんでこんなところにいるかと言うと、強くなるためだ。
祝受の儀で解放された【もどき】で体が変化してしまった私は、地上の武器も魔法も何もかも効かない、常時無敵状態になったんだけど、何かが違う。
これは私が求めていた強さじゃないのよ。
私が求めているのは、素で強いことなのよ。
格闘とか、剣術とか、自分で身につけたもので強くなりたいのよ。
憧れだったのよ。拳法とか忍者とか剣士とか喧嘩でてっぺん取るとか……
だから、ここに来たのよ。
修行と言えば、山籠りだからね。
安直かもしれないけど……
ドルチェンさんに預けられた翌日、これからどうするかをドルチェンさんと話し合った。
なにせ私が三歳児だから、特にやることがない。
住む場所は冒険者ギルドのすぐ横にあるギルド職員寮の中にあるドルチェンさんが住んでいる部屋なんだけど、この世界には保育園とか幼稚園が無いから、ドルチェンさんが仕事をしている間はとにかく暇。
だから、私は正直に山に籠って修行をしたいと伝えた。
最初は難色を示していたドルチェンさんも、私の恩寵の能力を知ると、全く心配が無いことを理解してくれて、すぐに許可してくれた。
ただし、ドルチェンさんといつでも連絡が取れるようにしておくことと、晩御飯は必ずバルンさんのところで食べること、一日一回は必ず顔を見せることを約束させられた。
これで大手を振って修行に出られることになったから、ドルチェンさんとの話し合いの後で神殿に行って、ドルチェンさんのところにお引っ越ししたことの報告とお礼と、修行で山籠りをする報告をしたんだけど、祈りの間で神像に向かって心の中で話しかけていたら、いきなり白い空間に呼ばれて、また神様とマーニャンに会うことができた。
呼ばれてすぐに「修行で山籠りって何?」って聞かれたから、素で強くなりたいことを話して、そのために山で修行するって言ったら、最適な場所があるよって、この山を紹介されたのよ。
しかも、「この中から好きなパターンのものを選択するとその通りの山が作れるよ」と、その場で山の生態系カタログというものを作ってくれた。
それに、生命体を作ることはできなくても、既に存在している生命体を変化させることは私にもできるから、山の生き物は好きにいじっていいよと言われた。
そう言われてもいじり方が分からないなあと思っていると、願うだけでいいよと言われて、初めて【もどき】が怖いと感じたよ。
願うだけで生き物を作り変えられるなんて恐ろしすぎるもんね。
恩寵の儀の時に「力の使い方には気をつけてね」と言われたことを思い出して、本当に気をつけないといけないと、肝に銘じたよ。
早速カタログをパラパラと捲ってみると、桃源郷を彷彿とさせるものがあり、おおーここに霊薬の湧く泉でもあれば完璧だなあなんて考えていたら、じゃあそれも追加しようと言ってカタログに触れて、オプションページを追加してくれた。
あと、思いついたものも追加しておいたからねって、もう至れり尽くせりだよ。
続けて、「そうだ、迷宮にして踏破者だけが得られる宝にするのもいいかもね」って言われたから、それは遠慮しておいた。
迷宮なんて作ったら修行しづらそうだったし……
お礼を言って帰ろうと思った時、ふとドルチェンさんの切なげな瞳を思い出した。
だから、もし答えてもらえるならばと、スタンピードのことを聞いてみた。
そしたら、「原因は虫の星ニーブルを作った先輩神の一柱にあるんだよ……」と言って、また遠い目をしていた。
随分と大変だったらしい。
詳細は割愛するけど、ニーブルの神が持ち込んだ装置のせいでスタンピードが起こるようになり、それに対処しようとしたら、何故か中央管理局から神は手出し無用の指示がきて、地上に住む者たちに任せることになったのだそうだ。
唯一許されたのは、避難場所を用意すること。
神殿の一階が何も無いだだっ広い空間なのは、避難場所として用意されているからなんだそうだ。
そうだったのかー神様も手出しできないなら仕方ないかーと、なんとも割り切れない気持ちが残ったけど、神様にどうこう言っても仕方ないから、お礼を言って帰ることにした。
もちろん、帰り際にはマーニャンに抱きついて極モフを心行くまで堪能させてもらったからね。
幸せエネルギーは満タンになったよ!
「あ、神様、私は神の枠で中央管理局の管轄内にいますか?」
「いいや、アイシェは親神に作られた神じゃないからね、神の枠では管轄外だよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ニッコリ笑った私に、神様もニッコリ笑い返してくれた。
で、気がついたら、お山のてっぺんに立っていたわけで、周辺を見回すとこの山より高い山はないし、雲一つないいい天気だし、だーれもいないから、ついね、両手を大きく持ち上げて、大地に足を踏ん張って、思いっきり叫んだわけよ。ここは我が帝国なりーってね。
馬鹿なことだと分かっていても、やってみたくなる時もあるのよ。
叫んだ後は恥ずかしかったけど、叫んだ時は気持ち良かったよ!
さて、じゃあそろそろお山の改造といきましょう。
神様からもらったカタログを開いて、一つ一つゆっくりと見ていく。
ジャングルのような山、光を発している花や葉が宇宙生物を彷彿させる山、巨大化多肉植物が茂る山、海中を思わせるような山、バオバブの木のような不思議植物が茂る山、宝石の結晶が乱立する山、他多数。
って、宝石の結晶が乱立する山なんて夢のようじゃないか。めちゃくちゃ心惹かれたけど、なんか精神が休まりそうにないから却下した。
じゃあ、どれにしようかなあ……やっぱり桃源郷がいいかなあ……
頂上付近は全面色とりどりの花が咲き乱れて、美しい川が流れ、少し下に下がると紅葉ゾーンがあって、中腹からは緑が濃くなり、途中には幾筋もの水が絹糸のように落ちる幻想的な滝があり、気性の穏やかな魔獣達が住む山。
桜や梅や藤の花に似てる木もあるし、所々に見たことはないけど青や黄色や白い花が混ざってるし、紅葉ゾーンにはもみじやハゼやイチョウっぽいのある。うん、これに決めよう。
前世の記憶があるせいか、和を感じさせるものに魅力を感じてしまう。落ち着くしね。
早速カタログに書いてある通りに指定のページを切り取って地面に置いて上から土を被せる。
仕上げをしようと口を開きかけて、待てよ、今この山に残ってる生物はどうなるんだ? とふと疑問に思ったら、このまま仕上げの言葉を言ってはいけない気がして、もし居たら改造範囲外に出さないといけないと思って周囲の生命反応を調べてみた。
感じようと意識しただけで生命反応を感知できる。さすが神感覚。
そしたら、山の中腹あたりに今にも消えそうな反応が一つとそれより少しだけマシな反応が四つ。
他は改造範囲外にちらほらと小さな反応があるだけ。
って、中腹に反応があるじゃん。
慌ててその場所を神視界で見てみると、抹茶色の体毛を持ったガリガリに痩せた狼のような魔獣がいた。
一匹は横倒しになり、他の四匹は伏せの状態で頭を下げてじっとしている。
この魔獣たちは?
情報が欲しいと願ったらいきなり視界に文字表示された。神情報。
<種族名:ヴォルグス>
極度の飢餓により瀕死の状態。この地で生まれ、魔粒子吸収と小型魔獣を食べることで生きてきた。元々乾燥地帯だったこの地に半年間雨が降らなかったことにより、乾燥に強い草木も枯れ果て、小型魔獣も死に絶えたことで、生きるに十分な魔粒子が得られず、死を待つばかりの状態となっている。もう動くことはできない。
まじかー
これは別の山にでもまとめて神移動、あ、神移動は魔法の瞬間移動の神力バージョンなんだけど、をさせて……いや、縄張りとかあるだろうし、死にかけなら即あの世行きっぽい……それは嫌かも……うーん……
悩んだ結果、ヴォルグスに魔粒石をあげてみることにした。
それで復活して動けるようになれば、山から出てもらえるしね。
早速、歯触りがサクサクの、蓄粒量を五千タウに揃えた魔粒石を作って、浅い大きな木の桶に天こ盛りにしてヴォルグスのところに神移動した。
蓄粒量を五千タウにしたのは、いきなり高濃度の魔粒石を食べさせると問題が起こるかなあと思ったわけで、人間が断食した後に通常の食事をすると胃腸に負担がかかると聞いた記憶があったからなんだけど、魔獣に胃腸があるかは不明だ。ま、細かいことはいいや。
ヴォルグス達から少し離れたところに神移動して実物を見ると、結構大きい。
私が小さいせいもあるかもしれないけど、マーニャンと同じぐらいの大きさだわ。
ちょっとドキドキしつつ、襲われそうになったら逃げればいいからと、わざと足音大きく近づいてみた。
でも、耳がちょっと動いただけで顔は上げないし、目も開けない。
近づいてくるのが脅威にならない小さい人間だと分かっているのか、それとも、そんなことどうでもいいぐらいに衰弱しているのか……だとしたら、魔粒石を食べるのは無理だろうか?
どうしようかと考えて、私は無敵だし噛みつかれても大丈夫でしょうと結論が出たから、魔粒石を手のひらに乗せて鼻先に出してみた。
すると、さっきまでは全く開く様子のなかった目がゆっくりと開かれて、黄色い瞳が見えたと思ったらカッと見開いた、瞬間、私の手首までバクっと咥えられた。
「いったーーーーーーーーい!」
無敵なはずなのに痛いじゃないかー!
でも、喰い千切られたとかそんなんじゃなくて、ただ噛みつかれた痛みだけなんだけど、無敵でも痛覚は人間のままらしい。
さっさと離してほしいからヴォルグスのおでこに頭突きをかましてやった。
そしたら口を開けてくれたから即行で手を引き抜いて
「次私の手まで食べたらミンチにするからね!」
思わず叫んでしまった。
うん、我ながら心が狭い。
頭突きしたヴォルグスはというと……あー口を開けて伸びてるわーって、死んでないよね?
慌てて確認したら生きてたけど、頭部に受けた強い衝撃により失神だって。やり過ぎた……反省……
ただ、食べることはできるみたいだったから、さっきの失敗も踏まえて、別のヴォルグスの鼻先に魔粒石を素早く置いて手を引っ込めてみたら、問題なく食べてくれた。私の手も無事だった。
やり方が分かったから、他の子にも順番にあげていったんだけど、横倒しになっている子は全く反応しない。
確かに生きてはいるけど、もう少しも動くことができないみたいだ。
またまた頭を悩ませる。
んー自力で食べられない、自力で食べられない……魔粒子球ならいけるんじゃない? 魔粒子球なら飛ばして口に入れることができるしね。
そうとなったら早速やってみる。
表面に薄膜を付けた直径が三センチぐらいの魔粒子球を作ると、それを横倒しになったヴォルグスの半開きの口の中に飛ばした。
すると、舌が動いた。
嬉しくなって、また飛ばすと、また舌が動いた。
確実に飲み込んでる。
これはいけると大量に魔粒子球を作り出して、ゆっくりゆっくり一球ずつ食べさせながら、他のヴォルグス達にも魔粒石をあげ続けた。
四匹のヴォルグスの間を行ったりきたり、ずっと小走りで動いていたから、桶の中の魔粒石が無くなる頃にはへとへとになっていた。目一杯動いて息も上がっているのに、体温の上昇が無く、汗もでてこない。
これが神もどきの体なのかとちょっと感動したけど、体力は運動不足の幼児のままらしい。しんどい。
でも、ヴォルグスには変化があったよ。
最初は顔も持ち上がらなかった子達が、ヨロヨロしながらだけど立ち上がった。
横倒しになっていた子も伏せの状態にまで起き上がることができるようになって、みんなちょっと復活。
嬉しい。
もう一度サクサク魔粒石を作って、今度は蓄粒量を一万タウにして一粒ずつあげてみた。
まだ伏せ状態の子は蓄粒量が五千タウの魔粒石をゆっくり一つずつ。
日も暮れてきた頃、ようやく五匹ともしっかりと立てるようになった。
体型は相変わらずガリガリだけど、別の場所に移動できるぐらいには回復したみたい。
ここにきて、ヴォルグスの食事情報を求めれば神情報が表示されるんじゃないかと気がついて、今更ながらにヴォルグスの食事情報が欲しいと願ったら表示された。
<ヴォルグスが摂取する物>
大気中の魔粒子、魔物や魔人の肉や魔粒石。魔物の中でも特に、ズリス、ラゴス(この肉を一番好む)、アンリテス、オルボグを食べる。水はあれば飲むが無くても死なない。
あー水もあれば飲むのかーと水を出してあげたら、いっぱい飲んでる。
これで更に元気になってくれるといいけど。
そろそろバルンさんのところにご飯を食べに行く時間だ。
「君達、動けるようになったなら、この山から出てもらえると助かるんだけど。というか、ここじゃない場所でご飯を探したほうがいいよ? ここ生き物いないし禿山だしね」
私の声に反応したのか、水を飲んでいたヴォルグス達が顔を上げて私をじーっと見てる。
私が小さいからって餌認定されたりしてないよね? 大丈夫だよね?
ちょっと不安になってジリジリと後退りながら見ていると、フイっと顔を逸らして各々水の入った桶の周りでくつろぎ始めた。
「なんでじゃい! おい! 動けるようになったんならこんな何もない山から出なさいよ!」
言っても完全無視。
餌認定はされなかったけど、小さいからってナメられてるのか? こうなったら強制神移動でーと思って、やっぱり今は止めた。
確かに動けるようにはなったけど、まだガリガリなんだよね。
危険な状態を脱したってだけで、飢えていることには変わりないのか。
仕方ないからヴォルグスが好むとあったラゴスの肉を作り出したいと願ったらラグビーボールぐらいの肉塊が現れたから、一個では足りないだろうと全部で十個作り出して、好きに食べていいけど、二個ずつ、ちゃんと分けて喧嘩しないで食べるようにと伝えてからその場を後にした。
私もバルンさんのところでご飯を食べないといけないからね。
この日はドルチェンさんの部屋でお泊まりして、翌朝はドルチェンさんと一緒に寮で朝ご飯を食べて、また山にやってきた。
ヴォルグス達はもう移動してくれただろうか?
生命反応を調べると、昨日とは雲泥の差でしっかりとした輝きの五つの反応が、昨日と同じ場所にある。
やっぱりまだいるのか……
でも、もうお山の改造をしたいから、仕方ないから改造中は私と一緒に居てもらうことにした。
「という訳で、一度山の頂上に神移動するけど、もし私に襲いかかったりしたら、その時点で山の外に放り出すから、そのつもりで宜しくね」
五匹は分かったのか分からなかったのかキョトンとした顔をしてたけど、気にせずに全員を連れて山頂へ。
そして、改造のための言葉を呟く。
「解放」
次の瞬間、目も開けていられないほどの光が世界を包み、瞼越しの光が収まってきたところで、空気が変わったことに気がついた。
それまでは乾燥して刺々しかった空気が、柔らかく丸みのある空気に変わり、ほんのりと甘さを含んだ軽やかな花の香りが鼻腔をくすぐる。
ゆっくりと目を開けると、頂上を囲むように咲き乱れた満開の桜や梅の花が目に飛び込んできた。
空には瑠璃色の艶やかな羽を持つ鳥が長い尾羽を揺らしながら優雅に舞い、大地には背の低い草が生い茂り、すぐ近くからは水が湧き出て流れ出している。
木々の向こうにはなんと、煌びやかなフォルセス達がゆったりと歩いている。
ああ、鳥の囀る声と水の流れる音に癒される〜
ヴォルグス達も周囲が一変したことに驚いているのか周りをキョロキョロと見てる。面白い。
だけど、
「ここに住んでる他の魔物達を食べちゃダメだからね! 食べたら体型が戻る前に外に放り出すからね!」
そういうと、もしかして伝わったのか、「うぉふ」と小さな返事が返ってきた。
よし、きっと伝わったと信じたい。
このあとは、ワンルームのお家を建てたりオプションでつけてくれた霊薬が湧く泉を解放したりした。
霊薬には肉体の全ての異常を取り除き本来の姿に戻す力があるそうだ。
カタログに書いてあった。
他にも、浸かるだけで全てが浄化されて、体力が全快する温泉があったから、それも解放した。
で、早速浸かってみようと思ったら、
「おい、なんでお前達が先に入ってるんだ」
家に行ってタオルと着替えを持って戻ってきたら、ヴォルグス達がお湯に浸かってた。
ふざけんなーって叫びたかったけど、蕩けた顔して浸かってるのを見たら怒れなくなったから、渋々引き下がってヴォルグス達が出てから入ることにしたよ。ちくしょー
仕方なく待ってる間に残りのオプションページを見ていたら、なんと、卵を産んでくれる全高が一メートルほどのコックナンという魔物と、肉の生る木と桃の生る木と、魔粒子を注げば一日で野菜ができる畑があったから、それらを解放して、庭を充実させていった。
コックナンは逃げないらしいから放し飼いだ。たまに魔粒石をあげればいいらしい。楽だ。
そうこうしているうちに、濡れてぺしゃんこになった狼もどきどもが温泉から出てきたから、風魔法で乾かしてやった。全く手間のかかる奴らだ。
そうして綺麗に乾いたヴォルグス達は草の上で好きにくつろぎ始めたから、やっと温泉に入れると服を脱ぎかけたところで
「おいチビ、来てやったぞ」
野太い声が背後から聞こえた。
多分一メートルぐらい飛び上がったと思う。
ありえないジャンプ力を発揮するほどに驚いた。
心臓が止まるかと思った。
本当に一瞬心臓が止まった気がする。
だって、この山には人は私しかいないはずなんだもん。
山を改造した時点で改造の影響が出た周辺の土地も含めて周囲に結界が張られているから、外部から人が入ってくることはできないようになってるはず。
バクバクする心臓を押さえながら恐る恐る振り向いたら、白銀の筋肉お化けが立っていた。
だれーーーーーーー?
「誰が筋肉お化けだ。俺は力と戦いの神ダルバリオンだ。アイデンから愛娘が強くなりたいと言っているから指南してやってくれと頼まれたから来てやったぞ」
「は、はあ……」
神様が私の修行のためにお願いしてくれたってこと?
「そうだと言っている」
「あ………………はい! えっと、えっと、アイシェです! よろしくお願いします!」
うおーーーーー私が強くなるために神様が頼んでくれて神様が来てくれたーーーーーって頭混乱するーーー
なんの前触れもなくいきなりだったからめちゃくちゃ驚いたけど、嬉しーい!
「ダルバリオン、私も自己紹介をしたいのですがよろしいですか?」
あれ? 神様が大きくて気が付かなかったけど、もう一柱神様がいらっしゃったのね。
今度はスッと通った細い鼻筋と奥行きを感じる目を持った物腰柔らかで綺麗なおじ様。
「こんにちは。私は英知と学問の神エフィレイスです。あなたが行儀作法や勉強を続けたいと願っているから教えてあげて欲しいとアイデンから頼まれましてね。ダルバリオンは今日からですが、私は明日の午前中からあなたの教師をすることになります。よろしくお願いしますね」
「あ、はい。私の方こそよろしくお願いします! あ、私はアイシェです!」
って、うそーーーー英知と学問の神様も来てくれたーーーーー!
凄い! 凄い! 凄すぎるーーーー!!!
神様、心の底から目一杯、ありがとうございます!!
このあと英知と学問の神様は明日の朝また来ますと言ってお帰りになったけど、力と戦いの神様は「早速修行を始めるぞ」と仰ったので、私の未来は約束されたようなものじゃないかと、意気揚々と「よろしくお願いします!」と答えた。
すると、
「おい、チビ、俺のことは先生と呼べ。あと、修行を始める前に誓え。修行に関して俺の言うことには必ず従うと」
見上げるほどに大きな体で腕を組んで、力強い釣り上がった目で見据えられて圧力全開で誓えと言われたら、頷かない人間はいないだろう。
私も例に漏れず「はい、誓います」と答えてしまった。
そう、答えてしまったのだ……答えてしまったのだよ……
さて、どんな修行が始まるのか、ワクワクしながらダルバリオン先生の次の言葉を待っていたら、最初の一言が、「走れ」だった。
それから突然ダルバリオン先生の手の中に現れた剣を徐に私に向けて、「切られたくなかったら死に物狂いで走れ」って言われて剣先をおでこにプツって刺された。
おでこから血がツーっと垂れてきて、初めておでこに剣先が刺さっていることを実感して、うぎゃーって叫んで走り出したよ。
私って無敵じゃなかったの?
そう思ったら、
「危機感がなければ早期の上達はないのだ。だからチビだけを切れる剣をアイデンに作ってもらった。有り難く安心して切られろ」
って、走ってる後ろから付いてきながら言われたから、もう頭の中は大混乱。
有り難く安心して切られろってなにーーーーーーー!
ありえないよーーーー!
しかも、結界があるところまで走ったらそこからまた頂上まで走って戻れって、直線コースで片道五キロぐらいはある道のりで、しかも帰りは急な上りなのに往復しろなんていきなり無茶なことを言われて、そんなのムリーって叫んだら、「誓いを破るのか?」って言われて、あ゛ーーー誓ったんだーーーと心の中で盛大に頭を抱えていたら、「とにかく足を動かせばいつかは戻れるからとっとと走れ!」と言って今度は後頭部にプスって刺された。
この後は悲鳴を上げながらダルバリオン先生から逃げるようにひたすら走り続けて、途中で多分限界がきたんだと思う。気が付かないうちに気絶したらしく、目が覚めたら土の上に寝てた。
でもすぐに、「目が覚めたなら走れ」って目の前に剣を突き刺されて、飛び起きて走ったよ。
もう、必死に走ったよ。
そのあとまた気絶して、頂上に戻れたのは、日も落ちて真っ暗になってからだった。
でも、途中で世界の時間が止まっていたらしいから、走り出してから何時間経ったのやら……
「マジで死ぬ……」
この日から私は地獄を見ることになりました。
神様に教えてもらうということは、小さな砂粒が大きなダイヤモンドになる方法を教えてもらうようなものでした。
敷かれた道は剣山の如し。
身を以て知った次第であります。
これを乗り越えれば輝くような未来が待っているに違いないと思うのですが、その未来まで私は無事に生き延びることができるのか……ものすごく不安だ!




