2話 異世界でした
数え切れないほど書き直して、ようやくこれでいいと納得したので、もう書き直さないために、1話に続けて投稿します。(直し①舌の根も乾かないうちに修正です。生粒脳と神脳に包まれている魔粒石を神脳だけにしました。2023/1/10 直し②公爵家の敷地にある森を林にしました。林という存在を忘れていた…… あと、魔粒石のランク表示をアルファベットから漢字へ統一と、破損した魔粒石は消滅から消滅を削除、魔虹樹の守護魔獣を殺すと「生粒脳も破壊される」を追加しました。それから傍点の位置の修正など細かいところをちょこちょこと。2023/1/12 直し③「魔虹樹の実」を「魔虹樹の丸い実」に直しました。2023/1/24 直し④魔粒石ランク超越者の蓄粒限界値を「測定不能」から「表示枠外」に変更しました。23/2/1)
説明回で長めです。
あのあと泣きそうになりながら空腹に耐えて寝落ちした私の元に、天女様が舞い降りた。
物音に目が覚めると、濃い金色の長く豊かな髪を一つにまとめて緩く三つ編みにして片側におろした、少し垂れ目で海のように深い青い瞳がキラキラしている綺麗な女性が立っていたのだ。
その美しさに後光が差して見える。
うっとりと見惚れていると、赤ちゃんの私に丁寧に挨拶をしてくれた。
「はじめまして。私は今日からお嬢様の乳母を勤めさせていただきます、エリザ・ディ・プリムス・マイデンと申します。よろしくお願い申し上げます」
「おえあおー」(こちらこそ)
返事をしたら「まるでお分かりになっているみたいですね。ふふ」とフワッと柔らかく微笑んで「失礼いたしますね」と、優しく私を抱き上げるとお乳を飲ませてくれた。
ああ、神様女神様天女様! ようやくご飯でございます! おありがとうございます!
もう無我夢中で飲んでお腹いっぱいになったら、ゲップをさせてもらって夢の中。
心地よい眠りを妨げたのは、勢いよく出る爽快感だった。何かは言わずもがな。
意識がハッキリして、そういえばおむつとかパンツとか着けてくれてなかったわと、慌てて止めようとしたけど当然止まらない。
布団がビチャビチャになるー! とパニックになりかけて、はたと我に返った。
全く布団が濡れた感じがしない。
しかも、ベッド全体が光ってキラキラと金色の光が舞い上がっては消えていく。
全てを完全に出し切ると、数秒後に光も治まった。
布団はサラサラのままだ。
?? 今のなにーーーー!
このあとムリムリ君も出たけど、やっぱりベッド全体が光ってキラキラと金色の光が舞い上がっては消えていった。
ムリムリ君も臭いすら残さずに消えてしまった。
前世にこんなベビーベッドは無かった。
排泄を検知して瞬時に分解、無害化、そして気化。
どうやら私は遥か未来に転生したらしい。
どんな仕組みかは知らないけど、おむつ要らずで寝ている赤ちゃんは常に快適だなんて画期的すぎる。
見える家具はアンティークっぽいのに、道具の進化は目覚ましいものがあるようだ。
すごいぞ未来! やるじゃん科学力!
下半身すっぽんぽんなのは玉に瑕だけど。
その日の夜、闇に紛れてこっそり西の離れにお引越しした私は、エリザさんが通いで午前八時から午後七時までしかいないと知って少ししょげた。
でも、料理人のベインさんと侍女のメリエルさん(母にポイされたあとロマンスグレーのお医者さんと一緒に私を覗き込んでいた女の人)、そしてもう一人侍女のナンシーさん(元々は母付きだった侍女さんで、出産に立ち会っていた一人だそうだ)、計三人が離れに常駐して、外には常に四、五人の警備の人がいることが分かったのでホッとした。
だって、西の離れって林の中を抜けた先にある『離れ』のくせに、中世ヨーロッパ風のやたらと横に長い二階建ての、いくつ部屋があるのよってぐらい窓が沢山ある豪邸で、暗闇に佇む姿はホラー映画に出てきそうだったんだもん。思わず「うおー」って声が出ちゃったよ。
こんな所で一人にされたら怖くて寝られないよ。
この離れは先々代の当主さんが愛人のために作った家だそうで、敷地の中のかなり広い林を抜けないと来れないうえに本邸からは全く見えない場所にあるから、管理と警備の人以外誰も近づかないし、特に母は愛人の家だったということでこの離れを毛嫌いしていて絶対に近づかないそうだ。
だから、隠れて私を育てるのには適しているらしい。
執事のトーマスさんがあれこれエリザさんに説明していたので確かだ。
こうして始まった離れでの生活は、穏やかで幸せなものだった。
エリザさんはとても懐の深い人で、私を怖がったり化け物扱いしたりしないで、一緒に通っている彼女の娘のマーシャちゃんに向けるのと同じように愛情をたっぷり注いでくれる。
許されるなら、「お母さん」って呼びたい。
そんなエリザさんだから、五ヶ月を過ぎる頃にはハイハイができるようになった私が読書中のエリザさんに這い寄って、読んでいる本を覗き込んで本と自分を交互に指差しして私も本が読みたいアピールを必死にしたら、気味悪がるどころか嬉々として読み聞かせをしてくれるようになった。
更に、読む場所を指で追ってくれるので文字が少しずつ読めるようになり、自分でも本が読めるようになっていった。
同時に、私が話す母音中心に並ぶ言葉が意味のある文章になっていることに気がつき、私がエリザさんの言っていることをほぼ理解していると確信すると、文字に限らず色々なことを教えてくれるようになった。
そこで判明したのが、ここは私が思っていたような遥か未来の地球ではなく異世界だということだった。
まず、一年は四百五日で、無の月、時の月、光の月、地の月、火の月、水の月、風の月、雷の月、闇の月の九ヶ月からなり、ひと月は四十五日だそうだ。
一週間は、始まりの日、中一日、中二日、中三日、中四日、中五日、中六日、内省の日、安息の日の九日からなり、一日は二十四時間(これは地球と同じだった)となっていた。
それぞれの月はこの世界の神様の属性で、魔法の属性でもあるそうだ。
そう、この世界には『魔法』があるのだ。
魔法だよ、魔法! ワクワクの大本命きたーって感じ!
大空に向かって叫びたい! ファンタジーだー!
でも、ファンタジーな魔法の説明は、呪文を唱えたら魔法が使えるんですよーでは終わらなかった……
エリザさんの説明熱が半端なかった。
でぃふぃかるとーーーーー!!
教えてもらっている間に頭が混乱しそうだったから、以下に箇条書きした。
●『人種』と、これまでで確認されている『魔物』に『魔人』、そして、『アンデット』のリッチには、『魔脳』と呼ばれる器官があり、人間の魔脳は心臓の上部にある。(地球の人間と内臓の色々が違ったけど、心臓と頭にある脳は同じだった。人体も異世界だった)
★『人種』:人間、獣人、翼人、岩人(……多分ドワーフ)、妖精人(……多分エルフ)、竜人
★『魔物』:地球でいうところの動物を指す。獣に限らず水生動物、陸生動物の殆ど。攻撃的なものから穏やかなものまで多種多様。魔物の中でも獣タイプは『魔獣』と呼ぶ。
★『魔人』:意思疎通ができない「人間は美味しいご飯」な人型の二足歩行の生き物(ゴブリンやオークなんかがここに該当するらしい)
★『アンデット』:リッチ、ゾンビ、スケルトン(幽霊はいるらしいけどアンデットには分類されてなくて、ただの幽霊らしい……この世界にもいるんだよ、幽霊。泣きたい。ゾンビとスケルトンはリッチの人形で、必ずリッチと一緒にしか出現しないらしい)
●『魔脳』は、『生粒脳』、『魔粒石』、『神脳』の三つの器官から成っている。肉体が生存しているときは表面が骨のように硬く、肉体が死亡すると魔粒石と血管を残して溶けてしまう。
●『生粒脳』は、『魔粒子』を作り出す器官であり、一秒間に作ることのできる魔粒子の最大量を『生粒能力』という。
●『魔粒子』は、『魔法』の源であり、妖精人と魔物、魔人にとっては生命活動の源でもある。
●『魔粒石』は、魔粒子を溜めておく器であり、魔粒子を溜めることを『蓄粒』といい、蓄粒量を表す単位はタウである。魔粒石には蓄粒限界がある。
●魔粒石は、神脳に包まれるように、球状の膜の中のゼリー状の物質の中に浮いた状態で存在している。
●魔粒石には、人種、魔物、魔人、それぞれに決まった形状があり、人種は星型八面体、魔物は正二十面体、魔人は正八面体である。
●魔粒石には蓄粒限界量によるランクがあり、上級、中級、下級ランクの魔粒石はそれぞれ大きさが決まっている。(特級以上の魔粒石の大きさは個々に違うため、大きさではランクを判断することができないが、仮想外接球の直径が四十ミリ以上であることは確認されている)現在までに確認されている魔脳を持つ全ての生物の魔粒石がこのランクのどれかに該当する。
★超越者 表示枠外
★伝説級 百億タウ
★超級 一億タウ
★特級 一千万タウ
★上級(直径三十ミリ)
上級(五) 百万タウ
上級(四) 九十万万タウ
上級(三) 八十万タウ
上級(二) 七十万タウ
上級(一) 六十万タウ
★中級(直径二十五ミリ)
中級(五) 五十万タウ
中級(四) 四十万タウ
中級(三) 三十万タウ
中級(二) 二十万タウ
中級(一) 十万タウ
★下級(直径十五ミリ)
下級(五) 一万タウ
下級(四) 五千タウ
下級(三) 千タウ
下級(二) 五百タウ
下級(一) 百タウ
(これまでに特級以上のランクの魔粒石を持っていたのは人外だけで、人間は中級、下級がほとんどで上級が稀にいるぐらいだそうだ)
●魔粒石は、魔粒子の蓄粒量がゼロになると完全な透明になる。蓄粒量が多ければ多いほど不透明になり、その属性の色が濃くなる。さらに多くなると、輝度が増していく。
●『神脳』は、行う魔法に合った状態に魔粒子を変化させ、体外に送り出す器官であり、一秒間に送り出すことのできる魔粒子の最大量を『送粒能力』という。
●人間の魔脳の能力には個人差があり、鍛えなければ向上しない。鍛えれば生粒能力と送粒能力は向上するが、蓄粒限界量が上昇したという記録は残されていない。生粒能力に限り、鍛えなくても体の成長と共に僅かに向上するが、それは十歳前後で止まると言われている。
●魔脳は脳と同様に謎に満ちた臓器であり、各器官とそのおおよその働きが確認されているだけで、原理は全く解明されていない。
● 魔粒子には十二の属性がある。この属性は、魔法の属性であり、この星の九柱の神々のそれぞれの属性である。属性には、その神を象徴する色がある。但し、無属性のみ透明ではなく虹色であり、全ての属性に変化させることができる。
<属性の種類>
無属性 (創造の神アイデン:透明)
時間属性(時空の神オルフェス:紫)
空間属性(時空の神オルフェス:白)
光属性 (光の神ランツィエール:金)
地属性 (愛と豊穣の神フェリアース:茶)
植物属性(愛と豊穣の神フェリアース:緑)
火属性 (力と戦いの神ダルバリオン:赤)
水属性 (美と芸術の神ヴィビニエール:青)
風属性 (自由と商売の神キュリエス:黄緑)
雷属性 (英知と学問の神エフィレイス:黄)
氷属性 (英知と学問の神エフィレイス:銀)
闇属性 (安らぎの神リーフィア:黒)
●魔粒子の属性は、人種の場合は生まれた時点で決まっており(翼人はほぼ風属性のみ)、魔物や魔人は種族で決まっている。また、人種、魔物、魔人は、十二の属性の内の一つか二つの属性を必ず持っている。しかし、時間属性だけは存在すると言われているにも関わらず、有史以来、生者には一度も確認されていない。約五千三百年前に栄えていたといわれているテベル魔導帝国を一夜にして滅ぼしたジュリウス・ベンシューレンという名のリッチは、全属性の魔法を行なったと記録されている。討伐された記録はない。何故テベル魔導帝国を滅ぼしたのがジュリウス・ベンシューレンと特定されているかというと、神官を伴い神官の見ている前でテベル魔導帝国を滅ぼし、「これから先、私が作った呪文や魔法陣、魔道具を使って他国を侵略するような国が出てきたときには、この国と同じ末路をたどるだろう」と言い残して姿を消したという記録が神殿に残されているからだ。実際にその後百年から三百年おきに合計十二の国が滅ぼされており、以降、ジュリウス・ベンシューレンの作った呪文などを戦争に使用する国は現れず、現在に至っている。
●人種の場合、生まれた子供の魔粒子の属性が両親の属性と同じである可能性が非常に高いが、稀に全く違う属性の子供が生まれてくることもある。
●体内の魔粒子が枯渇すると魔粒子を作ることに集中するため、昏睡状態になり、手首より下が濃い紫色に変色する。一定値以上まで回復すると元に戻る。
●魔粒子は魔脳がないと作れないとされているが、植物は魔脳が無いにもかかわらず魔粒子を作り、大気中に放出し続けている。魔粒子は地中からも微量だが湧き出していることが確認されており、当初は地中の魔粒子を植物が水と共に吸い上げて大気中に放出しているのではないかと考えられたが、魔粒子含有量がゼロの水と土を使い植物を育てた結果、魔粒子の放出を確認できたため、植物自体が魔粒子を作っていると証明されている。植物が作る魔粒子も地中から湧き出る魔粒子も、無属性である。
●植物が魔粒子を大気中に放出することで、植物の多い場所である森や山などは、奥に行けば行くほど魔粒子濃度が高くなり、魔物や魔人が増加し、大型のものやより強いものが増える。
●地中から湧き出す魔粒子の濃度は場所によりムラがあり、植物が無いにもかかわらず魔粒子濃度が高い場所もある。
●魔脳を持つ生物が体内で作った魔粒子の余剰分(魔粒石の蓄粒限界を超えた分)を、呼吸で体外に排出することは確認されておらず、この余剰分がどうなっているのかは未だ不明である。呼吸以外で対外に放出した魔粒子の行方もまた、解明されていない。密閉空間で魔粒子を放出しても魔粒子濃度に変化が見られないという実験結果が残されているだけである。
●魔粒石は少々のことでは欠けたり割れたりしないが、少しでも欠けたりヒビが入ると、内部の魔粒子が漏れて無くなる。そのため、加工して宝飾品に使うことはできない。(そのままでなら使えるから、故人の形見でネックレスにしてる人もいるらしい)
●魔粒石は魔道具のエネルギー源になる。このとき、使用して完全に空になった魔粒石に再蓄粒(同じ属性に限る)することは可能だが、蓄粒専用の魔道具(蓄粒器)を使わないと魔粒石にかかる負荷が大きくなり、三回ほどで魔粒石が破損する。また、抵抗も大きいため、放出する魔粒子に対して約半分程度の蓄粒に留まる。専用の蓄粒器を使用することで十回は再蓄粒が可能になるが、現在は冒険者ギルドにのみ置かれている(諸事情があるらしい)。冒険者ギルドでは、採取されたばかりの魔粒石の買取時に、蓄粒限界量より魔粒子が減っていた場合の蓄粒に使用されている。(魔物や魔人も戦闘時に魔法を使うと魔粒子を消費するから、戦闘終了後の魔粒石の魔粒子量が減ってる場合があるらしく、そのまま販売することはできないので、蓄粒限界まで蓄粒してから販売ルートに乗せるのだそうだ)
●多くの魔道具に決まった属性があるため、無属性の魔粒石は使用できないことの方が多い。
●魔粒石は自然界の魔粒子濃度が異常に高い場所や『迷宮』(ゲームでいうダンジョンらしい)の中でも見つけることができる場合がある。それらは、透き通った虹色の幹と虹色の葉を持つ木、『魔虹樹』に生っている。魔虹樹の丸い実が魔粒石で、全ての属性の魔粒石が色とりどりに生っている。そのランクは特級である。
●魔虹樹には必ず守護魔獣がいるが、決して殺してはならない。何故なら、守護魔獣を殺すと魔虹樹が枯れてしまうだけでなく、守護魔獣を攻撃した全ての者が死に至るからである。原因は、体内の魔粒石が消失し生粒脳も破壊されてしまうため、魔粒子枯渇による昏睡状態に陥り二度と目が覚めないからである。何故このようなことが起こるのかは謎のままである。
●魔虹樹から魔粒石を採取する場合は、必ず守護魔獣に捧げ物を持参しなけらばならない。捧げ物を気に入ると、守護魔獣の許しが得られるため、採取が可能になる。但し、採取中に守護魔獣が鳴いたら、その時点で速やかに採取を止めなければならない。鳴き声を聞いたあとも採取を続けようとすると、攻撃されるうえに二度と守護魔獣からの許しが得られず(結界のようなものに阻まれて近づけなくなるそうだ)、その木からは魔粒石を採取できなくなるからである。
●魔虹樹の守護魔獣は、人間の作る酒や甘い物を好むと言われているが、中には人間の魔粒子を欲しがるものもいるという。
●『魔力』とは、自身の魔粒子を操り変化させて現象を起こす力で、この現象を起こすことを『魔法』という。
●魔力はあくまでも自身の魔粒子を操り変化させる力であり、大気中の魔粒子を操り変化させることはできない。また、大気中の魔粒子を体内に取り込み自身の魔粒子とすることもできない。これらは実験により実証済み。
●魔力は筋力や体力のように鍛えることができ、鍛えれば魔粒子を操り変化させる力が強くなり魔法を行う能力(生粒能力と送粒能力)が向上するが、鍛えなければ生まれたての赤子と同じ状態のままで魔法を行うことができない。但し、『呪文』を唱えることができれば、魔法を行うことができる。
●『呪文』とは、魔力を鍛えていない人でも一様に魔法を行えるように(実行者の生粒能力もしくは蓄粒量が実行する魔法に必要な魔粒子量に十分であることが条件)五千四百年ほど前に発明されたもので、同時に、魔粒子を提供することで魔法が行える『魔法陣』も発明され、魔道具が誕生した。現在は魔力を鍛えるのではなく、呪文を使用して魔法を行うことが主流となっている。『魔法陣』は、魔法の効果を上昇させるためや魔道具に使われている。呪文と魔法陣と魔道具の発明者は「ジェリウス・ベンシューレン(テベル王国生まれ)」と記録が残されている。
●現在に伝わっている魔脳や魔粒子、魔粒石についての情報や、呪文や魔法陣に使われている専用の言語や記号は、全てジェリウス・ベンシューレンの研究により明らかにされたものであると言われているが、テベル魔導帝国滅亡と共に全ての研究資料が消失しており、現在の技術では調べることのできない多くの事柄がどのようにして研究されたのか謎に包まれている。そのため、新たな呪文や魔法陣を作り出すことはできず、当時他国で販売されていていた呪文と魔法陣に関する二冊の本が現在まで大切に受け継がれてきたおかげで、現在も呪文と魔法陣を使用することができている。魔脳や魔粒子、魔粒石についての情報も同様で、これらは『魔力を鍛錬して魔法を使いこなそう!』ジェリウス・ベンシューレン著という本の中で、「魔力を鍛える前に知っておくべきこと」として書かれていた内容である。
<二冊の本>
★『魔力の鍛錬が苦手な君でも魔法が使えるようになる呪文全集』/ジェリウス・ベンシューレン著
題名のままで、無属性以外の(何故か無属性の呪文は書かれていないのだそうだ)多くの呪文が収録されており、全ての呪文にその意味と効果の説明と発音が書かれている。原書は呪文以外全文テベル語で書かれているが、時代毎に翻訳し直され続けている。呪文は専用の言語で書かれている。
★『あなたの生活を快適にする便利な魔法陣特集』/ジェリウス・ベンシューレン著
魔道具のための魔法陣から呪文の魔法効果を増幅する魔法陣、はては物体を転移させる魔法陣まで多種多様な魔法陣が収録されており、全ての魔法陣に用途や使い方の説明が書かれているカタログ兼説明書のようなもの。原書は魔法陣以外全文テベル語で書かれているが、時代毎に翻訳し直され続けている。現在は用途に合わせた魔法陣を複写して使用している。組み合わせて使えるものや、そのまま使えるものなど様々である。
●呪文は専用の言語のため、意味を理解し、正確に発音できなければならない。
●呪文を使った魔法を行う場合は、魔粒子を認識して手のひらに移動させられることが前提となる。これは、魔法を行いすぎることで魔力枯渇に陥ることを防ぐためである。(魔粒子の残量を自覚できるようにってことらしい。でも、魔粒子を認識して手のひらに移動させることが、まず難しいそうだ)
●呪文と魔法陣に使われている専用の言語や文字、記号については、そのほとんどが解明されておらず、現在も研究が続けられている。
●無属性の魔粒子は全ての属性に変化させることができるため、使いこなすことができれば大変便利だが、無属性の呪文は『呪文全集』に一つも記載されていないため、魔力の鍛錬が必須である。余程の鍛錬を積んで魔力を強くしないと属性の変化は行えないため、[シールド]が主な魔法になる。呪文が主流になってからは呪文で魔法が行えない無属性は、ハズレ属性と冷遇される傾向にある。
●厳密には魔法を「行う」だが、一般には魔法を「使う」と言う。決まりはない。
これが学校の授業だったらテストに出そうなところがてんこ盛りだー、と変なことを考えていたら背筋に悪寒が走ったのでエリザさんを見ると……ニッコリワラッテル……
まさか、テストしたりしないよね?
怖くなって目を逸らしたら、「ご理解できているか、後日確認してみましょうね!」と嬉しそうに言われてしまった。
嫌だーーーー! 一歳にも満たない内からテストなんて、イヤダーーーーー!
後日、流石に筆記じゃなくて口頭だったけど、本当にテストがあった……
だから頑張って答えたんだけど奇跡的に全問正解で、目一杯褒めてもらえた。嬉しかった。
こんなに褒めてもらえるなら、またやってもいいかもと思ってしまった。へへ。
やったね私! えっへん! だぜ。
このあと、教えてもらった時に気になった『魔粒子は、魔法の源で、妖精人と魔物、魔人にとっては生命活動の源でもある』の生命活動の源ってところが気になったから聞いてみた。
そしたら、妖精人や魔物や魔人は、大なり小なり大気中の魔粒子を取り込んで生命エネルギーに変換できるらしく、極端な言い方をすれば、魔粒子さえ取り込んでいれば食べなくても生きていけるのだそうだ。
だからと言って魔物や魔人が人を襲わないかと言えばそれは間違いで、遭遇すると襲われる可能性が高いし、人の集まる場所にわざわざ襲いにくる魔物もいるのだとか。
魔人に至っては聞くまでもなく、百パーセント襲ってくるそうだ。さすが、「人間は美味しいご飯」っていうだけある。
それにしても、魔粒子さえあれば生きていけるなんて、体の作りがエコすぎる……
じゃあ人間も大気中の魔粒子を取り込んで生命エネルギーに変換できるのかと聞いたら、それはできないらしい。
同様の疑問を持った人が過去にいて、水だけで六日間、街中で過ごすチームと魔粒子濃度の高い森の中で過ごすチームに分かれて体重の減少量と体調を比較するという実験をしたけど結果はほぼ同率で、これを人を変え、時期を変え、最後は場所を変えてと何度か行ったけど結果は変わらなかったため、人間は大気中の魔粒子を取り込んで生命エネルギーに変換することはできないと結論付けたのだとか。
あくまでも自分の作り出す魔粒子しか使えないとは、なんとも融通の効かない作りだことで……食べなくても生きていけるなら、飢え死にはしないと思ったのに、残念。
この研究者さんは、「なら人間には大気中の魔粒子は不要なのか?」と疑問に思ったらしく、それについても実験してみたそうだ。
この研究者さんは大気中の魔粒子濃度の操作ができなかったため、植物の生えていない魔物や魔人も居ない場所を探して、そこを魔粒子の濃度が異常に低いか無い場所と仮定して実験をしたのだとか。結果は、研究者さんも含めて全員が体調不良になるという結果になったらしく、「大気中の魔粒子を体内に取り込んで自身の魔粒子回復に回しているわけではないが、何らかの形で生命活動の維持に使われている可能性がある」としたそうだ。
あくまも可能性なので真実は分からないままだとか。
もしかしたらベンシューレンさんはこれについても研究済みで、解明していたかもしれないなあ。リッチで討伐されてないなら今も生きてる可能性があるし、いつか会ってみたいな……
あ、部屋に一人のときに魔法の練習してみようかなーと考えていたら、簡単な呪文を知った子供が、魔粒子残量を把握する感覚が分からない状態で大人に隠れて魔法を練習して、魔粒子を枯渇させて昏睡状態に陥る事故が毎年必ず起こるそうで、倒れている子供の手首から先が濃い紫になっているので直ぐにバレるとか。
魔力枯渇で死にはしないけど、魔法で怪我をしたり倒れた時に怪我をしたりしたらいけないから、勝手に魔法を練習しては駄目ですよ、と釘を刺された。
これが嫌いな先生とかだったらチッって舌打ちするけど、大好きなエリザさんの言うことだもん、素直に「あい!」と返事をしたよ。……この時はこの言い付けを破る日がくるとは思ってなかったから。
そうそう、私が驚いたベビーベッドも魔道具で、科学の力ではなく魔法の力で排泄物やら何やらを浄化していたそうだ。
更に、エリザさんは毎日家とここを転移陣なるものを使って行き来しているそうで、「平車(地球で言う馬車)で移動すると、片道三日はかかりますわ」と言われてビックリだった。
転移陣は、A地点とB地点を瞬時に行き来する魔法陣だ。
魔法、便利すぎる……
ただ、ほとんどの魔道具は非常に高価だし、転移陣を設置する費用も馬鹿高いから一般的ではないらしい。
それに、転移陣を設置する場合は必ず国に届け出る必要があり、場所によっては国から許可を取らないといけないらしく、どこにでも設置できるというわけではないそうだ。
この家がお金持ちだったからあのベビーベッドも転移陣も使えるわけで、もし転移陣が使えなかったら住み込みができないエリザさんに乳母の打診が行くはずもなく、私がエリザさんに会うこともなかった。
この家がお金持ちで本当に良かった。
エリザさんに関してはもう一つ、最初から双子の内の『後から生まれてくる子供』の乳母にと打診されていたそうで、それを聞いた時はなんだか運命を感じてしまった……私もエリザさんの娘にしてもらえないかな……
それから、魔法のこと以外に、以前聞こえたオンチョウについても教えてもらえた。
オンチョウはやっぱり『恩寵』で、三歳の誕生日に神殿に行って『祝受の儀』という儀式を受けると、神様が授けてくれる何らかの『力』だそうだ。
恩寵には、体質、職業、特技など色々な種類があり、どんな恩寵を授かるかは時の運らしい。
身分も血筋も関係ないから恩寵至上主義の世界ではないし、それによる差別もないのだとか。
ただ、騎士志望の人が【剣王】を持っていると実力が伴うので出世しやすい、とかはあるのだそうだ。
エリザさんの恩寵は【消費魔粒子1/2】という魔法使用時に消費する魔粒子量が半減するものらしいけど、エリザさんの属性は風なので立場上ほとんど使わないために特に役立たないとか。
役に立ったのは学生時代の魔法の実技授業と野外実習の授業ぐらいだったそうで、恩寵は使えれば目っけ物程度の位置づけなのだと理解した。
あ、転移陣の起動でも【消費魔粒子1/2】が発動するそうで、「今は役に立ってるわ〜」と嬉しそうに言っていた。
転移陣を起動する魔粒子の属性は関係ないのか疑問に思ったから聞いたら、魔道具みたいに書く場所の大きさが制限されないから、属性を変化させる呪文が書かれてるかもしれないと言っていた。
エリザさんもよくは知らないそうだ。
さて、教えてもらったことの中には私自身のこともあった。
私は、パルディア大陸の東にあるアルファルド王国の公爵家の一つ、メディエス公爵家の当主であるウィリアム・アル・プリムス・メディエスとその妻リーシェルリア・アル・メディエスの間に生まれた子供で、上に三歳のデーヴィドと二歳のルーカスという二人の兄と、双子の姉であるマリアローズがいるという。
因みに、リーシアは母の愛称だった。
エリザさんは父の従兄弟でマイデン女子爵だそうだ。
父とどこか似ているなあとは思っていたけど、納得。
髪の色は違うけど、目の色や顔の造形、その美しさ、それに愛情深さがそっくりなのだ。
なるほどー名前にもプリムスって入ってしねーと知ったかぶりしたら、全然違った。恥ずかしい……
プリムスは当主につく称号で、これは国王様もついているのだそうだ。
因みに国王様の名前は「ウォルティウス・アウルム・プリムス・アルファルド」だそうだ。
ファーストネームの後にくるのは家の爵位を表す言葉だそうで、地球の貴族とは違った。
これは、知らない相手でも名前を聞いただけで爵位が分かるようにしたためで、封建社会は上下関係が厳しいから、知らない相手だからと爵位が上の相手に粗相を働いてしまうのを防ぐためなのだとか。
その爵位を表すのは、王族は『アウルム』、公爵は『アル』、侯爵は『エス』、辺境伯は『イス』、伯爵は『フィ』、子爵は『ディ』、男爵が『ドゥ』だそうだ。
当然平民の名前も平民と分かるように、「太郎・山田」のように、ファーストネームとファミリーネームだけしかないらしい。
民主主義の日本で生活していた私にはこういう社会の考え方に違和感しかないけど、郷に入っては郷に従えって言うし、慣れなきゃだよなあ。
ま、この先長いから、生活してるうちに慣れることを祈ろう。
なんとかなるさ〜。
そんな身分制度の上位に位置する愛情深い父は、週に一度は会いにきてくれた。
来る度に抱っこしてくれて、「お父様が来ましたよ〜、元気にしてまちたか〜アイシェちゃんは可愛いでしゅね〜」と、公爵家当主の威厳はどこ行った?って聞きたくなるような崩れ具合で、いつも一緒に来るトーマスさんともう一人、護衛さんかな? の男の人は、毎回明後日の方を見ている。
うん。こんな当主の姿、見たくないよね。
発声練習を頑張って母音以外の音も徐々に出せるようになったときに初めて「おとーたま」(お父さま)と呼び掛けたら、目から涙をボロボロこぼして喜んでた。
もう心の底から癒されちゃって、家族と暮らせなくても全然悲しくなくなったよ!
父の涙、凄し!
でも、半年を過ぎた頃に母から西の離れに女を囲っているのかと疑われたらしく、それ以降は一、二ヶ月に一度しか来てくれなくなった。
それでも会いに来てくれるだけありがたいのだけど、会えない時間が長いから寂しい、なかなか来れなくてすまない、と会う度に頬擦りしながら泣くのは止めて欲しい。
父の威厳が、イメージが崩れる……今更だけど。
そんな泣き虫パパさんに会える日を心待ちにしつつ、日々のエリザさんとマーシャちゃんとの生活を楽しんだ。
あ、父が私の名前を呼んでくれて初めて知ったけど、私の名前はアイシェ。
くぅー。なんか横文字ってだけでもムズムズするのに音が可愛い。
普段はお嬢様としか呼ばれないからアイシェって呼ばれると恥ずかしくて。
でも、……へへ、なんか、嬉しい。
そうして穏やかな時間が流れて一年が過ぎたころ、エリザさんが乳母を辞めることになった。
ずっと代理で子爵家の仕事をしてくれていた旦那様が病気で倒れたらしい。
それは少しでも旦那様の側に居たいだろう。お家の仕事もしなきゃいけないし、寂しいけど仕方ない。
でも、ちょっと前に侍女のメリエルさんが結婚退職してしまい、エリザさんがいない時間帯は誰も部屋に来てくれなくなったので、エリザさんが居なくなったら私、ずっと放置されるかも? と不安に思っていたら、エリザさんの代わりは直ぐに決まった。
侍女としての実績と信頼のあるナンシーさんの紹介で、二歳の娘さんがいる、ナンシーさんの妹のニーナさんが住み込みで来てくれることになったらしい。ああ良かった。
この時の私はまだ知らない。
ニーナさんが来た翌日から私の生活が激変することを。
最後まで読んでくださった方、お疲れ様でした。
それから、ありがとうございます。
造語がいっぱいで大変だったと思います。
書いてる自分もノートと睨めっこだったので……
ようやく続きに入れる……これを読んでくださった方、本当にお疲れ様でした。