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19話 お引っ越し

またまた説明が入っています。

 私は今、冒険者ギルドのギルド長室の扉の前にいる。


「待って」


 扉をノックしようとしたギルド職員の女性に思わず待ったをかけてしまった。


 この扉の向こうでドルチェンさんが待っているのだ。

 父と繋ぐ手に力が入る。


 私は化け物じゃない。

 それが分かっても尚、人の目が怖い。いや、違う。正確には、嫌われたくない相手の目を見るのが怖い。表情を見るのが怖い。


 私を見た瞬間に歪んだらどうしよう……

 頭に被ったフードの裾を摘んで顔の前に引き摺り下ろしながら、顔も一緒に下を向いてしまう。


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。勇気を出せ! 私!


 目を瞑って自分に発破を掛けていると、父と繋いでいた手が離された。

 驚いて顔を上げると、深く下げたフードがずり上げられて、視界の開けた目に最初に飛び込んできたのは、私を見つめる父の澄んだ青い瞳。

 そして、大きな両手が伸びてきて私の頬を優しく包んだ。


「大丈夫だ。もしもこんなに可愛いアイシェを見て一瞬でも嫌な顔をしたら、即、連れて帰る。そして、二度とここには連れてこないし、神殿には抗議するから、何も心配することはない」


 そう言って私の中にある恐れを全て溶かしてしまうような穏やかな笑みを浮かべた。

 私は堪らなくなり父の手を掴んで頬から外すと、目の前に片膝をついてしゃがんでいる父にしがみついた。


 父がいてくれる。存在そのものが勇気をくれる。優しさが勇気をくれる。笑顔が勇気をくれる。


 顔を上げなくちゃ。


 ありがとう、お父さん。大好きだ。


「だいすき」


 あふれ出る思いが音になり、私の口からこぼれた時、それまで優しくぽんぽんと背中に当たっていた父の手が止まり、代わりにぎゅっと抱きしめてくれた。

 こんなに素敵な父がいる私は……果報者だ。


 私は父の温もりをしっかりと堪能してから、そっと体を離した。

 父もそれに合わせるように背中に回していた手を緩めてくれた。


「行けるか?」


 父の問いかけに、私は頷いた。






 祝受の儀から六日。

 今日まであっという間だった。






 祝受の儀からの帰りの平車の中で泣いていた父は、できる限り一緒にいるぞと意気込んでいたけど、祝受の儀の翌日には神殿からドルチェンさん宛てに公爵家にいるアイシェという少女を預かるようにという連絡が行ったらしく、その日の内に一日も早く預かりたいという連絡がドルチェンさんから父の元に届いたそうだ。

 神殿からの連絡は父にもあり、その内容は、一日も早くドルチェンさんに預けるようにというものだったらしい。

 おかげで、寝る準備も終わったしさあ寝ましょうとベッドに入ろうとしたところで父がやってきて、泣かれた。


 その晩はなんとか宥めて寝たんだけど、翌朝目が覚めたら、朝の日差しに負けないぐらい輝く笑顔の父がベッドの横にいた。その笑顔は寝起きのしょぼついた目には眩しすぎたよ。

 で、どうしたのかと思ったら、ドルチェンさんのところに行くまで一緒にいることにしたって言うから、母は大丈夫なのかと尋ねたら、領地の視察に出ていることにしたから大丈夫だと言う。

 んー女の感は鋭いからねー侮ると痛い目を見ると思うんだけど……ちょっと父のことが心配になったけど、浮気をしているわけじゃないしね、きっと大丈夫だろうと思うことにした。


 それで、その日から父が仕事をする横でドナさんに勉強を教えてもらったりマナー講習をしてもらったりして過ごした。

 食事は毎食一緒に食べて、たくさんお話しをして、夜はなんと、添い寝をしてくれた。

 まさかそんなことをしてくれるとは思いもしなかったから心底驚いたけど、すごく嬉しくて、ベッドの中でジタバタしてしまったよ。

 

 前世ならありふれた日常だろう日々。

 同じ空間にいて、ご飯を一緒に食べて、夜は一緒に寝ただけ。

 それなのに、思い返すだけで胸があったかくなる。

 特別じゃない時間が、私には特別な時間になった。


 父とはこれからも数ヶ月に一度は会う予定だけど、親子としてこんなにも長い時間を一緒に過ごせるのは、後にも先にもこの四日間だけだと思う。

 無理をしてでもこの時間を作ってくれた父には、ほんと、感謝しかない。


 だからこそ、願わずにはいられなかった。

 母に問い詰められることがありませんように……

 もし問い詰められたとしても、必ず無事に切り抜けられますように……

 

 


 そう言えば、祝受の儀が終わった翌日に、あの優男が突然尋ねてきた。

 ドナさんから「アルファルド=テーネ侯爵がお見えになりました」って言われて、全く思い当たる人物がおらず、どちら様? ってエントランスに行くと、あの時私を笑った優男が立っていた。


 優男は私に気がつくと「やあ、アイシェちゃん。少し前に会ったよね。覚えてる?」って弾ける笑顔でウインクしてきて、最初に頭に浮かんだのは、なんだこいつ、だった。

 そもそも第一印象が最悪だったのに、このセリフで輪を掛けて印象が悪くなり、見事、私の中で関わりたくない人物ナンバーワンに輝いたよ。

 だって自己紹介も無しにいきなりちゃん付け名前呼びとか、ないわー

 だから、「私はとても忙しいのでお引き取りを」って言って帰ってもらったら、次の日も来た。

 なんなんだ、この優男。


 でも、二度目は私の強い味方、父が居てくれたからね、父と一緒にエントランスに行って「私は見ての通りとても忙しいので、お引き取りを」って言ってやった。

 父は何か訳知り顔だったけど、優男に向かってシッシッって手を振ってくれたから、大丈夫。

 もうこれで来ないだろうと思ったら、三日目も来たよ。

 なんなんだ! ゴキ助並のしぶとさか!

 もうね、面倒だからドナさんに不在ですって言ってもらった。そのあとも来たみたいだけど、ドナさんには扉を開けなくていいからと伝えておいた。


 ただ、私の対応が不味かったのか、それとも二度目に優男を追い返した時に扉に向かって舌を出していたのが不味かったのか、父から優男を遠ざける理由を聞かれたから、生理的に受け付けないって言ったら驚かれた。

 なんでもあの優男、子供に異常なほど好かれるらしくて、優男に対して私みたいな態度を取る子供は初めて見たんだとか。

 あれが子供に好かれる? まじで? って思ったけど、よく考えたら私って側だけが子供なんだよね。だから優男の謎の能力が効かなかったのかもしれない。

 因みに、優男の恩寵は【探査】だから、異常なほど子供に好かれる理由は分かっていないんだとか。

 子供に好かれるフェロモンとかがあるのかな? 謎だ。




 父に優男を避ける理由を聞かれた流れで、優男の名前に国名のアルファルドが入っていたことが気になっていたから聞いてみたら、あの優男はなんと、元王族なのだそうだ。

 フルネームは、テネス・エル・アルファルド=テーネ


 なんで元王族が公爵家にいるのか、しかも父の部下みたいな立ち位置なのか。

 父の話によると、この国の王族はかなり不遇のようだった。


 この国の王族は、私の記憶にあるような、王家を出ても公爵位を賜って〜なんて甘い待遇なんて欠けらもない。

 国王、近侍、王領内にある三つの大きな町を治める代官と代官補佐にならない者、王位継承権の無い者全てが一代限りの侯爵位を与えられて、王城か四つある公爵家のどれか一つを選んで兵士として働かないといけないのだそうだ。

 その侯爵位を与えられる際に、自分の名前の前二文字をとって間を伸ばしたものを国名であるアルファルドに付けたものがファミリーネームになため、名前に国名が入っているのだとか。


 更にこの先があった。

 一代限りの侯爵位を与えられたあとは、男女共に薬で子供が作れないようにされてしまうそうだ。

 これは、王家の血をそこら中にばら撒くことを防ぐためなのだとか。

 王家の血は王家の中だけで脈々と受け継がれていくらしい。

 だから、王家から外にお嫁に行く王女様は、他国の王族に嫁ぐ場合以外は漏れなく子供ができないように薬を飲まされるそうで、殆どの場合が嫡子以外に嫁ぐのだとか。


 もしも王族が認知できない子供を作ってしまった場合も厳しかった。

 まず、子供は専用の施設に入れられて、そこで「君の両親は犯罪者だから、君は将来国外に追放される」と刷り込まれるそうだ。

 そして、国外で生活するために必要な教育を施された後に、体が出来た時点で子供が作れなくなる薬を飲まされて、成人したら国外に追放されるそうだ。


 子供の両親の方は、王族は例え王であっても有無を言わさず死罪。相手については、状況により、記憶の消去のみ、国外追放、死罪、の三パターンがあるのだとか。

 血を守ることを幼少期より刷り込まれることに加えて罰の重さを知っている王族の身持ちは硬いけど、悲しいかな、稀に起こってしまうそうだ。


 これを聞いた時は前世で聞きかじった知識とは違いすぎて目眩がしたよ。所変われば品変わるって言うけど、制度や考え方も変わってくるのね。

 それにしても、死罪って、厳しすぎる……王女様も外国の王族に嫁がないと子供が産めないみたいだし……王族に容赦ないな、この国……


 唯一の救いは、外に出た元王族は結婚が自由なこと。

 子供が作れないかわりに、身分、性別、関係なく結婚ができるそうだ。

 驚いたことに、この国は同性愛も合法だった。先進的だ。

 あと、十年間兵士として働けば爵位を返上することも可能なのだとか。

 爵位を返上すれば貴族としての特権は全て失うけど、平民になることができて、兵士として働くことが免除されるそうだ。




 ここまで聞いて、王族は大変ですねーって呟いたら、貴族も大変だぞって貴族のことも続けて説明してくれた。

 もう世界が違いすぎて驚きでいっぱいになったよ。


 まず、公爵から子爵までの貴族が子供を作れる体のままで平民になっては駄目。絶対駄目。同様に男爵家に婿入り、嫁入りも駄目。絶対駄目。もちろん、子供を作るなんて以ての外。もしこれを破ったら、認知できない子供を作った王族と同じ末路が待っている。


 唯一、男爵家の者だけは平民になることも子供を作ることも許されている。理由は、平民が功績を挙げた場合に与えられる爵位が男爵だからだそうだ。男爵は貴族であって貴族ではない扱いなのだとか。


 逆に、平民で蓄粒限界量が多い女性を結婚相手にすることや、男爵家の女性を結婚相手にすることは許されているそうだ。

 ここで大事なのは、貴族の家に入ることが許されているのは、女性だけということ。男性はどんなに優秀な人材でも貴族の家に入ることは決して許されないのだそうだ。


 これほどに徹底して貴族と平民の血を分けているのは、貴族の血を特別なものとすることで、人以外の脅威が大きいこの国で率先して戦えるようにするためなのだとか。

 初代国王が決めたこの国の在り方、『王侯貴族は民を守り、民は国を支える』を実践しているのだそうだ。


 このルールさえ守っていれば、貴族に関しては、認知できない子供ができても当人同士の問題なので、死罪とかは無いそうで安心したよ。

 ついでに、継ぐ爵位のない子供や嫁がない子供は、漏れなく全員一代限りの爵位を与えられて、もちろん子供が作れなくなる薬を飲んで、何かしらの仕事に就くそうだ。ただ、学問で成績優秀じゃない上級貴族出身者は、兵士になることを強く強く推奨されているらしい……というか、ほぼ強制らしい……逃げ場は、無いらしい……


 ここまでで、元王族にも貴族にも出てきた子供がいない一代限りという爵位に老後が心配になって聞いてみたら、この国には養老院という老人ホームのような施設があり、希望者はそこに入ることができるから、老後も心配ないのだそうだ。

 ちゃんと考えられていて、こういう国もあるのだなあとしみじみ感じたよ。



 長かった王族や貴族の話が終わったところで、「ある程度成長してから伝えるつもりだったが」と前置きをしてから、国外に出て二度とこの国に戻らないのであればその必要はないけど、私も体が出来上がった時点で子供が作れなくなる薬を飲まなければいけないのだと、深刻な顔をした父に言われた。

 私の体には貴族の血が流れているからね。平民になることを望んだのは私だし、間髪を容れず了承の返事をしたよ。

 ただ、私の体は、祝受の儀を境に変わったのよね……






 ドルチェンさんとの対面を直前に控えて、改めて父の存在と温もりを感じたことで、今日までの四日間を思い返していた。

 そして、いつか私も薬を飲まないといけないけど、もしかしたら、薬を飲む必要はないのかもしれないと考えていたら、職員の女性からの問いかけに「お通ししてくれ」という声が返ってきた。

 意識が現実に引き戻される。


 大丈夫。顔を上げろ、私!


 扉を見据えて父と繋ぐ手をぎゅっと握ったら、父も握り返してくれた。

 見上げたら、優しく微笑む父の顔。


 うん。私は大丈夫。


 職員の女性が扉を開けながら脇に避ける。

 どうぞと促されるままに父と追従しているセスさんと共に部屋へと踏み入った。


 そこには片手と片膝を床につけて首を垂れて礼をとっているドルチェンさんがいた。


 背後から扉が閉められる音が聞こえ、案内してくれた職員の女性が居なくなったことを確認すると


「楽にしてくれて構わない」


 父がドルチェンさんに立ち上がるように言うと、ドルチェンさんはゆっくりと立ち上がり


「本日はお忙しいなか、こちらまでご足労いただき誠に恐縮です」

 

 父に頭を下げた。


「いや、構わない。神殿からもこの子をここに連れてくるように指示されていたからな」


「神殿から」以降の言葉は少し嫌そうに言いつつ繋いでいた手を離すと、私が被っているフードをとって


「この子がアイシェだ」


 そう言ってそっと私の背中を押すから、覚悟を決めて、鼻息荒く前に出ると、しっかりとドルチェンさんの顔を見て挨拶をした。


「初めまして、アイシェ・エイラ・アイデンです。今日からよろしくお願いします」


 そのまま頭を下げようとしたら、いきなり抱きしめられた。

 頭が混乱していると、耳元でドルチェンさんの小さな声が聞こえた。


「よかった。無事だったんだな」


 遺跡に行ったあとは仕事の邪魔をしちゃいけないと、ずっと連絡していなかったから、心配かけちゃったかな……

 連絡しなくてごめんなさいって謝ろうとしたら、ギラリと光を反射する何かが見えた。

 よく見ると、ドルチェンさんに突きつけられた剣先。しかも、二本!

 うえーって頭がパニックになりかけたら、地を這うような低い低い父の声が聞こえてきた。


「ドルチェン・ラング、我が娘から今すぐ離れろ。離れなければ切り捨てる」


 父の恐ろしく低い声にドルチェンさんが慌てて離れると


「申し訳ございません。亡くした妹に似ていたもので、つい」


 そう言って頭を下げた。


「亡くした妹さん?」


 思わず声に出してしまったら、ドルチェンさんが発言してもいいのかと問うよううに父を見たから


「話せ」


 相変わらず低い声の父が剣を鞘に戻しながら話すように促すと、ドルチェンさんが口を開いた。


「二十五年前の大規模スタンピードの時に——」


 ドルチェンさんの妹さんは二十五年前の大規模スタンピードの時に、イーグリールと呼ばれる飛行タイプの魔獣の鉤爪に貫かれて目の前で亡くなったそうだ。その時に母親も一緒に亡くしたそうだ。

 ドルチェンさんが十歳、妹さんは私と同じ三歳の時。

 名前はアリーシャ。

 さっき妹に似てたからって言ったのは咄嗟の言い訳だと思うけど、名前はなんとなく私に似てる。


 ドルチェンさんの話を聞いて、何故ドルチェンさんが結界を張りたいと思っていたのか、本当の理由が分かった気がした。

 ドルチェンさんが戦うのは子供の笑顔を守るためだと言っていたけど、本当は妹さんを守りたかったんだね……


 父もこの話を聞いて、「そうだったのか」と静かに頷いていた。


 ドルチェンさんはいきなり抱きついて済まなかったなって優しい目で言いながら私の頭をガシガシ撫でてくれて、それを見ていた父から舌打ちをする音が聞こえたけど、何に対する舌打ちなのか聞いたらいけない気がしたから黙ってた。

 そしたら、


「不本意極まりないが、今日からアイシェをお願いする」


 そう言って父がドルチェンさんに頭を下げた。セスさんも頭を下げてる。


「お、おい! あ、いや、その、お嬢は任せてください。ですが、頭を上げてもらえませんかね!」


 父に頭を下げられて焦ったドルチェンさんの乱れた言葉遣いがおかしくて笑うのを我慢してたんだけど……


 あれ? そう言えば私、ドルチェンさんに抱きしめられた。

 私の姿を見たのに、嫌な顔一つしなかった。

 それどころか、心配してくれた。


 ああ、私、ドルチェンさんに嫌われなかったんだ……嫌われなかったんだよ……


 唐突に自分がドルチェンさんに受け入れてもらえたことに気がついたら、一気に力が抜けて、座り込んでしまった。

 参った。自覚していた以上に緊張していたみたいだ。


 突然座り込んでしまった私に気がついた父達に大丈夫か! ってめちゃくちゃ心配されたけど、ただ単に気が抜けただけだから大丈夫ですって伝えて、室内にあったソファーに座らせてもらった。


 この後、父とドルチェンさんは、私のことや、結界の話をしていたみたい。

 私はソファーに座って少ししたら寝てしまったらしく、目が覚めたらもう父は帰った後だった。

 目を擦ってから体を起こすと


「起きたか」


 ドルチェンさんから声がかかった。


「すまんな。直ぐに晩飯に連れて行ってやりたいが、もう少しで仕事が終わるから、ちょっとだけ待っててくれ」


 どちらかと言えば強面なのに、表情はとても優しい。

 待つのは全然大丈夫だから「はい」って言って、穴蔵から救出されてからは殆どできなかった毎朝の日課の中の魔法の練習だけをしながら待った。流石にラジオ体操とかがむしゃら適当踊りはできないからね。

 しばらくすると、ドルチェンさんの仕事が終わって、ご飯を食べに行くことになった。




「アイシェからしばらくの間晩御飯が食べられないと連絡がきて以降全く音沙汰がないから心配だとバルンから聞いてな。そこへ神殿から公爵家にいるアイシェを預かれと連絡が来たもんだから、アイシェが公爵家で酷い目に遭ってるんじゃないかと気が気じゃなかったんだぞ。元気な姿が見られて本当に良かった」


 片腕に乗せた私の頭をガシガシ撫でるドルチェンさんの顔はとっても嬉しそう。

 私も嬉しくなってつい穴蔵から救出されたことを話しそうになったけど、ごっくん飲み込んで、ちょっと事情があって魔法を使えない状態になったから、ご飯も取りに行けなくなったと伝えて、心配をかけてしまったことを謝った。


「元気だったからいい。あいつらもアイシェの顔を見たら大喜びするぞ」


 そう言って連れてきてくれたのは、ゴリゴリマッチョ亭だった。

 バルンさんのご飯!

 外まで美味しい匂いが漂ってる。

 久しぶりのバルンさんの料理の匂いにお腹がグーって鳴ったら、ドルチェンさんに笑われてしまった。

 恥ずかしいはずなのに私も一緒に笑ってしまったよ。


 扉には本日休業の看板が掛かっていて、扉を潜った先には、凛々しいお顔のセリーお姉さんが待っていた。

 あーリアルセリーお姉さんだーと思ったら、一瞬で目の前に現れて、私はあっと言う間にセリーお姉さんに抱きしめられて頬擦りされていた。


「なんだい、この可愛いのは。天使じゃないか。バルン! アイシェは幽霊でも精霊でもない、天使だったよ!」


 そう言って頬擦りされていると、「セリー俺にも挨拶させてくれ」っていつの間にかに側に来ていたバルンさんが言うから、ようやくセリーお姉さんが私を下ろしてくれた。


「本当に天使だな」


 バルンさんはしゃがんで体を小さくすると、私の目線にあわせて挨拶をしてくれた。


「顔を合わせるのは初めてだ。俺はバルンドレン・ロア。そっちのは俺のカミさんでセリージア・ロア。よろしく頼む」


 どこかぶっきらぼうな物言いと、でも、とても誠実そうな瞳で見つめられて、私の顔は自然に緩んでしまう。


「私はアイシェ・エイラ・アイデンです。私の方こそ、よろしくお願いします」


 挨拶をして頭を下げたら、なんか涙が出てきた。


 ドルチェンさんも、バルンさんも、セリーお姉さんも、私のことを怖がらずに受け入れてくれたことがうれしくて、うれしくて、堪らなくうれしくて……よかった、よかったよ……


 顔が上げられなくて涙が止まるのを待ってたら、顔に布が当てられて、優しく頭を撫でられた。

 そのまま持ち上げられて椅子に座らせてもらったら、目の前のテーブルにはご馳走が並んでいた。


「今日はアイシェが自由になれたお祝いだからねえ、バルンが張り切ったんだよ」


「いっぱい食べろ」


「そうだぞ。いっぱい食べて大きくなれ」


 ドルチェンさんとバルンさんが何故か力こぶを作りながら言うから


「マッチョになるのはやだ……」


 ついボソッと言ったら、ドルチェンさんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情で固まっちゃって、それが可笑しくて笑ったら、ドルチェンさんもセリーお姉さんも笑い出して、バルンさんは声は出てないけど笑ってるみたいだった。


 改めて三人にお礼を言って、いただきますをしてからご馳走をいただいたけど、終始笑いっぱなしで、明日からしばらくはほっぺたが筋肉痛になることが確定した。

 それに、四人で食べる賑やかな食事はバルンさんのご飯の美味しさを更に引き上げて、舌も心もとろけ放題だった。

 みんな、幸せな時間をありがとう。




 ギルドへの帰り道、ドルチェンさんの片腕に乗せられて爽やかな夜風の中を進んでいく。


「すごく楽しい時間でした。それに、ご飯、とっても美味しかったです。魂ごととろけてしまいそうでした。ありがとうございます」


 お礼を言うと


「そうか。俺も久々に心から美味いと思ったからな。そうか。そうか」


 月明かりに照らされたドルチェンさんの瞳が切なげに揺れて、ここではない、どこか遠くを見ているようだった。


 邪魔をしてはいけない。

 踏み入ってはいけない。


 そんな気がして、私はドルチェンさんから視線を外すと前を見た。

 ドルチェンさんの歩調に合わせて揺れる体は、徐々にフワフワとした感覚に包まれていく。

 抗いようのない睡魔に手を引かれて闇のプールに浸る直前に、ドルチェンさんの優しい眼差しが見えた気がした。

 お帰りなさい。ドルチェンさん。

 それから、おやすみなさい。また明日。






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