18話 創造神からの書簡
短いです。少し説明回です。
アルファルド王国の王都ベルビューズには、神殿と並んで一際高く大きな建造物がある。
その建造物は、建てた人物の精神状態を疑いたくなるような奇抜過ぎる外観をしていた。
というのも、壁という壁が鮮やかな赤色で塗られ、階層毎の窓枠や縁取りには黄や橙、緑や青が使われており、屋根は赤と橙の格子縞に塗られ、全ての尖塔には黄金に輝く旗がはためいているからだ。
空を移動するものの目はその奇抜さに釘付けとなり、大地と同系色の屋根が並ぶ街には気付くことなく素通りし、その建造物に真っ直ぐ向かってしまうだろう。
この時、興味を引かれて寄ってくるだけならいい。空を移動するものは命を落とすことなくその場を去ることができるだろう。
しかし、歩哨に立つ者を襲ったならば、この限りでない。空を移動するものは、確実に命を落とすことになるだろう。
何故なら、この建造物は、国で一番防御力が高く、国で一番攻撃力の高い建造物、王城だからだ。
この外観は、飛行タイプの魔物の目を街に向けさせないための対策であり、決して精神状態に問題があるわけではないのだ。
そんな目に痛い王城の中の国王の執務室は、その反動なのか、外観とは打って変わって深みのある濃い茶色で纏められた上品で落ち着いた内装になっている。
その中でも特に重厚感のある細やかな彫刻が施された大きな机に向かい、大量に乗せられた書類をせっせと捌いていく男がいる。
彼の名はウォルティウス・アウルム・プリムス・アルファルド。
大陸最大の国、アルファルド王国の国王である。
かつて存在した十五の国々を統一し、大陸最大となったアルファルド王国を建国した初代国王は、戦神のごとき強さだったと伝えられているが、その末裔であることを窺わせるのはウォルティウスから迸る覇気。
それに加えて、朱赤の髪はどれほどの剛毛なのか、天に上るように逆立ち、赤黒い瞳には視線だけで見る者を竦ませてしまうほどの目力がある。
しかも、あと数年で五十になろうかというのに大柄でガッチリとした体には少しの衰えも見られないのだから、ウォルティウスを前にした者は、その場に跪き首を垂れずにはいられない衝動に駆られてしまう。
そのウォルティウスから少し離れた場所に置かれた二つの机では、ウォルティウスと同じ色味だが、彼よりは細身の引き締まった体に波打つ長髪を後ろでまとめた穏やかな顔つきの、王弟であり近侍であるアレクセス・アウルム・アルファルドと、知性溢れる紫の瞳を持つ近侍補佐のワイス子爵が、ウォルティウスの覇気に怯むことなく執務を熟していた。
室内には紙を捲る音や文字を書く音だけが聞こえている。
そこへ、扉をノックする音が響いた。
近衛兵が訪問者の確認をすると、そこには見知らぬ男が一人で立っていた。
扉の外で立哨している近衛兵に見知らぬ男を止めようとする動きは一切なく、その存在に気づいてすらいないように見える。
明らかに異常な状態であるにも関わらず、扉を開けた近衛兵はその男を、神官を通さなければならないと何故か思い、室内に向けて神官の来訪を告げた。
ウォルティウスには今の時間に面会の予定は入っていないし、神官が尋ねてくる理由も思い当たらない。
同様に、アレクセスにもワイス子爵にも心当りがないため、首を捻る。
通常ならば先触れのない訪問は無礼であるために追い返すし、ましてや今回は門番からの連絡も来ていないという異常な状態な上に、近衛兵が何の疑いもなく来訪を告げている。そこに危ういものすら感じるのだから、尚更会う必要などない。
しかし、相手が神官となれば、話は別だ。
三人は訝しみながらも執務の手を止めて剣を片手に立ち上がると、部屋の中央に集まる。
そして、ウォルティウスを守るようにアレクセスとワイス子爵、更にその前に三人の近衛兵が立った。
アレクセスの合図を受けて扉の前に待機していた近衛兵が改めて扉を開けると、簡素な白いスーツを着た柔和な顔の若者が入室してきた。
若者は軽く会釈をすると、
「初めまして、神官のサルカです。突然の訪問をお詫びします。本日は創造神アイデンよりアルファルド王国国王への書簡を持参しました。こちらをどうぞ」
そう言って真っ白なのに透明感のある四角い箱のような物を差し出した。
ウォルティウスとアレクセスは顔を見合わせる。
まず最初に近衛兵が受け取り確認するが、困惑した表情をするとワイス子爵に差し出した。
今度はワイス子爵が受け取り危険の有無を確認をしたが、上面と思われる部分に光る線で神殿のマークが描かれているだけで、蓋も継ぎ目も何もない、材質も分からない白い箱のような物体にワイス子爵も困惑し、受け取るかどうかアレクセスに伺いをたてた。
アレクセスも得体の知れない物をウォルティウスに渡すことは躊躇われたが、神からの書簡だと言われれば拒否することもできず、渋々と受け取ることを承諾した。
「そちらは国王本人が持つことで開封されます。直ちに、必ず、読んでください。それでは私はこれにて失礼します」
サルカは再び軽く会釈をすると退室していった。
「顔色一つ変わりませんでしたね」
初対面にも関わらず、ウォルティウスの覇気と視線を受けても表情と態度に一切の変化が見られなかたサルカの様子に驚きを隠せないアレクセスの言葉対して、何の反応も示さないウォルティウスの代わりにワイス子爵が口を開いた。
「仄聞したところでは、神官となった者は人でありながら人ではなくなるそうです。故に感受性もまた常人離れをしているのでございましょう」
これにアレクセスが答えようとしたところ、二人の話には全く関係のない言葉が飛び込んできた。
「余は一言も話しておらんのに帰りよった……」
一方的に用件だけを告げるとさっさと帰って行ったサルカの態度に、ウォルティウスは柄にもなく呆けた顔をして扉を見つめていた。
それを見たアレクセスはくすくすと忍び笑いをすると言った。
「神は世界中を見ておられるのですから、お忙しいのでしょう」
その言葉にどこか腑に落ちない様子のウォルティウスが腕を組んで「解せん」とこぼすと、アレクセスとワイス子爵は笑いを堪えて肩を震わせたが、いつまでも笑っているわけにはいかない。
神官の言った「直ちに、必ず」の言葉を思い出したアレクセスは、白い箱のような物体をウォルティウスに差し出した。
「余が持つことで開封されると言っておったが……」
ウォルティウスは差し出された白い物体を怪訝な面持ちで掴んだ。
するとそれは、瞬時に光る文字が並ぶ紙のように薄い白い板に姿を変えた。
「ほお」
驚くアレクセスとワイス子爵とは対照的に、楽しげに顔を輝かせたウォルティウスは、二人にも文面が見えるようにしながらも、光る文字を読み進めていく。
そこにはメディエス公爵領の領都エルデンに住むアイシェという名の白銀の少女が創造神アイデンの愛し子であることと、名前を与えたから平民だからとその名を取り上げるなということ、そして、アイシェの意に反して権力者の元に取り込むなということが書かれていた。最後には、『もしもこれらに反したならば、罰を下す。ゆめゆめ忘れるな』という脅し文句まで書かれていた。
「これは、昨夜至急でメディエス公爵より報告のあった、神の加護をいただいた平民の子供のことでございますな」
ワイス子爵の言葉にウォルティウスとアレクセスが首肯する。
「しかし、少々不味いですね。まさか神からこのような書簡が送られてくるとは。テネスに口説き落とすように指示書を送りましたが、すぐに止めさせましょう」
「いや、待て」
アレクセスの言葉にウォルティウスが待ったをかける。
「神は意に反して取り込むなとの仰せだ。口説いた結果、この少女が自分の意思で王室に入るというならば問題はなかろう」
「左様でございますな」
ワイス子爵の肯定にアレクセスは考える。
テネスはアレクセスの息子の一人で、妙な特技があった。
それは、異常なまでに幼児に好かれること。
街を歩けば幼児が釣れる、幼児誘引器と言われるほどに幼児に好かれるのだ。
アレクセスの子供には王位継承権がないため、成人したら侯爵位を与えられた後、王家を出なければならない。
王家を出た者は王城か、四つの公爵家のどこか一つを選んで、そこで兵士として務めることが義務付けられている。
そして、テネスが選んだのはメディエス公爵家だった。
そう、都合よく幼児誘引器のテネスがメディエス公爵家にいるのだから、神の加護を得た少女を口説くために使わない手はなかったのだ。
(あれなら問題なく口説けるだろう)
アレクセスもワイス子爵に続いて口を開く。
「あとは座して待つのみですね」
三人は含みのある笑いを浮かべると、再び執務に戻っていった。
しかし、この企みは一週間後に来たテネスからの報告書で打ち砕かれた。
そこにはこう書かれていた。
——ご指示通り白銀の少女に接触しましたが、汚物を見るような目を向けられ追い返され、その後も接触を試みましたが、三度目には居留守を使われ、以降は完全に拒絶されております。以上のことから、任務遂行は困難と存じます。——
神官は人です。祝受の儀で授けられる恩寵とは別に、神官になるための試練を乗り越えたことで与えられる【神官】とうい恩寵により、神官のみが使える能力を獲得しているだけです。でも、ウォルティウスの覇気や目力に全く反応をしなかったのは、そんなものが屁の河童に思えるほどに辛い試練を乗り越えたからです。因みに、一度神官になったら、その生涯が終わるまで辞めることはできません。
テネスは13話に出てくるテネスです。




