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11話 魔粒子ドローンが霧散したあと(ドルチェンとレイオン)

 アイシェの魔粒子ドローンが消えるとドルチェンはどかりと椅子に腰を下ろし、しばらくの間どこともなくぼんやりと眺めていた。

 白昼夢と言われたら納得してしまうような現実離れした今日の出来事が夢でないことは、目の前に置かれた執務机の半分は占領しているだろうドールハウスが証明している。


(街の結界が、実現する……)


 ドルチェンは徐に机の引き出しから小さな木箱を取り出した。

 蓋を開けると、折り畳まれた一枚の紙と小さな透明の玉が一つ入っている。

 その小さな玉を取り出し手のひらに乗せて少しの間じっと見つめると、強く握りしめて額に当てた。


(ようやくだ……)


 大きく息を吸いゆっくりと吐き出す。

 額から手を離すともう一度手のひらの玉を見つめてからゆっくりとまた玉を握る。

 その手を胸の上に添えると、目を閉じてそのまま背もたれに体を預けた。


(この魔粒石を見つけてから十年……各地に残る遺跡という遺跡を探し回ったが、同様の魔粒石を見つけることはできなかった)


 ドルチェンは目を開けると小さな玉を光にかざした。


「<名称>サンノゼ魔粒子セル、<説明>テベル王国ノーダス伯爵領ノボル市ネッテ地区にあるサンノゼ商会の魔粒石製造工場にて生産された魔粒石、<販売価格>一袋三個入り 二千六百ニル、<属性>全てに対応、<ランク>中級(五)、<蓄粒限界値>五十万タウ、<蓄粒量>ゼロタウ、<再蓄粒回数>八十七回、<備考>蓄粒器、又は、人の手、による再蓄粒が百回までは保証されている……」


(鑑定結果を暗唱できるほど繰り返し見て、これと同じような魔粒石を見つける光景を何度思い描いてきたかしれん。それがまさか遺跡ではなく此処で、しかも、これ以上のものに出会えるとはな……)


「アイシェか……」


(一体何者なんだ。大人のように話し、この世界にないものを作り出し、古代人のように魔法を操る生まれ持った色のせいで隠された子供)


 背もたれから体を起こしたドルチェンは小さな玉を弄びながら立ち上がると、窓の外に広がる明かりが灯り始めた街を眺めた。


(だが、まあ考えたところで答えは出ん。重要なのは、アイシェがこの街に結界を張るのための魔粒石を作ってくれることになったということだ)


「ふっ」


(バルンが持ち込んだ魔粒石の鑑定結果を見たときには、ばら撒かれることを止めるのが優先だったんだが)


「律儀な性格か……バルンの言う通りだったな」


 ドルチェンは白い不気味な物体を思い出しながら、その不気味さとは裏腹に話を聞かせてほしいと訴えてくる真摯な声音を思い出していた。


(金策の目処はついたのに俺の話をわざわざ聞いてくれるとはな……ん?)


「来たか」


 ドルチェンの視線の先には、少し長めのパステルパープルの髪を後ろに靡かせながら周囲の誰よりも早い速度で冒険者ギルドに向かってくる褐色の肌の男がいた。


(あいつにどこまで話すか……街に結界を張るにはレイオンの協力は不可欠だ。なら)


「全てだな」


 ドルチェンは棚から巻き物を取り出すと、一旦椅子に座りそれに何かを書き込んだ。

 部屋の外に気配を感じたので立ち上がり机の前に回ると、机に浅く腰掛け扉に視線を移した。

 丁度そこにノックの音が響いた。


「商業ギルドのガルチェリ様がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか?」


 女性の声に了承の返事を返すと、扉が開かれて件の男が入ってきた。

 ドルチェンは案内してきた職員に下がるように目配せすると、商業ギルドのギルド長レイオン・ガルチェリに向き直った。


「来たな」


「こんな熱烈な招待を受ければ来ないわけにはいかないだろう」


 レイオンは、ドルチェンが書いた呼び出しの紙を細く長い綺麗な指で挟んで見せながら眼光炯々としたコバルトブルーの瞳をドルチェンに向けた。


「それに見合うだけのものを用意した」


「ほう」


 レイオンの眼光に凄みが増す。

 ドルチェンはドールハウスの屋根の一部を持ち上げて光の魔粒石を取り出すと、レイオンに向かって投げた。


「街に結界を張るぞ」


 ドルチェンの言葉に反射的に光の魔粒石を掴んだレイオンの片眉が上がる。


「では、例の玉と同じ魔粒石が手に入ったのか?」


「それ以上の物だ。それを鑑定してみろ」


 ドルチェンに言われて手の中の物を見たレイオンは怪訝な顔をした。


「魔物の魔粒石? だがこれは、流通しているものとは少し違うように見えるが……」


「一目見ただけで気付くとは流石だな。まあいいから鑑定してみろ」


「ふむ」


 怪訝な顔のまま【鑑定】と呟いたレイオンは、間もなく目を見張ることになった。



<名称>    アイシェ印の魔粒石

<説明>    アイシェ・アル・メディエス/人間 により作り出された魔粒石

<属性>    光

<ランク>   ——

<蓄粒限界値> 一億二千五百八十万九十一タウ

<蓄粒量>   一億二千五百八十万五十五タウ

<再蓄粒回数> ゼロ回

<備考>    蓄粒器、又は、人の手、による再蓄粒が何度でも可能

        再蓄粒時の蓄粒抵抗なし

        蓄粒量がゼロの場合、再蓄粒の魔粒子属性を問わない

        ドラゴニウムと同等の硬度あり



「な……んだこれは……」


「近い内にそれ以上の魔粒石が手に入る」


 手の中の魔粒石を見つめたまま動かないレイオンにかけられたドルチェンの言葉は、更にレイオンを驚かせる。


「これ以上の魔粒石、だと?」


 レイオンは驚愕に満ちた表情でゆっくりとドルチェンをみた。


「そうだ」


 短く力強い肯定の言葉にレイオンの顔からみるみる血の気が失せていく。


「あ、おい!」


 意識を失い崩れていくレイオンをすんでのところで支えたドルチェンは、こいつが失神しやすいのを忘れていたと独り言ちながらソファに寝かせると、お茶を入れに部屋を出て行った。







「すまない、迷惑をかけた」


 ドルチェンは、意気消沈気味に謝るレイオンに、こちらの配慮が足りなかっただけだから気にするなと言いつつお茶を差しだした。


「アイシェのあとにアル・メディエスと付いていたが、公爵家の人間なのか?」


 レイオンはお茶に伸ばした手を止めて、ふと思い出したように尋ねた。


「そうだ。生まれたことは隠されているがな」


 答えながらバルンの店で聞いたアイシェの食事の内容を思い出したドルチェンの眉間にシワが寄る。

 それを見たレイオンは生まれたことすら隠されたアイシェの境遇をそれとなく察したが、再び疑問が湧いた。


「あれほどの魔粒石が作れるのに、大切にされていないのか?」


 その疑問にドルチェンは首を振って答えた。


「公爵閣下はアイシェが魔粒石を作れることをご存知ではない。このことを知っているのは俺とバルンとセリージアとテージ、あとお前だけだ。だから、アイシェについては他言無用だ。あとで『神の制約』にサインしてくれ」


「承知した。だが、何故バルン殿とその奥方が知っている?」


 レイオンは何故ここでバルンとセリーが出てくるのか分からずに聞くと、ドルチェンはレイオンを呼び出した理由の一部始終を詳しく話した。


「なるほど。にわかには信じ難い話だが、魔粒石もそのドールハウスも実在しているとなれば信じないわけにはいかないようだ。しかも、私を呼び出した本来の目的は机の上にあるドールハウスを売ることだったのか」


「ああ。お前に連絡したあとで結界のための魔粒石を作ってくれることになったからな。話す順番が逆になった」


 話を聞いたレイオンは、あの呼び出し文句の本来の対象が先ほどの魔粒石ではなく机の上に置かれたドールハウスであったことに興味が湧き、残っていたお茶を一気に飲み干すとドールハウスの前に移動した。

 ドルチェンも続いてドールハウスの前に移動すると、レイオンに椅子に座るように言ってから光の魔粒石をドールハウスにセットした。

 すると、室内の魔光灯で影になり暗かったドールハウスの部屋や廊下に一斉に明かりが灯った。


「これは……美しい……どこかの貴族の邸宅を、持ってきたのか?」


 違うと分かっていても聞いてしまうほどに、豪華だが洗練された部屋が並ぶドールハウスを前にレイオンは気持ちが高揚していくのを感じた。


「そう思うのも無理はないが、これはアイシェが作った人形の家だ。だから、室内の物は好きに移動させていいぞ。収納の中にも物が入っているから、それの出し入もできるそうだ。通常の家で作り付けられているような物、例えばキッチンのカウンターとかは動かせんらしいがな。あと、明かりも動かせんと言っていたか。そうだ、食器棚を動かす時は注意しろ。中に入っているのは焼き物だ。ぶつかれば割れるからな。動かすなら中身を全部出せとアイシェが言っていた。それとキッチンに置いてある食い物は作り物だから食べれないそうだ」


 ドルチェンがドールハウスの説明をすると、


「あの小さな皿やカップが焼き物だと? しかも棚の中から出せるのか?」


 そうと知ったレイオンは、驚きながらも早速食器棚の扉を開けて中から小さなティーカップを慎重に取り出した。


「これは……白い土を使っているのか? とても薄い生地で作られたエレガントな形状に優しい色合いで描かれたローゼの花。それを引き立てるようにさり気なく入れられた金彩が、ローゼの花だけでも優美さを醸し出しているところに品格まで与えている。信じられないが、この小ささで芸術品として完成している……だが、この薄さ、本当に焼き物なのか? 【鑑定】」



<名称> ドールハウスの装飾品(■■■■■■)

<説明> アイシェ■■■■■■■■■■■■ が作った小型の家の装飾品の一つである■■■に入っている■■■■■■

<品質> 非常に高い

<備考> ■■■■■■■■■■で作られている



「ふむ。これでは装飾品ということしか分からないな。【念写】」


 レイオンはこんなことは初めてだと言いながら鑑定結果をドルチェンに渡した。


「この黒く塗り潰されたところのことを言っているならわざとだ。俺が公爵家を示す部分が見えなくなるように頼んだ結果だが、アイシェも勘でやったと言ってたからな。塗り潰さなくてもいい部分も塗り潰してしまったんだろう。焼き物か確かめたいなら割れない程度にぶつけて音を聞いてみればいいんじゃないか?」


 ドルチェンの提案にそれもそうだと試してみると、確かに、小さいが焼き物のぶつかる音がする。

 途端に難しい顔になったレイオンを見て心配になったドルチェンが、まさか売り物にならないのかと聞くと


「何を言っている。このカップ一つに一万ラブルの値がついていても易く売れるだろう。珍しいものを求める人間はいくらでもいるが、それがまたとない逸品なら尚更だ」


 レイオンはティーカップから目を離すことなく答えた。 


「そうか、よかった……アイシェにこれを売れば金になると言ってしまったからな。しかも大金になると言ってしまった手前、売れないなんてことになったらとてもではないが顔向けできん。が、ちょっと待て。それひとつでも一万ラブルで売れるのか? なら、その食器棚だけでも俺の一ヶ月分の給料より上か? ドールハウス全体では一体いくらぐらいになるんだ? これの本体は魔粒石だぞ。実用性はなくても世の中には無いものだから希少品で高値がつくんじゃないかと思っていたが——」


「ドルチェン」


 レイオンは、聞き捨てならない言葉を耳にしてドルチェンの言葉を遮った。


「なんだ?」


「本体が魔粒石とはどう言う意味だ?」


「ん? ああ、言ってなかったな。っと、その前に、そのカップを置いてくれ」


 レイオンがティーカップを机に置くのを確認したドルチェンは、ドールハウスをバシバシと叩きながら爆弾を落とした。


「鑑定すれば分かるが、この家そのものがドラゴニウムと同等の硬さの魔粒石で出来ている。蓄粒はされていないがな、ランクは、超越者だ。——おっと」


 再び意識を失ったレイオンを抱えたドルチェンは、やれやれ椅子に座らせておいてよかったと呟きながらソファに移動してそっとレイオンを寝かせると、今夜は長くなりそうだから飯の出前でも頼むかと言って部屋を出て行った。




 このあと意識を取り戻したレイオンとそれを待っていたドルチェンは、夕食を食べながら今後のことについて話し合った。

 そして、街に結界を張るための準備は協力して進めていくことになり、常識外れな代物である結界用の魔粒石とドールハウスの入手経路については、ライホーゲンの森にある遺跡で見つけた遺物だと説明することになった。


 このライホーゲンの森の遺跡は草木に埋もれていて森と遺跡の区別が難しく、魔物や魔人と戦いながらの探索では当然のように見落としを生む。

 そのため、遺跡が発見されてから何十年も経ち忘れられたころに貴重な遺物が発見されることも稀にある。

 今回もその事例に当てはめれば、当初の予定の「突然現れた」という説明よりは筋が通る。

 しかも、遺跡で発見した物は基本的に発見者に所有権があるため、今回はそれがドルチェンになり都合がいい。

 但し、この場合はドルチェンが遺跡に行く必要あるわけだが、ゴリゴリマッチョ亭が休みの日にバルンとセリーを誘って行けば問題ないだろうということで、決着が着いた。


 ドールハウスの販売については、王都のオークションに出品するのが一番高く売れるのは間違いないが、もしも金額の面で折り合いがつくのならば自分が買い取りたいとレイオンが申し出た。

 これについては、オークションに出品した場合とレイオンが買い取った場合での価格差が大きくなると予想されるため、アイシェと一度相談することになったが、どちらにしても当初の目的であるドールハウスを売ってアイシェの資金作りをするということは達成できそうで、ドルチェンはホッと胸を撫で下ろした。


 さしあたっての話し合いが終わり、ドルチェンが街に結界を張ることを考える切っ掛けとなった遺物である『サンノゼ魔粒子セル』を見つけたときの話になると、そこから昔話しに花が咲き、二人は久しぶりに酒を酌み交わした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、レイオンが一人で帰るには危険な時間になったため二人ともソファで寝ることにしたが、少し長さが足りないソファになかなか寝付けない。


「その白い中継器とやらは、それほどまでに不気味なのか?」


「ああ、俺を見つめる丸くて真っ黒な二つの目がな。まあなんだ、言葉では表現できん。お前も一度見れば俺がいいたいことが分かるさ」


「ふっ、お前が飛び上がるところが見てみたかったよ」


「おい、悪趣味だぞ」


「そうか?」


「そうだぞ」


 二人はくつくつと笑い合う。


 その後もボソボソと話を続けていたが、いつの間にかに二人とも眠ってしまった。

 静かになった室内には、光の魔粒石がセットされたままのドールハウスの明かりだけが灯っていた。






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