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1話 ポイされました

よろしくお願いします。

 え? うそうそうそ!


「ぶっ!」


 うそ〜ん!


 あはは〜すっご〜い、私、浮いてるわ〜って、ちっがーう!






 私の名前はまだ無い。さっきこの世に誕生したばかりの生まれたてほやほやのベイビーちゃんだからだ。

 前世では名前があったけど、新しい生にそれを持ち越すのはどうなのかと思うから記憶の引き出しにしまうことにして、新しくもらえる名前を楽しみにしている。

 

 普通に前世とか言ってるけど、自分で体験して「あ〜なるほど、これがそうか」と感じていた。

 赤ちゃんや幼児の中には前世や過去生や胎内記憶を有していることがある、という記憶が前世の記憶の中にあったからだ。

 ん? 記憶と意識は違うのかな? まあいいや。


 私が目覚めたのは、多分、体の形ができたころ。

 気がつくとゾーゾーやドグンドグンという音がする暖かい中にいて、びっくりするのと同時に動かない体と目が開かないのも手伝って恐怖でいっぱいになったけど、すぐに落ち着いた。

 何故なら、自分が胎児であることを理解したからだ。

 なんで自分が胎児だと理解したのかは分からないけど、きっと本能なんだと思う。

 もう一つ気配を感じていたので、双子なのだということも分かった。

 ただ、同調するような感覚は一度もなかったから、双子のシンクロは体験できなかった。二卵性なのかな? 残念。


 母はきっと素敵な人だと思う。

 常に感じる深い愛情と、かけられる温かい言葉。

 まだ生まれてないのに読み聞かせを毎日かなり長い時間してくれて、おかげで日本語とは違う言葉だったのに目覚めてしばらくしたら理解できるようになっていた。

 たまに聞こえる他の声も生まれてくるのが双子だと分かってるようで、私たちが生まれてくることを楽しみにしてくれていることが伝わってきて、胎児生活はとても幸せで心地よかった。


 だから、心待ちにしていたのだ。

 生まれて母に会うのを。

 家族に会うのを。


 先に生まれた『姉』は歓喜と共に迎えられていた。

 もちろん私もそうなると思ってた。


 私を取り上げた人が小さな声で「え? これは病気?」って言ったのが聞こえたからちょっと気になったけど、泣かない私のお尻をバシバシ叩かれて「あ、泣かなきゃ」って泣いてたらすっかりそのことを忘れちゃって、その後はただ母と対面することを待ち侘びた。

 ようやく母に会えるのだ!


「一度に二人の娘ができるなんて、今日は人生で最上の日だわ! ああ、早く、早く抱かせてちょうだい!」


 出産で疲れ切っているだろうはずなのに、喜色溢れる弾んだ母の声が聞こえてきて、自分たちは望まれて生まれてきたのだと改めて実感して、嬉しさも倍増した。

 生まれてきてよかった。


 最初に姉が抱かれて、顔は旦那様似だけど念願の娘が初めて自分と同じ色を持って生まれてきてくれるなんて、これほど嬉しいことはない、とはしゃぐ母の声に、私はなんと言ってもらえるのだろうかとドキドキしてくる。

 そして、ついに私の番がきて母の腕の中に下ろされた。


 鼻孔をくすぐる母の香りに安らぎと幸福感が増してくる。

 私はお父さん似? お母さん似? 色、色は黒髪茶目以外であるのかな? 言葉が違うから外国だろうから、金髪碧眼とかあるのかな?

 ドキドキしながら母の言葉を待ち、でも、母の顔が見たくて瞼よ上がれーと瞼に力を込めていると、さっきまでとは全く違う、低くて戸惑う声が聞こえてきた。


「な、んなのこれ、は……」


 え? え? 何か問題があったの?

 言葉の意味は理解できるけど、なんでそう言われているのか理解できない。

 だから音だけじゃなく視覚情報も早く欲しいと尚更瞼に力を入れたら、やっと瞼が上がった。

 直後に「ひっ!」っと聞こえて、私はポイっと放られた。

 母の顔を見ることもなく放られた。

 で、冒頭の状態になったのだ。


 放られた私は一度ベッドに落下。

 衝撃で「ぶっ!」となり、トランポリンか? と思うほど弾力のあるベッドでバウンドしたあと、最高点に到達するまでの体感時間がやたらと長い長い。空中浮遊しているような感覚になった。

 あはは〜すっご〜い、私、浮いてるわ〜って、そんな訳もなく、その後くるのはもちろん落下だ。

 ジェットコースターでゆっくりゆっくりとスタート地点まで上ってそこから一気に滑落していくように、私も浮遊感のあとに一気に落下した。

 ぎえーーーーーーーーー!


「ぶえっ」


 頭の中では悲鳴が上がるのに声が出ず、頭に強い衝撃がきて首がグニャっと曲がったところで変な声が出て、これは死んだと思った。

 ああ、短い人生だった。

 生まれておそらく三十分も経っていないだろう、短い短い私の人生。

 さらば、私の人生……

 さらば、まだ見ぬ私の家族……


 ………………おかしい、頭はガンガンしてるし体中痛いのに、首なんかグニャっといったのに、全く朦朧としないし意識が遠のく気配もない。死ぬまで時間がかかるパターンだろうか……あ、でも走馬灯とやらは見なかったな。じゃあ死なない? いや、ちょっと待て、そもそも今生は生まれて間がない。走馬灯を見るほどの記憶……無いじゃん……


 ごちゃごちゃ考えていたら部屋の中がやたらと静かなことに気がついた。

 頭を強打したせいで耳が聞こえなくなったのかもしれないと思い、状況把握のために目を開けようと瞼に力を入れたとき、ズキンと更に強い痛みが頭に走った。


「あう」


 思わず声が出た一拍ののち、叫び声や喚き声、誰かが部屋に駆け込んでくる音、姉の泣き声などなどいろんな音が耳に飛び込んできたので、ああ、私の耳、聞こえてたわーと妙に冷静に思っていたら、誰かに抱き上げられた。

 痛い、痛い、痛い!

 優しく持ち上げてくれたみたいだけど増した痛みに顔が歪んでうめき声が出る。


「先生」


 女の人の声のあと頭の上から足の先まで順に暖かい何かが通り抜けた。


「骨に異常はないな。全身の軽い打ち身と頭蓋内で出血か。上位治療薬と低位治療薬を」


「はい」


 グニャっといった首に異常がなかったことに驚いていると、服をジャキジャキ切る音が聞こえて頭から順に冷たいものをかけられた。

 すると、摩訶不思議。体中の痛みが綺麗さっぱりなくなった。

 え? うそ、痛くない!

 驚いて目を開けると、私を覗き込んでいた女の人が幽霊でも見たような顔をして息を呑み後退った。

 同じように覗き込んでいたロマンスグレーのおじ様は綺麗な空色の目を見開いて私を見ている。


「奥様はこれに驚かれたのですな。髪も……ですが……いやはや、このような瞳は初めてみました」


 どうやら私の髪も瞳も異常らしい。

 それが原因で驚いた母にポイされたようだ。


「先生、あの、お嬢様は、その、ご病気などでは……」


 私を見て後退った女の人が恐る恐るといった感じてした質問に


「【診断】では打ち身と頭蓋内の出血以外に異常はみられませんでしたから……体質でしょうな」


 何故かとても残念そうに体質だと言うロマンスグレーのおじ様の言葉が終わった途端


「違う、違う、違う! そんな化け物、わたくしは産んでない! わたくしの娘はこの子だけよ! 早くそれを捨ててきて! 捨ててきなさい!」


 金切声が部屋に響いた。


「リーシア、リーシア落ち着いて。君は私の妻だろう? 先生」


 男の人、じゃない、私の父なのだろう人の声が聞こえたら、ロマンスグレーのおじ様が私を抱き上げて私を覗き込んでいた女の人と部屋を出た。

 扉が閉まる前に泣きそうな震える声で謝る母の声が聞こえて、扉が閉まって直ぐに父が「しっかりしろ! 先生を!」と叫ぶ声が聞こえた。


 お母さん、リーシアっていうんだ……お腹の中で愛情いっぱいに育ててもらったのにあんな……辛そうな声……なんか……ごめんなさい……


 胸が痛いな。

 さっきお薬で痛いのが治ったはずなのに、胸が痛いな。

 ずっと会うのが待ち遠しかったお母さん。

 瞼が上がったとき、光が眩しくて顔が見えなかったけど、綺麗な声と、抱かれたときのいい匂い、あれが私の、お母さん…… 

 そのお母さんに化け物と言われてしまった。

 捨てろと言われてしまった。

 私は、もう会えないかもしれない。

 お母さんにはもう会えないかもしれない。

 そう思ったら堪らなくなった。

 気がついたら声を張り上げて泣いていた。




 あのあと泣きながら寝落ちしてしまったようで、父の声で目が覚めた。


「鑑定器で確認したが、この子は間違いなく私と妻の子だ。なのに何故こんな……先生、理由は分からないのか?」


「申し訳ございません。私の【診断】でも健康と出るばかりで全く分からないのです」


「そうか」


「ただ……」


「ただ?」


「考えられる可能性が一つございます。恩寵の影響です」


「恩寵の影響……恩寵は本来三歳で受ける『祝受の儀』で神から授けられるものとされているが、実は生まれる前から授けられていて、恩寵の性質によっては胎児の段階で体を作り変えているのではないか、という説があったな? まさか、それが事実で娘に起こったと?」


「はい。ここまで顕著な例は聞いたことがございませんが、それならば説明がつくかと」


「確かに、それならこの髪も瞳も説明がつく、か……だが、恩寵の影響だとしても妻は……」


「昨夜は意識を失われるほどにショックを受けておいででしたが……今朝はお目覚めになりましたか?」


「ああ、目覚めた妻は……すこぶる機嫌が良かったよ」


「機嫌が良かった、のでございますか? 昨夜のご様子ではとても信じ難いのですが……」


「目覚めた妻は……妻の中では……産んだのは長女だけになっていた。妻の中でこの子は……生まれていない」


「なんとまた、そのような……先にお生まれになったお子様が三人目にして初めて奥様と同じ色で、しかも待望のご息女。それはそれはお喜びでしたが……その喜びのあとにこのお姿のお嬢様と対面なされた衝撃は、奥様の中で無かったことにされてしまうほどに大きかったのですな……後ほど奥様の診察に伺いますが、お嬢様に関しては、触れないでおきましょう」


 ドンっと壁を叩くような音が聞こえた。


「くそっ! 何故双子なのに一人だけがこのようなことに……」


「なんと申し上げたらよいか……ですが、閣下、これほど作り変えられてしまう恩寵です。先々で何が起こるか分かりませんので、養子などで外に出されるのはおすすめできません」


「もとより外に出すつもりはない。この子も私たちの娘なのだ……妻には気付かれぬように育てる。トーマス、至急西の離れを使えるようにしてくれ。あと、昨夜出した箝口令を再度徹底してくれ。妻の前では決してこの子のことを話さないようにと」


「かしこまりました」


 こうして私は西の離れとやらで内密に育てられることになった。

 やっぱり母にはもう会えないようだ。

 私のことは記憶から消しちゃったみたいだし……

 ショック大きいし悲しいけど、父は私のことを自分たちの娘だと言ってくれた。

 それだけで、救われるよ……

 ありがとう。お父さん。


 でも、箝口令ってこれについては喋るなってやつだよね。それに西の離れとか、なんとなく聞いてたけど、普通の家庭でこんな言葉は出てこないよね? トーマスって人に指示を出してるし。

 多分、すごいお金持ちの家なんだろうなあ。だから私は捨てられずに内密にでも育ててもらえることになったんだろう……ある意味運が良かった、のかな? うん。私は運が良かった。そう思うことにしよう!


 ところでオンチョウって恩寵? 三歳で受けるシュクジュノギで神様から授けられるとか。

 神様から授けられるって、なんか現実離れしてるなあ。

 気になるけど生まれたばっかりの私では調べようもないか。そのうち、分かるかな……


 にしても、どうしよう……実はお腹空きまくりで、お腹と背中がくっつきそうだ。

 思い返せば生まれてから何も口にしてない。

 そこにいるロマンスグレーのおじ様、お医者さんなんだよね?


「えあうえーー!」(気がついてー!)


「あーえ、うあえーあーーえおうえーーーあえーん!」(私、生まれてから何も口にしてませーん!)


「あーえ、えあ、おーえおうーうーえーう!」(私、今、とっても空腹でーす!)


「おーえ!」(おーい!)



「起こしてしまったか。すまない」


 父は声を出した私に謝ると直ぐに離れて、そのまま足音が遠ざかっていきみんな部屋から出てしまった。


 え? うそ、待って!


「あっえ! あっえ! おあんうえーーー!」(待って! 待って! ご飯くれーーー!)


 叫んだけどダメだった。

 どうしよ……泣きたい……お腹、めちゃくちゃ空いた……







〜部屋を出た廊下にて〜


「閣下、大切なことを忘れておりました」


「大切なこと?」


「お嬢様は健康でいらっしゃいますが、大変に飢えておいでです」


「うえて? ……! リーシアにかかりきりで失念していた。トーマス! すぐにマイデン女子爵に連絡を!」


「かしこまりました!」






最後まで読んでくださってありがとうございました。

箝口令の使い方が合っているのか不安です……

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