表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様は魔王様!  作者: くるい
1章 最果ての魔王と勇者
2/104

2話 その一日の始まり

「魔王様、如何なされましたか?」


 目を覚ました俺に、彼女は顔を近づけて問うてくる。


 芸術のように整った相貌。

 金糸のように透き通る髪に、ぱちりと開く翡翠の眼。

 艶のある白い肌。すらりとした細い容姿。


 そして、種族特徴による長く尖った耳だ。


 俺を魔王様と呼ぶのは、れっきとした魔物種のエルフである。

 着古してくすんだ草衣を纏っているが、その美しさは天井を知らない。人間界では人心を惑わす魔性と呼ばれていた気がするが、間近で直視すると気持ちは大いに理解ができる。


「少し夢見が悪かっただけだよ」


 彼女へそう告げて、俺はベッドから身を乗り出した。

 瓦礫を退かし、裸足で床に足をつける。この足は人間の時とそのままで変わらない。

 魔王様と呼ばれているのに、俺には人間以外の特徴は何もない。それもそうか、元が人であるのだし。


 冷たい床だ。

 無機質な灰色の床は所々が砕け、凹んでしまっている。

 やったのは勇者アルテ一行だが……今は自分の居城でもあるのだ。そのうち直しておこうとは、思う。


「なあ、ステラ」


 名を呼べば、はいと即座に頭を下げる彼女。

 一度立ち上がれば、俺より背の低い彼女がより小さく見えた。齢は知らないが、しかし外見とは裏腹に俺より歳は上なのだろう。

 そんな彼女が俺を敬っているのは、一重に俺が魔王という立場を持つからだ。


「お前はそうしてくれるが、森へ帰っていいんだぞ。俺は魔王ではあるけど、誰かを従えようとかは思わない」

「いいえ。いいえ、魔王様。私は自らの意志で残っております。それに帰る場所もありませんので」


 ――ステラは、此処魔王城の地下に幽閉されていた奴隷であった。

 理由を詳しく紐解く必要はないだろう。

 彼女は美麗で、人の心さえ惑わすエルフの女性だ。


 魔王城にはそうした理由で囚われていた。

 だから彼女には傷が多い。幸いに顔や露出の多い手足に目立つものはないが、その服の下には決して瘉えぬ痕が残されている。


 そんな彼女は、俺が魔王を殺したことで解放された形であった。ただ、巡り合わせが運良く絡み合っただけの話でもある。

 魔王を殺して人間に殺され損ない、落ち延びた果ての魔王城。どうにか生きる宛を探すべく城を徘徊していた時に、檻に繋がれたままの彼女を見つけたのだ。


 その時に解放し、逆に俺は彼女の魔法で治療を受け――それから、しばらく留まっていた次第だ。


 だからまあ、タイミングが良かっただけの話だ。

 俺が来なければ、誰もかもが死に絶えてしまった牢獄から彼女は出られず、そのまま終わっていた。


 究極的に俺は彼女を助けたわけではない……けれど、それでも慕われているようで。

 魔王と呼ばれる身は、なんだかなあという気もするが。

 否定する材料は持ち合わせていないので、特に反論とかはしない。


「そうか。俺としては嬉しいんだけど。まあこの城、寂しいし」

「私以外、他に誰もおりませんものね」

「あぁ……うん、やったのは俺なんだが」

「存じております。ですから、私は生きているのですよ」


 この城の戦力は纏めて叩き潰されている。

 逃げた者は多かろうが、故に誰も残っていない。


「魔王様。朝食はお食べになりますか?」

「作ってくれたのか」

「はい。幸いにして死地ですので、山の幸を得るのも楽でしたから」

「山に行ったのか。魔獣の類は出なかったのか」

「ええ、まあ。戦火の残り香と瘴気が一帯に蔓延しているので、理由がなければ誰も近寄りたい場所ではありませんし」

「話だけ聞くと山菜とか汚染されてそうだな……ああ、勿論頂くよ」

「瘴気で気をやるのは獣くらいなものでしょう。はい、それでは階下へ参りましょうか」


 頷くと、彼女は柔和に微笑んだ。

 弾むような足取りで先をゆく姿を眺め、俺は気の緩んだ息を吐く。


「瘴気、か。俺が魔王様だという理由なのだろうな」


 何の因果か、この地に来てから俺の身体は少しおかしい。

 死にかけが治ってから気付いたのだが。

 この身体に流れていた魔力から、かつて敵対した魔王の力を感じるのだ。同時に勇者としての力も残っているので、今の俺はぐちゃぐちゃだったりする。


 そうした俺から自然に発される歪な魔力は瘴気として流れ、図らずも周囲に影響を与えてしまっている。仮に今の俺を人間が見たのなら卒倒ものだろう。

 言ってしまえばそういうオーラだ。やけに肌がひりつくとか、薄ら寒気がするとか、嫌な気配を感じるとか、その類の生物の勘が俺を避けようとする。


 だから理由なければ、勇者でもない限りはこんな城に誰も訪れない。

 ステラが平気でいるのがどうしてか、むしろ分からないくらいだ。


「っと。本当に有り難い」


 色々とややこしい感じになってしまったが、こうして無事に今日も生きているわけで。

 とりあえず、食事を頂いてから何するか決めるとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ