108話 空っぽの世界
街道に面して人の営みが築かれた『ガレア』の町並みは、その面影を失っていた。
立ち並ぶ小綺麗な煉瓦造りの建物はそのままに、人の影だけが綺麗さっぱり失われている。
争いの痕は見られず、どの建物も傷付いた様子はない。
扉が開け放たれたままの店に、置き去りの品物。
藻抜けの空となった冒険者ギルド。
宿屋付きの酒場には、テーブルの上に食べかけの料理が放置されている。
ある時を境に、この世界から突如人だけが消え去ってしまった――。
それが、道中で足を止めて町へ入り、時間を掛けて調査した結果、得られたものだった。
何が起きてる?
唖然とする俺を前に、宙を飛び回って周囲を見渡すアリヴェーラが顔を歪める。
「アーサー、私……ちょっと気分が悪いかも」
「!! 攻撃か?」
「いや違うかな……ただちょっと吐きそうな感覚」
アリヴェーラの顔は見るからに青ざめていた。
何者かの魔法を受けたわけでもない。
空気中に毒でも漂っているわけでもないと思うが、何がアリヴェーラを阻んているのだろう。
同じ時間だけ調査していた俺には影響がないのが不可解だったが……。
「とりあえず、ガレアを出よう。俺達にできることは何もない」
こんなことなら無視して王都へ――とは流石に思えなかったが、無駄足なのは事実だ。
放置するには無視できない状態だったが、対処する手段もないなら仕方ないだろう。
「しかし、これ、一体何が起きたんだ……」
アリヴェーラを肩へ乗せて休ませ、一応警戒しつつ外へと出る。
町を調査した時と何ら状況は変わることはなく、そしてついぞ何かが襲ってくるわけでもなく、無事にガレアの外まで出られてしまった。
言い方は悪いが、これが何らかの特殊な魔物による結界で、外に出る俺達を襲ってきたらどれだけ楽だったか。
俺は廃墟と化したガレアの外壁を振り返ると、小さく溜息を吐く。
「アリヴェーラ、今はどう?」
「……ちょっとは良くなったかも」
「――ってなると、やっぱ中に何かあるのか?」
「ううん、私には何も知覚できなかったから、どうだろうね」
魔力探知の精度が最高峰のアリヴェーラがないと断言するのであれば、ないんだろうな。
俺の目視でも何の異常も見つけられなかったし。
もうそれ自体がおかしいのだが、諦めるしかない。
「アーサーはどうするの?」
「今は……先に進もう。道中で他の村とかも確認した方が良さそうだ」
これ以上ガレアに立ち止まっていても意味はない。
状況がこうまで異常だと、他の村や町、或いは都市も似たような状況に陥っている可能性も考えられるからだ。
いや、だったとすれば……俺に何ができる?
ガレアから距離は離れているが、直接世話になったエールリや商業都市レイスの状況も気になってしまう。
しかし、王都へ向かうのが最優先である以上、今考えても仕方ない話だ。
最後にもう一度、町の状況に変化がないのを再確認する。
やはり何も変化がないことに嘆息し、ガレアを後にした。
◇
街道をしばらく進む内に計2つの町を通過したが、どれも同じ状況に陥っていた。
外壁は無事、町中に戦闘の痕はないが、しかし人の姿だけが綺麗さっぱり消えている。
流石に異常事態が過ぎると考えて2つ目の町ではガレアの時よりしっかり調査を行ったが、そこまでしても全く原因が分からなかった。
アリヴェーラが細部まで魔力探知を掛けてそれなのだから始末に負えない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
全ての町で例外なく、アリヴェーラの体調に悪影響を及ぼしていた。
意識を失うわけでも、魔力の流れに異常が出ているわけでもないが、とにかく気分が悪いらしい。
俺に異常が何も出ていないことを考ると、魔力量が多いと症状が出るのかもしれないが……。
そうなると、これから進んだ先の町は全てそうなっている可能性も考えられる。
これが国王や神聖教会側が放った魔法や儀式なら――いや全然良くはないがまだマシだっただろう。
しかし、それだけは違うと断言できる。
勇者を始末しようとした理屈は理解できるが、今の状態は全く合理的ではない。
人間界にとって、町の空白状態が一部でも良い方向へ働くとは思えない。
となると、消去法的に魔物の仕業であると考えざるを得なかった。
天変地異や超常現象のそれと考えるには、人間以外への異常が皆無すぎるのだ。
だが……。
「けど、そんなことしてくる魔物に私は心当たりないよ」
「俺もない。ていうか、殺戮も破壊もしない魔物が人間界に攻め込んでくる想像ができないんだよな」
そもそもの話、今の俺は魔界の魔物が積極的に人間界へ攻め込んで来ないことは知っている。
魔界の環境の悪さから皆うっすらと人間界の土地を欲しがっているが、アレは基本的に魔王が齎す災厄に近い事象だ。
魔王は単独で無から軍勢を生み、圧倒的な力で断続的に人間界へ攻め込んでくる。
そこに別の魔物が便乗する事もあるが、今の魔王に限ってそれはない。
「……そうだね。私が感知できない異常だってことだけ覚えておいて」
「ああ、分かってる」
現状、俺は戦闘以外の全てをアリヴェーラに頼っている。
はっきり言ってアリヴェーラの魔法は誰より強力だ。
人間界最高戦力の一人であるサラ・アルケミアでさえも、総合力でアリヴェーラに劣るだろう。
そんなアリヴェーラの感知をすり抜けるということは、それに特化した特殊な魔法だとか、或いは魔法とは全く別の力が放たれているのを考慮しなければならない。
一つだけこの状況を打破する可能性は思いつくが――俺は、その手段を取れずにいた。
背負った聖剣の重さを感じながら、舌打ちする。
「聖剣で空間を切れば、突破口が見える可能性はある……けど」
「そうだね。状況が状況だし、私は止めないよ」
「――いや、これは最終手段だ。まだ使う場面じゃない」
どんな状況であっても、魔王をも断ち切れる聖剣と勇者の力ならば町に発生する異常を空間ごと破壊できるかもしれない。
しかし俺の力は有限で、力の使用で俺がどれだけ消耗するのが俺が把握できない。
聖剣と組み合わせて勇者の力を振るった結果、突然ぶっ倒れた過去もある。
力をどれだけ使うかも分からないのに、一回なら大丈夫なんて保証さえもできない。
「王都の状況を見て、王都まで同じだったらこの力を使う」
「……そっか。いいと思うよ」
その力で町一つを救えるとしても、俺はその全てに力を振るえるほどの器を持たない。
悪いが優先度を付けさせて貰う。
勇者としては失格だろうがそれは今更だ。
「で、今後アリヴェーラは自分の体調を優先してくれ。いざって時に頼りにしたいからさ。魔法の補助も止めてくれ」
「探知とかはともかく、風魔法まで止めたら速度も落ちちゃうんじゃないかな」
「多分、大丈夫だ。色んな町がこんな状態になってる最中に処刑はできないだろ」
王都側がこの状況を一切把握していない可能性……は流石になさそうだ。
俺も複数の町から同様に人が消え去ってるほどの規模だとは考えてなかったし、何らかの手段で王都へ伝わるはず。
大陸の果てであるサフィール港は無事だったから人間界全てじゃないだろうが、それにしたって超広範囲の影響に変わりはない。
勇者の動向把握に大量の人員を投入しているくらいなのだから、他の情報だって回っているだろう。
「それに、そろそろ……なんか嫌な予感がしてる」
「嫌な予感?」
途中で街道から逸れ、今俺達は森林地帯へ足を踏み入れている。
当然だが街道は危険な地形を避けて作られるため、王都への到着を早めたいならこうした危険地帯も突っ切る必要があるのだ。
辺りには濃霧が漂っていて、魔力濃度も高まっている。
魔力体の出現にはまだ濃度が薄いものの、付近に生息する魔物や動物はこの魔力を吸収して強力になっているだろう。
ぽつぽつと点在するその気配を感じながら、木々の間を駆け抜ける。
少なくとも、彼らは人間のように消えていないらしい。
人間ではないからか、高い魔力が原因か。
それはこの先、王都到達前に通過する大都市で判明するはずだ。
森林地帯を抜ける。
再び街道へ戻り、最短距離を直進する。
やはり誰ともすれ違うこともなかったが、そんなものがどうでもよくなる光景が俺の視界に飛び込んできた。
「魔法都市フェイズラスト――やっぱり」
まだ豆粒ほどしか見えない大都市だが、そこからでもわかるほどの大規模な障壁が都市全体を覆っているのを確認できた
障壁だなんて非常時にしか張られないものだ。
それこそ戦争が起きでもしない限りは――。
「アリヴェーラ、このまま加勢する!」
「分かった、援護するね」
ふわりとした風が俺を包み、同時に緑色の輝きが疲れを取り払ってくれる。
俺はルルさんから貰った魔法剣を抜き放ち、地面を蹴り抜く。
一瞬の加速、近づく都市の城壁。
魔法剣に仕込まれた液体魔力を起動、迸った紫電を剣身に纏わせ――城壁に群がっていた魔物を一掃した。
鋭い剣戟が雷鳴と共に迸り、全ての魔物胴体を真っ二つに両断する。
「うわ、これ……雷の魔法が入ってたのか」
起動してみるまで何の魔法を纏うのかさえ知らなかった間抜けを晒しつつ、俺は一度剣を懐へ収めて体勢を整える。
雷が地面へと迸る中、魔物はその場に倒れるでも魔力に還るでもなく――土塊へと戻り、砕ける散っていく。
その様子を見つめ、俺は眉をひそめた。
「手応えはあったけど、今のって本当に魔物か……?」
数は数十はあった。
閉じられた城門と城壁に為す術なく群がっていたに過ぎなかったが、接近するまでの感覚は確かに魔物だったはず。こんな生物の形してるだけの像じゃなかった気がするんだけど……。
「死霊魔法で創られたアンデッド……かな。土地の痕跡から魂を呼び出す魔なんだけど、宿らせる肉体がないから大地を使ってるみたいだね」
「なんだそれ……心当たりあるのか?」
「可能性のある魔法を言っただけだよ。ただ、魔力の薄い人間界じゃ普通は成立しないんだけど……」
それよりと言葉を切って、アリヴェーラは城壁の向こう側を指す。
「障壁の中でも戦ってるみたい。転移で行く?」
「そうだな、頼む」
ひとまず起きている混乱を止めるのが先決だ。
倒すべき相手が存在するのであれば、俺の力は役に立てる。
アリヴェーラの短い詠唱の後、一瞬の浮遊感と共に視界が切り替わり――そこに映ったのは、倒壊した建物の数々と、迷宮と見紛うほどの魔物の数々だった。
「なっ……!」
俺が斬り伏せた数十という数でさえ生温い。
もはや数えるのすら無意味なほどの軍勢により、魔法都市内部が埋め尽くされていた。
眼前の魔物を両断して道を開けば、俺の存在に気付いた魔物が一斉にこちらへ飛び掛かってくる。
しかし動きは単調、反撃は容易い。
城壁前の魔物と同様に数十体を一撃の元葬り去り、空間に円形状の隙間を作り出す。
「……こりゃいくら戦ってもキリないけど、まだ中で誰か戦ってるな」
だが、そんな魔物に応戦する者たちもまた存在していた。
視界の片隅に見える彼らは様々な魔法で魔物と対峙しながらも、突如転移で現れた俺へと意識を向けている。
浮かべる表情は敵意に困惑、驚愕など様々だったが、俺が魔物を斬り伏せている様を見てすぐに敵ではないことを悟ったのだろう。
魔法で形作られた氷の刃が一斉に飛び交い、俺の周囲の魔物を優先して砕いていく。
そうして一時的に道が造られると、視界の奥で一人の人間が手を振ってくる。
紫紺を基調としたローブを羽織り、大きな杖を持つ壮年の男性だ。
ここの魔法使いだろう、それに結構強そうな人だ。
特に拒絶する理由もない。俺はついでに周囲一帯の魔物を斬りつつ、彼らの元へ駆け寄った。
「君、どうやってここに? 障壁で中には入れないはずだが……」
目の下の深い隈から疲労は窺えるものの、まだ余力は残しているらしい。
放たれた氷の魔法も彼が行使した魔法だったのだろう。
右手に構えた木製の杖には氷の粒が付着し、僅かな冷気が吐き出されている。
俺は何と答えるか一瞬迷い、それからこう返事を返す。
「冒険者です、異常を察知して強引に割り込みました。状況は?」
「いや……ううむ、君も見ただろう? アレが際限なく湧いて襲ってくるのだ。どうにか応戦しているが、このままでは長くは保たない」
「際限なく? どのくらい戦ってるんです?」
「分からないが……半日ほどか。今魔物共と戦っているのは戦闘に秀でた魔法使いだけだが、それも数は減っていくばかりだ」
渋面を作った男は杖を大きく振り上げ、魔力を杖先の宝石へと込める。
「――水の精霊よ。降り頻る雨が如く氷柱を象り、我が敵を押し潰せ! アイシクルピラー!」
詠唱と共に無数の氷柱が射出され、こちらへ走ってくるアンデッドを破砕していく。
アンデッドごと地面を凍らせた氷柱が一つで巨大な壁となり、道を完全に覆う。
「此処にいてはおちおち話もできんな……ひとまず安全地帯まで案内しよう、こちらだ」
踵を返す魔法使いが進んだ方向は都市の中心地点だ。
建物の隙間から薄らとドーム状の結界が見えているが、あの中を指しているのだろう。
「アリヴェ――ってもう隠れてる」
既にアリヴェーラは視界から消えていた。
もぞもぞと動く鞄の中から、俺の腰辺りを何度か叩く軽い衝撃がある。
隠れるのがお早いことで。
けどまあ、その方がいいかもしれない。
平時ならともかく、今はアリヴェーラの存在は見られない方が都合も良いだろう。
この魔法使いが味方ではない可能性もあるのだから。




