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6 ざまあみろ

 ――杉原さんと付き合ってくれたらいいのに。


 考えて、しっかりと言葉にしてしまうと、しまった、と思った。

 私は嫌な人間だと知っていたけど、それは心の中にくすぶっているくらいで、はっきりとしたものではなかった。考えた望みを文字にするように頭の中で吐き出すと、すっきりした反面、それ以上の言葉が出なかった。嘘だ。たくさん飛び出た。


 私の方が先だったのに。ほんのちょっとの差だったけど、咲崎くんに声をかけようと思ったのは私なのに。赤い糸がついているのは私なのに。杉原さんには土屋くんがいるじゃない。幼馴染で、近い距離にいたんだから、付き合えばいい。ほんとは好きなんじゃないの。なんで咲崎くんと付き合ってるの。私なのに。待ってたのに。



 小指の先は、いつもきらきらしていた。伸びた赤い糸はくるくるして、一体どこにつながっているんだろう、と色んな想像を働かせた。お父さんとお母さんは、二人とも赤い糸がくっついている。仲がよくて、幸せそうで、私もそんな人をいつか見つけるのだと、なんとなく思っていた。鈴のように、しゃんしゃんと舞い散る桜の花の仲で、咲崎くんを見つけた。言葉になんてならなかった。


 杉原さんは、咲崎くんのことを話さない。それは、惚気が得意ではないとか、私が会話を避けていたとか、そんなこともあるかもしれないけど、もしかすると、杉原さんが大事に大事にしていることだから、彼女の中でほかほかとさせていたのかもしれない。でも、その日は彼女の中だけで抑えることができないくらい、少しばかり頬をぴんくにさせて、初めてデートする、ということを言っていた。へえそっか。そうなんだ。



 二人はゆっくり進んでいるのだろうか。咲崎くんは部活が忙しいから合間をぬってなのだろう。おざなりに、まるでいい人のような言葉を呟いた。待ち合わせの時間をきいた。これはひどく情けなくなる行為だとわかっていて、靴を履いた。足を動かした。人混みの中で待っている杉原さんは、そわそわと周囲を見て、時計を見て、携帯を見つめた。じっと動かないものだから、「偶然」と声をかけた。全然違うけど。


 時間はきいていたけど、待ち合わせ場所まではきいていない。でも、映画を見ると言っていた。それなら場所はここだろう、とあたりをつけた。違ってたら虚しくなるだけで、当たってても自分が情けなくなるという、どっちに転んでもプラスにはならない行動だった。でも、いつまで経っても咲崎くんはこなかった。


 声をかけた杉原さんは、いつもの元気はなかった。「映画、ここで見るの?」 映画館は街にいくつかある。二人の話をきいたら、私も見たくなった、と言い訳をつけるつもりで、まさかここだとは思わなかった、と続けるつもりだった。でも、杉原さんはそんなこと聞かなかった。ちっとも疑っていなかった。そうなの、と笑ってくれるかと思ったら、ちょっと困った顔をしていた。「ごめんね、ちょっとだけいい?」と私にきいて、文字をとんとん入力する。咲崎くんへの返事なのだとわかった。


「ちょっと……親戚の人に、ご不幸があったんだって。だから、今日は咲崎くん、来られないみたいで」


 ざまあみろ。


 へぇ……と私は静かに呟いた。大丈夫かな、と杉原さんは咲崎くんを心配していた。それから顔をあげて、「もしよかったら、一緒にお買い物しない? 本当に、よかったらだけど」 へへ、と八重歯を見せて彼女は笑った。


 びっくりした。

 杉原さんは、「大丈夫かな」と咲崎くんを心配していた。でも、私が思ったことは、ざまあみろ、の一言だった。見えないように内に沈めていた言葉が、ふと浮上するときがある。唇を噛み締めた。お買い物を一緒にしよう、という彼女に、映画じゃなくていいの、と聞こうとするいじわるをなんとか我慢することがせいぜいで、あまりいい人ぶれなかった。


 よく見ると、杉原さんはお化粧をしていた。小さくて幼い雰囲気の彼女だし、慣れていないものだからお世辞にも上手とは言えなかった。「瀬戸さんみたいに美人じゃないからなあ」と難しい顔をして、彼女は必死で服を選んで、どれがいいかと唸っていた。


 偶然、土屋くんに出会った。相変わらず睨まれて、杉原さんは土屋くんを怒った。でも別にそんなことはどうでもよくて、私は自分の心を探してみた。私は間違いなく杉原さんに嫉妬していて、応援なんてしていない。めちゃくちゃにしてやりたい。


 街の中は、赤い糸がうずめいている。ぐちゃぐちゃとして、どうせ切れてしまう糸ばかりなのに無意味なものばかりが邪魔で、邪魔で仕方がない。土屋くんと杉原さんと別れた。わけもわからず、歩くほどに涙がしみた。ぼたぼたこぼれて、苦しくて、息ができない。


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