5 土屋岳人
私は、私の中にあるどろどろした汚い考えが浮き彫りになることを防ぐように、表立ってはいい人のふりをした。
杉原さんの言葉に笑って、相槌を打った。他愛もない話をした。友人と呼べる関係になったかもしれない。咲崎くんの話はしなかった。杉原さんが惚気を得意としないだけかもしれないし、無意識に私が話をそらしてしまったのかはわからない。
ただ、今日もゆらゆらしている彼女の赤い糸を見て、こんなもの、見えなければいいのに、と思った。その糸の先が、咲崎くんとつながっていたらよかったのに。そうしたら、私はこんなにどろどろすることもなかったのに。
毎日、嫌な自分と出会って、ベッドの中へ逃げていく。そんなことを考えるばかりだったから、深く気にしたことはなかったけれど、杉原さんにも赤い糸がついている。その先が誰に向かっているのか。
彼は咲崎くんと同じクラスの男の子で、前髪が長くて、ちょっと猫背がちだった。まっすぐに背を伸ばせば、とても背が高くなるかもしれないけど、制服のポケットに手を入れて杉原さんと話す度にどんどん頭が下がって小さくなるからよくわからない。
「ガク! ポケットに手はいれないっていつも言ってるじゃん!」
へえ、はあ、と適当に返事をするけど、彼は小さな杉原さんに合わせて背を折りたたんでいるから、意外と付き合いはいいのかもしれない。杉原さんと歩いているときに、男の子とすれ違った。その瞬間、杉原さんは、「あーーーー!!」と大きな声を出した。見知った仲なのだろう。危ない、と叱ってポケットから出した彼の手の小指からは、しっかりと杉原さんに赤い糸がつながっている。
こんなことは時折あるから、見たところで驚くまい、と肝に銘じている。咲崎くんと出会ったときは特別だ。さすがに自分の糸の先を見てまで冷静にいることはできなかった。でも、この出会いは突然だったから、言葉を失ってごくんと唾を飲み込んだ。
ガク、と呼ばれた少年は、長い前髪で片目を隠して、その反対の瞳でじろっと私を睨んだ。聞くところによると、彼は杉原さんの幼馴染ということだった。相性がぴったりな運命の二人が幼馴染。なんたる偶然。いや偶然じゃないのか? よくわからない。でも杉原さんは咲崎くんの彼女だった。
***
ガクとは下の名前で、土屋岳人という彼は、杉原さんのお隣さんで、小さな頃から一緒にいるとか。同じクラスだから、もちろん咲崎くんも土屋くんのことを知っている。無口で、何を考えているかわからなくって、教室の端っこの方で座っているのに、妙に存在感があるような、そんなタイプだ。前髪が長いから分かりづらいけれど、よく見たら整っている顔をしているから、それも要因にあるかもしれない。
彼と私が同じ委員だったことは意外だった。じゃんけんで負けたもの同士、余り物の体育委員である。教師に次の荷物を確認して、クラスに伝言する役目だ。あとは定期的な委員会の開催で顔を合わせる。
睨まれていた。土屋くんに、私はあまりよく思われていない様子だった。振り向いて確認すると、こっちは見ていない。でも、視線は感じる。長い前髪の向こう側から、鋭い視線を感じる。なんなの。
私はなるべくいい人ぶるように生きているけど、口には出さない汚らしい言葉が心の中から溢れてくる。もしかすると、土屋くんは察しのいい人なのかもしれない。私の汚い内面を見抜いて、睨んで、杉原さんを守ろうとしている。なるほど。じゃあそれなら杉原さんと付き合ってくれたらいいのに。