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3 あなたは別の人に笑う

 

 杉原さんは小さいのに、パワフルな女の子だった。笑い声が聞こえたと思うと、その中心には彼女がいる。そんな存在だった。相変わらず膝小僧からは絆創膏がとれなくて、ぶかぶかの服でぱたぱた両手を動かしている。

 そんな彼女とつながっている赤い糸の人は、一体だれだろう? となぜだか興味が湧いてしまった。あまりにもきつい坂だから、咲崎くんの足が治ると、自転車登校はやめたらしい。時間ギリギリに教室に飛び込んで、いつも教室中の注目をさらった。


 私と杉原さんは変わらずただのクラスメートのままだったけれど、少しずつ、何かが変わっていった。私が知らない間に、少しずつ。教室の窓から見える降りしきる桜がいつしか消えてしまった。


 隣のクラスに彼がいる。

 そう思って月日ばかりが経っていたとき、指先の赤い糸が、ぴんと揺れた。咲崎くんだ。彼が私達のクラスの前を通るとき、いつも糸は教えてくれる。その度に、どうしようと考えて、きゅっと口をつぐんでタイミングばかりを測っていた。でもそれだけで、何を行動するわけじゃない。


 そのまま通り過ぎて、彼の教室のところに入っていくのがいつものことだ。ふう、と息を吐き出したとき、ピタリと咲崎くんは止まった。近づいてくる。なんでだろう、と混乱した。


 彼がいつものように廊下を通り過ぎていないかいことが不思議でたまらなかったけれど、今だ、と思った。勇気を振り絞った。咲崎くんの姿はまだ見えないけれど、"糸"で彼の動きはわかる。


 急いで席から立ち上がって後ろの入り口まで向かった。

 もちろん、直接話しかけるのではなく、廊下に出ようとしたふりをしたのだ。そのとき、引き戸に手をかけて中を覗こうとしていた彼とぶつかりそうになって、ぱちん、と目が合った。


「あ……っ、えっと、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ」


 赤い糸が、くるりと揺れた。


 逃げてしまおうと思った。でも意外なことに、勝手に声が飛び出ていた。まるで糸が私をひっぱるみたいだ。どきどきする心臓を抑えつけた。


「あ、あの、咲崎くん……!」

「瑞穂さん」


 私が彼に声をかけたのと、咲崎くんが杉原さんに声を掛けたのは同時だった。彼女は背が低いのに、私と同じ後ろの席だ。咲崎くんの声をきいて、杉原さんは顔を上げた。それから、かぱっと口を開けて笑った。咲崎くんも嬉しそうに笑った。でもすぐに声を掛けた私に気づいて、首を傾げた。


「えっと」

「あ、その、前に、会ったことがあって、瀬戸しおりです。ううん、名前は今、初めていうんだけど、四月に、染伊坂で」

「……ああ!」


 咲崎くんは頷いた。てとてとと、杉原さんの小さな体が近づいてくる。


「どうしたの?」

「瑞穂、この人。前に瑞穂とぶつかった。ちゃんと謝った?」

「当たり前だよ、同じクラスだもの」


 杉原さんが呆れたように溜め息をついて、ぽかりと咲崎くんの胸元を叩いた。彼もわかっていたようで、はは、と笑っていた。私をのけものにして、二人の会話は進んでいく。


「えっ、と……」


 頭の中で言葉を考えた。今、この場でも伝えても、違和感のない言葉を。


「咲崎くんに会ったら、ずっと、お礼を、言おうと思って、いて……」


 杉原さんとの会話をやめて、彼は私を見た。


「か、かばって! くれた、から」

「別に、全然。気にしないで」


 それよりもとの犯人は瑞穂だ、と杉原さんの頭をこつんと優しく叩いたのに、杉原さんは大げさに痛がるふりをした。二人の小指の糸は、互いに別々の方向につながっている。咲崎くんは私に、杉原さんは、どこか知らない場所へ。ふわふわと、赤い糸が泳いでいる。なのに、なぜだろう、ひどく息がしづらかった。「もしかして」 口から勝手に言葉がこぼれた。


「二人は、付き合っているの……?」


 咲崎くんと杉原さんは、互いに目を見合わせた。そんなわけないのに、と思っていた。なのに二人は少しだけ頬を赤くして、互いにそっぽを向いた。それから、「うん、そう」 咲崎くんが、小さな声で呟いた。目の前が真っ暗になった。


 すぐにチャイムの音が響いた。なのにひどくそれが遠くて、振り絞った勇気はただ冷たく、硬くなってしまった。


 高校に入学して、"運命の赤い糸"の人と出会った。でもその人は、別の人と付き合い始めた。私から伸びた赤い糸を、小指に絡ませながら別の人に向かって笑っていた。



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