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19 広がる世界

 

 冷静に考えてみると、見た未来は私が『わかれよう』と言っただけだ。つまりここからわかれて別行動しようとか、恋人以外の相手とも使用できる単語であるはずだ。だからこれはよくある勘違いで、このあとに辛い未来が待っているわけじゃない。……そんなわけ、ない。


(これくらい、わかる)


 どう見たって『私』は演技していた。なんてこともない風を装って、本当は苦しくてたまらないのに必死に飲み込んでいた。それに自分のことだ。使う言葉くらい予想できる。あのときの私は確実に男女の別れを意識した言葉を使用していた。間違いないと断言できるほどに。


「まゆか。おい、まゆか」


 考えれば考えるほど、涙が止まらなくなっていく。目を腫らしてはいけない。明日の撮影に影響がでる。だからこすることもできなくて、頬を流れる涙は、ほたほたとテーブルに丸いあとを作っていく。


「見たんだろ、何か見たな?」


 異変を感じたのか、健二の声はわずかに少し大きくなった。でもすぐに口元を押さえて周囲を見回し、厳しげな表情で体を乗り出すように尋ねる。「どうしたんだよ、言えよ、お前、絶対おかしいだろ……!」 今度は声を抑えつつ、問いかけた。こぼれそうになった嗚咽は必死に飲み込む。


「わかれるって……」


 隠す、隠さないという思考はなかった。そこまで考えも回らなかった。

 何がだよ、と健二は言って、それから何かを察したのか、「誰とだ」と、言い直した。


 尋ねられて、吐き出すこともできない言葉が喉に詰まった。それでも、ゆっくりと時間をかけて伝えた。お店の時計が苦しいくらいに鈍く動く。健二は私の言葉の全てを飲み込んだ。でも金髪を隠すために店の中でも被りっぱなしだったキャップのつばを指先で持って顔を隠しているから彼がどんな表情かはわからない。互いに無言で黙り込んでいると、聞こえもしないはずの時計の針がかちこちと動く音が聞こえた。


 そろそろ店主の視線も気になってきた。人目を気にせず入ることができるお店だと思っていたけれど、限界かもしれなかった。


「よし、わかった」


 何がわかったというのか、と私は自身の口の端を皮肉げに上げた。こうして、私と健二の曖昧な関係は終わりを迎えるのだと思った。好意を持っているであろう人間からの視線はなんとなくわかるものだ。私は言葉に出したことはないけれど、おそらく健二は私の気持ちを薄々は察していたし、私だってそうだ。それが、こうしてはっきりとした形になってしまった。それならもう終わるしかない。


「じゃあ俺たち付き合うかー」


 だから、あっけらかんとした声を聞いたときは自分の耳を疑った。


「……は」

「だって付き合わなきゃわかれられないじゃん? 俺、まゆかのこと好きだし。一重まぶたもいい感じだし」

「それは私が嫌いつってんでしょ。だからね、私とあんたはつきあったあとにわかれるって言ってるの!」

「よきよき。まゆかの予知が絶対なんて証拠はどこにあるよ?」

「今まで外れたことなんてないけど」

「oh……」


 予知をして、その予知の結果から自分に最適な選択肢になるものを予測して生きてきた。だから予知そのものに疑いを抱いたことはない。絶対的なものだと思っている。

 だからこそ付き合わなきゃわかれられない、という健二のセリフは私の中で信憑性を得ていた。でもだからって、わかったそうしよう、と即座に頷く素直さは私にはない。


「……付き合ったところで結局わかれるってわかってる?」

「わかってるわかってる。でも根性で回避しよう」

「絶対に回避できないから」

「この世に絶対などないから」

「わかった。それじゃあとは一つだけ。ふるときは私からふるけど、泣かないでよ」

「うんうん、おけまるー」


 健二は親指と人差し指をくっつけてくるっとさせた。リアルで言うやつ初めて見たぞ。




 こうして涙は吹っ飛んで、私と健二は付き合うことになった。ちまちま隠れるのはやめて、逃げ場はなくしてしまおうと付き合っていることを周囲にも宣言した。これも私が予知したことだ。通常なら互いに人気商売だ。事務所の許可も困難だったが、健二のれいてんいち里眼が炸裂した。社長やマスコミの弱みを握りつつ情報を操作するこいつの姿を見ると、やべぇなこいつと思わんでもない。ようはどれだけ自分好みに見る人の印象を変えることができるかという意味では、演技と同じようなものだ。


「まゆかちゃん、僕、応援してるからねぇ!」とマネージャーからは両手を握りしめられ、「健二くんのサインもらって来てほしいわぁ!」とのことで苦笑しながら健二に色紙を渡すと、「もちろんいいよ」と笑ってマジックを走らせる。きゅるきゅる、と慣れた手付きで流麗な文字を描き、出来上がったタイミングでおでこにちょんとキスされた。いつの間にか、私達は互いの家に行き来するようになっていた。


 べちっと両手でおでこを隠して、熱くなる頬をごまかす。けらけら健二は笑っていた。

 人目を気にする必要などなく、一緒にいることができる。これはなんて幸せなことなのだろうか。予知のことを忘れたわけではないけれど、大きな不安は少しずつ削がれていって、寝て起きる度に小さくなる。ある朝起きたとき、すっかり胸の内が軽くなっていたことに気がついて、あれだけ怖がっていたはずなのにと今度は忘れたことに恐怖した。でも、忘れてしまったのだから今更思い出そうとしてもわからなくなっていた。


 私達は役者としても目覚ましい活躍を遂げた。批判を吹き飛ばすように多くの話題をさらった。演技に深みを増したと言えばいいのかもしれない。経験とは自分の中の糧の一つで、考えてみれば私はこの歳になるまで恋なんてしたこともない薄っぺらな人間だった。


 忙しくなればプライベートの時間は短くなる。けれどもだからといって健二とすれ違いがあるわけではなく、むしろ互いに誠意を持って対応した。わかれる、と最初に思って付き合ったから終わらないようにと努力するのが当たり前になっていただけだ。短い時間を大切にして過ごしているうちに私は健二のことをときおり予知するようになったし、健二も私の周囲を見えるようになった。これはいいことだと思っていた。


 なんせ一人きりで一つの力を持て余して、どうすればいいかわからなかったのだから。芸能界の荒波の中を力を使って必死に乗ってここまでやってきた。あのオーディションは、こんな内容がある。だからもっとこの台詞を練習しよう。あの角度からカメラが来る。それなら、もっと意識をした演技をしよう……。


 ずっとずっと、ギリギリだった。こんな力を使って卑怯な真似をして、結果ばかりがついてくる。一人では耐えきれない。なのに絶えず予知はやってくる。見ないふりをするのも馬鹿らしい。それならいっそ、利用しよう。でも苦しい。健二だって口ではこれも自分の実力の一つだと言っていたけれど見えすぎるというものは不幸でもある。夜中に一人、トイレで吐いている姿を見た。暗い明かりの中で、ぽつんと便器に顔をつけて、声を押し殺していた彼の背中を、私はそっとなでた。少しだけ、健二は泣いていたかもしれない。



 重たい荷物は二人で持てば半分になる。大きな山を登るときに、隣に人がいれば気持ちだって明るくなる。なんだ、こんな簡単なことだった。悩む必要なんて何もなかった。毎日が充実していて、幸せで、明日が来るのが待ち遠しかった。


 でも、私達は気づいてはいなかった。重たい荷物は二人で持ったら、たしかに半分にはなるけれど、二人の荷物を合わせたのだから、本当は持っている重さは変わらない。

 何もかも、変わっていないのだと。




 ***




「今から撮影?」

「おう。まゆかは今日は一日オフだよな。夜は遅いから、先に寝とけよ」

「うん、わかった。健二、でも今日、雨が降るから。傘とタオル、持っていった方がいいよ」

「まじで?」


 窓の向こうはからからの天気だ。そんなわけない、と自分でも思うけれど、“見た”のだから仕方ない。健二は一瞬驚くような顔をしたけれど、すぐにそうかと頷いて、「さんきゅ」とお礼を言いながら玄関に差し込んでいる傘を抜いた。けたけたして、スキップしながら歩いて、晴れの日に傘を持っていくことがそんなにご機嫌なのだろうか、と苦笑して扉を閉めた。

 本を読みながらしとしと降る雨を窓から見ているとメールの着信があった。中には傘のお礼が書かれていた。






「まゆか、なあ。あのーうん、あの番組のスポンサーだけどさぁ」

「うん? うん、なあに?」

「ちょっとよくねぇの。関わらん方がいい」

「悪いって? ……ああ、そういう」

「おうよ。お誘いはかわしとけよ」

「わかった。なるべくマネージャーと一緒にいるようにする」

「そりゃ安心だ」


 健二は私の周囲に対して忠告をしてくれるようになった。そのおかげで危うげだった私の舵とりは安定した。


 未来を見ることができるけれど見るものを選ぶことができない私と、何でも自由に見通すことができても現在しかわからない健二。互いにないものをぴったりと補うことができる私達は、あまりにも相性が良すぎた。


 もし赤い糸というものがあったのなら、私と健二の指からは互いに結ばれていたかもしれない。そう思うほどに、力に悩んで生きた人生も、価値観も似ていて、これほどまでに話が合う人に出会うことはきっともうないんじゃないかと思った。私は健二の未来を見るように願い、健二だって私の周囲を丹念に確認する。心配だからという言葉は、とても聞こえがいいものだ。そのときは気づかなかった。これは依存という関係だった。



 一人で抱えていた力を二人で抱えることで、閉ざされた世界は広がっていく。そうすることで、境界線がわからなくなる。

 ある日のことだ。ソファーに座ってうつらうつらと瞳をつむるとコーヒーの匂いが漂ってきた。うっすら瞳を開けると、「まゆかもいる?」と健二が聞いてきたので、寝ぼけ眼に頷くと、健二はコーヒーをいれてくれた。


 そんな彼の仕草を見ていたとき、ふと思ったのだ。「……そのカップ、この間壊れなかった?」「え?」 健二の手が滑って、コップが床に叩きつけられたのはそのときだ。わあ! と二人で驚いて怪我の確認をして、掃除をした。そのときは健二が火傷をしなくてよかったとただただホッとしていたが、時間が経つにつれ胸の内がざわついた。


 ――あのときの私は、現実と予知の区別がついていなかった。


 寝ぼけていたから。ただそれだけの理由かもしれない。それでも、じわじわと私の体の内側を、何かが蝕んでいた。落として壊れたのはコップではなく、柔らかい布で必死に閉ざすように隠していた私達の世界だ。

 だから別れた。なんてこともない風を装って、私と健二は別れた。これはすでに終わった記憶であって、そこにはなんの意味もない。






 今、私達の目の前で流れているのは、長い長いCMだ。二年ぶりに健二と話して、隣り合って映画を見ようとしている。しかも健二の主演だ。


 隣に座っている健二は何も言わない。私もそうだ。なんせ、ここは映画館なのだから。話すものより、見るものなんていくらでもある。CMが終わり、本編が始まる。記憶を失った男が元の自分を探して一つひとつ自分の過去を紐解いていく。誰かと話せば、また次の誰かのもとへ向かう。そうして、新しい自分と出会っていく。


 男は記憶を思い出すことはなかったが、他人が話すどれもが自分ということに気がついた。そして誰か一人の記憶にすがるのではなく、新しい道を歩くことに決めた。静かな物語だった。


 映画が終わりエンディングが流れると観客達はちらほらと席を立つ。公開してから随分時間も経っていいるから、席に座っている客の数も少ない。人がまばらになるほどの、小さな箱の中だ。だからシアター内にいる客が私達だけになるのもそう時間がかからなかった。


「……それで、久しぶり」

「……うん」


 健二は膝の上にのせたサングラスを指でいじりながらさっきともう一度同じことを言った。私も、今度は変にすねずに応えることができた。


「……実のところ、俺がこの席に座ったのは偶然ではない」

「でしょうね。一応言っておくけど、私だって偶然じゃないわよ」

「そうだよなあ」


 くしゃっと健二は笑った。

 互いにつっけんどんにけんけんし合ってみたものの、全てただの演技である。健二は千里眼、もとい0・1里眼があるし、私は予知を持っている。健二がこの映画館の、今いる席に座ることはすでに見えた未来だったし、健二だって近くに私がいると知って慌てて駆けて来たのだろう。私がとった座席を知ることなんて、彼のは造作もないことだ。


「……私はこの日に合わせてスケジュールを調整したけど、そっちはちょっと頑張りすぎじゃない?」

「めちゃくちゃ走った。それからめちゃくちゃマネージャーにメールした。なんとか時間はねじ込んでるよ。あと三十分くらい。帰りの時間を合わせたら、そろそろリミットかな」

「貴重なお時間を使わせてしまいまして」

「いえいえ」


 冗談めかして話している場合ではないことくらいわかっている。


「私達、もっと相性が悪ければよかったわね」

「……そうだな」


 きっとそれは、人にもよる。でも、私達はだめだった。互いに話し合ったところで、私達はいつも同じ意見しか出ない。とても居心地のいい関係だったけれど、二人の人間がいるはずなのに、たった一人しかいないようなもので、そこにはなんの広がりも、発展もなかった。


 ある日、健二が出たドラマを見ているとき、ぞっとした。自分とまったく同じ演技だった。もちろん解釈には男女の差があるからすべてがぴったり同じわけではない。ただ、私ならこうするだろう、と考えるものを健二は演じた。私に健二が似たのではない。私達は互いにすり合わせて、近づいていた。そのことが、何よりも怖かった。


「落ち着いて、ちゃんと話したかった」

「……そうね」


 今度はさっきと反対みたいに私が健二の言葉に頷いた。私達には変化が必要だった。映画で見た、記憶喪失の男と同じだ。人は人と関わって、ぶつかって、話し合って、嫌な思いをして生きていく。そうしないと前に進むことはできない。もちろん、変化しないということも大切で、おかしなことではない。変わらない努力というものはとても多大なものだろう。


 でも、私達は役者だった。

 いくら恋をして少しは演技に深みを見せたとはいっても、まだまだただの発展途上だ。完成しているものなど何もない。

 健二との別れは、前を向くための別れだ。決して、後ろ向きなものではなかった。落ち着いて話をしたいと思っていた気持ちは私も同じだ。わかれようと言ったとき、健二は声を押し殺して泣いていたし、私も冷静になんてなれるわけもなかった。でもこうして隣に座ってみて、長く言葉をかわす必要もないことを知った。私達は同じだから、少ない言葉ですぐにわかる。

 スタッフの方に迷惑をかけるわけにもいかないから、椅子から立ち上がってシアターの出口をくぐった。


 絨毯が敷き詰められた回廊を、ぽすぽすと音を立てながら二人で歩く。健二は似合いもしないサングラスをいつの間にかかけていて、ジャケットに手を突っ込んでいた。互いに視線も合わさずに、ただまっすぐに歩く。しっかりと、前だけ向いて歩く。


「映画、すごくよかった」


 少なくとも、私にはない解釈と演技だった。スクリーンに映る物語が胸の内を通り過ぎて、びりびりと指の先まで震えた。


「もし私があなたの役だったなら、最後はただ全力で笑うわ。でも、あなたは泣いて、それから少しだけ笑うのね」

「台本じゃ最初はそう書かれてたよ。でも監督と話し合ったんだ」

「だってハッピーエンドだもの。泣いちゃだめでしょ」

「別れは悲しいものだからさ」


 ちょっとくらい泣いたっていいだろ、と健二は呟く。私は肯定も、否定もしなかった。


「そうね。うん、映画、すごくよかったわ」


 それからまた同じことを言って、少しだけ他人の距離に戻った。あとはまあ、互いにただの独り言みたいなものだ。


「俺、お前のこと今も好きだよ」

「それは奇遇ね、私もよ」


 独り言だから、あっけらかんとしたものである。そうだよな、と健二もわかっている。私達は、好きだからこそわかれるのだから。


「でも安心してよ。私、ちょっと年上の映画監督と結婚して幸せになる予定だから。私の予知って外れたことないし」

「お、俺だって、俺のこと好きな女の子はたくさんいるからな! いいか、いるんだからな!」


 一体なんの言い合いかわからない。ゲートをくぐり抜けて、券売機に戻ってくる。「……その映画監督、いいやつならいいな」とまだ出会ってもいない人についての感想を彼はもらして、それじゃあ、と手を振って二人で背中向きになる。振り返らなかった。


 つん、と引かれたような後ろ髪は、多分きっと気の所為だ。一歩、二歩と進んで、鼻をすすった。伊達のメガネを持ち上げて、手の甲で目頭を拭う。必死に呼吸を落ち着けて、顔を上げた。いつの間にか後悔ばかりが溢れていた。自分がもっと強ければ。こんな力がなければ。



「ああっ、飯塚くんの映画、ほんとうによかったぁ!」


 私と同じシアターに座っていたのだろうか。女の子がパンフレットを片手にるんるん気分で、まるで歌うように自分とよく似た少年に話しかけている。もしかしたら兄妹なのかもしれない。


「何回見てもいいよね、もうちょっとで上映期間も終わるし、その前に工藤先生におすすめしようかな。でもなぁ……」

「あんまりなんでも押し付けるのはよくないよ」

「……たしかにそうだ」

「でも俺ならいいよ。兄妹だし」

「太っ腹!」


 痩せてるけど太っ腹! と妹らしき少女は兄の薄い腹を叩いている。仲がいい兄妹だ。


「飯塚くん、前からもちろん好きなんだけど、今はさらに好きなんだ。なんだろう、すごく、こう……深みが出たっていうか。前はあっけらかんとしてる役ばっかりだったけど、こんな悲しそうな役もできるんだなあって。偉そうな言い方になっちゃったけど、私はいろんな飯塚くんに会えて、すごく、嬉しい……」


 少女はそっとパンフレットを抱きしめた。このとき、彼女はきっと自分がなんとなく発した言葉が、どれほど私を救っただなんて、きっと知りもしないだろう。唇を噛み締めた。それからすぐに顔をそむけてその場を離れた。


 前に進む。私は、これからもたくさんの道を歩く。経験を踏みしめて、飲み込みながらも。

 ただただ、まっすぐ歩いて行く。




 ***





「どうかした? お兄ちゃん」

「いや……さっき、妙にこっちを見ていた人がいたから」

「えっ、私、騒ぎすぎたかな!?」


 由美は顔を真っ青にしていたが、どうかな、と俺は曖昧に笑った。

 それより、と去っていった女性の指先が気になった。大抵の人間は赤い糸を小指にくくりつけていて、それは誰かとつながっている。けれども彼女の指先からはどこにも届いていない短い糸がぷらりとたれていただけだ。


(切れてしまったのかな……)


 ほんの僅かに気に留めたが、すぐにどうでもよくなった。




 ***ケース5 【咲崎良記】



次回、ケース5が最終章になります。

もうしばらくお付き合いくださいましたら幸いです。

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