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18 幕が上がる

 ブー……。


 ブザーの音が響きながら、ゆっくりと緞帳が開いて、館内の照明が落ちていく。上映中の注意事項が流れた。健二の顔にぱたぱたとスクリーンの明かりが当たる。健二は少し唇を噛み締めてサングラスを取った。相変わらず色素の薄い、日本人離れした顔をしている。まあな、と彼の唇が動いたけれど、すぐに始まった映画の宣伝映像の音にかき消されてわからなくなる。


 一拍だけ迷った。

 でもすぐにスクリーンを見た。どんどん予告が流れていく。ぱたぱた進んでいくと同時に、今度はどんどん流されていく。コマ送りにされながらも巻き戻していく。彼と出会った最初の記憶だ。



 ・

 ・

 ・



 ――中口まゆか、実力派人気俳優との共演!


「いやなんなのこの見出し」


 いや、もっと他に書くことあるでしょ? と雑誌の記事をぺちんと叩く。


「今回のドラマはね、脚本が! あの鐘立さんなのよ! 他の出演者の方々もテレビドラマとしては知名度は低いかもしれないけど、劇団ではバリッバリに活躍されてる方が多くて、実力派ってんならそっちじゃないのよ!」

「まゆかちゃん叩きすぎ、叩きすぎ……」

「書いた記者を平手打ちできない分叩けるものはこれしかないのよ……!」


 控え室にて鏡で自分の姿のチェックをしているときに見つけてしまった雑誌である。誰が持ち込んだのか知らないが不愉快極まりない内容にピシピシ人差し指で弾き続けるしかない。


「まあ、この記者だって? 話題性を重視してのことだろうし! そもそもうちの事務所が許可して書いたものであって私が怒るのはお門違いかもですけど?」

「うんうん」

「雑誌だって売り上げが必要だし需要と供給が成り立ってるしだからこそ私もこんな商売ができるわけだし」

「うんうん」

「とかわかっててもむかつくんじゃい!」


 私が吠えるとマネージャーはひんっとアルマジロの如く丸まった。見かけはごついしSPと勘違いされることも多いが、行動の節々が乙女である。


「注目してもらえるのは嬉しいけど、こんな実力不足の顔だけ青二才な私よりももっと見るべきところがあるでしょうよ! ああっ、主張したい。でもできない。プリティーまゆかのキャラが死ぬ」

「お願い、今日も天使の羽をはやしてね……!」

「おっしゃオラーーッ!!」


 多分、行き当たりばったりで生きている。それでも、なんとかこの世界で泳いでいる。


「っていうか飯塚健二ってそんな演技うまくないよね? 顔だけだし。実力派実力派って言葉だけで泳がされてるっていうか。所詮私と同レベ? カーッ! ペッ、この顔だけ俳優めッ、誰も聞いてもめちゃくちゃいいやつって話ばっかり、みーんな同じこと言うんだけど! だけどそんなことある? いいやありえないね! こいつ絶対黒い腹を持て余してるよ。絞ったら黒い絵の具チューブ一本できあがりの絵の具いらずに決まってらぁ!」

「お、お口が死ぬほど悪いわまゆかちゃん……! あと女優がふりだとしても唾なんて吐かないで……!?」


 僕も話してみたことあるけれど、とっても爽やかで素敵な青年だったわよ、というマネージャーの言葉などあてにならない。ようは私は他人に自分を映し込んでいるのである。爽やかなプリティな女を演じているから、同じような男は全て腹が黒く見える。なんとなく叩いていた雑誌をもう一度開き、確認する。ほら、笑顔が嘘くさい、なんていちゃもんをつけてにひりと笑ったとき、コンコン、とノックの音が聞こえた。


「はぁーい!」

「変わり身の速さが怖いわぁ……」


 ぶりっ子は瞬時に召喚された。

 けれども私の返事を合図に扉を開けられて入ってきた男の顔を見たとき、ぴしりとひび割れそうになった。噂の飯塚健二がにこにこ爽やかな顔を引き連れてやって来たのだ。頭がぴかぴかに金髪だからか、まさに後光が見えるほどのスーパーなきらめきだった。


 イヤアッ! とマネージャーは自分の両手と腕で顔を多い、なんとか蒸発を防いでいた。なんでこいつはこんなにダメージを受けているんだと白い目をしつつ、「あら、なにか御用でしょうか?」 ぶりっ子モード発動である。任せろ問いかける際の首の角度は四十五度だ。


「あ、いやあ、今度中口さんと共演すると聞いてまずはご挨拶にと……丁度近くの控え室にいらっしゃると聞きましたので」

「あらぁ~~それはまあご丁寧に~~!!」


 これはマネージャーである。私ではない。なぜかめちゃくちゃに嬉しそうなマネージャーに相変わらず白い目を向けた。


「とても丁寧で優しい方だと噂で聞いていましたけれども本当だったのねぇ~~! あらぁ~~たまんないほどのイケメンですわぁ~~」

「いやあ、はは……」

「け↑ん↓そ↑ん↓~~~!!!」


 マネージャーは興奮が膨れ上がって普段のなんだかちょっと女性らしい言葉は聞き用によっては関西のおじさんのようにも聞こえてしまうし、最後はどこかのバライティー番組によくでる芸能人のようになっている。お前あそこまでビューティーじゃないだろ。


 ぶりっこポーズは継続のまま盛り上がる彼らを遠い目で見つつ、このまま放っておいてもいいかな? と思ったとき、マネージャーが持っていた携帯に着信が入った。「あらっあらら」「大丈夫ですよ」「ごめんなさい、それじゃあ失礼しますわね……」


 そそくさとマネージャーは扉から出ていってしまう。いやいろ。ここでいいから。ここで電話にでろ。

 扉がパタリと閉まった。一瞬で空気が冷え冷えとなってしまったが、マネージャーを見送っていた飯塚健二が振り向いた瞬間、再度笑顔を貼り付ける。


「まゆかちゃんさ」


 距離感がちけーよパリピ野郎、と拳をみぞおちにめり込ませたくてたならなかったが、仮にも共演者だ。そんなことをするわけにはいかない。「なんですか?」「君すごいぶりっこでしょ」「いやだー」 この時点で飯塚健二、聖人説は崩れ落ちた。ほとんど初対面の人間に言うべきセリフではない。心の中では粛清粛清。


 ほらみろやっぱりな! 予想があたったことに今すぐ大爆笑をしてやりたい気分になったが、落ちたあちらに合わせてこちらまで低俗になる必要などどこにもない。とりあえず、さっさとマネージャー帰ってこい、である。じゃなきゃこっちから突撃するぞ。


「遅いですねぇ、ちょっと様子を見てきますね!」


 ちなみに彼が消えて一分程度のタイミングである。つまり言いたいことはオメーと話すことなにもねーからというやつである。「まゆかちゃんさ」 しかし男は懲りない。そっと耳元に顔を近づけた瞬間、はらパンを決意した。「君、変な力もってるでしょ……」


 ゴッドフィンガーを磨いていた瞬間のことであった。


「……ん?」

「ん?」

「ち、ちから……」

「あ、隠さなくてダイジョーブ。俺もあるから、能力、0・1里眼」

「れいてんいちりがん? 聞いたこと無いけど」

「つまり周囲のことを何でもわかるってことさ。まゆかちゃんが俺と同じような人間ってこともね」


 ばっきゅんっ! と指で拳銃を作られた。うっぜぇ。


「俺のことを嫌ってる人がいるなーってビビビッてきたからさ。普段からそういう人を感じると先手先手で好感度をあげようって頑張りに来るんだけど、同じかんじで来てみたら、まあびっくり」

「……何言ってるんですか? ちょっと何を言っているかわからないです」

「あらごまかす? そらそうだわな、いきなり来たこんな男に隠し事をさらけ出すわけないもんなぁ。安心してくれ、証拠ならいくらでもだせるぞ」

「ちょっと怖いんで人を呼びます。あなたにも立場があるでしょうから、予告します。三十秒以内に出ていってください。さもないと」

「君が実は二重じゃなくて一重まぶたってことは誰にも言わない。誓ってぶべら!」

「まゆかちゃんごめんなさいおまたせしたわーって何をしくさってるののォオオオ!!!」





 こうして顎に一発入れたあの日のことは後悔していないが、悔しいことにも飯塚健二は本物だった。千里眼ならぬ0・1里眼とのことだが、本当は0・1すらないという。ただゴロが良いから使っているだけだ。


 そんな私は時々ふとした瞬間に未来を見る。自分では予想がつかないタイミングで、ふわりと浮いて周囲を俯瞰しているような映像が流れる。意図して使うことはできないが、慣れると便利だ。予知した映像から現在を予測し、自分にとって都合のいい未来となるように現在を動かす。これは自分自身で青二才女優だと思う所以である。



「つまりね、私達ってチートを使っているわけ。卑怯ものなのよ」

「その考え方はどうなんだ? 力も含めて俺たちだろ? たとえばまゆかの場合は唐突な予知がやってくるけど、普通はそこから逆算してうまく使いこなすなんてできないし、俺なんて情報処理の天才だと自分で思っちゃってるし」

「自分で天才とか普通言う?」

「事実だからこんなふうにまゆかと二人でパンケーキを食べに来てもパパラッチにもファンにも見つからない店を見つけちゃうんだよ」

「たしかに天才だわ」


 健二が皿の上に大量のメープルシロップをかける様を見て、うわぁ……と自然と顔が歪んだ。私は辛いものの方が好きだ。

 喫茶店のマスターは芸能人には興味がないらしく、店の中で流れる音はラジオの有線のみでテレビはない。レトロなお店に来る方々と言えば楽しげに話す近所のマダムやお昼を慌てたように書き込む会社員くらいで、ゆったりとしたお店である。


 健二は便利な男だった。こんな言い方をしてしまうと何か違うような気がするけど、本当に便利だった。なんせ互いに隠しごとをする必要がない。


「私、中口まゆかって芸名なんだよね。大学には行ってないし、高校の同級生で私がこんなことしてるってしってるって子は誰もいない。素晴らしすぎるメイク技術のおかげで顔も違うみたいなもんだしね」

「俺、お前の一重好きだけどね」

「私は嫌いだから大丈夫。……ときどきやってくる予知に苦しくなってさ、一人になれる場所が欲しくて屋上の鍵を勝手に作ったりしたなぁ。卒業前に見知らぬ後輩へと託したけど」

「ワンダフルなほどにやんちゃだな……」


 大きな木のうろの中に隠したけれど、もしかしたらまだ誰にも見つかっていないかもしれない。

 なんてことをケタケタ笑いながら話して健二と一緒にすごすうちに、少しずつ私達の距離は縮まった。人は自分の秘密を他人に伝えると、妙な親近感を抱くようになるらしい。毎日が楽しかった。健二と付き合っている夢を見て、予知ではないかとびっくりして飛び起きた。そのときはがっくりしたような、ほっとしたような気分になってもう一度ベッドの中に潜ったけれどドキドキしてたまらなかった。もう一回、その夢をみることができたらいいのに、と願って瞳をつむった。


 こうして互いに絶妙な距離感のまま友人を続け、パパラッチを避けつつお決まりのカフェにて健二の甘すぎるパンケーキを見て食欲が失せていたとき、ぐん、と背もたれにもたれた。「まゆか?」 遠くなっていく。まるで紐のない風船のようにふわふわと上った。どこにたどり着いたかと思ったら、見知らぬ家の中だ。私と、健二がいる。つまりここは健二の家のリビングだろうか。


 行ったこともない家の中を見るというのは奇妙な罪悪感がある。モノクロで統一された落ち着いた雰囲気の部屋だ。その中で、健二は未来の私を抱きしめていた。うわっと両手で顔を覆いつつも指の先からこっそり覗く。つまりこれはそれでそういうことである。神妙な空気だ。あれなあれでそれな場面かもしれない。なんということ。


 これは未来の私が受け取るべきものなのに、過去の私が知ってどうする。長年持ってきたこの力だけど、こんなにいらないというか、困った感情になったのは初めてかもしれない。

 向こうの健二が、何かを告げる。これは聞いたらだめなやつ、と耳をふさぐふりをして、ほわっと両手で覆った。もはや私は自分が何をしているのかわからない。


 ドキドキしながら言葉を待ったのに、健二は結局何も言わなかった。いくじがないやつめと、んべっと舌を出してやった。そしたら、未来の私も同じことを思ったらしい。呆れたように笑っている。


『それじゃあ、わかれようか』


 ん?






「……まゆか、何か見たのか?」


 目の前にあるのは甘ったるすぎるパンケーキだ。相変わらず食べたら胸焼けしそうなほどのシロップをかけている。ひどい量だ。

 そう思っているとき、私はぽろぽろと涙をこぼして泣いた。甘すぎるパンケーキを見て泣いた。未来の私は健二と付き合っていて、そしてわかれた。


 私は好きになる前に失恋していた。





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