幼馴染が忍者に感染しました。
忍者ウィルスに感染すると、忍者になってしまう。
空気感染・接触感染しないらしく感染経路は不明。ワクチンは開発途上で、じわじわと感染拡大しているそうだ。
「まさか、拙……あたしが感染するとは思わなかったでござ……思わなかったよ」
「無理するな、気にしないから。我慢は良くないんだろ」
「か、かたじけない」
同じ高校に通う同い年の幼馴染、千代はマフラーに耳まで顔を埋めて頷いた。ウィルスに感染すると、言葉遣いが変化し、顔を隠す衝動に襲われるらしい。その衝動を無理に我慢すると熱が出てしまうのだ。千代の様子はその典型的なパターンだろう。
「日常生活で困ってることはないのか」
「うーん……忍者の所為かどうかは分からないでござるが、自転車に轢かれそうになったり、自動ドアの反応が悪くなったり」
影が薄くなってるのか?
「でも足が速くなったり、跳躍力が上がったり、割といいこともあるでござるよ」
「まあ、治るまで前向きに忍者と付き合っていくしかないよな」
「何奴ッ!」
突然千代がもの凄い血相で誰何した。同時に俺の鼻先を掠めて傍らのブロック塀に重たげな手裏剣が深々と突き刺さる。にゃーと鳴き声を挙げて、猫が一匹逃げていった。
「……」
「何だ、猫でござるか」
「手裏剣、持ち歩いてんのか」
「仕込んでおくと落ち着くでござる。すまぬ、不意な気配を感じると咄嗟に攻撃してしまうでござるよ……」
「き、気にするな。我慢は良くな……人が近くにいる時は気をつけようか」
千代はブロック塀にめり込んだ手裏剣を引き抜きながらため息をついた。
「あーあ、この先忍者のままなれば、いかがいたそう。お嫁に行けなくなるでござる」
「そんな無駄な心配してもしょうがないだろ」
「む、無駄なんかではござらぬ! 拙者は――」
「……俺の所に来ればいいって話だよ」
「せ、拙者が……? お主の……?」
マフラーから覗く千代の目元辺りまで顔が紅くなっていく。
「も、もうたわけ! 面妖なこと言うでないでござるよッ!」
彼女はそう言い捨てて一目散に走り出した。
「あ、おい!」
追いかけようとした俺の爪先で金属音と共に何かが転がった。撒き菱が周囲にばら撒かれている。
顔を上げれば千代はすでに百メートル程先の民家の屋根の上を走っていた。
忍者になっても放っておけない幼馴染。
……ただあれを追いかけるのは正直しんどいな。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
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