第七話 お約束
啖呵を切った俺にタロウマンがうろたえる。
「落ち着くんだ、少年! 正義同士話せば分かるはずだ!」
「さっき話を聞かなかったのはてめぇだろうがぁ!」
俺は両手から粘液を発射する。
「くっ」
タロウマンはそれを両手をクロスして受け止める。かかった。
「こんなもので私がやられると思っているのか?」
「倒せるよ」
タロウマンはファイティングポーズをとった。
「何だ、これは⁉」
そこで奴は初めて異変に気付く。
「私のヒーロースーツが溶かされた……? まさか、酸?」
彼の両手が露わになっている。
「まぁ、似たようなもんだ」
そうこれは、エッチなラブコメでも御用達、都合よく服だけ溶かす粘液だ!
男の裸なんて見たくないが、これで強制的に変身を解除してやる。
俺は今度は、足元に粘液を発射する。
「何のこれしき!」
タロウマンはジャンプでそれを避ける。飛沫が足先にかかっただけだ。しかし、これでいい。
奴は高く跳んで避けた。空中じゃ身動きできないはずだ!
「しまった!」
「もう、おせえよ」
俺は手をタロウマンに向ける。狙うは顔だ。正義の仮面、はがしてやるよ。
発射!
「うおぉぉ!」
奴は無理矢理、足で重心を変えて身体を捻った。粘液は背中にヒットし、スーツを溶かしていく。
マジかよ⁉ これがヒーローの執念なのか……。
タロウマンは無傷で、着地する。
あんな無理な体勢から着地って、こいつ猫かよ……。
俺は両手の照準をタロウマンに合わせる。
「これ以上の争いは無意味だ! ウラシマボックス!」
奴の手元に黒い豪華な箱が現れた。側面には金色で波のような模様が描かれている。
黒い箱に、浦島って。まさか、玉手箱⁉
「オープン!」
タロウマンが箱を開けると、もくもくと白い煙が立ち込める。
俺は煙に巻き込まれないよう、距離を取る。なんか、あいつが煙に巻かれているような……。
まずい!
俺は煙に向かって粘液を発射し、粘液と風圧で無理矢理、煙を散らした。
「やられた……」
そこには、タロウマンの姿はもうなかった。名前に騙されたが、忍者の煙玉のようなアイテムだったらしい。
ちくしょう……。悔しい。
あーあ、やっぱり俺ってダメダメだわ。
俺はその場に座り込む。そもそも、こーゆうのむいてないんだよ。俺ってただの一般人だし。殺し合いとか無理無理。やーめた。
俺はその場に寝そべった。カラン。
ん、今なんか手にぶつかった? 確認するのもめんどくさい。
俺はぐーっと伸びをした。カラン。
またかよ……。俺は手探りでそれを見つけ、たぐり寄せた。
これは……包丁? あぶなっ。よかったー、刃に触らなくて。運がよかったわー。
包丁⁉ 俺は跳び起きた。
「そうだよな。賢者タイムになんてなってる場合じゃないよな」
俺は包丁を持って、近くの花壇を見つけ、適当に花を刈り取る。
「冬でも咲いてるもんだな」
俺は名前も知らない花で作った小さな花束を包丁と一緒にコーヒーカップの椅子に置いた。
あいつと乗ったカップだ。
「これは返しておくよ。お前、六本持ってないとダメなんだろ?」
俺は手を合わせ、目を閉じた。本気で闘ってくれた敵に敬意をこめて……。
「じゃあな」
俺は恨んでいるのだろうか。
タロウマン。正義のヒーロー。
確かに彼の言っていたことは正しいのかもしれない……。
だけどこの先、彼の正義はどこに行くのだろうか。
もし、参加者の中に悪人がいなくなったら、行き場を失った彼の正義はどうなるというのか。
俺にはそれが気がかりだった。
俺がコーヒーカップから出ると、見計らったように、端末が振動した。
脱落者⁉ 俺は慌てて端末の画面を見ると、ドクロマークのアプリが揺れていた。
俺はドクロマークをタップする。
『やっほー廻だよ。さっきは惜しかったね』
廻の上半身が画面に映し出された。テレビ電話? こっちカメラ付いてないけど……。
「惜しかったねって……。指示出してくれるんじゃなかったのかよ」
『指示って言っても、応援くらいしかしちゃいけないんだよ。さっきの殺し合いで落ち込んでると思っって鼓舞するために電話したんだけど、その様子なら、大丈夫そうだね』
「幸乃はどこだ?」
『教えられない。自分で探して』
「……」
『しょうがないな、君は。あたしは君に期待してるんだよ?』
「俺に?」
『そう、君に。君の能力は応用が効きやすい。君の妄想次第で能力の価値は跳ね上がる』
「俺の想像力次第」
『しれっと、言い換えたね。ま、私が言えるのはここまでだね。っていうか、けっこうギリギリ』
「つか、何でこんな変な能力にしたんだよ! 幸乃に会ったとき、どう説明すればいいんだよ」
『知らないよ。能力もランダムに配られてるんだから』
「最悪だ。……あいつはちゃんと、エンマのところに行ったのか?」
『もちろん、ルール通りに』
「そうか、なら、いい」
『ありゃ、テンゴクかジゴクか聞いてくると思ったのに……』
「舌抜かれてジゴクだろ」
『ひっどーい。ま、いいや。引き続き頑張ってね。ばいばーい』
「待てよ、まだ聞きたいことが」
一方的に切られてしまった。聞いても、全て教えられないの一点張りだったのかもしれないが……。
「これから、どうすっかな」
困った俺は周りを見渡す。大きな廃病院が目を引いた。もちろん、遊園地に廃病院なんてない。
廃病院をモチーフにしたお化け屋敷だ。
「隠れるにはもってこいだな」
もしかしたら、幸乃がいるかもしれない。
俺はお化け屋敷に向けて、歩き出した。